第165話 無人島?で0円生活②
週明け辺りに悪魔さん第25話、投稿しまス。
16/6/20追記:第164話を含め、ヤシガニ→ヤドカリに変更。
―――ワタシ、ニホンアシサマ、オイノリ。タベナイデ。
「……この子、喋ってる?」
「喋ってるな」
「余にも聞こえるぞ」
俺達の目の前に蹲る巨大ヤドカリ。それは前二肢の鋏で自らの身体を覆いながら震えていた。それを見て出雲の口を塞いでいた手を放しながら言う扶祢と、その扶祢に口を塞がれた名残で抱きかかえられたままの出雲にもはっきりとこのヤドカリの「声」が聞こえたらしい。
―――タベナイデ、ニホンアシサマ
よくよく見れば触角の様に伸びた目をこちらに向けて、震えながら見つめてくる。大きな鋏も威嚇するというよりは祈る様に閉じ、そのままじっと俺達を見上げ続けていた。うっ、これは良心が痛むな……。
「何か居た堪れないんですけど……」
「余もこれを食すくらいなら、一食程度は靴食でも我慢出来るかもしれん」
「……だな」
こちらから話しかけてもみたのだが、ヤドカリは「オイノリ」「ニホンアシサマ」とだけ呟きながらずっと震え続け、まともなコミュニケーションは望めなかった。仕方無く害意は無い事のみを伝え、俺達はその場を去ってある種の覚悟を胸にしながら浜へと向かう。
しかしそんな俺達を出迎えたのは、昼間とは打って変わって上機嫌な笑顔を浮かべる釣鬼だった。どうしたのかと聞いてみると、当たりを付けていた仕掛けに大量の魚がかかったらしく、取りあえずの食料の心配をする必要は無くなったのだそうだ。助かった、どうにか革靴の試食という罰ゲームは免れることが出来たらしい。
「見た目はグロいけど中々いけるネ、この魚」
「念の為に骨とワタは使わずにおいたが、こりゃ白身魚特有のいい食感だな。こうなると酒が欲しくならぁ」
即興の燻製を作りつつ試食をさせてもらったが、確かにこりこりとして食べ応えのある良い肉身だな。米があれば海鮮丼にしても良かったかもしれない。尚、見た目は頭が二股に分かれ、その先が尖った銀色の……どこぞの宇宙忍者の手足をもいで魚っぽくすればこんな感じかな?といったちょっと食指が動く気がしない形状をしていた。は、腹の中に入れちまえば見た目なんか関係無いんだぜっ!
そして燻製作りを手伝いながら皆に島の状況を伝えると、やはりヤドカリとの遭遇のくだりで皆の興味を惹かれたらしい。
「言葉を話すヤドカリ、なぁ?」
「頼太にも聞こえたって事ハ、思念じゃなくって何かしらの言語を発してたのは間違いさそうだネ」
「俺にも聞こえた事と言語って、何か関係あるのか?」
「あるヨー。出雲は分かんないケド、もしそれが聞こえたのが扶祢だけだったラ、無意識的に思念感知をしてた可能性があるからネ」
「そうなんだ?」
詳しく聞いてみると、扶祢は生まれが生まれなのもあり先天的に霊視能力等の神秘との親和性、即ち物言わぬ神秘的存在との相性が高く、やろうと思えばピノの思念感知と同類の能力を発揮する素地はあるらしい。パーティ内でピノに次ぐ神秘力感知の高さなどはそれの最たるものだろう、というのがピノの見解ではあったが……。
「でもそれだとさ、前にサリナさんが言ってた心の問題って関係無くない?」
「無いヨ」
「無いのかよ!?」
「と言ってもサキとかシズカに色々聞いた上デ、ボク自身の経験を含めて導き出した持論ってだけだからネ。一般的にはそういった認識をされてるで良いんじゃナイ?」
何ともピノらしいというか、無頓着な意見ではあった。うーんまぁ、あの時はサリナさんも「一説には」って前置きをしていたし、まだまだその辺りは不明な部分も多いという事なのかな?
「それで、どうやればそういうのを使えるんだろ?何だか面白そうだし教えてよっ」
「サァ?」
「えぇええ!?ちょっとピノちゃぁぁん!」
新しい技を使えるかもしれないと言われ俄かに目が輝いていた扶祢だったが、意気込んだ先の投げやりな返しに納得いかなそうな悲鳴を上げていた。まぁピノだしな、性格的に教師役には極めて不向きであったようだ。
「では、言語を発していたという根拠はどういったものなのですかな?」
「それは簡単。頼太はそういうのを感じ取る素質が皆無だカラ」
――さくっとな。
「だってネェ。いくら魔の適性のお陰で障りの弊害が少ないって言ってもサ、普通は全く気付かない筈がないじゃナイ?なのにあの時の頼太ときたラ、もう鈍感ってレベルじゃなかったヨネ」
「あぁ~」
「余もあの祝福の時、お前に触れてちょっと嫌な感じがしておったからな。てっきり生理的に受け付けぬものとばかり思っておったが、そうではなくて良かったな、頼太!」
妙に腑に落ちた様子で頷く扶祢に続き、出雲にまで大概な物言いをされてしまった。言いたい放題言われてしまい、俺の心は槍衾に突っ込まされた雑兵の如く。相変わらず人の心を抉るのに長けた幼女め……。
「そ、それじゃああのヤドカリはどうやって喋ってるってんだよ?もしかしたら念話とかかもしれないだろ?」
「頼太はともかク、出雲と扶祢はちゃんと聞こえたんでショ?一般的には獣人の耳っテ、細かな振動までも感じ取れるって言われてるんだよネ」
「うむ!あのヤドカリは間違いなく殻の内側から音を出しておったな、発声器官と言うには判断の難しい所ではあるが」
ピノの返答に応じ、出雲がはっきりと断言をする。そうだったのか、やはり獣人族っていうのは五感が人族よりも鋭いんだな。扶祢はそういった部分はあまり鋭そうなイメージが湧かないが、同じく感覚的には研ぎ澄まされている部分も多いのだろうか。
「えっと、そこまで気にしてませんでした」
「……マァ、扶祢だしネ」
やっぱり扶祢は扶祢だった、何故かは分からないけどちょっと一安心。
「取りあえず、現時点で判明した事と言えばだ。この島には知的生物は……そのヤドカリが知的生物に該当するかは分からねぇが、そいつ位しか居ねぇと。んで、謎の遺跡があって、俺っち達は現状あの大海蛇をどうにかしねぇとここから動く事すら出来ねぇって訳だ」
「こういう場合、優先順位をどう付けていくか、よね?」
俺達の話が終わったのを見計らい、釣鬼が重要と思われる要素を挙げていく。
ともあれ現時点での情報を纏めて整理する必要がある。扶祢の言う通り、まずは何から手を付けるかだよな。
「まずは最も厄介な問題である、俺っち達が安全に異世界ホールの接続口へと戻る為に必要な大海蛇の撃破もしくは一時撃退についてだ。これに関しちゃ一つ残念な報せがある……ピノ」
「タブン二人共期待してたと思うんだケド――今回はライコの姉ちゃん、来てないノ」
「……え」
若干言い辛そうにしながらもはっきりと言い切ったピノの発言の意味する所を知り、俺と扶祢は思わず固まってしまう。ライコ、つまり夏にピノと出会い、以降ずっとピノに付いて来ていた雷精が、今回は不在らしい。
「――そういえば、何処にもいないわね」
俺は前述の通り、神秘的な現象を視る事は多少出来ても感じ取る側の素質が相当低いらしく今もその雷精が居るかどうかは分からないが、扶祢はそれを言われて気付いた様だ。ピノ程ではないが、扶祢も大まかにはライコさんの存在を感じ取れるみたいだからな。
そして、ライコさんが居ないという事実は、ある一つの奥義の使用不能をも意味する。
「『電磁加速砲』無しで、海中に居る大海蛇を斃すのか……」
「……無理があるわね」
そう。力学魔法を編み出してからのピノの手札の中で、こと単純な破壊力にかけては右に出るものの無い複合精霊魔法、それが今回は使用出来ないのだ。俺達が最初のんびりビーチバレーなんぞに興じていたのも、いざとなれば『電磁加速砲』で一撃☆必殺サ!という安心感があったからだ。それが使えないとなると、もしかして俺達、本気で窮地だったりする……?
「よく分からんが、そのまぐね何とかっていうのがお前達の切り札だったのか?」
「そうなんだけどね。ライコさんが居ないと必要な電磁力を得られないらしいのよ」
「海上なら良かったんだけド。ここの接続口って最初から海中だったカラ、ライコの姉ちゃん入りたがらなかったんだよネ」
雷精とは平たく言えば、雷そのものが意思を持った存在だ。海面付近ならばともかく、完全に海中へ入るというのは電気的には難しいらしく「お肌が荒れちゃう!」と言って聞かなかったらしい。雷神クラス程にもなれば力押しも出来るのだろうが、ライコさんの場合は海中を突き抜ける程には至らない様だ。
「一応現地の雷精を使えば小さな雷程度は出来るんだけどネェ。やっぱりライコの姉ちゃんに比べると見劣りしちゃうカナ」
「だからよ。どうにか別の方法を考えねぇと、下手すりゃ大海蛇がどこかに行くまでずっとここで足止めを喰らっちまう恐れもある訳だ」
ううむ、これは一大事だな。ピノが大人しく釣鬼の手伝いをしていたのはその問題について話し合ってもいたからか。そう考えれば釣鬼が珍しく半ば本気で怒っていたのも納得出来るというものだ。
「じゃあ他の魔法はどうなんだ?渦潮を起こしたり、前に傭兵の郷で氷の翼竜をカチ上げたアップドラフトを使ったりとかで」
「ウーン。扶祢の精霊力外部タンク込みだったら出来なくもないケド、あの巨体と速度を抑え付けるってなるとネェ……最悪この浜全域が巻き添え喰らうかもヨ?」
「お頭の身に危険が及ぶ行為は控えて頂きたいものですな」
他の精霊魔法での代案も幾つか出してはみたのだが、あの大海蛇を抑え込む規模となるとどれもプチ災害クラスになってしまうみたいだな。それを聞いたトビさんからはそんな苦情が寄せられてしまったしこの案は没か、参ったな。
「投擲をしようにも、あいつ全然浜辺にゃ近寄ってこねぇからなぁ」
「この島に来た直後に釣鬼、近くの岩の破片ぶつけてたもんね。それで警戒されちゃったのかな」
「アイツ、今もボクの探査可能範囲ぎりぎりで泳ぎ続けているもんネ。あの距離だと大砲でもないとちょっと難しいヨ」
この様な有様で、大海蛇からはもう完全に守りに入られているのでこちらからは手の出しようが無かった。さりとてその隙に接続口へ向かおうとしても奴の水中移動速度が凄まじく、すぐに襲撃を喰らってしまい現実的には難しいだろう。
一度は扶祢の霊力ブーストによる水上走行に期待する声も上がったが、そもそもあの蛇の移動速度の方が早いんだよな。これも残念ながら没となってしまった。
「こうなったらもう頼太が瘴気の鎧を纏って、大海蛇の内側からヒーローっぽい活躍をしてもらうしか!」
「無茶言うんじゃねぇよ!?」
ここに来た時にピノにかけてもらった水中呼吸の魔法はあくまで水中から酸素を取り込んで疑似的に呼吸が出来る様にする変換魔法だ。生物である大海蛇の内部なんかに入ったりしたら窒息するか、もし呼吸が出来たとしても蛇の丸呑み風に内部で身動きが取れなくなって溶解エンドになる未来しか見えませんて!
「――いや、構想の方向性は悪くないかもしれんぞ?」
「どこがだよ……」
しかし、扶祢のそんな無茶振りにクレームを付ける俺を傍目に出雲がそんな事を言い出した。何を言っているのかと思いもしたが、その顔を見れば予想とは裏腹に真剣そのものだ。
「つまりな。認めた文をミチルに託し、接続口の向こうに救けを求めるのだ」
「ふぅむ。鎧として纏うんじゃなく、ミチル単体を動かすっつぅ事か……手の一つとしちゃ有りだな」
「うむ。無論、そればかりを頼みにしていては状況が動くか分からんからな。こちらでも改めて方策を練る必要はあるが」
そういう事か。確かに、狗神であるミチルならば霊体化すればあの大海蛇の攻撃を無効化出来る。それに、ミチルだけなら大海蛇が動きに気付き襲い掛かってくる前に接続口の向こう側に到達する事も可能だろう。早速二通程の手紙を書き、日本側と三つの世界側へとミチルに配達をして貰う事にした。
「つってもサキの姐さん達は動かねぇだろうけどな」
「よね。母さんなら『その程度は自分達でどうにかしな!』って言いそうだわ」
扶祢が身振りまでそっくりにサキさんの物真似をしながら言うが、実際その通りだろうなぁ。シズカだって物言いは違うにしても、似た様な返しをされて終わるだけだろう。だからあくまで日本側へのメッセージは伝言程度に留め、本命は三つの世界側となる。
「じゃあミチル、頼んだぞ。まずはザンガにこの手紙を届けた後、薄野山荘に向かってくれ」
「わんっ!」
そして首輪に手紙を入れた小箱を括り付け、ミチルは俺達に見送られながら意気揚々と海中へ潜っていった。
「それじゃあ次だ。現状では残念ながらあの大海蛇にゃ手を出せねぇ、だから探るべきは島の中だな。お前ぇ等、遺跡を見付けたっつってたよな?」
「あぁ。島の中心部に見えるあの丘の、ここから見て裏側に入り口があったぞ」
島の他の場所は狭いながらも手付かずの自然が広がっていたが、あそこだけ目に見えて人工物然としていたからな。どうせ何もやれる事が無いのであれば、遺跡内を探索するのも手ではあるだろう。
「遺跡ネー。ボク達、探検家と違って遺跡探索は専門じゃないんだけどナー」
「幻想世界での経験が意外な所で役立ちそうね。期待してるわよ、ピノちゃん」
「お前達、迷宮の探索まで経験しておるのか?凄いなっ」
とは言ってもゲーム内の話ですけどね。しかし仮想空間内の話とはいえ、死にそうな思いを幾度も重ね、身に付けた感覚だ。ここは大いに活用するとしますか!
その晩は翌日に備えてたっぷりと睡眠を取り、翌朝より遺跡探索を始める事となった。




