第020話 廃坑と戦闘狂
ヘイホーより西南へ約二時間半、サザミ銀山址―――
「――ここか」
十年程前までは稼働していた銀山への通り道であった名残か、街道はそれなりに整備の跡もあり道中は特に魔物にも遭遇はせず比較的スムーズに辿り着く事が出来た。
「予想よりは結構早く着けたみてぇだな」
「今からだとお昼にしてから入った方が良いかな?」
「飯ダー!」
「わぉーん!」
まずは休憩ついでにリヤカーから敷物とクレイドルで小銀貨一枚(約2000円)で作り置きをしてもらったでっかいバスケットを取り出し、ランチタイムと相成った。
「ん~、良い香り」
蓋を開けてすぐ広がる香辛料の香りに思わずごくりと喉を鳴らしてしまい、いただきますの挨拶もそこそこに早速各々サンドイッチを手に取り食べ始める。
「このカリッカリに揚げた衣とパンに馴染むソースがマッチしてて堪らないな」
「中の肉もプリップリで歯ごたえあって美味しいわ~」
「街中で落ち着いた飯を食うのも悪くねぇけど、俺っちはやっぱり屋外で気持ちの良い空を眺めながらのんびり食う方が好みだな」
「分かルー、この時期は特にネ」
「まだそんなに暑くもないし、のどかな気分になれるよね」
初夏には少しばかり早い青空の下、ピクニック感覚で皆で食べるカツサンドは最高ダネ!カツもイノブタ、ハム、海老の様なもの、メンチと数種類があり、ソースの代わりにマスタードをたっぷり塗りつけられた物までと充実していた。
純粋な豚の肉は高級品らしくトンカツが無いのは少し寂しかったが。でもイノブタも臭みがあまり無いのに肉の味が濃いのが結構ハマるな。イノブタなんて品種までこっちにあったのはびっくりしたが、きっと趣味人の方々が頑張ってくれた結果なのだろう。先人達への感謝の念を胸に、有難くご馳走になりました。
「それじゃあそろそろ入るとするかぃ」
そして食後の一休みも終え、釣鬼の言葉を合図に各自装備等の再チェックをする。とは言っても探索用の道具は殆どリヤカーに搭載されているしチェックするのは自分の手持ち武器の使用感位だが。
「えーと、石蜥蜴鶏と相対する時の注意点って、石化嘴と、毒の息位かな?」
中を歩きながら扶祢が確認の質問をする、質問先は勿論釣鬼先生だ。
「主にはその二つだが、羽毛が名前の通り石……というか岩のように分厚くて堅ぇから、単純に物理攻撃も結構な脅威になるんだわ」
「それじゃあ刃先のある武器じゃ刃毀れするだけか」
「そっかー。じゃあ打撃中心で戦った方が良いね」
むう、ゲームとかで出てくるコカトリスやバジリスク相手だとレア度の高い剣のごり押しでザクザク斬りまくる作業を何の疑問も持たずにやっていたが、あれって現実でやると一戦で剣がボロボロになりそうだよな。種類によっては血そのものに腐蝕の効果がある奴までいるみたいだし。
「そうだ、扶祢のパクリ霊術はどうなん?こういう相手にこそ使えそうだけど」
「そこはもうちょっとオブラートに包んだ言い方をして欲しいかなぁ……あれは威力の調整が難しいのと消費が大きくて連射出来ないのよね。屋外での殲滅戦とかになら使えそうだけどこんな廃坑の中で使ったらちょっとどうなるか保証は出来ないかな」
これは名案!とばかりに思い出した扶祢の霊術だが、その芳しくない物言いによる返答内容からどうやら威力が半端ないらしい事だけは理解出来た。そういえばこいつ、ギルドの水晶鑑定で霊力がSって表示されてたっけ。
「……ちなみにどうなるか聞いてみて良いか?」
「炎だと閉鎖空間諸共大爆発を起こして落盤待ったなし、氷は皆仲良く氷漬けになって巨大冷凍庫の完成、風は良くて気圧差で高山病、悪いと全員窒息死、かな」
「「………」」
よし、聞かなかった事にしよう。無差別範囲のフレンドリーファイアで全滅とか洒落にならんぜ……。
「随分と使い勝手が悪い魔法だナー」
「昔から霊力の細かいコントロールが苦手でさぁ。十回も使うと息切れしちゃうのよね」
「霊力Sで十回てどんだけ消費激しいんだ……」
「ランク、イコール神秘力量総計ではないとは言えそいつぁ凄まじいな……上級魔法以上の消費か」
「マァ今回は危なくなったらボクがサポートしとくヨ」
「助かる」
そして大まかな方針を決めながら歩いている間に、いつの間にか魔鉱石が採れるという石蜥蜴鶏の巣が見えてきた。
「おぉ、居る居る」
「ひの、ふの……六匹か。予想よりも随分と少ねぇな、残りは出歩いてでも居るんかな?」
巣の内部に見える石蜥蜴鶏達を数えそんな感想を抱く釣鬼。
だが、ちょっと待ってほしい。こいつらヤケに堂に入っているというか、鶏にしては目付きが鋭すぎないか?
「――なぁ、石蜥蜴鶏ってこんなにドスの効いた目付きしてるモンなのか?それにあの動き、どうも何かのトレーニングをしてるように見えるんだけどさ」
「言われてみれば、うさぎ跳びにスクワットに……うわ、あの鶏なんて腕立て始めたよ!?」
「またけったいな連中だなオイ」
耳を澄ますと「クェックェックェッ……クェェッ」とか「コッココッココッコッ」と何かの掛け声のような鳴き声が聞こえてくる――今度はシャドーボクシングを始めやがった……。
「え、何これ怖い。石化とか以前に俺辺りじゃ普通に体術オンリーのガチンコでも負けそうなんすけど!」
「うーん、ファンタジィ?」
「ちょっとやってみっかな」
いやいや扶祢さんや。確かにファンタジィだけどこれは何か違うと思うぞ。釣鬼は釣鬼で早速仕合でもやる気になったのだろうか、ストレッチをし始めているし段々と場がカオスじみてきた。
と、そんなやり取りをしていると―――
「グェー?」
後ろから多分石蜥蜴鶏のものと思われるであろう声が聞こえた。
「「――ッ!?」」
即座に釣鬼と扶祢が反応し得物を突き出すが、その先は既にもぬけの殻。声の主はいつの間にか巣のある側へ回り込んでいた。しかし……。
「クエックァグゲッ?」
「……まるで敵意を感じないな」
「というか話しかけてきてる?」
「『人間達がこんな場所に何の用だ?』だってサ」
なぬ!?こいつら知能があったのかよ、というか……、
「ピノちゃん言葉解るの!?」
「アー、何となク?ピコともいつも話してるヨ」
「まじかよ。スゲー特技だな」
「敵対的でない奴に一方的に攻撃を仕掛ける訳には……いかねぇよなぁ」
ピノの翻訳を聞き困ったように後ろ頭を掻く釣鬼。よく見るとさっきの声の主は他の石蜥蜴鶏達よりも一回り大きく、周りの六匹が俺達の姿を確認しても慌てる様子すらなく後ろへ整列して控えている。群れのボスってことか?
そいつは落ち着いた様子で鋭い視線をこちらへ向け、まるで俺達の返事を待っているかの如く泰然と構えていた。
「話せるなら話し合おうよ」
だな、俺も扶祢に賛成票を投じる。というか全員同意見のらしいね。
「じゃあ、ピノ。翻訳お願いできるか?」
「アイヨー」
そして世にも不思議な、人と鶏の会談がここに成立する事となった。
「お前達の住処に立ち入って済まねぇ。俺っち達は人間の街のギルドの依頼でここに魔鉱石を探しに来た冒険者だ。今迄魔物と言えば発見するなり問答無用で襲い掛かってくるものとばかり相対してたからよ。さっきの対応は済まなかったな」
『ほう、我ら石蜥蜴鶏の巣と知り立ち入ってくるとは中々腕に自信があるようだな。俺に攻撃を仕掛けてきたのは別に気にしてはいない。むしろよく人間が我等と話す気になったものよ』
「さっきは御免ね。気配も感じずに背後を取られちゃったから咄嗟に手が出ちゃって……」
『仕方あるまい。俺もまだ修行中の身とは言え、こやつらを率いる程度には練り上げているつもりだ。早々悟られはせんよ。だが、そのつもりも無く気配を消して近づいた俺にも原因があるか。それに関しては済まなかったな』
「予想以上に見た目とのギャップ以外はまとも過ぎてもう討伐対象に見れないんですけど……」
「だな……」
どうしよう。と、最早完全に戦意が失せて戸惑う俺達に対し、石蜥蜴鶏のリーダーがまた話しかけてくる。
『して、要件は魔鉱石…と言うとあの光る石か。それならば我等は特に必要とはせん、その内増えるであろうから夜の明かりとして使う分以外ならばくれてやっても良いが……』
「良いが?」
そこで一度言葉を切り、何やら周囲を見回す石蜥蜴鶏リーダー。
話の腰を折って悪いけど、言動が言動なだけに動作一つを取っても恰好過ぎるんですけどこの鶏。
『主等、見るに中々の腕前のようだな。特にそこのでかい貴様。魔鉱石をくれてやる代わりに我等と腕比べをせんか?』
「「へ?」」
「――ほう。悪くねぇな?」
驚きを隠せない俺達とは裏腹に、釣鬼は口の端を釣り上げオーガの面目躍如と言った感じの凶悪な笑みを浮かべる。
『くっくっく。やはり貴様も同類かよ』
「おうよ、こっちはそれで異存はねぇ。んでどうする。団体戦か?個人戦か?」
「えっ……」
「おま何勝手に巻き込んでくれてんの!?」
「面白レー、ヤレヤレー!」
「わうっわうっ」
俺達の同意も得ずにいきなりの試合の申し込みを快諾してしまう釣鬼。誰だこの戦闘狂をリーダーにしたのは!
既に後の祭り状態で両者闘気を漲らせ……ってちょっと待て。この鶏、威圧感が釣鬼と同レベルなんすけどー!?
「……ハァ、まぁ殺し合いじゃないなら随分マシだししょうがないっか」
「どこかに抜け道があるはずだ諦めるなまだ早い考えろ俺……」
「ナイナイ、諦めナ」
「わふぅん」
扶祢はあっさり諦めるしピノピココンビは既に観戦モードだし逃げ場などどこにも無かった。ついでに言えば英雄譚の主人公じゃあるまいし、こんな凡人の頭で起死回生の一手なぞ思いつく筈も無かったぜ……。
『そうだな、腕試しと鍛錬も兼ねているから一対一の総当たり戦でどうだ?』
「……む。この妖精と狼は今回ゲストなんでな。外してもらっても良いかぃ?」
「魔法アリで良いナラやっても良イゾー」
「わぉん!」
「ピコも別に構わないってサ」
こうして俺の危機回避に向けた努力も虚しくあっという間に段取りが決まり、俺達と石蜥蜴鶏達は戦闘ならぬ試合をする事になってしまったらしい。扶祢じゃないけどまぁ、殺し合いって訳では無さそうだし、久々の稽古のつもりでいくしかねぇか……。
『ふーむ。対魔法戦を今のこやつらにやらせるのはちと酷か。ではこちらの上位三匹とそちらの三匹でそれぞれ一対一という事でどうかな?――そして俺の相手は……』
とボス鶏はニヤリと嘴を吊り上げる。当然その先には―――
「おう、わからいでか」
ですよねー。
そこには既にやる気と闘気を漲らせ、本物の鬼もかくやといった愉しげな表情を浮かべる、一人の戦士が居た。
どうしてこうなった。後悔は少しはしている。




