第171話 宝物庫での遭遇戦:後編
明日、悪魔さん第25話、投稿しまス。
―――ゴゴ、ゴゥン。
「……あれ?」
「何かがあった、か?」
遥かな底より響く床の揺れを感じると共に、宝物庫への経路である昇降口より聞こえていた駆動音が止まる。それは、常人とは比較にならぬ程の鋭敏な聴覚を持つ扶祢にしてようやく感じ取れる程度の微かな異常。そして脇に控えるクロノもまた、その種族的特徴により同じく地下の異常を感知していた。
「停止階層表示は……地下8階か。でも、あの爆発音かな?あれって――」
「更に下の階層からだな。精霊達がざわめいている」
そんなクロノの補足により、扶祢は思わず昇降口の窓に張り付き地下を覗き込んでしまう。自身に僅かに備わる野生の危機察知能力、そして高い資質を持つ霊感部分の虫の知らせにより、そこから更なる不吉の予感を感じ取り、込み上げてくる絶望感に苛まれながら背後へと体ごと振り返る。
「マーフィーさんっ!下で何があったの!?」
『――ケイビヨウノガーディアンガ、粒子銃ヲハッシャシタミタイデス』
「粒子銃……ってあのビーム砲の事じゃない!皆は無事なの!?」
『イマ、ガゾウヲトウエイシマスネ』
思わず声を荒げる扶祢にそう返したマーフィーは、虚空へと手を伸ばし何らかの操作を始める。そして数分の後に空中に映し出された宝物庫の多角的な映像には、排除対象を一時的に取り逃しダメージの治療に努める守護者の姿と――各エリアに散らばり息を潜める仲間達の姿があった。
「はぁぁ~良かったぁ……」
「何だ。全員無事、とは言えないか。釣鬼の片腕が無くなっているな」
「釣鬼だったら、その内また腕も生えてくるし無事と言えば無事よね」
「……まぁ、お前がそう言うのであれば別にそれでも良いがな」
先程までの生きた心地のしない様子とは一転、映像により全員の無事が確認された事により扶祢は表情を緩ませる。そのあまりと言えばあまりな一言に、若干の間を開けた後にクロノはそう言葉を返す。
内心としては、そうか、こいつらの感覚では四肢が欠損した程度なら無事というんだな……などと若干ずれた事を考えながら、それでも扶祢に優しいクロノはそれを指摘はしない事にしたらしい。こうして表向き、この一件については双方解決した扱いで次の話題へと進んでいく。
「しかし、この画像の事態が起こっているのは地下48階層とかいう、とんでもなく奥深くなんだよな?唯一の出入口である昇降機がこの様では、救出もままならないぞ?」
「う……そ、そうよね。どうしよう」
実際問題として扶祢達に今出来る事と言えばこの映像を見る事と、心配する程度が関の山であろう。それともう一つ―――
「マーフィー、だったか。聞くが、こちらからの情報は地下に居るあいつ等には伝えられるのか?」
『……ジョウホウダケデシタラ。ワタシガユカヲスリヌケテオリレバ、カノウダトハオモイマスガ』
「つまり、作戦を考える位しか出来ないという事か」
『デスネ』
二人のやり取りを聞きながら扶祢は思う。こんな事になるのなら、クロノを驚かせようとなどはせずに初めから説明をしておけば良かった、と。
あの時にもし事前の説明が済んでいれば、今頃は扶祢とクロノも地下48階層へと同行していた筈だ。そうすればあるいは、この様な状況になる前に何らかの対処が出来ていた可能性も無きにしも非ずであったのだ。
「もう、このゆるゆる頭っ!こんな緩い頭なんかぷにキエールで固まってしまえばいいのだわ!」
「お、おい扶祢?」
自分への嫌悪感からか、扶祢はそんな自嘲の言葉を口にしながら自身の頭を叩き始めてしまう。それを見たクロノが慌てて止めに入るが、対する扶祢は羽交い絞めにされながらも自らへの罵倒を止める気配すら見られなかった。
「ゆる狐!脳みそお花畑の平和ボケ!それからそれからええと……ぷにキエール?」
「扶祢……?」
―――ぷにキエール。
扶祢にとっては若干の苦い思い出でもある、過去の二本足達が遺したジョークトラップの一つだ。自身への罵倒の中つい口にしてしまったその固有名詞であるが、僅かに我に返った頭の中で、一つの可能性が閃きとして迸る。
「そうだっ!ぷにキエールで固めれば、あの液化形状による回避を封じられるんじゃない!?」
『……リクツノウエデハイケマスネ。アノガーディアンハ、エキカケイジョウジニハ、パーティクルガンヲウツコトガデキマセンカラ』
「だが、それをどうやって地下48階層まで運ぶのだ?」
「う……」
自分にしてはすこぶる優秀な閃きであったつもりの案だというのに、ここにまた現実的な問題が立ち塞がってしまう。件の魔法用品は子供でも片手で持てる程度のサイズと重量ではあるが、地下への経路はまともに機能せず、そして物質をすり抜けて地下へと直接の連絡を取りに行く事の出来るマーフィーではその身体の特性上、物を持つ事が不可能だ。
「そんな……もう、無理なの?」
土壇場の閃きという最後の心の拠り所であっただけに、その案が実現不可能と理解すると同時に完全に扶祢の心は折れてしまい、その表情たるや感情の抜け落ちたデスマスクの如く。過去に心の奥底に仕舞い込み、既に思い出せぬ筈の昏い情感までもが再びその身を包み始め―――
「――ワタシガイキマス!マダヨウセイノワタシナラ、エレベーターノスキマカラシタマデオリラレマスカラ!」
そこには、震えながらも凛とした声を張り上げ、地下への輸送を買って出る幼子の姿があった。
「レサトちゃん……」
「ニホンアシサマ……オニイチャンタチガタイヘンナンデショ?タスケテアゲナイト!」
過去の二本足へ対するパピルサグ達の信奉。明らかにそれらとは異なる感情と強き意志を以て、新たな世代の幼生は言葉を紡ぐ。付き従うものとして二本足に付いていくのではなく、レサト個人があの人達を手助けしたいのだと。
『レサト――ゲンザイノチカハヒジョウニキケンデス。ソレデモ、ミズカラガシノキケンニヒンシヨウトモ、イクカクゴハアリマスカ?』
やはりその瞳の奥にある何かを感じたか、この要塞の機構の一部に組み込まれ、半ば子孫を護る「機能」と化してしまったマーフィーも我が子を止める事はせず、静かな問いかけを発するのみ。そして、その言葉を真摯に受け止める幼子の返答は―――
Scene:side 頼太
「――チッ、やっぱり駄目だったか」
「そいつの威力は確かに物凄ぇがよ、そもそもが流動体を潰すには向いてねぇからな」
あの後、暫く名剣エリアを漁りはしたものの、俺が説明書きを読み取れる範囲ではあの分子振動剣以上に頼りになりそうな剣を見付ける事は出来なかった。仕方が無しに仲間達の捜索を始め、だが俺がお宝探しに夢中になっている間にピノの探知能力により、俺を除く全員が既に集合していた事実を知って気まずい思いをしたりもしたのだが。どうにかこうして皆と合流を果たし、ロボットとの再戦に臨んでいた。
「余のこの渦旋槍も、僅かに動きを留めるのが精々だからなぁ」
俺と同じくお宝発掘に精を出していたらしき出雲も、そう零しながらやはり宝物庫から持ち出していた槍を振るっているが、液化形状で動き回るこのロボット相手にはあまり効果が無い様だ。
―――渦旋槍トリアイナ。
俺の見付けた分子振動剣と同じく、出雲が名槍エリアで見付けた新たな愛用武器だ。原理としては俺の剣と同じく、三叉に裂けた先端から同時に振動を発する事により、凄まじいまでの貫通効果を持つ刺突を繰り出す事が出来る。そして隠し玉として三叉そのものがそれぞれ別方向に回転し、小型の竜巻の様な現象を撃ち出す事も可能となっていた。
しかし、それでもこのロボット相手には分が悪い。内部へのダメージを見込めそうな直接の刺突は液化変形機能によりあっさりと避けられてしまうし、一定の範囲をカバー出来る渦旋弾も本人の言う通り、若干の束縛効果しか生まない現状だ。俺の剣に至っては渦旋槍の様な特殊機能は持っておらず、ただひたすらに斬り砕くのみの対物脳筋効果だからなぁ……今一決定打に欠ける状況であった。
「とはいえ、お頭達お二人が攻撃している間は人型形態に変化される事もありませんからな。あの粒子砲を撃たれないだけ随分とマシというものではありますが」
「あっちの形態になられちゃうト、ボク達にも確実に被害が出るからネェ」
そう。この武器を入手したメリットと言えば、イコール俺達の身の破滅を意味する粒子砲を撃たれなくなったという事か。これは大きなメリットとはいえども、やはりもう一押し、プラスの要素が欲しい所だよな……俺達の体力の限界が来る前に。
「あの『彩光制裁』って魔法の連打でいけたりしねぇかな?」
「無理ー。アレ、大魔法並に精霊力消費しちゃうんだヨ」
片腕を失い、またその相性により手持無沙汰となっていた釣鬼のそんな言葉に、ピノが珍しく泣き言で返す。実際、このロボットとの遭遇直後に使った一撃だけでも相当に疲弊した様子だったものな。今もピコの背中に括り付けられた状態で、時折襲い来る触手からの回避は全てピコ任せにしている程であるし、流石のピノもあまり精霊力の余力は残っていないらしいな。
背後のそんな会話を聞き流しながら、出雲との連携でどうにかスライムモドキの動きを止めようと躍起になっていたその時だった。
『ピッ――排除対象ノ脅威度ヲAAAヨリSヘト引キ上ゲマス。強制排除モードノ開放ヲ申請……オールクリア』
「……げっ!?」
「まずいな、あれは何か嫌な予感がするぞっ!」
目に見えて焦った様子の出雲の発言を聞くまでも無く、それまで不定形の流動体であったこいつの姿は正しく守護者といった鎧姿へと変貌し、これまで以上の速度に加えて攻撃に重さまでもが加わってきた。まずい、これは押し負け……。
―――ギゥンッ!
「つあっ!?」
「頼太!?ええい、ままよっ!螺旋擦渦断!!」
凄まじいまでのガーディアンの連撃で遂に俺の手から分子振動剣が弾き飛ばされ、その隙を衝いて止めを刺すべくガーディアンが襲い掛かる!――が、それを出雲の渦旋槍の一撃が穿ち、これまた互いに距離を取り仕切り直す事となった。
「っぐぅ……」
「酷い傷……ちょっと待ってネ、治すカラ」
「あいつ、あんな姿をしておいて流動体の性質を維持していやがるのか」
俺の腕の重傷と引き換えに作り出したチャンスだったが、どうやら今の奴には大した効き目も無かったらしい。出雲の必殺の一撃によりどてっ腹に大穴を開けられた様に見えたガーディアンはしかしその実、自ら形状を変化させて攻撃を回避しており、振動による最小限のダメージに留めていたのだ。
「こりゃぁ、万事休すってやつか」
「あの流動性さえ無ければネ……」
これが万全な状態の釣鬼であればあるいは、そして相手が衝撃の類をほぼ受け流せる流動体でさえなかったら……たらればを言い始めてしまえば切りが無いが、こればかりは言いたくもなってしまう。
そして半ば諦観の境地に至ってしまった俺達へと、損傷の回復を終えたガーディアンが改めて向き直る。その横にぽっかりと広がる昇降口の址より吹き込む寒々とした縦孔風も相まって、僅かばかりの未来に訪れる、俺達の破滅の予感が強まってくるのが嫌でも理解出来てしまう。
「――カタクナッチャエェェエエエッ!」
そこに、来る筈も無い、来てはいけない庇護されるべき幼子の叫び声が振って来た。その声に反応をしたガーディアンが咄嗟に頭上に前腕を突き出すが、頭上より降ってきたそれは何と、その腕による一撃を柔軟性に富んだ身体を目一杯に捻って躱しながらガーディアンの胴体へと張り付いたのだ。
「レサ…ト……?」
「オニイチャン、プニキエールヲヌッタヨ!」
「――そうかっ!でかしたっレサト!」
レサトのこれ以上ないベストなタイミングでの介入。それを目の当たりにして俺達が俄かに沸いたその時だった。
―――パンッ。
「……ア?」
ぷにキエールによって固まりつつあるガーディアンによる報復の一撃がレサトの背中へと命中し、不吉な音と共にその殻が身体から砕け落ちてしまう。一撃を受けたレサトの身体はその衝撃を受けたまま10m近くを吹き飛び、床へとバウンドする。
「レサトッ!?」
床に転がり止まった後に、びくん、と一度きりの弱い痙攣を起こし……それっきり動かなくなったレサトの姿を見て、俺は―――
―――再び我に返った俺の視界には、今や完全に残骸と化した、ガーディアンであったものの破片が散らばっていた。
ピノによる治療もそこそこに、分子振動剣を拾い上げガーディアンを滅多打ちにした俺の両腕は自らの流す血に紅く染まり、最早痛覚どころか感覚そのものすらも有りはしない。だが、そんな事よりもレサトは……。
「おい、レサト……?」
「………」
「レサッ――」
「動かすナッ!絶対安静なんだからナッ!」
ピノの叱咤に思わず衝動的に伸ばしかけた腕を留まらせ、その言葉の意味を何度も反芻して後にようやく俺は長い溜息を吐き、床へと崩れ落ちていく。
「はぁぁ、良かったぁ。命に別状は無いんだな?」
「この子達の身体構成がよく分かってないから何とも言えないけどネ。まずは絶対安静にしないと助かるものも助からないヨ」
暗に致命的な事態には陥っていないというお墨付きの言葉を頂き、ほっとした途端に目の前が真っ白になり意識が飛びかけてしまう。うぉ……血が、足りてねぇのか?
「さっきはあの気迫にちっとばかり気圧されちまって止めもしなかったけどよ。今のお前ぇ、どうみても出血過多で死にかけだぜ?」
「ひぃぃ……死にたくねぇよぉ。ピノ先生助けてぷりーず」
「バルタンフィッシュの肝臓でも食べとク?鉄分豊富で美味しいかもヨ?」
「わはははっ!いつもの頼太節が出てきた辺り、これは殺しても死にそうにないなっ!」
ひどい。こうして割と冷めた反応を返されながらも、ようやく俺は、ガーディアンとの死闘に決着が付いたという実感を得たのであった。
「……ンー、オオママ、モットゴハンチョウダイ~」
「寝てただけかよ!」
「うむ!寝る子は育つというやつだなっ!」
どうやら幼生時の柔らか過ぎる身体が幸いして、吹き飛ばされた衝撃の殆どは吸収していたみたいだな。むにゃむにゃと寝言を言い続けるレサトに全身を脱力させながら、今度こそ安堵の溜息を吐いてしまう。
何にせよ、これでようやく本来の目的である得物探しが再開出来るし、レサトも無事な様子で何よりだ。それでは俺は疲れ果ててしまったし、ちょっとだけ……眠りに付かせて貰うとしよう。
DEADEND風。久々の真面目回で若干難産でした。




