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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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閑話⑮ ASコンビの公都見聞録④

 冒険者ギルド公国本部の大会議室にて、残った候補者であるサリナとカルディは火花を散らせながら対峙する。魔導学院時代には共に神童と謳われ、幾度となく対決をするも過去の勝負は全て引き分け。当時は年齢の関係で齢若きサリナの評価がやや高くはあったものの、実際には決着が付いた事は無く。

 そんな二人が既存の形式とはやや異なるとはいえ、こうして八年振りの直接対決をするのだ。当時よりこの公都に住む者であればその意味を知らぬ筈も無く、故にこの場に居揃う職員の大多数はこの手に汗握る展開に息を呑み、あるいは緊張のあまり体調を崩してしまい退出を余儀なくされる者まで出る始末。

 しかし、そうは言ってもここは概ね平和を享受する公都内。いわんや身近な所ではご近所の猫探しからはたまた大討伐の類まで、公権である騎士団や魔導師団といった軍属が動くにはやや大義の欠ける、痒い所に手が届くを実践し続けてきた冒険者ギルド内部にて無為の殺し合いな如き真似が許容されよう筈もなし。よってGMによる権限を駆使された結果が、目の前に置かれた紙――に書かれた内容だった。


「これはあくまで公正な選考の結果という事になる。全てはお前達の選択した結果だ。二人共、後に引く様な真似はするなよ?」

「……良いでしょう」

「異論はあれど、これがGMのご意向なのであれば致し方ありませんわ」

「では――裁定の時間だ」


 そして結果が呈される。運命の女神が微笑むのは―――


「――くうっ」

「よしッ……!」


 その結果を目の当たりにし、サリナは思わず苦い顔で呻いてしまう。対しカルディは普段人前では決して見せることのない、感情の籠った気合いの声を上げていた。この対比に見られる通り、此度の対決は僅かな……ほんの僅かな勝機の手繰り寄せによりカルディへと軍配が上がる事となる。

 まぁ、これを果たして勝負と言って良いかどうかには大いに疑問を呈するところではあるのだが。


「よかろう。では皇国方面への総指揮は私が執り行う事とし、補佐担当としての現場の取り纏めはカルディに一任する」

「うはははっ!今回は俺の勝ちだな!」

「こんなものを勝負とは呼びませんわ!ノーカンですっ!」


 ここに運命の明暗は分かれ、サリナは自らの選択に大いに悔やむ事となる。それはそうだろう、その選考に至る過程の大詰めで使用されたものと言えばこの紙に手書きをされた……頼太や扶祢の故郷である日本に於いて、所謂あみだくじと呼ばれた選択方式だったのだから。


「何はともあれ、これは決定事項となる。遺恨の無い様にな」

「まぁ貴様の本来の適性からすれば、そちらの仕事の方が向いてはいるだろうさ。気を落とすことはないだろ」

「ぐ……先輩にそれを言われるのは癪ではありますが、そこについては認めざるを得ませんわね」

「では、サリナには魔族の大陸に設立される予定である新たな支部のサブマスター、そして魔族大陸への第一次進出主要メンバーを兼任して貰う事となる。実力の方は言うまでもないとして、私はこれまでのヘイホー支部に於けるお前の実績も評価している。これは強制では無いが、出来れば引き受けて欲しい」

「承りました……あぁ、安定した生活がまた遠のきますわ」


 こうしてカルディはその組織運営能力と宮廷魔導師時代に培った経験を買われ政情の不穏なワキツ皇国へ、対しサリナは現役時代の数々の討伐経歴そして受付嬢としての交渉能力を見込まれ新規開拓要員として魔族の大陸へと、それぞれの適性に合わせた舞台へと進む事になった。


「ではGM、私は早速王城へその旨を上申してまいりますので」

「あぁ、陛下からは既に許可を頂いている。次席の件については休職扱いで通るだろう」


 それを聞いたカルディは最後にGMへと一礼をし、関係者達を引き連れ足早に大会議室を辞していった。後に残るはサリナとその護衛担当であるアデル、そしてGMと書記の職員達のみとなる。


「GM、もしかしてわたしまでが呼ばれた本当の理由とは、その進出メンバーに入る話があったからなのかな?」

「あくまで可能性の話ではあったが、ここに至ればそうなるな。候補者が寄る様な真似はしたくはなかったのだが、蓋を開けるまでもなく勝手にお前達の吐いた毒で他の候補者が軒並み事態をしていったと聞いた時は思わず笑ってしまったぞ」


 これもある意味必然と言うものか。言外にそんな含みを持たせた物言いをするGMにアデルは苦笑を漏らし、サリナはと言えば更なる自己嫌悪へと陥ってしまう。さりとて既に決まってしまった事だ。暫し現役を遠のいていたとはいえそこは元百戦錬磨の冒険者、直ぐに気持ちを切り替え次なる舞台への進出準備を頭の中で模索し始める。


「ですがGM。先程のお話では未だ拠点の目途すら立っていない様に思われますが、そこについては如何なさるお積もりでしょうか?」

「それについても当てはあるのさ――入って来い、アルバ」


 次なるGMの言葉にこの場で反応したのはただ一人、昨日市場にて同名の魔族の少年と暫しの時を過ごし、ここにきて最後に少年が言った言葉の意味をようやく理解するに至ったアデルのみであった。


「――成程ね、あの時言っていたのはそういう事だったか」

「あぁ。約定通り我がアルバ・ルミナリティの名に賭けて、父上の言い付けがなくとも儂は、お前の力になる事をここに誓おう」

「「……え"」」

「表向きにはとても言えた事ではないが。まぁ、若き日の過ちと言うやつでな――当時魔族の大陸に渡った時に出逢った、一人の娘との間に生まれ落ちた我が息子だよ」


 アデルとしては正味の所アルバがこの場に現れた事よりも、年齢不詳の独身貴族と言われていたこのGMに子供がいた事実の方が余程驚きというものだ。


「これは、奥様世代の支持者(ファン)が目減りしてしまうかもしれないね」

「……この事は内密にな」

「父上はもてるからな!」


 この大陸に存在する全ての冒険者の頂点であり、行ける伝説とも謳われるグランドマスター、トラモント・ルミナリティ。

 若き頃には交流が始まる以前の混沌とした魔族の大陸を巡る大冒険を果たし、近年の冒険者ブームの先駆けとなったとまで言われている程のカリスマ的存在。未だ独身を貫くとされている彼の噂は社交界でも有名で、度々貴族の奥方様がたの人気の的となっていた。何だかんだで彼もスポンサーを集めの意味合いで、陰ではこうして色々と根回しに苦労をしているのであった。


「ともあれ、アルバはこう見えても地元ではそれなりに発言権も強い立場だからな。お前達の仕事には大いに助けとなるだろう」

「という訳だ。以後、宜しく頼む!」


 父であるGMにそう太鼓判を押されたアルバは、言われてみれば父親そっくりの覇気の見られる顔で二人に握手を求めてくる。片やそれを戸惑いながら、片やいつも通りの楽しそうな笑みを浮かべてそれを受け、こうして両者の顔合わせは終わる事となる。


「さて、それでは我等の親交を深めに街へ繰り出すとするか!」

「いやちょっと待って!待ってください。内情は把握致しましたけれども、貴方は見るからに魔族然とした外見ですよ?肌の色こそ人族のそれと変わりませんが、変装もせずにいきなり街へ出れば無用の混乱を――」

「あれ、気付いてなかったのか?昨日サリナがわたしと諸共に宿の窓から叩き出した子供が、このアルバだったんだよ」


 自身としては差別と言われようとも無用な混乱を避ける為、至極真っ当な意見を言ったつもりであったサリナだが、そこに相方から衝撃の事実を聞かされ思わず言葉を失ってしまう。言われてみればあの時の少年の背格好はこのアルバに近かった気もする……のだが、二日酔いに悩まされていた当時の記憶は曖昧に過ぎており、結局それ以上は何も言えずに黙り込むに留まってしまう。


「どうやら多少の面識はあった様だな、お前達。ならば憂う事もなし、私は早速皇国へと繋ぎを付けに行くのでこれで失礼させてもらおう」

「父上、行ってらっしゃいませ。お体を御労りください!」

「あぁ、お前も無理をし過ぎて母さんを悲しませてくれるなよ」


 最後に柔らかな親の顔を見せ、御付きの者共々GMは部屋を出ていった。そして最後に残った三人はと言えば、ふと誰からともなく顔を見合わせ―――


「――まずは、市場で美味しいお昼ご飯でも頂くとしようか?」

「……ですわね。ちょっと度重なる気疲れで頭に栄養が欲しいところだわ」

「では儂がここ数日で見付けたお勧めの店を紹介するぞ。これが中々良い趣の店でな――」


 この様にして、その後に続くと予想される長い付き合いの始まりとしてはそう悪くはない、幸先の良いとも言える邂逅を迎える事となる。一先ずはこの出会い、そして彼等の行く末に乾杯といった所であろうか。


 ・

 ・

 ・

 ・


「本当に、魔族である貴方の姿を見ても誰も何も言おうとしないのですわねぇ」

「だから言っただろう?この子はむしろ、昨日のやり取りのお陰である意味新しい名物となっているんだよ」

「その物言いは、流石に儂でも傷付くのだが……」


 驚いた事に街中の往来でこそ時たま振り向かれたりはしたものの、市場に入ってからというものは何というか、生暖かい目とでも言おうか……注目を集めているのは間違いないのだが、そこに含まれるのは概ねプラスのイメージであり、サリナが危惧していた事態などは起きる気配すら見られなかった。


(わたくし)達の離れていた間で、この公都も見えない所から徐々に変わって来ているのでしょうかね」

「聞くところによれば、前回の祝年祭以降クシャーナを経由してそれなりの数の魔族がこちらにも来ているらしいね」

「儂もこの街に来てより、予想外に魔族を見る機会が多く吃驚したものだ」

 

 そして三人は特にトラブルなどに巻き込まれる事も無く、アルバの先導に従って異国情緒溢れる料亭で昼食をとる事となる。


「それで、わたしとサリナは当然として。二人共、他に連れて行けそうな候補は居るのかい?」

「儂はこちらの世情に関しては疎いからな。来た者を拒まぬ体勢をあちらで作り、現地の民をサポートとして付けるが精々といった現状か」

「わたしも伝手と言えば冒険者仲間達か実家の関連程度だからね。今回の事情からすれば実家の伝手は使えないし、冒険者に関してはサリナにお任せという事で」


 このアデルの言葉に、そらきた、とサリナは内心溜息を吐いてしまう。この相方はいつもいつもこの手の問題は自分に丸投げをし、その都度自分が頭を悩ませる羽目になるのだ。

 学院時代より変わらぬこの困った関係ではあるが、何故かアデルに頼られる事を不快に感じない自分が居り、そして頼られるのと同じ程度にはこちらも相方を心の拠り所にしてしまっている現実。基本的に他人を当てにした経験が数少ないサリナではあるが、これが馬が合ってしまったという事なのだろうなと漠然ながらに考える。


三つの世界(トリス・ムンドゥス)でのシェリーとクロノの辿ってきた過去を見るに、これもまた必然、という事なのかしらねぇ)


 信仰の有無は兎も角として、サリナとしては運命論者を気取るつもりは無い。しかし彼の世界での鏡映し達の(えにし)、そして一度はサリナが現役を退いた事によりコンビを解消した筈のアデルとの、なし崩し的な相棒関係への復縁。そういった数々の要素を鑑みるに、奇妙な因果といったものを感じずにはいられなかったのだ。

 故にサリナは愚痴を零しつつも終生の友より頼られる事を誇りとし、またそれに無自覚の喜びを覚えながら苦笑を浮かべてこう答える。たまには貴女も考えなさいな、と。


「うーん、それじゃあ……ヘイホーの繋がりで思い当たる所と言えばガラムにキェゾ、あとはカイマンと――」


 通常、案を出す側であるサリナから珍しくそう返されたアデルは、予想外の言葉につい目をしばたたかせてしまう。然る後に料理へと伸ばす手を止めて、腕を組み悩みながら順次候補を挙げていった。こうしてアデルによって読み上げられる名を書き留めながら、サリナは同時に頭の中であらゆる事情を鑑み選別をし続ける。

 先のGMの発言内容にあった通り、計画としては確かに魔族大陸への進出の案件は前例の無い最大規模と言える。しかし、生まれ育った大陸を離れ遥かな新天地の販路を開く、という遠大な計画には成功の保障が無く、またその道半ばにて望郷の念に駆られ脱落してしまうものも少なくはないだろう。然しものサリナと言えど、これにばかりは何時もの様な強権的采配を振って軽く決める訳にはいかなかったのだ。


「ガラムさんはともかくとして、キェゾさんは狐人族の集落での諸事情を抱えていらっしゃるし、今はサップ君もあのパーティに参加して成長途中の大事な時期ですからねぇ……カイマンさんは、何らかの形での故郷への保障さえ確約出来れば二つ返事で引き受けて下さるでしょうが」

「儂等の大陸は、この大陸からは相当な距離があるからな。一度行ってしまえばそうそうは戻れない距離というのがネックだよな」

「それもあるけれど、やはり魔族に対する印象の面が強いのかもしれないね。今でこそ昔の様な醜怪な風聞に騙される者も少なくなったとはいえ、まだまだ民衆には正しい姿が伝わっていない現状だからね」


 端的に言ってしまえば、距離と心象。どちらも人心を強く揺さぶるに足る問題であり、そしてこれらの条件を満たしつつ実績も積み重ねてきている者の存在は、多岐にわたる人材を確保する冒険者ギルド内にもそう多くはない。


「やはりここは、帝国からの人材にも期待をしたい所だね」

「ですわねぇ……ただ帝国は軍事国家故に有能な人材はほぼ軍が掌握しているでしょうし、こればかりは皇帝の鶴の一声という訳にもいかないでしょうから」

「む、むう。人間達も、中々に苦労をしているのだな」


 何よりサリナとアデルの二人は過去に帝国と揉めた経緯があり、個人として領内に立ち入る程度ならばまだしも直接協力を求めるのは至難の業というものだ。此度の招致に帝国所属のギルド員達が一切応じなかったのも、表向き噂されているサリナとカルディに関わる痴話喧嘩の類などではなくその辺りが関係しているのは、事前のリチャードによる調査で裏が取れている事だ。


「困りましたわねぇ……実績は無くとも、言ってしまえば(わたくし)達の同類でかつ、それなりの能力を有している方々でしたら、心当たりが無くはないのですが」

「それは奇遇だね。わたしもそういった偏見や先入観念が薄く、ほぼ全ての条件をクリア出来そうな人材には当てがあるんだよ」


 暫しの間、頭を悩ませた二人はふと何かを思い出した様子で口を揃えて語り合い、訳も分からず首を傾げるアルバを差し置き不気味な笑いを上げ続ける。しかしひとしきり黒い笑いで現実逃避をした後に、やはり再び揃って溜息を吐いてしまうのだった。


「とは言え、たったの四人では心許ないどころの話では無いのも事実だよ。それはそれとして、やはり人材発掘についてはどうにかしないとね」

「それにあの子達の事です。きっとまた予想外の事態に巻き込まれて、下手をすれば今この世界に居るかどうかも怪しいものですし」

「正直な所、儂にはおのれ等が何を言っているか理解出来なくなってきたんだが……なんだこの世界って」

「「気にしないで欲しい(ください)」」

「そ、そうか……」


 それからも頭に疑問符を浮かべながらも健気に話を合わせようと努力するアルバを交え、三人は暫くの間を相談に費やす事となる。






 一方その頃、話題の人物達と言えば―――


「――何だこの猛吹雪!?」

「何これ寒い!?凍え死ぬぅっ!!」


 どこぞの季節外れの雪山に防寒装備も無しに無謀な挑戦をさせられて、生きるか死ぬかの瀬戸際で命の有難みというものを堪能している真っ最中であったとさ。

 尚、頼太達にはいつも通りに強権が発動され本人達の知らぬ間に軽く強制参加が決定した模様。

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