閑話⑯ ASコンビの公都見聞録⑤
大変お待たせいたしました。どうも週末は投稿時間がずれ込みがちな昨今です。
「何だ、あれは……?」
卓を囲んでの語らいも終わり、昼下がりの往来にて。何も急いで全てを決める必要も無かろうという事で公都に着て間もないアルバの観光案内を買って出て、アデルとサリナは凡そ数年振りとなる公都内の散策へと乗り出した。
市場と表通りは既に幾度か巡っていたという話を聞き、一風変わった場所でも紹介しようとやや治安の不安定な裏通りへと足を運んだ一行。そこで目にしたのは、この場に似つかわしくない上等な衣装に身を包んだ数人と……四肢を雁字搦めに縛り付けられ、頑丈そうな檻に繋がれた半人半馬の姿であった。
「半人半馬、でしょうか?それにしても、これは……」
「言い逃れの余地も無く、公国では禁止されている奴隷売買の現場に遭遇してしまったみたいだね」
それを見た三人は思わず嫌悪に顔を顰めてしまう。それでもサリナとアデルの二人は過去の様々な経験により、冷静さを保てる程度には嫌悪感を抑え込む事は出来た。だが、人間性の負の部分を見せ付けられてしまった齢若きアルバには、心の内より湧き上がる衝動を抑え込む真似などは到底出来なかった。
結果、その憤怒の現れは紅蓮の劫火として迸る。先の市場の一件の如き拙い詠唱などはなく、一瞬にして発生させた炎を一帯へと滞空させ、檻の取引をしているらしき数名へと低く重い声を響かせる。
「……二十を数える。この場で焼き殺されたくなくば、速やかに檻からその半人半馬を開放しろ。無論、妙な真似をすれば即座に焼き尽くす」
「なっ……馬鹿な!?警邏の兵共は下がらせた筈だというのに」
「魔族――汚らわしい悪魔の成り代わり共めが、我等が大陸にまで湧いて出ようとはな」
一瞬にして張り詰める空気。アルバの本気を見て取ったサリナ達二人はと言えば、街中で大事になる危険こそ避けたいもののやはり公国民として見過ごす事は出来ぬその状況に、周りを巻き込まぬ様気遣いながら各々の成すべき事を見定める。
アイコンタクトを交わしそっと場を離れていくサリナを横目に大戦槌を構え……ようとしたアデルはふと何かを考え込む素振りを見せた後に背中へと仕舞い、無手のままでアルバの横に立つ。
「……今、サリナが結界の領域指定をしている。その炎では檻諸共あの半人半馬までをも焼き尽くしかねないからね、そこは把握出来ているかい?」
小声による問いかけに数を数えながらも小さく頷く様子を見たアデルは一先ずほっと息を吐き、改めて不審者達の姿を確認する。一方は見るからに裏の仕事に手を染めていそうな人相で、それに付き従う護衛らしき男達が二人程。そしてもう一方は―――
「あの印は……神聖国の神官、かな?」
もう一方の身分高そうな二人組は、見ればどちらもとある一神教の信者の証である聖印を身に付けており、その教義に反するとされる存在――この場合はそう見える、アルバに対し憎悪に滾る視線をぶつけていた。既にアルバの操る炎は射出の構えを取り、自らに狙いを定めているにも拘らずだ。
「八、七、六……どうやら焼け死にたいようだな」
「魔族如きの脅迫になど屈する事まかりならんっ!我らが神のご加護に於いて、誅滅せよッ!」
「主の名の下に!」
「――チッ!」
我が身の犠牲も顧みる事なく神官二人より放たれた礫の様な物体をアルバの放った炎が呑み込み、直後大爆発を起こしてしまう。その爆炎が晴れた後には、呻きを上げながら地へ伏せる闇商人達の姿のみが残っていた。
「うーん、逃げられちゃったか。アルバ、無事かい?」
「ごほっごほっ……す、済まぬ」
同じく至近距離での爆風をまともに受けていた筈のアデル達ではあったが、こちらは完全武装のアデルがその身を盾に衝撃を防ぎ切り、アルバへの被害は微々たるものとなっていた。
「――おぉ怖い。離れておいて正解でしたわね」
「お帰り、檻の防護ご苦労さま」
「あの短時間でしたので直接的な衝撃そのものを防ぐのが手一杯でしたけれど。これだからあのイカレ国の狂信者達は……対象は違えど同じく神を奉ずる立場として、恥ずかしい限りですわね」
僅かな後に再び姿を見せたサリナは神官らしき者達が去っていった方向へと顔を向け、怒りとも呆れとも付かぬ表情を形作る。その言葉の通り、至近距離で爆発に巻き込まれた筈の檻内では解放された熱に曝され至る所に大火傷を負ってはいるものの、息も絶え絶えながらにまだ命の灯火を繋いでいる若き半人半馬の姿があった。
「私は早速治療に入りますので、警邏への対応は任せましたわ」
「任されよう。それにしても、長らく平和だったこの公都で随分ときな臭い事が起こってしまったものだね」
「一体何だったのだ、あやつ等は……」
その後やってきた警邏達と魔族然とした外見であるアルバとの間に若干の揉め事があったものの、アデルが自らの身分を明かした上でGM直々の客人だと説明をするとあっさりと納得し、現場調査の管轄が引き継がれる事となった。
とはいえだ。何の事情も分からぬままに意識不明の半人半馬を連れて行かせる訳にもいかず、アデル達はどうしたものかと思い悩む。
「えぇとだね……その半人半馬も此度のGMの手の一つでね。ほら、君達も国に属しているなら風の噂程度には聞いているだろう?来春の祝年祭に向けてより一層、魔族達との交流を進めようといった話を」
「そういや、当時からそんな話がありましたね。その為の重要人物を攫おうとするたぁふてぇ連中だ、犯人捜索の方はお任せください!もしかしたら後で軽い事情聴取にお伺いするかもしれませんが」
「あぁ、その時はギルドに連絡を取って欲しい。ではわたし達はこれにて失礼させて貰うよ」
結果、治療に手が離せないながらに内心頭を抱えたサリナを尻目に、ある事無い事を口走るアデルによって警邏兵達は煙に巻かれてしまう。後のギルド職員達の苦悩、さもありなんといったところか。こうして公都のとある裏路地で起きた爆炎騒動は表向き終息を見る事となる。
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「――という訳でして。もし王城よりの遣いがきましたら全てこいつのせいですから、暴露でも何でもしちゃってくださいな」
「それは酷くないかい!?サリナが手を放せそうになかったから止む無くああ答えたんじゃないかっ」
「答え様というものがあるでしょうが!何ですかあの口から出まかせの空言の数々は?GMの責任問題にまで発展しそうな事を言って、学院の初等部に入ったばかりの子供でももっとましな言い分を考えるわよ!」
所変わってギルド本部。今日も今日とて始まったヘイホーより訪れた候補者達の騒がしいやり取りに、本部の職員達はあぁまたか……とうんざりとした表情で項垂れてしまう。その際たる例がそんな二人の報告であるのか罪の擦り付け合いであるのか判然としない、姦しきやり取りを目の前で聞かされ続けている総務部長代理のカルディであろう。
「……お前達が共犯だという事で話は通しておくからな」
「「そんなっ!?」」
「大体俺とてワキツの件で忙しいというのに、アルバ殿と親睦を深める為とは言え治安の悪い路地裏をぶらつき騒動に巻き込まれ、それの尻拭いをしろなどと寝言を言うんじゃない!その件に関する権限を一時的にくれてやるから、そんなものに首を突っ込んだ責任を取ってお前達で処理してこいっ!」
「儂とした事が……大事な事業を控えているというのに、こちらのギルドにまで迷惑をかけてしまい申し訳ない」
結果、新規に開拓を始めたワキツ皇国へのギルド参入企画と本部の纏め役という、二足の草鞋を履きながら激務に駆られるカルディより付き合っていられぬとばかりに突き放されてしまう。こうしてサリナ達三人は向こう見ずな行動の責任を取る形で、ギルドとしての調査管轄権を一時的に割譲され本格的な調査に乗り出す羽目となる。
然りとて当初は理由が理由だけに完全に見放されてしまうかと思いもしたが、そこはGMの息子であるアルバの存在もあり、何だかんだで面倒見の良いカルディのお陰で最悪の事態だけは避けられた形となる。
「くぅぅ~、またあの男に借りを作ってしまうなんて……」
「とは言えどうしたものかな。あの連中、どう見てもまともな様子じゃあなかったからね。カルディの言葉ではないが一度首を突っ込んでしまった以上、公都を去る前にはどうにか解決をさせたいものだしなぁ」
ご丁寧にも正規の書類手続きまで取らされた三人は、ようやく解放された後に本部の一室を借りて寝かせている半人半馬の下へとやってきて相談を始めていた。
「どんな事情かは分からんが、あの様な物の如き扱いなど許されるものではない。彼我の交流推進により我等の大陸にまであの様な者共が入り込んできてしまう事の無い様、ここは抜本的な解決を儂は望みたい!」
「抜本的な解決、となりますと神聖国そのものを滅ぼしでもしない限りは無理でしょうけれども……」
「あそこは、国ぐるみで奴隷制度を推奨しちゃってるからね。お陰で他の国々とは折り合いが付かず、この大陸内では未だ異例の鎖国状態だ。難しい所ではあるんだよね」
神聖国スヴァローン。インガシオ帝国の更に北西の、大陸の端に位置する宗教国家だ。この大陸で一般的に広く信仰されている叡智の神を独自解釈した思想に基き、その信仰を持った者達が立ち上げたとされる教団が始まりと言われている。
先の話題に挙がった通り、自らの神を唯一絶対的なモノとして奉じ、それ以外の一切の信仰や価値観を否定する。そして度々その独自の思想に基き、「異端者」を自らの国へと連れ帰り改心をさせる目的で奴隷にするという、その対象に選ばれた側としては迷惑極まりない習慣が残っている、と公国では伝えられていた。
その詳細は裏の事情に通じる者達ですら判明せず、彼の国に潜入した他国の間者達もある者はそのまま戻ってくる事は無く、またある者はその教えに感化されてしまい、やがて周辺諸国より彼の国への足は徐々に遠のいてしまっている現状だ。
「むぅ……ならばせめてあの不届き者二人だけでもどうにかせねばならんか」
「現状としてはそうなるね。そこまでしかできないし、そこまででわたし達の仕事は十分とも言える。わたし達は慈善団体でも国家戦力でもないからね」
アデルに諭され、アルバは歯噛みながらも無言で頷く。それを見たサリナはこの短期間でよくもまぁこの様な直情的な少年をここまで飼い慣らしたものだ、と内心感心してしまったが、無論それを馬鹿正直に顔に出す程純粋なつもりはない。そして事件の被害者でもある半人半馬の容態を改めて診始めた時の事だった。
「――う。姫、ぎみ……御無事でし……」
「ぅえっ!?」
予想外の力で寝台の中へと引きずり込まれ、サリナは年甲斐も無く小娘の様に目を白黒とさせてしまう。冒険者稼業という、比較的野性味溢れる荒くれ達を相手取る経験が豊富ではあるサリナだが、ここまでの力強さを間近に肌で感じた事はそうは無い。思い返せば現役を引退し、受付嬢を始めたばかりの頃に当時の見知りの冒険者連中から酒臭い息を吐きかけられながら口説かれまくった時以来の男の腕の感覚か。
我ながら男っ気の無い過去に少々涙をしながらも、自分を抱き安心した様子で再び眠りへと落ちるその半人半馬の眠り顔に若干見惚れてしまい、抱かれるままとなってしまったサリナであった。
「サリナにもついに春がきちゃったか。相方としては喜ばしくもあり、ちょっとばかり寂しくもあるけれど、そろそろ婚期も危ういサリナの事だ。是非ともこの機会にモノにして欲しいものだね……ところでこの場合、色々と釣り合いは取れるのかな?その、馬並とも言うじゃない?」
「何を阿呆な事を言っているんだか、いきなりの事で少しばかり驚いただけですわ……あ、あら?」
「サリナ殿、どうしたんだ?」
「……その、ですね」
ここぞとばかりに茶化してくる相方に溜息を吐きそう返しながら、サリナは寝台より這い出ようとする。だが、力強い中にも対象を労わる感情を感じさせる包み込む様な抱擁は、サリナをがっちりと掴み離す事はなく―――
「サリナがどうしても嫌だと言うのであれば、仕方が無いからわたしが無理にでも引き剥がしてあげるけれども、どうする?」
「くっ……貴女分かっててそれ、言っているでしょう?」
「理解のある相方を持ててわたしは概ね幸せだよ」
こう見えてサリナも魔導師として叡智を求めるのと同じ程度には慈愛の精神をも備える神職者だ。死に瀕する程の重傷を負い、その上でなお無意識の内に護るべきものの身を案じる姿を見て、一時の窮屈よりの開放を優先させる様な真似など出来る筈も無く……そのまま半人半馬の目が覚めるまでの間、抱き枕プレイを味わい続ける事となるのであった。
次回で終わるかちょっと怪しくなってきたけど頑張ろう。
次回の投稿、投稿間隔調整の為8/2(火)→8/1(月)に変更します。投稿時間は保証できませんが。




