第019話 お守りのち仮登録
それから二日程の間、俺達は街のお祭り巡りをしたり図書館でこの世界の国や文化について学んだりとそれなりに有意義な時間を過ごしていた。
そして三日目の朝のこと。
本との睨めっこに飽きたらしいピノが依頼に連れて行けとせがんできた。
「口語の発音は大体把握したシ、書き取りの方はおいおい覚えていくカラ、今度は冒険者の仕事を見てみたいんだヨネ」
という事らしい。覚えるの早いなオイ、俺なんて口語だけでも一月かかったぞ……。
「ピノちゃん、随分と発音が良くなったよねぇ」
「コツを掴めば案外楽だったネ」
このようにピノは若干の癖はあるものの、既に俺達と変わりないレベルの口語を使いこなすまでに至っていた。
「もう街に入り浸る気満々みたいだな、お前」
「あの森も休憩ついでに立ち寄っただけだしネー。どうせ滞在するんだったら便利な方が良いでショ」
「間違いねぇな」
さて、あの冒険者達が帰って来る期日はいつだったっけかな。詳細を把握している釣鬼に確認をする。
「件の連中は明日か明後日には戻って来るっつってたから、時間があるとしたら今日だけだな……期限の緩めな軽いレア物採取でもやってみるかぃ?」
「行コ行コー!」
張りきっちゃってまぁ。初めての遠足に行くのが楽しみで仕方がない子供みたいだな。
「ふふふ、ピノちゃん可愛いわぁ」
「扶祢は最近そればっかだな」
「ボクは可愛いんだからショウガナイネ」
「うんうん、可愛い可愛い」
ナデナデナデナデ、もはや親馬鹿の域である。もうピノも慣れたものでベタベタと過剰に張り付いてくる扶祢を特に気にする様子も無く、無駄に自信過剰なドヤ顔をかましていた。
そんじゃギルドに顔を出すとしますかね。
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そして場面は変わり冒険者ギルドにて―――
「成程、では本日のご用件は依頼探しですか」
「あぁ。今のランクに見合ってそこそこ短期で終わりそうな、もしくは期限の緩い少し難し目の採取関係なんてのはねぇかな?」
早速担当であるサリナさんに取り次いでもらったのだが、釣鬼がいきなりな無茶振りを切り出していた。
「いやいや、流石に要求条件が多すぎじゃないか?」
「うふふ、平気ですよ頼太さん。それを探すのも担当の業務の内ですから」
「へー、依頼探しってもっと自力で漁るイメージだったけど。随分親切なんだね」
「皆様の場合事情が事情ですし。借金の返済が終わるまではある程度は積極的に融通しても良いとのお達しを受けていますから」
「そういう事かぁ」
「助かるぜ」
ちなみに俺達の事情とは無関係なピノは今、掲示板の貼り紙を物珍しそうに眺めていた。首が視線に合わせてあっちへ行ったりこっちへ来たり。ピコも横でお座りをしながらシンクロした動作を繰り返している。メトロノームみたいだな。
「皆さんの場合ですと、魔物との戦闘の可能性は特に問題ありませんよね。とするとパーティ補正でCランク扱いまではokとして……」
サリナさんがブツブツと依頼の吟味をしている間に、この前説明しそびれた冒険者ランクについて説明をしておこう。
ランクとしてはS~Gまであり、ランク順は、S>A>B>C>D>E>F>G、となっている。登録したては通常Gからの開始となるが、前職に戦闘または探索系の秀でた経歴がある場合には所謂『飛び級』制度があり最高でCからの開始が可能であるという。しかしCランクからの開始は国軍最前線クラスの実務経験が必要になり、また冒険者としての経験を積む意味でも殆どの場合Dからの登録開始を勧めているのだそうだ。
何十年か前にどこかの国を脅かした邪竜を退治した勇者に対しても当時のギルドはDからの開始を強く勧め、勇者もそれに応じたと言う逸話からもギルドとしての意識の高さを窺えるね。
釣鬼もデンス大森林の元管理者という事でこれに当て嵌まり、現在のランクはDとなる。俺と扶祢は当然何の経歴も無いのでGからのスタート……だったのだが、先日達成した依頼による評価点が加わり既にFとなっていた。その時は俺達結構凄くね!?と二人して小躍りしていたのだが、
『Gは元々慣らすまでの入門手続きの一環みたいなものなのですよね。ある程度戦闘経験があると判断された方は、一回何かしらの依頼を達成すると無条件でFに昇級する事になっているんですよ』
サリナさんのあの時の申し訳無さそうな苦笑にダブルノックダウンさせられたのはちょっと苦い思い出だ……まだ三日前の話だけど。
つまり現在進行形で初心者です、はい。まぁまだ今日受ける依頼で二個目だしね、仕方ないよね。
GからDまでは評価点制で、一定の点数を満たすと自動的にランクアップをするのだが、D→Cでは一度素行調査等が入り、更にB以上への昇級にはポイントを貯めてから昇級テストがあるらしい。名前だけのゴロツキ防止用という事かな。依頼毎に難度などに応じ審査の結果評価点という物が設定されており、それを貯めていく方式らしい。これもゲームなんかでよくあるギルドポイントってやつだな。
そして受注可能な依頼ランクは基本的にはソロの場合自身と同ランクまで。ただしパーティ行動の場合は人数による難易度緩和等も考慮の上、パーティ内の最高ランク者と同ランクまで受注可能という話だ。
しかしパーティ内でのランク差が大きい場合や当人の経験も吟味され、ある程度はギルドの担当者のさじ加減により上下する場合もある。
俺達のパーティの最高ランクは釣鬼のDだが、戦闘に関しては元冒険者であったサリナさんから見ても文句無しの経歴だし、何より昔釣鬼が一掃してしまった中級者の中にはCランクも居たらしい。
なので戦闘の危険が有り若干難度の高く、採取そのものはそこまで難しくはないという意味でパーティ補正でC位、の依頼を今サリナさんが探してくれているという訳だ。
「うーん。ちょっと難しいかもしれませんけれど、石蜥蜴鶏の群れの巣から魔鉱石でも拾ってきます?歩いて数時間もかからない廃坑なので頑張れば日帰りも出来ますけれど……」
「「無理!」」
「いや、ちょっと厳しいんじゃねぇか……?今は石化対策揃える程の余裕はねぇし」
「ですわねぇ……」
むむ、と難しい顔で書類と睨めっこを続けるサリナさん。まだ依頼二回目のFランクが二人とDランク一人のぱーちーに対して石化を使う相手との戦闘が確実なモン勧められても困るよ!ちらっと書類を見せて貰ったら案の定Bランク相当じゃないっすか……。
尚、石蜥蜴鶏と魔鉱石についてだが―――
まずは石蜥蜴鶏について。
全身に蛇の鱗を持った鶏、または頭に鶏冠を持つ蜥蜴などと地球での伝承に於ける姿は一定していないが、こちらの世界では概ね石のように硬い羽毛を纏い主に鉱山に棲み付く鶏の魔物という扱いになっている。
伝承に違わず毒や石化の状態異常効果を付与する攻撃手段を持ち、一歩間違えれば中級冒険者でも不意打ちにより全滅の危険もある厄介な魔物なのだ。
また、魔鉱石は石蜥蜴鶏が棲む鉱山には付きものといっていい程に密接な関係があり、一説には石蜥蜴鶏の発する独特のオーラが付近の鉱脈に作用し変質されるのではないかとも言われている。
こんなのがうようよ居る場所に三人で行けとか無茶振りにも程があるヨネ……。
「何が厳しいノ?」
掲示板を見るのも飽きたのか、いつの間にかカウンター前に来ていたピノが俺達の話に入ってきた。
「ん、石蜥蜴鶏の巣に突っ込んで魔鉱石を拾うっつぅ、戦闘がほぼ確定な依頼があるんだけどな。うちのパーティは回復役も居ねぇし、何より毒と石化対策がなぁ」
「『爽快』なら使えるヨ、石化はまだ単体でしか治せないケド」
「まじか」
「おー凄いねぇ」
攻撃魔法だけかと思ったらサポート系もそれなりに習得しているという、予想外に高性能な幼女。普段の言動はまるっきりお子ちゃまなんだけどなぁ。
尚、『爽快』というのは精霊魔法に属する状態異常解消の魔法、だったと記憶している。各種精霊に呼びかけ、体内バランスを調整する事により状態異常を解消する精霊魔法とかそんな説明を昨日図書館で読んだ気がする。医学的知識が発達した現代日本の常識からするとちょっと信じられない話ではあるけれど、まぁ魔法だしな。
「む…どうせ付いてくるなら手伝って貰っても良い、のか……?だけどピノは冒険者登録をしてねぇし報酬は出ねぇぞ、それでも良いのか?」
「ウン、冒険者業の詳しい仕組みにも興味あるシ。今回は流れを見れれば別に良いヨー」
おぉ、図らずも回復サポート担当が揃ったな。しかし冒険者としての二回目の依頼がバジリコック退治って良いのだろうか?まぁ厳密には退治ではないのだけれども。
我ながら随分と武闘派なパーティだなぁと思う。
「何でしたら仮登録だけでもしておきましょうか?」
「仮登録?」
これで決まりとばかりに手続きをお願いしようと話していたら、サリナさんが仮登録?というものを勧めてきた。何じゃろ?
「我が冒険者ギルドでは事情があってすぐには冒険者としての活動が出来ない方やお試しで迷っている方の為に、最長二週間まで簡易的な登録を出来るようにしておりまして。これの利点は仮登録期間中に冒険者としての活動をした場合ポイントが貯め置かれ、後に正式登録をした場合そのポイントが反映された状態のランクで開始が出来る事ですね。今のピノさんにはピッタリではないかと思いますけれど」
ほー、そんな便利な制度まであるのか。ギルドもスタッフ獲得に向けて頑張ってるんだなぁ。
「それは確かに、今のピノちゃんにピッタリだね」
「んじゃ仮登録してみようカナ」
「それではこちらの項目に記入をお願いします。あ、ピノさん共通語の方は大丈夫でしょうか?」
「昨日と一昨日図書館で勉強してたカラ、この位だったらいけるヨ」
「では安心ですわね」
その後ピノの仮登録証が発行され、俺達はバジリコック退治もとい、魔鉱石の採取クエストに向かうこととなった。
「あ、石蜥蜴鶏の鶏冠と嘴はそれぞれ討伐認定部位と特殊な薬剤の素材になりますので、もし取ってきて頂ければ追加報酬をお渡し出来ますよ」
「了解」
「ではくれぐれもお気をつけて、いってらっしゃいませ」
「行ってきまーす」
そして見送りに出てくれたサリナさんへ手を振り返し、俺達四人と一匹は廃坑へと出発した。
仮登録の流れを読み返して思ったんですよ。
冒険者ギルドってまんま派遣労働者じゃね?




