第174話 異心往交
明後日辺りに悪魔さん第27話、投稿しまス。
『ソレデハ。ナガクビヲタイジシテクダサッタ、ニホンアシノミナサンヘノカンシャヲコメテ……カンパイッ』
「「「カンパーイ!」」」
「ニホンアシサマー、アリガトー!」
「リガトー?」
海竜達の撃破を確認したその日の夜、再び要塞内の居住区大広間にてパピルサグ達の宴会が始まった。どうやら前の宴の時は見慣れぬ二本足に戸惑っていた子供が多く、まだ緊張していた部分もあったらしい。当時はそれでも元気一杯に騒いでいる様に思えたのだが、二回目となる今回のはしゃぎっぷりを目の当たりにした今は、あれでもまだ大人しかったんだなぁ、としみじみと思うのだ。
だってね、前回は床の上をひしめき合って騒いでいた幼生達がね、今度は天井に張り付いて逆さまに走ってたりしてるんですよ。あまつさえ人魂モドキの電灯にぶら下がり、ふよふよと飛んでいる個体までいた。
お陰で前回に比べれば俺達の周りの空間には若干の余裕もあったし、シュールな背景と賑やかな声のBGMさえ気にしなければそれなりに寛ぐ事も出来ているから別に良いんだけどな。
「オネイチャー、コレアゲル!」
「おぅ、美味いなこれ。それじゃあ俺っちからは、このロブスターっぽいのをお返しだ」
「ヤッター!」
釣鬼などは子供から度々料理を運ばれては、その都度逆にその子供にやさしく食べさせてあげていた。ミアの時もだったが、今も纏わり付いてくる子供達の相手をしていたりと、結構面倒見が良くて子供好きなんだよな。ここの子供達は昼の釣鬼の姿にも怖がる事は無く嬉しそうに寄ってくるものだから、余計に可愛くて仕方が無いんだろうな。
「ネ、頼太。その剣、貸してもらえル?」
「ん?これか……ほいよ、刀身部分は危ないから触るなよ」
「ありがトー」
暫しの間、俺は俺で今も膝の上に乗り続けるレサトへの餌付けをしながら微笑ましくその様子を見ていたのだが、その最中にピノからそんなお願いをされた。何をする気だろうな?
「――ふむゥ?弓砲は武器としての性質が全くの別物だから置いといテ、頼太の剣と出雲の槍は本質的には同じものっぽいネェ」
『ソウデスネ。コノブレードハサイショキニサクセイサレタ、ノチノセイシキサイヨウサレタブキタチノキホンケイデス。コウゾウヲハアクスルノデシタラ、コレガイチバンワカリヤスイトオモイマスヨ』
どうやら海竜の襲撃騒動も終わり、抑えていたピノ知的好奇心がまた芽吹いてしまったみたいだな。とはいえ、この要塞内の全てを把握するマーフィーさんが付いていてくれるなら、こいつが危なっかしい事をやらかす前にきっと止めてくれるだろう。俺はそう判断し、再びレサトへの餌付けを始めながら他の面子と共に宴会芸を披露し始めたのだった。
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「――フムム。理論上は相手に触れずに断ち切っているみたいダネ。とするとこれって何でも斬れちゃうのカナ?」
『ドウデショウカ。ブッシツトシテナリタッテイルモノデアレバ、イケソウデハアリマスガ……ミナサンノセカイニソンザイスルトイワレル「シンピリョク」ハ、オハナシヲキクカギリ、ブッシツトテイギスルニハギモンガノコリマスネ』
「ウ~ン、そうなんだよネェ……」
まだやってたのか。いつもの悪い癖が始まっただけだと思い、その内飽きるだろうとそっとしておいたのだけども、二人の間では今や専門用語を交わしながらの予想以上に真剣なやり取りが交わされていた。
「そんなに長話する程の物なのか?」
「だって分子振動効果を武器として流用してるんだヨ?魔法を使えばもっと楽に同様の効果を出せるってのニ、わざわざ物理法則のみを使って複雑怪奇にこんな効果ヲ、しかも常動的に付与するなんて面白くってサ!」
「そんなものかぁ」
「たまに、ピノちゃんの言ってる事が分からなくなる時があるのよね」
だな。天才ってな紙一重とはよく言われるが、あれはきっと頭の構造が違い過ぎて一般人には言ってる事が意味不明だから異常に見えるんだろうな。実際にピノとマーフィーさんが俺達の目の前で話している言葉の半分、どころか二割も分かるか怪しいものだし。
だがこの様に、分からないながらも確かに興味を惹かれる部分はある。だからその内に俺達も興味に駆られ、二人の話についつい聞き入ってしまったんだ。
そしてこういう議論になるとやはりこの手の意見が出てくる訳で。というかこいつがまたやりやがったなといいますか。
「ならば魔法武器とその剣をぶつけ合って試してみればよかろうっ!」
出雲の奴のこの一言で、振動剣の試し切りが行われる事となったらしい。
「矛盾、かぁ。ところで、魔法武器って誰か持ってたっけ?」
「あぁそれならクロノさんの双刀が――」
「御免だな。聞けばその剣は何でも斬れるという触れ込みなのだろう?戦いの中で折れるならばともかくとして、興味本位で愛刀を叩き折られては敵わないからな」
ごもっとも。だがそうなると俺達のパーティには魔法武器というものが存在しないし、この話は立ち消えかな?そう、考えていたのだが。そこにまたもやピノの興味深い発言が飛び出してくる。
「前から思ってたんだけどサ。扶祢の青竜戟、それって魔法武器じゃないのカナ?」
「えぇ?これって元々は母さんが昔使ってた、ただの武器のお下がりなんだけど……」
「でもサァ。その青竜戟、前よりも明らかに帯びる霊気が強くなってきてるよネ?」
言われて青竜戟をよくよく見てみれば、確かに俺の目を通してでもはっきりと見える程に、以前よりも戟自体から発せられる霊気が増えていた。これを使うこいつ自身、齢の程からすれば常識外れに高い霊力を持ってもいるし、ここ最近は当たり前の様に霊気を通してこの戟を振り回していたからなぁ。磁気の如く霊気を帯びてしまったとでもいうのだろうか。
「元々はサキの姐さんの武器だったっつぅ事はだ、ある意味神の武器でもある訳だからよ。なら魔法武器だったとしても別に驚く事ではねぇんじゃねえか?」
「むしろわたしは扶祢の親が神だというその発言に驚きなのだがな……」
あぁそうか。クロノさんは扶祢が妖怪だという事は聞いていても、サキさんについての話は初耳だったっけ。三つの世界の宗教観としては天響族という明確な敵が居た歴史の背景より、概ね一神教の神を連想するのが一般的だもんな。そこだけは一応訂正しておこうか。
「――成程な。祖霊の頂点、といったような存在なのか。ならば自然の祭祀役たるわたしは、扶祢に信仰を捧げる義務があるのかな、ふふっ」
「やめてー!?ただでさえ色々と恥ずかしい事情抱えてるのに、そんな事されたら立ち直れなくなっちゃう!」
「聞いたか頼太?扶祢の奴、恥ずかしい事情などと言っておるぞ。ここは一つ、その事情とやらを知りたくはないかっ!?」
おし、宴会らしく徐々にカオスっぽくなってきた。オラわくわくしてきたぞ!
それはそれとして、流石に「アレ」の事情に関しては扶祢本人に打ち明ける気が無い以上、俺達から教える訳にもいかないからな。ここは話をはぐらかしつつ、今も明らかに面白がっている素振りで扶祢を揶揄い続けるクロノさんを手伝う事にしよう。
「ははぁ~南無扶祢大明神。我等に恵みを垂れ給え~」
「垂れ給エ~」
「どれ、俺っちもたまには拝んでおくとするかぃ、垂れ給え~」
「この前やっていた天神的存在に扶祢を当てはめておるのだなっ!面白そうだから余もやるとするか、願わくばっ、余により良き未来を垂れ給えっ!」
「……アンタ等、後で覚えときなさいよぉっ!」
涙目ごちになりました!眼福眼福。
「話は戻るんだけどネ。あの時の腐食合成獣に打ち込みまくっても刃毀れ一つ付かなかったその青竜戟ナラ、魔法的な加護の要素がありそうに思えるんだよネ」
「そういや、勢い余ってサカミの城壁に打ち込んだ時も歪みすらしてなかったしな。不思議にゃ思っていたが、そういう事だったのかぃ」
「ソウソウ」
確かになぁ。あれ程の強度と耐性を持つならある程度は分子振動剣の効果に耐えるかもしれないし、今後この剣でそういった魔法的防御の強い存在を相手取った際に、どう立ち回るべきかの指標にはなるか。
「それは私も気にはなるけどさぁ。でもこの戟にも愛着湧いちゃってるし、傷付くのは嫌なんだけど……」
「ジャア、ちょっとだけ軽く打ち合って試してみようヨ。少しでも傷付いちゃったらすぐやめれば良いじゃナイ?」
「う、うーん……それなら、ちょっと位だったら」
『コレハミモノデスネ。コドモタチモコウガクノタメニ、ミテオキナサイ』
「「「ハーイ、オオママー!」」」
こうして宴の肴の一つとして、急遽矛盾ならぬ鉾矛大会が開かれる事となった。
「それじゃあ――よし、振動波起動完了。ここに置いておくから、切っ先に青竜戟で触れてみてくれ」
「うぅ、大丈夫かなぁ……」
俺の言葉を受け、扶祢がおっかなびっくりといった様子で青竜戟を分子振動剣へと近付ける。そのまま数秒間、振動剣に自らの戟を押し当ててから急いで離し、不安気に触れた部分やその周辺を調べ始めていたが……その内安堵の溜息を吐きながら俺達へ報告をする。
「……何ともない、みたい?」
「ふム。帯びている霊力にハ……変化無しダネ」
「むしろ、振動剣の方から妙な音がしておったな?」
やはりピノの推測は的を得ていたらしい。触れた部分を分子振動効果により局所的に溶解破断させる筈のこの剣の機能だが、扶祢の青竜戟には一切効果が無い様に見える。これには少しばかり驚いてしまったものの、むしろお陰で気軽にこの剣を扱う事が出来そうだな。
もしこれが向かう所敵無しな所謂チート的武器だったとしたら、常に盗難対策などに気を使わなくてはいけないだろうし、普段の取り扱いにも厳重な注意が必要になってしまうからな。どこぞの神話に自身の武器を奪われ害された話などもあったよな、などと思い出しながら少しばかり安堵の息を吐く。後でミチルと合流したら瘴気攻撃との相性も見てみるとしよう。
「それじゃあ次は打ち合ってみるか。実戦での魔法武器相手にどこまでやれるかも見たいしな」
「オッケー!ふふふ、さっきのお返しに、この扶祢大明神の神通力、見せてあげるのだわっ」
「へいへい。んじゃ、宜しくお願いするか」
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―――ガギュィィ……ボキンッ。
「ホァアアァッ!?おっ、俺の分子振動剣がぁっ!?」
「ふふん。過剰文明の遺産、恐るるに足らず、なのだわっ!」
……今になって思えば、場の流れに乗ってそんな事を言ってしまったのが間違いだったんだよな。こうして俺の新たな愛剣になる予定だった分子振動剣は、その短くも儚い武器生を終えてしまったのだった。
「のぉぉ……俺の、剣が……」
「こりゃあ予想外だったな。案外良い勝負になるかと思ったんだがよ、まさかあっさりと振動剣の方が逝っちまうたぁな」
「あ~……頼太、ごめんね?この青竜戟、私が思ってたよりも凄い物だったみたいね」
気まずげな扶祢の言葉を聞き流しながら、俺はショックでがっくりと床に崩れ落ちてしまう。
さらば、マイ・フェイバリットウェポン。君のことは、一生忘れないよ……ぐっすん。
『ソレジャ、スペアノケンヲモッテキマス?』
「スペアあったの!?」
何!?マーフィーさんの言葉に俺は思わず身を起こす。予備なんてものがあったのか……。
『エエ、デンセツノナヲカンシタ渦旋槍ハ、ソレイッポンノミデスガ。コチラノブレードハ、ショキニケンキュウサレテイタ、リョウサンヒンデスシ』
「良かったネ、頼太。お似合いの剣が見つかッテ」
「量産型の凡人で悪かったね!?」
でもまぁ、対物理効果としては元の素材の謎合金からして硬度耐食性共に極めて高水準に収まっているらしいし、この振動剣の性質上、血脂などで切れ味が鈍る事もない。という事は手入れの手間も殆ど無いという事だからな。狗神を使えない状況での穴埋めにはぴったりな武器ではあるか。
その後、初代振動剣の無惨な最期を見て安心したクロノさんの双刀とも打ち合ってみたのだが、やはり純粋な物理効果に寄っている分、魔法武器に対する相性はあまり宜しくない様だ。今度は折れる事こそなかったが、対人特攻効果で切れ味が増した双刀相手ではやはり分が悪く、刀身の至る所に損傷が発生してしまった。
『ソノテイドデシタラ、ワズカナガラジコシュウフクキノウモアリマスノデ。ヒトバンモタテバナオリマスヨ』
「何それ凄い」
マーフィーさんは量産品って言ってるけど、メンテナンスまで考えれば総合的には十分過ぎる程にぶっ壊れ性能じゃね?これ。誠に現金ながら、テンション上がって参りましたー!ひゃっほうっ!
尚、出雲の持つ渦旋槍についても実験してみようとしたら断固拒否されてしまった。
「嫌だぞ!マーフィーが言うにはこの渦旋槍は唯一これしか存在しないらしいではないかっ!そんなお宝を回避出来る危険に敢えて突っ込ませる程、余はマゾヒストではないぞっ!」
「てめ、人にはやらせておいてそれを言うか!?」
「何と言われようと嫌なものは嫌だー!これはっ、余のっ、お宝なのだぁっ!!」
駄目だこりゃ。出雲の奴、遂には渦旋槍を抱きかかえたまま床に寝転がってしまった。年甲斐も無く嫌だ嫌だと駄々を捏ねるその有様は、お気に入りの玩具を取り上げられまいと必死な子供そのものだ。その素振りを見ていた周りの幼生達が面白がって真似してしまい、床に寝転がり駄々を捏ね始る集団が出来上がった辺りで実験の中断を余儀なくされる事となってしまった。
「――ふっ、計画通り」
「やっぱそれ寄越せ、粉々になるまで青竜戟に叩き付けてやる!」
「あぁああ!?やめろぉー!余が悪かったからぁ!」
「出雲ちゃん、何だか幼児化が進んできてる気がするわ……」
間違いない。まだ初対面の頃はたまにドキッとさせられる事もあったんだが……今となってはな。
とまぁこれに始まり、お祝い気分で様々な宴会芸の披露をしながら、この要塞最後の夜は更けていくのでありました。
翌朝――要塞外周、地上の砂浜部分にて。
「それでは、そろそろ向こうに帰ります」
『ソウデスカ……マタ、サミシクナリマスネ……』
見送りに来てくれたマーフィーさんとレサトに向かい、改めて別れの挨拶をする。振り返ってみれば僅か一週間足らずではあったが、結構な大冒険をした気がするな。大海蛇の襲撃に始まり、実は過去の人類が建築した要塞であった遺跡の探索、宝物庫での守護者との死闘。そして――パピルサグ達と海竜達とのこの海域の生存権をかけた、相容れることの無い哀しき決戦。
正直、最後の砲撃に関しては思う所が無くもなかったが……もう、終わってしまった事だ。この経験を糧にして、次からは別の選択肢を増やせる様に考えを深めていくとしよう。
だが、親しき相手が窮地に立ってしまっており、そして対立する相手の淘汰以外に選択肢が無い状況に出くわしてしまったならば。やはり俺達はまた、親しき相手を護る為に同じ選択をしてしまうとは思う。だからこそ、後戻りが出来なくなってしまう前の段階での根回し等も考えておかねばならないだろう。
「何だ?まだ浮かぬ顔をしておるのか?あれは余が一方的に決めた事なのだから、責任も余に帰結するのだと何度も言っておるだろうに」
わざわざ今このタイミングで俺にそう言って来る出雲。ついその頭に手を置き、そんな俺の行動に面食らった表情を見せる出雲へと言葉を返す。
「ごめんな。この旅の間は出雲個人として同行させる約束だったのに、そんな決断をさせちゃって」
「……な、なななにゅを急にっ」
「いやさ、ちょっと今回のは考えさせられちまってな」
「そ、そうかっ……その、ええぃ余はそんなに子供ではないぞっ!いい加減頭から手を放せー!」
おっと、ついつい自分の思考に埋没しちゃってたな。顔を真っ赤にした出雲に手を払いのけられて、軽く謝りながら一歩下がる。
「……あれ?珍しいな、お前達がこの手の話で揶揄ってこないなんて」
「――ん。ちょっと私も、ね」
「ボク一人だけ悪役になるのも馬鹿らしーものネ?」
二人の返答の方向性はまちまちではあったが、扶祢とピノもそれなりに思う所はあるのだろう。釣鬼を始めとする年長者達も暖かい目で俺達を見守ってくれていた。面映い、とはきっとこういった感覚を言うのだろうかね。
「オニイチャン……」
そしてその声に振り向けば、レサトが今にも泣きそうな顔でこちらを見つめていた。奇しくも目の前で出雲を撫でる形になったのを見て自分も撫でて欲しくなっちゃったのかな?
「よっしそれじゃあ最後の大盤振る舞いだ、撫でくり回してやるぜー。こっちきなレサト」
「チガウノ!」
どうやらそういう訳じゃなかったらしい。一際大きく叫んだレサトは俺を必死な目付きをしながら真摯に見つめ―――
『レサト。コウイウコトハ、ハッキリトイウンデスヨ?』
「ハイッ、オオママ!……ミナサン、ワタシモイッショニツレテッテクダサイ!」
「――え」
そのレサトのいきなりな発言に、頭の理解が追い付くまで少々の時間を要してしまったらしい。俺達は衝撃で何を言おうとしても言葉にならず、暫しの間茫然としながらレサトを見続ける事しか出来なかったんだ。
「……フエェ」
「はぁ~、お前ぇ等もまだまだだな。レサトの奴が勘違いして泣き出しちまったじゃねぇか」
「全く、こんな小さな子供を泣かせるとはな。ほら、何か言ってやれ」
その沈黙の間を拒絶の意味と取ってしまったか、泣きじゃくるレサトに釣鬼とクロノさんの二人が動き出し、揃ってあやし始めながら非難の視線を向けてくる。
「――あっ、悪い!レサト。いきなりだったもんで固まっちまっただけだから!」
「そうよレサトちゃん。レサトちゃんの事が嫌いな訳じゃないからね!?」
「だから泣くナー?」
衝撃から立ち直った俺達は慌ててレサトの下へと駆け寄って、口々にそう言ったのだが、これは……どうしようか?
『ソノコハデスネ、ニホンアシサマタチノセカイヲミテミタイノダソウデス』
「グスッ……ハイ、ニホンアシサマタチノマチトカ、ミテミタイノ」
「あ、そういう事なのね」
何だ。俺達に付いていきたいのではなくて、向こうの世界に興味があるという事か。びっくりしたぜ、今の半人前な俺達がこんな幼いレサトを育てながらの旅をするのは、流石に無理があるというものだからな。
『ワタシカラモオネガイシマス。ニホンアシサマニツイテイクダケダッタ、ワタシタチパピルサグ。デモコノコハチガウ、ガーディアントノタイジモ、コノコガジブンデカンガエ、センタクヲシタ。モシカシタラワタシタチモ、カワルトキヲムカエタノカモシレマセン』
そうか。半ば幼生達を護るシステムと化してしまったマーフィーさんだが、それでもまだ肉体を持っていた頃の名残の部分が訴えているのだ、可愛い子には旅をさせよと。それは危険な事でもあるが、やはり親としては子の成長を祝福せずにはいられないのだろうな。
「――ならばサカミで預かろうか?あそこならば、この子の様な存在でも奇異の目で見られてしまう心配は無いからな」
今もレサトをあやしながら、マーフィーさんの話に感化された様子のクロノさんがそんな提案をしてくれる。
あの独立都市は、その前身たる砦街の基盤を作った者達の影響で包容力が凄まじいからな。この前に行った時など、旧市街の側でも牡山羊妖や半馬人といった、比較的人型の形状を取った魔物と分類される者達が平然と街中を闊歩しているのを見て驚いたものだ。
アルカディアでは未だ危険な魔物として警戒されている彼等だが、サカミで見たその姿は妖魔然としながらも、やはり楽しそうに人々に混じって暮らしていた。それにまぁ……あそこはぶっちゃけ、先住民である天響族や一部の人狼達の方が余程恐れられているからな、色んな意味で。この前も酒場で悪酔いして変身やら悪戯をし始めた妖魔連中を、怒れるウェイトレスのユスティーナが天響族お得意の光学魔法である、天雷を落として叩き出していたものな。
この例に見られる通り、いざという時の鎮圧力は傭兵の郷に匹敵しそうでもあるし、ジャミラのカリスマも多大に影響して団結力もある。あそこなら安心してレサトを任せられる、か。
「レサト、クロノさんと一緒に三つの世界のサカミに行ってみるか?」
「ハイッ!デモ、オニイチャンタチハ、イナインデスヨネ……」
「う……」
やはりこの子の上目遣いのうるうるとした瞳は破壊力があるぜ……。
「ごめんな。時々また、そっちにも遊びにいくからさ」
「……ユビキリゲンマン、デス」
若干不貞腐れた素振りを見せるレサトの要求に従い、昨夜教えたばかりの指切りげんまんをしてどうにか納得して貰う。こりゃ定期的に見に行ってやらないといけないな。
『ソレデハ、コノコヲヨロシクオネガイイタシマス』
「了解した。わたしが責任を持って面倒を見るとしよう」
改めてマーフィーさんがクロノさんへと頭を下げ、クロノさんもそれを受けた事により約定が交わされる事となる。
異なる立場と心を持つ者達との出会い。異世界ホール騒動による健治さんに始まり深海市の一件での俺の影の存在、そしてパピルサグ達と――根本的に立場やその思考の方向性に差異があった彼等とも結果的には親しくなれた様に、時にはこうして互いに言葉を交わし合い、分かり合う事だって出来るのだ。
無論、そうでない事もあるだろう。これから赴く予定の帝国と出雲の出身である皇国の関係の如く、国家単位で過去に争った経験がある集合体同士の対決の中に入っていって「話せば分かる」などと言っても愚かな無抵抗主義と見下されるのが落ちだ。だが、それでも。やはりこうして実際に相手との接点を持ち、分かり合えた時の充実感は常日頃の生活では得難いものがある。そして、海竜の一件の様に、どうにもならない状況に遭遇してしまった時の無念さ……今回は、本当に色々と考えさせられたな。
ともあれ、これで一先ずはこの海洋世界ともおさらばだ。最後位はそんな重い考えを吹き飛ばして、さっぱりと明るい別れでいこうじゃないか!
「では余等はそろそろ行くとしよう。マーフィーよ、達者でなっ!」
『ハイ、ミナサマモオゲンキデ。ニホンアシサマノゴカゴガアリマスヨウニ』
「はは、同じ人間の加護たぁ洒落がきいてんな」
全くだな、見ればマーフィーさんも悪戯っぽく笑っていた。レサトだけでなく、この人も何か吹っ切れるものがあったんだな。
「それじゃあ、また今度!」
「マーフィーさん、お世話になりましたっ」
「オオママ、イッテキマス!」
『ハイ、イッテラッシャイ。ミナサン』
こうして俺達はマーフィーさんに別れを告げ、レサトを連れて再び異世界ホールのある海底へと潜っていった。海竜の脅威も消え、今度こそ平和なパピルサグ達の楽園と化したこの地の未来に幸あれ、だな。
章末話定番の長文化。大事な場面だしね、仕方ないヨネ。
次回以降は少しばかり閑話を挟んだ後に楽屋裏、そして舞台は再びアルカディアへと戻り帝国編予定です。




