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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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第169話 クロノとの合流

「クロノさん!」

「状況は分からないが、その様子では随分と余裕があったようだな」


 波間より姿を見せたその人物に、俺達は思わず叫び声を上げる。

 ミチルに手紙を託したのは三日前の夕刻だ。手紙には食料等の当てはあるとも書いてはおいたし、向こうの忙しさや異世界ホールの秘匿性の高さ等を鑑みれば救援が来るのは早くて一週間後だろう、というのが俺達の予想だったのだが……随分と早いな。

 その疑問を素直に投げかけてみたのだけれども、クロノさんは一瞬虚を突かれた表情を浮かべた後に、呆れた様なそれでいて若干の怒りも混じっている様な、何とも不貞腐れた様子で返してきた。


「……お前な。私達がそこまで恩知らずとでも思っているのか?」

「えぇー?」


 恩、と言われてもなぁ。そんな言われ方をする様な事なんて、あったっけ?


「あのな。当初の思惑はどうあれ、お前達は私とシェリーが再会出来る切っ掛けを作ってくれた。それどころか、強引なまでのやり口であの独立都市という新たな居場所をも作ってくれた、お節介焼きの恩人だぞ。それがあんな泥水に塗れた手紙を寄越して来たら、何を置いても駆け付けるに決まっているだろうが」

「まじっすか」

「全く……シェリーなどあれを読んだ時には半狂乱になって、ジャミラに代行を任せられたサカミの都市運営を投げ出してまで来ると言って聞かなかったんだからな。それだけは周りの連中が総出になって止めはしたが」


 うわぁ……俺達としては解決策の一つとして役立てば良いな、程度のつもりで送った手紙がとんだ混乱を招いてしまったらしい。これは後でまたサカミに行ってシェリーさんにも謝っておかねば……。


「それで、一体どういった状況なんだ?聞いていた話とは違って、接続口とやらは随分と浅い位置にあったぞ?」

「ええと、それなんですけどー」


 改めて問いかけてくるクロノさんに、扶祢が事情のあらましをざっと説明する。数分の後に説明を聞き終えたクロノさんは、これまた溜息を一つ。


「これが他の連中が言う事であれば戯言と切って捨てる所だが……お前達だしなぁ」

「その言われ方、地味に傷付くんですけど……」


 そうだそうだ、まるで俺達が非常識製造装置みたいな言い方をするのはご遠慮願いたいものですな!

 そりゃあ、ここの世界との接続口に自ら入り込んだのは俺達だけど、いきなり南海の孤島に閉じ込められたと思ったら天災の如き兵器の影響で地形そのものが変わってしまい、当初の問題はあっさり解決しましたなんて俺達だって予想外ですし。


「まぁ、全員無事で何よりではあるがな」

「騒がせちまって悪ぃな」

「ごめんネ」

「気にするな。では、一度向こうの詰所に行ってサカミへの状況連絡を頼んでくるから待っていてくれ」


 こうしてクロノさんは再び浅瀬に潜り込み、異世界ホールの接続口へと消えていった。


「思っていたよりも大事になっちゃったわね……」

「あの者は彼の街で一、二を争う実力者なのだろ?まさかそんな者が緊急的措置として送られてくるとは余の予想を超えておったなぁ。お前達、一体あの国で何をやったのだ?」

「いやぁ、何と言えば良いやら」

「ネェ?」


 確かに当時のあの世界は様々な勢力が入り乱れて混乱の淵に立たされていた時期もあったけれども、俺達はたまたま時代の節目に立ち合う事になったというだけでそこまで大それたことをやった訳ではないんだよな。実際俺達だけでやった事なんかクロノさんのサカミ側への引き入れと公都への潜入捜査、そして最後の、ジャミラと天響族の長との面会への随行程度だからな。

 その後も根掘り葉掘りとしつこく聞いてくる出雲の頭を抑え付けながら、俺達はさぁこの後どうするかと算段を練り始める。と浜に座り込み、もそもそと動いているレサトの姿が目に入ってきた。


「ン、ショ……」

「レサト、何やってんだ?」


 そういえば話の間、妙にレサトが静かだなと思っていたら身体を捻り何やら作業をしている様だ。レサトはまだ幼生だから殻が柔らかいとマーフィーさんが言っていたが、殻だけではなくて体の関節そのものが柔らかいみたいだな。今もほぼ百八十度、首と腕を裏返して背中に何かを塗る様な仕草を続けていた。


「カラガカタクナルヨウニ、オマジナイノオクスリ、ヌッテルノデス」

「おまじないのお薬、ねぇ……ん、これもしかして【ぷにキエール】か?」


 よく見ればレサトが持つ筒状の物体、それはあの要塞に入って最初の部屋に設置されていた【ぷにキエール】と同様の形状をしていた。レサトはキャップに当たる部分を開け、内部を露出させてからその先端を背中にぐりぐりと押し付けて……これ、こうやって使う物だったのか。

 やがてレサトは全体的にぷにぷにな背中に【ぷにキエール】を塗り終えると満足したかの様子でキャップを閉じ、浜風へと背中を晒し始める。


「おー、カッチコチになっとる」

「エヘン!」

「それってレサトちゃん達用の道具だったんだ?後で返しておかなきゃね」


 どうやら【ぷにキエール】とはパピルサグの幼生達の柔らかい殻を堅く補強する補助用品として使われているものらしい。何故あんな場所であからさまなトラップ風に設置されていたかは分からないが、お宝の類ではなかったんだな。


「アレハムカシノニホンアシサマタチガツクッタ、ジョークトラップダッタンダッテ、オオママガイッテマシタ!」

「性質悪いなおぃ!?」

「わははははっ!過去に居たという連中も中々洒落が分かっておるではないかっ」


 またここに、しょーもない事実が判明してしまったらしい。そんな愉快トラップがまかり通る程に当時は平和を享受していた証、とも取れるがね。


 ・

 ・

 ・

 ・


「ほ~。実際に塗り付けてるんじゃあなくて、その露出した芯の部分を当てれば速乾性というか、一時的に当てた部分が固まるのか」

「デス!オウチニモドレバソウコニタクサンアルカラ、オニイチャンタチノハカエサナクテモイイトオモイマス!」


 ふぅむ。そういえば魔導系魔法に『硬殻(ハードシェル)』っていう、敏捷性と引き換えに多大なる物理防御力を齎す魔法があった気がするな。これは部分的にそんな効果を発揮させる魔法の品(マジックアイテム)といったところか……便利だな。


「それは面白そうだなっ!余も帰りに一本貰っておくとするか」

「ドゾドゾ」

「そういう事なら私達も返さなくて良いのかな?」

「くれるって言ってるんだし貰っとけば良いんじゃナイ?」


 それもそうだな。一塗り数秒でもそれなりの効果が見込める様であるし、これは案外掘り出し物だったのかもしれないな。


「――待たせたな、ついでにこれも拾っておいたぞ。シェリーの奴、案の定一睡も出来ていなかったらしい」

「わ、有難うクロノさん」

「つくづく申し訳無いっす……」


 その後、扶祢の青竜戟を携えて戻ってきたクロノさんの何気ない一言にまたしても抉られながら、今後の対策について話し合う。無論、焦点はあの大海蛇(シーサーペント)の討伐だ。


「……という訳でな。並の遠距離攻撃手段ではどうにもならねぇ、かといってここの要塞砲を使うと下手すりゃこの海域そのものの危機だ。だけどよ、コイツ等の為にも向こうに戻る前にせめてこの件だけは片付けておいてやりたくてなぁ」


 そんな釣鬼の説明からの所見にクロノさんはふむ、と一つ頷き―――


「取りあえず、斬り込んでみるか」


 そんな事を言ってその場から姿を消した。


「ちょっ」

「えぇ……」

「……そういえばあの者は、あの『突撃臼砲重戦車(ティーガー)』の鏡映しと言っておったなぁ」


 俺達は当然として、出雲ですら呆れた様子で呟き視線を向けたその先では――遥か沖合の海上で、常人の枠を明らかに外れた高速移動を披露しながら大海蛇(シーサーペント)の全身を滅多切りにするクロノさんの姿があったのだ。






「――あぁ、駄目だな。対人用の魔剣では刃が通らん」

「ですよねー」


 やがて十分程も経過しただろうか。猛攻に大海蛇(シーサーペント)が堪りかねて海中へと没したところで仕切り直しとなり、行きと同じく帰りもあっさりと海上を駆けてクロノさんが戻ってきた。


「人が水上を高速移動するという事実に突っ込む方はおらんのですなぁ……」


 トビさん、甘いっすよ。出雲が言った通り、超人の鏡映しはやはり超人なのですよ。凡人が幾ら血の滲む努力をして尚掴む事の出来ない領域に居る、人外。この人はその一人なのだから。

 まぁ、こんな言い方をするとクロノさんの血に塗れた過去の数年間を否定する事になってしまうのでやめておくとして、実際その人間離れした実行力に呆れるばかり。まさか100m近くもある洋上に単騎独力で駆けていってしまえるとはね。


「とはいえ、これで完全に打つ手無し、か。どうすっかね」

「う~ん……」


 実の所、さっきクロノさんが斬り込んでいった時に、もしかしたらという期待感もありはしたんだ。だが二刀一対で対人への特攻効果を持つクロノさんのサムライソードも全くの別種である大海蛇(シーサーペント)にはただの切れ味の良い刀でしかなく、そして刀であの全身の鱗を全て斬り裂くのは無理があった様だ。これはそもそもの相性として致し方なしというものだろう。

 さて、どうしたものか……そういえば、クロノさんって弓も使えたんだっけ。ふと思い立った俺はそれについて聞いてみた。


「う、弓かぁ。アレ相手ならば確かに、刀で斬り付けるよりはマシかもしれないが……あの距離で動く的を素で射抜く程の練度にはまだ達していないぞ?」

「そうですかー」


 冒頭の反応だけで分かってしまった気はするが、やはりそうか。無念そうに頭を垂れるクロノさんに、同じく残念がって相槌を打つ扶祢とのコントラストが少しばかり微笑ましく思えてしまったが、それはそれとして。


「せめて化合弓(コンパウンドボウ)みたいなのがあれば良いのにネ」

「あぁ、あれなら飛躍的に命中精度が向上するっつってたな」

「以前にお前達が言っていた、異界の技術を使った弓か。それがあればあるいは、不可能ではないかもしれないがな」


 化合弓(コンパウンドボウ)か。釣鬼達の相談を横で聞きながら、過去に見たカタログ記事を思い出す。

 簡潔に言えば弓の両端に滑車装置を付ける事により、ホールド時の必要弓力が大幅に減り結果狙いがより付けやすくなる、といった仕組みだったか。単純な構造の割に効果は大きく、これを的確に使用すれば子供でも猛獣の類を仕留める事が可能らしい。

 今なら異世界ホールを経由するのもそう難しくはないし、防水をしっかり対策すれば日本で購入してこちらへ持ち込むのも不可能では無いが……。


「でも、ケースの防水処理までしての取り寄せってなると、お金も時間も相当かかるわよね」

「……だよなぁ」


 やはりここでも現実的な問題が立ち塞がってしまう。海中経由に耐える物となるともうオーダーメイドの域になるだろうし、一度ヘイホーに資金なりを調達しにいってから日本へと戻り……うん、下手すれば引き受けてくれる所を探して発注する時点で十日後とかになってしまうか。最悪その方向でいくしかないが、これは参ったな。


「ユミナラ、ムカシニホンアシサマガツカッテタノガ、シタノオヘヤニアリマスヨ?」

「お」

「ほんとっ?レサトちゃん」

「ハイデス。オオママニオネガイスレバ、キットクレルデス」


 おぉ!それは嬉しい情報だ。あの荷電粒子砲なんて代物をあっさりと作り出した過去の人類達の事だ、さぞかし威力と精度に優れるトンデモ弓が眠っているに違いないな!


 こうして俺達は合流したクロノさんと共に、意気揚々と要塞内部へ入っていく。そこに待ち受ける番人達の存在を知る由も無く―――

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