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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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第164話 無人島?で0円生活①

「今こそ目覚めよ余の内なる何か!唸れ窮奇(ふうじん)の息吹ッ、狐尾擦過断(こびさっかだん)!」

「なっ、何ィ~~!?」


 その頭に狐の象徴を付けた少女が叫び、大地を蹴って空高く舞う。激しい挙動によりその身を包むチューブトップビキニの布が大きく張り詰め、未だ未成熟ながらも二次成長真っ盛りに膨らみを伴った可憐な肢体を強調させる。刹那を魅せたその身体は宙を廻った勢いそのままに自らの三尾を擦り合わせ、人の頭程もある大きな球体を撃ち出してきた。風神のそれに喩えられた猛烈なる回転速度を伴う球体を辛うじてブロックするも、完全に防ぎ切る事が出来ず、俺は弾き飛ばされてしまう。


「むむ、出雲ちゃんやるわね!だがしかぁーし、私も負けてはいられないっ!喰らえ必殺、七火釣瓶落(しちびつるべお)とし!」

「……これは、無理ですな。頼太殿、任せましたぞ」

「また俺かよぉっ!?」


 俺の半端なブロックにより力無く空中へと浮く球体、それを追うは対の駄狐。こちらはホルターネック型のビキニの上に透き通る布を腰に巻き、柔らかな魅力溢れる身体を否応無しに魅せつけながら空中へと躍り出た。そして力無く宙を漂う球体を狐火の灯火を宿したご自慢の七尾でキャッチし、どんな原理か豪火を纏った弾丸として射出して……いやいやいや!無茶だろコレ!?


「やめっ……ぎゃああああっ!?」


 ―――ゲームセット。


「「イェーイ!!」」

「いえーじゃねぇよ!尻尾は反則だろ!?」

「えー、どうせ遊びなんだし良いじゃない。狐火も熱害の無い陰火タイプを使ってたんだしさ~」


 コートの向かい側でハイタッチを交わす扶祢と出雲にクレームを付けるものの、やはり取り合っては貰えずにトビさん共々泣き寝入りする事となってしまった。


 はい、現在俺達はとある熱帯地方の海岸でビーチバレーをしている真っ最中であります。

 燦々と降り注ぐ直射日光を受けながら浜辺で遊戯に興じる二人の水着姿を見るのは何とも眼福、と言いたいのは山々ではありますが。それが爛々と目を輝かせながら殺人級のスパイクを連射してくる様を受ける側となると話は別、煩悩の犬すら追わずとも猛ダッシュで去っていく程の身の危険を感じてしまう訳でありまして。


「――お前ぇ等、手伝う気が無ぇならもうちっと静かにやりやがれ。騒がしさで魚がまた逃げて今日の晩飯にもありつけなくなっちまうだろうが」

「……へい」

「ごめんなさい……」

「うむ、余とした事がつい興が乗ってやり過ぎたなっ」


 横では釣鬼が大掛かりな仕掛けを組んで各種釣り竿を海に向け、何処となく張り詰めた様子でそれらの挙動を睨み付けていた。最初は近場の磯付近でのんびりと底釣りをしていた釣鬼だが、俺達のビーチバレーもどきの途中に駄狐共の放ったコンビネーションスパイクが海面に炸裂して台無しにしちまったからな。


「付近の浅瀬の魚、居なくなっちゃッタ」

「……冗談抜きで俺っちの晩餐になりてぇのか、お前ぇ等?」


 ピノによる周囲の探査結果を聞いた時の釣鬼の顔といったらもう……世界によっては食人鬼とも言われ畏れられるオーガと対面する恐怖というものを久々に感じた気がするぜ。

 こんな様子で割と切羽詰まった無人島生活を送っている俺達だが、どうしてこうなってしまったのだろうか。ここであの時起きた悲劇に至るまでの流れを振り返ってみるとしよう―――






『出来ません!チェンジとか無理です!』

「ふざけんな!こんな海中の門からどうやって海上まで行けって言うんだお前はよ!?」

『そうじゃなくって、一度開いて繋がっちゃった門はそう簡単に接続が外せなくなっちゃうんですよっ』


 あの後、塩気に塗れて水浸しになってしまった俺達は三つの世界(トリス・ムンドゥス)側のザンガの滞在する詰所へお邪魔して全身丸洗いをする事となった。然る後に各人の洗浄魔法(クリーナー)により身体と衣服については元通りに出来たのだが……。


「保存食が全滅しちゃったよ」

「うーむ。異界との接触というのは想像以上に恐ろしいものなのだなぁ」


 保存食全て、それと小物の便利品の類の大半が使用不能となってしまっていた。地球から持ち込んだ金属工具はまだいいにしても、アルカディア産のはコーティング技術もあまり発達していないし、何よりヴィクトリアさんから結構な値段で購入した魔法の護符(アミュレット)が全壊していたのが痛すぎた。損害保険は……流石に適用されないよなぁ。


「余の折れた槍ももう、塩気に曝されて完全に駄目になっておるしなぁ。仕方が無い、これはもう捨て置くしかないか」

「あの無機物め!」


 この様に所持品に大幅なダメージを受けた状態でどうにか洞窟内へと戻った俺達だったのだが、それに対する電光掲示板の返答が先程の内容だったんだ。


「いっそここは諦めて帝国に向かうって選択肢も考えた方がよくねぇか?」

「流石にこれは、お頭の身の安全がどうといった問題以前の気もしますしなぁ」


 釣鬼やトビさんといった年長者からはそんな現実的な意見も出てきたが、収まりが付かないのが齢若き俺達だった。


「ここで泣き寝入りしては御国で近年最大のお転婆皇女とまで呼ばれた余の沽券に関わる!ここは一致団結して事態の解決を図るべきだ、というか余は悔しくて堪らぬぞっ!」

「ソーダソーダ!」

「う~ん、私も気持ちとしては出雲ちゃんに賛成かな。あの時見えた門の先、海中ではあったけど周囲の景色は結構明るかったわよね?という事は比較的水深も浅いんじゃないかな?」


 言われてみれば確かに、色取り取りの珊瑚の様なものも見えてはいたし、まだ周囲の色合いには若干赤みが残っていたもんな。向こう側の接続口は当初考えていたよりも随分と浅い場所に位置しているのかもしれない。


「うぅむ……つってもなぁ、装備が全滅する危険を冒してまで行くのもどうなんだとは思うんだがよ」

「なら取りあえず最低限の装備で様子見てみるのはどうだ?電光掲示板(コイツ)の言う事が本当なら海水自体は俺達に馴染みのある組成そのままみたいだから、誰かが命綱でも付けて様子見に行ってみるとか」

『本当ですよ!若干塩気が薄くはありますが、海洋全体の規模としてみれば概ね平均値内に収まっていますっ!』


 俺もどちらかと言えば冒険心といったものを焚き付けられていたところにいきなりのあの冷や水だ。電光掲示板がこう補足してくるのもあり妙な意地というものが芽生え、ついそんな具体的な提案をしてしまった。


「こういうのは、言い出しっぺの法則だよな?」

「ダネ~。頼太、ガンバ!」

「……しくった」


 こうして言い出しっぺの俺は釣鬼のサバイバルグッズの一つである耐水ロープを腰に括り付け、ピノがかけてくれた『水中呼吸(ウォーターブリージング)』の魔法と扶祢の霊力を込めたロープへの強化サポートにより、海中へと入り込む事になった。ちなみにだが今回は門の先が海中になっている事が判明している為に、電光掲示板がうまいこと入り口の面圧調整などをしてくれていたらしい。門を開く度に鉄砲水に曝されては身が持たないからな。

 いざ、俺は門をくぐり抜けて海中へと入り込む。念の為ミチルに鎧化してもらい身体に纏って潜っていくが、どうやら水圧で潰されるといった事も無いようだ。というか普通に生身でもいけそうな暖かい水だな、この海。

 そしてある程度海中で身体を慣らし上下を把握した後に光が見える側を仰ぎ見れば、やはり肉眼でも見える程の光源が頭上に揺らめいているのが確認出来た。


「――ぷはっ、多分いけそうだ。太陽っぽいのが見えるから水面まで行ってみるわ」

「んじゃ『水中呼吸(ウォーターブリージング)』かけなおすネ……オッケー、これであと二十分は保つヨ」

「気をつけてね~」


 一度異世界ホールの側へと戻り、状況報告をした後に再び海中へと躍り出す。うん、こうしている間にも心が抑えきれない程に昂ってしまうのが自覚出来る。やっぱり未知なるモノを探し出す過程っていうのは堪らないものがあるよな。

 はっきりとは分からないが、それから10m以上は泳いだだろうか。明確に海面と分かる境を越え、恐る恐る水上へと頭を出してみる。


「……特に、息苦しいなんて事もないな?」

「わぅん」


 試しにミチルの鎧を解除してみるが、塩気に満ちた以外には取り立てて特筆する程でもない海風を感じ、周囲にはどこまでも続くのどかな大海原、といった光景が続いていた。


「いや、すぐ近くに小島があるか」


 見れば泳いでいけそうな距離にいかにもな雰囲気たっぷりの小島が確認出来た。ロープの長さは……ぎりぎり足りるかな?

 物は試しという事で、その小島の浜辺まで行ってみる。これまた狭いながらも柔らかな質の砂浜があり、俺達程度の人数であれば十分にスペースを確保出来そうだな。俺はそれを確認した後に改めて海中に潜り、異世界ホールへと戻っていった。


「すぐ近くに島があったぞ。恐らく接続口の場所は水深10~15m、ロープも浜までぎりぎり足りた程度だから、直線距離にして4~50mってところかな?」

「「おおー!」」

「これは行くしかないなっ!者共、出発だっ!」

「はぁ~、お前ぇ等も物好きだよな」


 そうは言いながらも釣鬼先生だって顔がにやけてるじゃないの?そんじゃま、準備を始めるとしますかね。

 そして俺達は一度薄野山荘へと戻り、嵩張る装備を置いてから水着等を購入して海中世界へと出発したのだった。


 ・

 ・

 ・

 ・


 とまぁ、こんな流れで現在に至る訳だ。

 え、これのどこが悲劇だって?まぁ落ち着こうか、急いては事を仕損じるとも言うしな。それは今から説明するから……いや、実際に見て貰った方が早いか。


 ―――シャアアアアアアッ!!


「まーた来やがった……チッ、仕掛けごとやられちまったか」


 そう。苛立ちを隠せない釣鬼が吐き捨てる様子に見て取れる通り、異世界ホールの接続口からこの島へと向かった俺達は、その途中に今も大海原を跳ね回る、全長30メートルにも及ぼうかといった大海蛇(シーサーペント)の襲撃に遭ってしまったのだ。ピノの早期発見により犠牲者が出なかったのが不幸中の幸いではあったが、今も接続口付近の海底に沈む扶祢の青竜戟をはじめとする、ただでさえ少ない装備の殆どが持っていかれてしまっていた。


「しかしあの大海蛇(シーサーペント)には困ったものだな。現実逃避にびーちばれーなるものをやってはみたが、一向に状況が改善せんし!」


 そらそうだ、ピノですら当たりが有りそうな場所を探って釣鬼の投げ釣りを手伝っていたというのに、片や俺達はビーチバレー。それで変わるは釣鬼先生のご機嫌のみってね。そろそろ真面目に対策を考えないと、今日の晩御飯が俺達だけその辺の浅瀬に張り付いてる謎の貝っぽいものの煮込みとかになりかねないので改善を目指すとしようか。


「そういやぁ前に深夜映画で革靴を煮込んで食う場面ってのを見た事があんな……そこの遊んでばかりで暇そうにしてるお前ぇ等、試してみるか?」

「よし者共、夕飯の具材探しに今直ぐ出発だ!」

「「アイアイマム!」」

「お頭、陽が沈むまでは戻って来てくださいよ~」


 こうして俺達は既に予想以上のお冠だったらしい釣鬼先生のお言葉に戦慄を覚えつつ、脱兎の如くその場から離脱し陸地部分の探索へと出る事になった。


「まずいわね。釣鬼ったら割と本気で怒ってたみたい」

「だよなぁ。これで手ぶらで帰ったらマジで煮込んだ革靴食わされかねないし、何かしらの成果は出さねぇと……」

「それが分かっててあんな遊戯をやるお前達も大したものだがな、わははっ!」


 出雲姫さまよ。他人事の様に笑っているけど、そうなった場合君もその被害者になるんですからね?

 その後、二時間程をかけて直系数百メートル程の島の中を捜索してみたものの、小高い丘の頂上に見える遺跡の一部の様な建物以外には特に目ぼしいものも見つからず、現実の厳しさを味わう事となってしまった。


「……革靴コース決定か」

「余は味噌味の靴を食すなど真っ平御免だぞっ!?どうにかするのだ!」

「それならお前等も虫刺されが嫌だとか言ってないで森の捜索手伝えよ!」

「うぅっ、仕方無いなぁ……」


 この段になってようやく、森の中に入るのを断固拒否していた女性陣二人も虫除けスプレーを身体に吹き付け、嫌々ながらに森の中へと入って来た。最初にこの島を見た時は南海の孤島風だったからって洒落た水着で来たのが間違いだったな……まぁこれで捜索範囲が広げられるから、少しはマシな展開が期待出来るというものだ。

 それから更に三十分程が経過し、案の定扶祢と出雲が蒸し暑いこの環境での捜索に泣き言を言い始めたその頃に、熱帯地方でよく見るヤシ科っぽい一つの木の下で、遂に新たな展開を期待出来そうなとある物体を発見する事となる。


「……ヤドカリ?」

「だね――この非常識な大きさを考えなければ、だけど」


 若干呆けた様子ながら俺の零した疑問に答える扶祢の言葉から想像出来る様に、今俺達の目の前には全長1メートルを超える巨大な貝殻を被った、見るからにヤドカリ然とした生物が蹲っていた。


「何だこりゃ?えらくでかいが、食えるのか?」

「これ見て最初に出る感想がそれかよ」

「うむ。この際、靴食を免れる為ならば大抵の事は妥協する覚悟だぞ!」

「出雲ちゃん、中々逞しいわね……」


 そう言って出雲は尻尾を悍ましげに膨らませ、両腕で自らの身体を抱きながら震える様子を見せていた。そこまで革靴は嫌なのか、そりゃ俺も嫌だけどさ。


 ―――タベナイデ


「……え」

「む?」


 ―――タスケテ、タスケテ


「そういえばピノが言っておったな。こういう時は『ボク悪いすらいむじゃない――』もがが」

「出雲ちゃん、そこは自重する所だよ?」


 ヤドカリ相手に危ういセリフを言いかけて、扶祢に口を塞がれる出雲を見ながら俺は思う。どうやらそういう事らしい。

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