閑話⑫ ASコンビの公都見聞録①
頼太がまだ双果の依頼を受ける前あたりからのサリナ側のお話です。
公都クムヌ―――
大陸西部随一の広さを誇るサナダン公国の首都であり、また過去を辿れば大陸東部地方の覇権を握るワキツ皇国の首都、雲州と建都の時期を競う程に古くから存在する、歴史の長さを感じさせる都市である。
良く言えば伝統を守り続けた千年都市、あまりよろしくない言い方をすればまぁ、古きしがらみに囚われ続けるが故、ヘイホーを始めとする隆興都市の勢いに押され気味な時代遅れ都市といったところか。
とはいえそういった勢いの無い、裏を返せば落ち着いた雰囲気といったものを好む者達――特に古き良きを重んじる貴族諸侯を始めとする支配者階級からはこよなく愛されている街の一つでもある。それ故に、つい昨年実施された公国内人口推移調査で港町クシャーナに次ぐ第三位へと転落しまった今現在でも、規律を重んじ古き良きを実践し続けるその在り方は一定の評価を受けていた。また政務の頭でもある現公王を始めとする王族達の評判は良くもなく悪くもなく、概ね安泰を享受し続けている現状だ。
だが、それはある種の停滞をも齎し、結果権力闘争といった、比較的流れる血の少ない主導権争いが発生するのも止む無き事と言えよう。
故に―――
「まっ……たく!どうしてアナタ方はそう、小人族並に頭が固いのですかっ!?確かに我々冒険者ギルドはスポンサーあってこその部分があるのは間違いありませんが、我々はあくまで民間団体です!スポンサーとパトロンの区別も付かぬ様なその凝り固まったお貴族様至上主義、だからお飾りのギルド本部などと帝都支部に揶揄されるのではありませんかっ!」
舞台は冒険者ギルド公国本部の大会議室にて。公国内はもとより大陸各地の支部より集まった、次期新規立ち上げ予定地に於けるサブマスター候補の居並ぶ中、サリナは声を張り上げ暗に主張する。目先の権益に媚びへつらうだけならば貴族の私兵にでもなってしまえ、と。
現に数多な地域の候補者達が出揃う中、帝国支部のみはその思想を嘲笑うかの如く不参加の通告のみを護法文書にて送って寄越し、結果今回の会議には一人とて帝国出身者は参列していなかったのだ。
サリナの発言を受けた候補生の半数以上はその論調の勢いに圧され、残りの内の更に半数程は少数ながらも志を同じくする者故に唯々黙して頷くのみ。しかし、世の中志のみではどうにもならぬ事が多々あるのもまた事実。更に言えばこの場に居るのは姿勢はどうあれ皆、権力を手にする事を望んだものばかりである。当然ながらに真向から対立する者や端から自身の意見を押し通す事にのみ腐心する者、はたまた国への忠義こそが全てに優先されると謳う者等等、会議場の内部は正に跳梁跋扈の体を成していた。
「これはしたり。国内最大の都市ヘイホーよりの民間主義とやらの候補者殿はその実、大変な差別主義者であらせられる。この公国では種族差別の類は認められておらぬよ。それについて、弁明があれば是非ともお聞かせ願いたいものですな」
「ハッ――差別とは偏見や先入観に基づき、特定の立場、若しくは個人に対して不利益・不平等な扱いをすることを指すのです。小人族の方々は概ね頭が固くはありますが、それを自らの誉れともしていらっしゃる誇り高き方々。頭が固いと言われたところで笑いの種にしこそすれ、差別などと騒ぎ立てる様な不利益に感じる方などおりませんわ。ただの比喩を差別的と捉える辺り、アナタの方が余程差別主義者ではなくて?本部総務部長代理?」
彼方が言葉の揚げ足を取ればこちらはそれを足掛かりとして更なる口撃に出る。俗な言い方をすれば、ああ言えばこう言うを絵に描いた様な二人のやり取りに徐々に重苦しさを増す空気を感じ、口数の減っていく他の候補者達。その後も暫し続いた約二名程の口舌の刃の応酬は、他の候補者達のやる気というものを根こそぎ奪い去るに足るものと化してしまっていた。
「チッ……没落家系の小娘の分際で」
「あぁら?遂に出ましたわねお得意の無駄な事大主義が。他人を突っつくのはお好きな癖に、いざ自らが矢面に晒される事への耐性はなく、そして顔を真っ赤にして失言をぽろぽろと。本当、相手取る側としてはこれ程やり易い事もありませんわねぇ」
「……取り纏めの苦労も知らぬ英雄気取りの蛮人が何を言うか!」
「その、二人共。これはあくまで今回の候補者達の顔合わせであるからして、その辺りでだね?」
「机上の空論ばかりで世間を騙し、一部の貴族に都合の良い方針を決めたいだけならば文官にでもなれば良いでしょうに……あぁ、その目も薄いのでご実家の権限を使い、この様な民間団体に入る枠をねじ込んでいただいたのでしたっけ。心中お察しいたしますわ……」
「よくぞそこまで抜かした小娘がッ!表へ出ろ、貴様等蛮人共の好む、力の直接行使で片を付けてくれるわっ!!」
ここに至り最早我慢ならぬとばかりに憤然とした様子で席を立ち、向かいに座るサリナへと宣戦布告にも等しい宣言をする、文官然とした出で立ちの壮年の男。対するサリナはと言えば、冷え冷えとした薄い嗤いを顔に張り付け、それに応じ――ようとした所で背後から忍び寄る者の手により羽交い絞めの形に抑え込まれてしまう。
「はいはーい。暴力反対、ここは平和的に解決といこうか」
「あ、ちょっ……ええい、離しなさいっ!」
「総務部長代理もそれ以上やると部長に密告りますからね~。どうせ収まりつかないでしょうしここは一つ、眠っていてくださいな」
「おまっ、ここでそれをやる……きゅっ!?」
こうして、文官の皮を被った武闘派二人の主導権争いは有耶無耶の内に痛み分けに終わり、いきなりの内乱勃発寸前にまで発展させかけた責任につき、双方ペナルティを課せられる事となる。これにより、早々に有力候補の二人が落選の憂き事態に陥ってしまうかと思われたのだが―――
「儂、今回パス。後になって逆恨みで闇討ちなんぞされたら敵わんぜ」
「俺も、ちょっとあの二人の毒に対抗出来る気がしねぇわ……」
「今回はあのお二方が参戦なされるという事で、帝国の方々も腰が引けて様子見の構えでしたからね。もう少しばかり善意に満ちた、良き機会を待つといたしましょう」
取っ付き易い民間事情という事で会議室の外に待ち構えていた新聞記者達のぶらさがり取材にそう答え、ギルド本部へと辞退の旨の申し込みが次々と殺到してしまったのも無理からぬ話であろう。
こうして元候補生達はその有能さ故、それぞれの地元で溜まった仕事を片付けるべく足早に公都を去っていく。当然の事ながら、最後に残った候補生はヘイホーの誇る爆弾コンビの片割れである元Aランク冒険者、サリナともう一人。公都内における数々の組織での安定運営の実績により公私共に信頼が篤く、若くして冒険者ギルド本部総務部長代理となった通称「恐怖の出納帖」。宮廷魔導師次席でもあるカルディ・コルネアスの二人のみとなってしまったのだ。
「貴様のお陰でまた俺に金権主義の権化というレッテルが貼られただろうが!貴様はいつもいつもやり口がえげつねぇんだよっ!」
「あ~ら。この私を差し置いて、何時の間にやら宮廷魔導師との二足の草鞋を履くが如き真似をするからですわよ。分を弁えなさい?」
「抜かせ!貴様は昔から公権なぞに興味は無いと声を大にして主張していたから俺にお鉢が回ってきただけだろうっ。俺だってなりたくてなった訳じゃあない!」
「んまぁっ!?数年も勤め上げればあとは遊んでも暮らしていける程の看板と御給金を頂いておきながら、なんて我儘な態度なんでしょうっ。その年棒の半額で良いから寄越しなさいな!」
「結局金かよ!大体半額ってどれだけ欲の面が張っているのだ、貴様は!?」
その後もたった二人だというのに場は喧々諤々といった様相を呈し、結局は本部のグランドマスター不在につき結論が出る事もなく。応急処置として仲良く公都の街につまみ出される事となってしまった。本部ギルド職員達も何だかんだでこの二人の性格を知り尽くした、無難かつコストパフォーマンスに優れた対応をしたと言えよう。
「あはは。ともあれ、久しぶりだねカルディ。元気そうで何よりだ」
放り出された姿そのままに互いを睨み付け、しかし公都民達の視線を気にして牽制をし合うのみに留める二人に白銀の鎧を纏う耳長族が手を差し伸べる。此度の招致に対するヘイホー側の対応として、サリナの側の護衛役というかお目付け役に抜擢された、アデルだ。軽い口調は知己に対するそれであり、先程の騒動を聞き付けてやってきた警邏兵達もその顔触れを見て納得した様に頷き去っていく。
その一連の行動より言えるのは、それだけ比較的閉鎖的であるこの公都に於いても冒険者ギルドという組織が受け入れられている事実の証左であろう。とはいえ、一般的には冒険者ギルドが色物揃いの大道芸紛いな扱いをされているという現実も否めなくはあるが。
「そちらもな、ここ数年の活動内容もこの本部では逐一耳にしている。この分では実家に戻るのもそう遠くはないと思えるが」
「む――それはまぁ、今は置いとこうか」
カルディの発言の意味する所を苦々しい顔で受けながら、アデルは一度合わせた目線と共に話題を逸らす。そのこめかみより流れ落ちる一筋の汗は、果たして大鎧を付けて動き回っていた疲労によるものか。
「アデルさまに、そしてサリナさまもご壮健そうで。あっしもご機嫌でございますよ」
「……ルッコもね。こんなのの側付きとしての苦労も多いでしょうに。頑張るわね」
「お前にだけは言われたくないがな」
「「………」」
サリナとカルディ、強いて言えば犬猿の仲、という言葉がこの二人の関係を表すのに最も近いだろうか。世の中誰にでも一人や二人、どうにも虫が好かぬといった相手が居ることだろう。この二人もその例に漏れず元は公立魔導学院の先輩と後輩の関係だったが事あるごとに意見が対立し、それでもすり合わせようと互いに不器用な努力を積み重ねてきた結果……何をするにもぶつかり合い、だのに共に行動する事も多いという、相容れぬ様である意味心が通じ合っているとも言える、歪んだライバル関係となってしまったのだ。
「どうせ私の次点として選ばれた冠位でしょう。精々この私に感謝をし、その借りを感じて今回は辞退して下さらないかしら、先輩?」
「そういう事は貴様等がいつだかの紅竜討伐の際に被らせた、戦車部隊の損害の尻拭いをした俺への借りを返してから言って欲しいものだな」
「それはそれ、これはこれですわ!大体何年も前の現役時代の話を持ち出してくるなんて卑怯ですわよ!?」」
「貴様が過去の話を振ってきたのだろうがっ!相変わらず我儘極まりない才持ちだな、ヘイホー支部の面々がどれ程貴様に苦労させられているかが分かるというものだ!」
ここまでぶつかり合って尚、仲良く大通りを歩きながら馴染みの酒場へと向かう二人。そんな困った二人の後ろをこれまた互いに無言で苦笑を見せ合いながら、護衛の二人もそれに付き夜の公都へと足を運ぶのであった。
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「――で、せめて親御殿へ顔を見せる位はしたんだろうな?」
酒もそれなりに進みほろ酔い加減となった頃に、それを見計らったかカルディはサリナへとそんな問いを投げかける。その瞳の色は、つい先程まで互いを親の敵の如く噛み付き合っていた相手を見る目ではなく……強いて言えば手のかかる親戚の娘を見守るそれだろうか。
「む…そんなのアナタには……」
「関係無い、とは言えないよね。流石にさ」
「……うっさいわね」
横合いから揶揄う様に口を挟むそんなアデルの言葉に、普段は滅多に表に出さぬむくれた顔を見せ、サリナはそれだけを返し飲み続ける。
「サリナさま、また酔い潰れて逃げる気満々ですな?御主人、破談した元許嫁関係とはいえこんな無防備な姿を晒す御方は、お望み通り手籠めにされちゃったら宜しいんでは?」
「……これがこいつに会った当初ならば、それも良かったかもしれないがな。正直こんな阿婆擦れではなぁ」
「案外無理矢理押し倒してしまえば、翌朝からはべったり甘々に豹変しちゃってるかもしれないよ?」
既に取り返しも付かない程に酔いが回り、正常な思考を保てなくなり始めた頭の中でそんな不穏な知己三人の会話を聞き、夢心地のままにサリナは思う。
(誰が阿婆擦れよ。そんな事してきたら、あの手この手で責任取らせてやるから!)
カルディとルッコの主従関係、そしてサリナにアデルの二人。魔導学院時代より長年の付き合いである、何だかんだでこの程度の掛け合いが出来る程には心の打ち解けた友人達。多分に互いの難儀な性格が邪魔をしている歪んだ関係ではあるが、外で言われている程には険悪と言う程でもない二人であった。
こうして古き友人達の夜は再会の杯を交わしつつ和やかに更けていく、グランドマスターによる此度の招致の真の目的を知る事も無く―――
話の大筋と設定を作るのにちょっと手間取りました。シズカ編程には長引かない予定です。




