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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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第168話 パピルサグの宴

「ニホンアシサマー」

「ニホンアシサマー!」

「ニホンアシサマ?」


 パピルサグの亡霊に先導されて着いた更に奥の部屋には、同じく大きな鋏に多脚の付いた、何とも可愛らしい幼児達がひしめき合いながら俺達を歓迎してくれた。


「こ、これは抜群の破壊力なのだわ……!」


 俺の横で今にも鼻からリビドーを吹き出しそうな扶祢の様態からも分かる通り、眼球部分が蒼一色そして手足の先のパーツが甲殻類のそれではあれど、概ね人型然としたシルエット。そんなパピルサグの幼生達が所狭しと蠢いていたのだ。

 蠢くと言いはしたが蟲に類する系統の不気味さがある訳ではなく、好奇心旺盛に俺達を覗き込んで来たり、わきゃわきゃといった感じに整然としない様子でそこら中を走り回っているだけだからな。多脚もよく見れば中心となる太い二本の脚は人のそれに近く、印象としてはそのまま幼児の挙動といったところか。


『セイレツ!』

「「「アイッ!」」」


 ―――ビシッ。


 そんな落ち着きの無い幼児、もといパピルサグの幼生達にリーダーである亡霊が号令をかける。するとそれまでのざわめきが一転、見事に統一された挙動で掛け声に従い整列をし始める。


『コドモタチ。キョウハ、ニホンアシサマタチガカエッテキテクレタ、キネンビデス。セイシンセイイヲコメテ、カンゲイノオモテナシヲスルンデスヨ?』

「「「アイ、オオママー!」」」


 元気一杯に揃って返事をする幼生達を見回し、オオママと呼ばれた亡霊は満足そうに頷いて改めて俺達へと向き直る。


『ヨウコソ、ワタシタチノオウチヘ。ソシテオカエリナサイ、ニホンアシサマ』

「あの、オオママ……さん?俺達、過去にこの地に来た二本足とは別物、なんですけれども」

『エエ、ワカッテイマス。デモ、アノカタガタトハチガッテモ、ワタシタチニトッテ、アナタタチハニホンアシサマナンデス。デスカラ、コウイワセテクダサイ……オカエリナサイ、ト』


 戸惑う俺の言葉に対し、はっきりとした口調で言葉に感慨を込めてオオママは宣言する。

 そう、か。この人達は幾年月かは分からないが、長い間を自らの崇める「二本足さま」と別れて過ごしていたんだものな……時が流れ、この地が海の底へ沈んだ今となっても。


「――うむ。ならば善きに計らえ、パピルサグ共。見事、余等の歓心を買った暁には、余が直々に褒めてつかわすぞっ!」

「「「ヤッター!」」」

『アリガトウゴザイマス。コノコタチモ、ウレシソウデナニヨリデス』


 こういった時に無類の決断力を示すのは、やはり生まれついて人の上に立つ資質を持つ者だ。一般人である俺達が示すのは中々に難しい、人を動かす側としての自覚を以てこうして目の前の幼子達へと言葉を放つ。それを受けたパピルサグ達と言えば例外無く、何とも喜色満面といった無邪気な笑顔を浮かべており―――


「うーん、出雲ちゃんに良い所持っていかれちゃったわね」

「姫さんらしいっちゃらしいけどな。俺っち達はまた別の、自らが活躍するべき場面で動けば良いってこった」

「だな」

「飲むゾー!」


 こちらでも釣鬼が良い感じに話を纏めてくれたことだし、まずは手始めにパピルサグ達の歓待の宴でも受けるとしますかね。

 そして全員が席について間もなく、宴の料理が運ばれて来た。


「ニホンアシサマ、オリョウリドウゾ!」

「お、美味そうだ。ありがとうな、えーと……名前はなんて言うんだ?」

「――ナマエ?」


 おや?配膳してくれたお礼ついでに聞いてみたが、不思議そうに首を傾げるこの反応。もしかしてこの子達、名前というものを知らないのか?


『ソノコタチハ、ウマレテマモナイノデス。マダカラモヤワラカクテ、ソトニハデレナイカラ……』

「オソト!ミテミタイ!」


 外を見てみたい、か。そういえばあの時のヤドカリ、俺達がどう接してもずっとビクビクとしていた気がするな。あの時は食料扱いされて怯えていたのかと思っていたが、もしかしてあのヤドカリ、初めて外に出たばかりだったのかな?そう考えると見る者全てが初めてで、そんな中いきなり信仰の対象たる二本足との接触をしてしまった驚愕があったとすれば……あの時の態度も頷けるというものだ。

 ともあれ、折角の歓待だ。取りあえずは目の前で期待感に満ちた表情で見上げてくる幼生の頭をご要望通りに目一杯撫でくり、感謝の念を伝えてから出された料理を食べ始めた。うん、この海鮮尽くし、塩気が良い塩梅に染みわたっていて中々いけるな。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――ほう?すると元はお前達にも個々の名前が付いておったのか」

『ハイ。デスガ、アノカタガタガサッテヨリ、イクタノトシツキガタチマシタ。イマイルコドモタチニハ、ナマエトイウモノガアリマセン。デスノデゼヒトモ、コドモタチニナマエヲツケテアゲテホシイノデス』


 予想していたよりは随分としっかりとしたもてなしを受けながら、海鮮尽くしを暫しの間満喫する。その傍らでオオママさんが俺達を招待した理由を話し始めていたのだが、名前かぁ。


「あーん、もうこんな可愛い子達の名前だったら幾らでも付けてあげちゃう!」

「フッ……今こそこのボクの脳裡に刻まれたトリビア名前辞書の出番ダネ!」


 今もこの広間に所狭しと居並ぶ幼子達。最初は孤立無援の無人島生活かと思いきや、それが今やこの歓迎ぶりだ。

 ここに居並ぶ幼生達全員に名を付けるのは一苦労ではあるけれど、この雰囲気に俺達の心も随分と和らぎそして落ち着いたのは間違いないからな。約二名程妙にやる気になっている連中も居ることだし、せめてもの恩返しとしていっちょ気合い入れて名付け親でもしてみますか!

 俺は早速、最初に料理を運んで来てくれた幼生を呼んでみる。するとさっき撫でくり回されたのが余程嬉しかった様で、他の子よりも若干大きめの尻尾を嬉しそうに振りながらすぐに俺の呼びかけに応じて来てくれた。


「それじゃあお前はそうだな……レサト、なんてどうだ?」

「レサト?ソレ、ワタシノナマエ?」

「おう。俺の故郷の空に浮かぶ、さそり座の兄弟星の片割れから取ったんだけどな。お前は尻尾が立派だから、ちょっと過激かもしれないけど『尾の一刺し』を意味するこの名前が似合うかもなんて思ったんだ」

「ファァ……カッコイイ!」


 うむうむ、お気に召した様でなによりだ。喜びにはしゃぎ出すレサトの様子を見てちょっとした満足感を覚える。ただ一つ誤算というかよくよく考えてみれば当然の話ではあったのだが、そんな場面を目の当たりにした同年代の幼児達がその場で我慢を出来るかと言えば……。


「ワタシモツケテー!」

「ボクモ!」

「ニホンアシサマー!」


 案の定といった所か宴の途中にも関わらず、その場でパピルサグの幼生達の名前考案大会が開催されることとなる。


「そういうのはせめて飯食い終わってからにしとけって」

「さーせん……」

「一番手は余が付けるつもりだったのに!」


 その場の勢いでついやっちまったぜ。

 尚、最初の命名の印象からか俺の一番人気で名付け待ちの列が出来上がり、後半は殆ど料理を食えず仕舞いで頭を捻り続ける羽目になってしまった。


『ヤッパリニホンアシサマ、ヤサシイネ』

「う~ん、世の中には優しい奴ばかり居る訳じゃないんだけどな」


 だが、この嬉しそうなパピルサグ達の顔を見ていると、それを説明するのも憚られるというものだ。その時の俺達は、異口同音ながらにそんな返しをしつつも和やかなひと時を過ごしていた。

 しかしそこに、ほのぼのとした空気に中てられて緩み切っていた俺達へと、オオママによる当初の想像を超えた更なる要求を突き付けられる事になる。


『ソレジャア、コンドハモウチョットオオキクナッタコドモタチニモ、ナマエツケテ?』

「――へ?」


 オオママのその言葉に感応するかの如く、床を通じて何処かよりの何かの走る振動が伝わってくる。そして、それは徐々に大きくなってきて―――


「ニホンアシサマー!」

「ナマエツケテー!」

「クダサイー?」

「……まじすか」


 宴の広間の幼生達に数倍する数の子供達が扉を開けて雪崩込み、満面の笑みで口々にそんなお願いをしてくるという、ある意味今後の修羅場を感じさせるこの状況。少しばかり、迂闊に名前を付けてしまった事を後悔してしまった瞬間だった。

 結局その日は要塞内で一泊し、丸一日を費やして命名作業に勤しむ事となりました……。


「頼太が安請け合いするからダヨ!」

「この子はナナミちゃん、でどうかな?え、それはもう他の子に付けられてる?……うぇぇ、もう人数多過ぎて訳わかんないよぅ!」

「ふんっ。余を差し置いて名付けの一番手を掻っ攫うからだ!責任持って考えよ!」

「さーせん!本当にさーせん!」


 人に頼られるのはやる気が奮い立つものであるけれど、考えなしの安請け合いの先に待つは今回の様な多大な残務処理、なんて事になってしまう場合も多々あるものだ。ここにまた一つ、厳しい現実との付き合い方というものを学んだ俺達であった。






 それから丸一日をかけ、パピルサグ達全員に命名を終えて力尽きてより更に半日程。どうにか終えた達成感に包まれながらの睡眠を経て心地良い目覚めを迎える。

 朝食の後に俺達は再びモニタールームへと向かい、海洋のチェックをしながら作戦会議を始めていた。


「そんじゃま。荷電粒子砲の余波も収まったみてぇだし、そろそろ地上の様子見を兼ねて大海蛇(シーサーペント)への対抗策を練るとするかぃ」

「名付けの合間を見て何度かこの部屋にも来てみたのだが、昨夜の大海原の荒れっぷりは物凄かったな!海洋冒険の創作本にでも出てきそうな程の大波の唸りと雷鳴の轟きが見物だったぞっ」


 あの砲撃の後数時間が経過した辺りより周囲の気候は荒れ始め、それから二日程は島の地上部分が出歩けない程の大嵐に見舞われていた。やはり一部地形が変わってしまう程の規格外の大規模砲撃、それの影響は多々あった様だ。だからこそ急ぐ事も無くパピルサグ達の歓待を受けながらその間を要塞内で過ごし、名付けに終始していたのだけれどもね。


「ムゥ、駄目ダネ。やっぱりまだアイツ、居るっぽいヨ」

「本当かよ。しっつこい奴だなぁ」


 ナビを受けながらピノが計器を操作し、モニター越しに大海蛇(シーサーペント)の姿を映し出す。こうしてアップでじっくり見てみると、海蛇と言うよりかは手足の無い竜種(ドラゴン)、といった印象が強いな。全身は堅い鱗に覆われており、一見弱点などは無いのではないかとすら思える。

 実のところ、あのオーバーキルの極みである荷電粒子砲の影響により要塞の島部分が相対的に多少隆起した事が判明していた。それに基づいて異世界ホールへの接続口も、干潮時には地上から歩いていける浅瀬までにせり上がってきていたんだ。

 まともに通じる遠距離攻撃手段を持たない現状の俺達では地上からは手が出せず、そして異世界ホールへの帰還の目途も付いた俺達が、何故未だ大海蛇(シーサーペント)の討伐に拘っているか。その背景には、パピルサグ達の抱える問題があった。


『アノナガクビ、コドモタチヲズットネラッテイルカラ……』

「マーフィーさん……」


 マーフィーさん、オオママと呼ばれたひとの名前だ。これも昨日まる一日、天候の関係で要塞の内部に閉じ込められながら命名をし続ける合間に聞いた話だが、この人を精神生命体たらしめたのはどうやら過去の二本足達らしい。

 元は別の名を付けられていたそうだが、情報体への存在移行の際に改めてマーフィー、と名付けられたのだとか。俺達にも理解が通ずる名前である辺り、もしかしたら宇宙人ではなく、やはり分派派生した歴史となったこの世界の人間達だったのだろうか?それについては最早想像でしか語る事は出来ないが、異世界ホールで繋がった世界の類似性から言えばそれが一番しっくりくる気はするな。

 それはそれとしてだ。やはりあの大海蛇(シーサーペント)の話になるとマーフィーさんは沈痛な表情を見せてしまう。最初にこの人と遭遇した時はあんなに慄いていた扶祢ですら、マーフィーさんの哀しそうな様子に同調し、痛ましそうにそれを見守っていた。やはり、これはどうにかしてあげないとな……。


「まずは地上に出てみないか?この島部分も随分と広がっておるし、どう変わったのかを実際に見てみたいぞっ」

「そうだな。一遍肉眼で見てみるのも悪くはねぇか」


 こうして俺達は再び地上へと向かう事にした。一昨日、遺跡だと思って入った入り口は実は監視塔に当たる部分だったそうで、今は地上部分にせり出した別の出口からショートカットで浜へと向かう。


「――ところでよ、随分と懐かれてるみてぇだな?」

「頼太のロリコーン」

「………」

「アダダダダダッ!?何すんダヨ!」


 取りあえず、不名誉極まりないレッテルを張ってくれた幼女のこめかみを無言でぐりぐりと圧迫する事で対応としておいた。誰がロリコンだ!


「うぐぐ。頼太ばっかりずるいのだわ!私にもレサトちゃんの肩車させてよ!」

「つってもなぁ……」

「ヤ!オニイチャンノカタグルマガイイノデス!」

「そんなぁ!?頼太のロリコン!」

「それはお前じゃね!?」


 この脱力するやり取りからも分かる通り、俺が初めて名前を付けたパピルサグの幼生であるレサトが、やたら俺に懐いちゃっていましてね。試しに肩車をしてみたら大層お気に召したらしく、朝食が終わってからというものほぼずっと肩車をせがまれ続け、今もこうして要塞の外にまで付いて来てしまっていたんだ。


『ソノコハソロソロカラモカタマッテクルジキダカラ、イッショニツレテイッテ、チジョウヲミセテアゲテクダサイ』


 マーフィーさんからはこんな事を言われてしまったし、今は様子見で出ただけでもあるからな。こうしてレサトも連れ出したという訳だ。お陰でまぁ、見事にロリコン扱いをされてしまってな……いや、レサトも楽しそうにしているし、こいつ等もいつものノリなだけだから良いんだけどさ。


「……む?接続口から何かが出てきたぞ」


 そんな雰囲気の中、何かを見付けた出雲の言葉に皆が異世界ホールの側を注視する。と、見覚えのある人影が波間から浮かび上がってくるのが確認出来た。そして僅かな時が過ぎた後、浜辺に上がったその人物は―――


「ふうっ……なんだ?危急の事態と聞いて駆けつけてみたが、随分と満喫している様子じゃあないか?お前達」


 海中よりの移動が故か薄布一枚に包まれたグラマラスな肢体。それに張り付いた金の長髪を無造作に掻き上げながらその特徴的な長い耳を僅かに動かし、親し気に俺達へと話しかける一人の耳長族(エルフ)の姿があった。

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