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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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第166話 無人島?で0円生活③

 少年達は暗き通路をひた走る。まるで止まってしまえばそこで自らの命運が尽きる、とでも言わんばかりに、鬼気迫る表情を各々の貌に張り付けながら。

 少年達が走り過ぎてより僅かな後に、その場へと響き渡る低重音。それはまるで、何かを追いかけてくるかの様な精密さを以て、チクタクとした定期的に死を刻む音を付随させていた。つまりは―――


「――逃げろぉぉぉおおおっ!」


 やばい、やばい、やばいってコレ!現実世界はライフ一個縛りだってのに、俺達の後ろからは今も迫りくる幻想世界級のデストラップ。まさかリアルでジョーンズ博士の真似事をやらされる日が来ようとは……なんて言ってる場合じゃねえ走れ走れ走れェー!


「あおーん!」

「ピコがこの先の空気が変わったって言ってル!逃げ込むヨッ!!」


 ピコに騎乗しながらのピノのその号令に従い、辿り着いた広間へ入ると同時に全員蜘蛛の子を散らすかの如く部屋の隅々へと散らばり伏せる。直後それを追う様にして広間へと躍り出てきた球体の岩が床に落着すると同時に、辺りに炸裂する閃光と爆発音。


「ひいぃっ!?」

「クッ……」

「きゃあっ!」


 その衝撃で広間へ入る前にかけられた緊急用の簡易障壁が見る見る内に削れ落ち、防具どころかまともな衣類一つ身に付けていない俺達は恐怖に悲鳴を上げてしまう。

 その後たっぷり一分程をかけ、それ以上の事態の進展が無い事を理解した後に俺達はゆっくりと身を起こし、恐る恐る状況の確認に努め始める。


「……止まった、か?」

「みてぇだな……ったく、どう見ても罠だって見え透いてんのにあっさりと釣られやがって」

「ダッテ」「ねぇ?」「あれは仕方無かろう!」


 釣鬼の呆れとも怒りともつかぬ非難にしかし、喉元過ぎれば何とやら。女性陣は悪びれることもなく口々に言い訳をし始めていた。

 この流れで大体お分かりかと思うが、とある台座に乗っていた「それ」を発見し、その脇に書かれた説明文の内容を把握すると同時に争う様にして飛び付き、時限爆弾付きの丸岩トラップを発動させてしまったのはこいつ等三人の仕業だ。

 これが通常の罠であれば、幻想世界で修行を積んだピノの観察眼によりそれなりに察知も出来ただろうし、解除自体もピノご自慢の力学魔法理論による精霊の遠隔精密操作でどうにかなった事だろう。しかし、実際に待ち受けていたものといえば―――


「『先着一名様限定!脂肪燃焼効果ばっちりの固有魔法アクセサリ【ぷにキエール】今月中にゲットすれば、永続的な虫除け効果とお肌の保湿効果も追加されてお得ですっ!』まさかこんなのに引っかかるとはよ。脂肪なんざ定期的に動いときゃ燃焼出来んだろうがよ……」


 当然の事ながらこの釣鬼の発言に女性特有の業が発揮され、暫しの間を女三人寄っての姦しい口撃に曝されてしまったのは言うまでもないだろう。


「あ、トビさんそっちの水筒取って貰えます?」

「はいどうぞ。しかし釣鬼殿は経験豊富そうに見えて実のところ、女心というものが分かっていらっしゃらぬ様ですなぁ」

「俺もそういうのはまだよく分からないですけどね。流石にあの物言いはねーな程度は分かりますわー」

「男女の駆け引きというのは難しいものですからな。頼太殿もゆめゆめ心なされよ」


 一方被害を免れた俺達と言えば、休憩を兼ねてバルタンフィッシュ(ピノ命名)の燻製を頂きながら、トビさんによる有難い経験談を聞いていた。ピコもこの白身部分は好みの味らしく、お行儀良くも美味そうな様子で平らげているね。ほれモッフモッフー。

 それにしてもピノの奴、夏まではそういった認識には無頓着だった癖に最近になって妙に気にし始めてるんだよな。まだまだ幼児体系なんだし、幻想の代表格とまで言われる程の知名度を誇る妖精族がそこまで気にする必要があるのかな、なんて思ったりもするが。まぁ、そういうのが楽しい時期なんだろう。引率の釣鬼先生も苦労しますなぁ。


「お前ぇ等、ちょっとはフォローに入ってくれても良かったんじゃねぇか……?」

「生憎自殺願望は持ち合わせちゃいないんで」

「いやはや、お頭があんなに生き生きとしているのを見るのは中々に眼福ですなぁ」

「わふぅ……」


 結局、釣鬼先生が精神的に打ちのめされるまでは長くは無かったらしい。こういう時はまともに相手の話に取り合っちゃいけませんて。

 尚、【ぷにキエール】については見事な表記詐欺ではあったが、それでも神秘力の波長からピノが読み取ったところ、何らかの魔法に類似した永続的な効果がかかっているらしい事だけは判明した。別に呪いの類がかかっている品では無い様だし、ここはひとつ戦利品として持ち帰るとしますかね。


「ところで結構走った気がするんだけど、ここってどの辺りなんだろうな?」

「マッピングは……だよな、出来てる筈もねぇよな」

「これは正真正銘の迷子だなっ」


 【ぷにキエール】が設置されていた台座のある部屋までの道程はしっかりと簡易的な地図を作成しておいたんだが、何せいきなりのあの爆弾付きなデストラップとの遭遇だ。

 これがただの岩ならばいつもの釣鬼先生の脳筋力でどうにかなった可能性が高いんだが、今回の丸岩トラップには一般的にそれと見える信管らしき物が埋め込まれており、更に言えばこれまた如何にもなアナログ式のタイマー音が鳴り響いていた。下手に日本の知識に慣れてしまった釣鬼とピノはその音を聞いた途端、真っ先に逃げ出しやがったからな!対応方法としては現実的だとは思うが、この薄情者共め!

 それからは上で挙げた通り、元々軽装でこの遺跡内に入り込んだのもあって道中で落とした品こそ無かったが、結構な時間を走り続けていた気がする。釣鬼ご自慢のミリタリーウォッチで時間を見ればやはり遺跡に入ってより既に三十分以上が経過していたし、入り口からあの台座の部屋までで過ごした時間は凡そ十分程だから……二十分近くは走り続けていた事になるか。


「道中は一本道でこそありましたが、相当に曲がりくねっていましたからな。外界の光も無いこの様子では正直現在位置など考えも及びませぬよ」

「ですよねぇ……」


 せめて太陽の位置が分かれば大まかな方向も把握出来るんだが。

 ここで少し話は変わるが、人間に関わらず地上で暮らす大抵の生物は陽光を光源としそれを頼りにして生活している。光源があるからこそ視覚という感覚が活き、日常生活に支障の無い行動を取れる訳だ。そして先程のトビさんの発言にもあった通り、この遺跡内は陽光が一切入って来ない構造となっている。

 では今現在どうやって俺達が今も地上と変わらぬ様子で自由に行動出来ているかというと――辺り一面に浮かんでいる鬼火の様な謎物体のお陰だった。

 場所が場所なのも相まって雰囲気満載なこの鬼火であるが、扶祢が使う陰火タイプの狐火と同じく近付いても一切の熱害をもたらす事も無く、ひたすら天井付近に張り付いているだけという不可思議な不気味さを今現在も醸し続けているんだよな。ただそれで困る事があるかと言われれば、はっきりとノーと返せる自信がある。よっていい加減、こういった謎現象にも慣れがきている俺達は特に気にする事もなくありのままを受け入れる事にした……約一名を除いては。


「あれは電灯怖くない幽霊じゃないから平気頑張ろう私……」

「こりゃ使い物にならねぇな」


 呆れた様子で釣鬼が言う通り、扶祢が見事に幽霊恐怖症を発症させてしまっていたんだ。しかもこいつの場合半端に軽度なものだから、ぶつぶつと自分に何事かを言い聞かせながら頑張ろうとして、しかし一歩歩く度にびくびくと天井を仰ぎ見ては涙目で俺やピノにしがみ付いて離れようとしなくてだな。


「扶祢は案外怖がりだったのだな?余は別にこんなの平気だぞっ。ホレホレ!」

「ひぃっ!?」


 そんな扶祢を面白そうに見ながら出雲が鬼火を一匹捕まえ、扶祢の鼻先に持って来て更に慄かせたりもしていたりした。やはり相変わらずこいつは幽霊の類が苦手らしい、自分もある意味お化けの一員と言えなくもないのにな。


「アレ?それって触れるんダ?」

「うむ。全然熱くないぞ」


 そこで若干感じていた違和感をピノが指摘する。ほ~、見た目が火の玉然としているからそういったモノだとばかり思いこんでいたけど、そう見えるだけの全くの別物だったのか……ん?触れるって事は実体があるのか?


「おーい扶祢、大丈夫かー?」

「うぅう……あんまり大丈夫じゃないかも」

「これ、実体あるみたいなんだけどさ。実体あるんだったら幽霊じゃなくね?」


 心細そうに俺の二の腕をがっちりと掴んで離さないこいつの様子を見るのは新鮮かつ眼福ではあったし、ご褒美溢れる柔らかい感触も満喫出来てはいたんだが、流石にここまでの怯え様は見るに忍びないものな。この至福の時間を自ら終わらす事に内心で若干の葛藤を覚えながらも、俺は現実をありのままに話してみた。


「……そっ、そうよねー!なーんだ、いつもの謎生物だったんだ。はぁぁ~良かったぁぁ」


 これこの通り、見事に復活したらしい。現金な奴め。手間をかけさせてくれたお返しにニヤニヤ顔で眺めてやると、ようやく自分が今どういった状態なのかを自覚したらしい。頬を若干紅らめながら、そそくさと絡めていた腕を外し距離を取ってしまう。


「にやにや」

「……何さ」

「べっつにー?」

「くぅぅ、不覚を取ったのだわ……その内リベンジしてやるんだからっ!」


 最早その顔を真っ赤に染め上げ、負け惜しみなんだか宣戦布告なんだか分からない発言をしてくる扶祢。まぁ色々とご馳走さまでしたって事で。


「ふんっ、次行くわよ次!」


 そして照れ隠しにずかずかと広間を突っ切り、次の部屋への扉に手をかける扶祢であった……ってちょっと待て。ここは仮にも迷宮内だぞ?それは不用心に過ぎるだろ。


「アッ」

「何さ……え?」


 扶祢が扉の取っ手に手をかけた途端、襲い掛かる新たな(トラップ)が――なんて事こそ無かったのだが。押し手タイプの扉を開いた先に、それをすり抜けるかの様にその場を動く事なく朧げに佇む人影がおり……。


「……んきゃぁぁあああああっ!?」


 本日何度目かは忘れたが、恐らく最大に響いたであろう扶祢の悲鳴が遺跡内を木霊する。うーん、南無。


「急にそこに霊っぽい反応が出たって言おうとしたんだけドー、遅かったネ?」

「扶祢ー?おーい、生きてるかー?」

「……もぉやだぁっ!さっさと大海蛇(シーサーペント)倒して向こうに帰るぅ!」


 腰を抜かして起き上がれなくなった扶祢を出雲がつんつんと突いていたが、どうやら生きてはいた様だ。倒れた際にぶつけた頭を痛そうに抑えつつ今度こそ半泣きになる扶祢の無事にほっとしながらも、俺達は扉の先に佇む人影へと視線を移す。


『――ニホンアシサマ。ヤットキテクレタ』


 見た目の印象よりも幾分と明瞭に響くその声からは、遺跡の外に居たあのヤドカリと同じ「ニホンアシサマ」というフレーズが聞こえてきた……あのヤドカリの親戚か何かか?

 このお話は、狐耳他の精神的に恥ずかしい姿を激写するぶらり異世界漫遊記となります。

 つまり、今回はだいたいサキのせい。

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