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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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第163話 独立都市への訪問

 自走式魔導車に乗り、良く言えばのどかな、悪く言えば取り立てて見るものが無い平原部と未開地である荒野部の境に敷かれた簡素な道を進む事、数時間。俺達の記憶に残るそれよりも随分と範囲の広がった、サカミ独立都市の城壁が見えてきた。


「随分と広くなったもんだな」

「もうヘイホーと同じ位の規模になってるんじゃナイ?」


 そんな感想を零すピノの指摘通り、元々の砦街部分の北側には新たにこのサカミへ訪れた者用の居住者区画が設けられ、その周りに緩やかな円を描く形で城壁が建てられていた。それも以前とは違って完全に街を覆う形ではなく、部分的な防塁とでも言うのだろうか、どちらかと言えば過去にあった砦街の名残を文化として残さんといった趣が感じられる。

 何故そんな意図までを読み取れるかって?だって、城壁の至る所から、


『新しいサカミへようこそ!』


 とか、


『種族間融和の象徴、サカミ独立都市。本日のお泊り情報は【泡沫の新天地】本部庁舎まで。夜間のお問い合わせにも対応しております』


 なんて(のぼり)が上がっていて、完全に観光地然と化しちゃってるんですもの。


「これ、明らかにサリナさんの入れ知恵よね」

「出立の前夜もずっと本部に籠りっきりで草案を練ってたもんな、サリナ嬢」


 無論、僅か二か月という短い期間でここまで栄えたのは泡沫の新天地の面子をはじめとする現地のサカミの住民達の努力あってこそではあるのだろうが、運営に関するあの人のバイタリティには感心するやら呆れるやら、だな。そういえば向こうじゃそろそろ冒険者ギルドの次期サブマス候補としての研修が終わる頃だけど、結果の方はどうなったんだろうか。

 ともあれ、今も長蛇の列が出来ている北部の門の横にある守衛塔の脇へ自走車を停め、入門手続きをしようと列の最後尾へと向かおうとする俺達を守衛室に居た一人の守衛が大声で呼び留める。


「お前達はそっちじゃなくてこっちこっち!そっち側は移住手続き用の整理券配布の列だから」

「ほい、っとあれ?」

「あの時のオッチャン!おひサ~」


 俺達を呼び留めたのはこのサカミへ初めて訪れた次の朝に、ピノと二人で散歩していた時に城壁について色々教えてくれた守衛さんだった。その守衛さんは俺達を守衛塔の側に手招きしながら懐かしそうに話しかけてくる。


「よっ、元気そうでなによりだ。あれ以来、お前達の姿を全く見ないものだからちょっと心配してたんだぜ?」

「あれ、おっさん知らなかったんだっけか。俺達、元々この辺りの出身じゃないんだよ」

「む。言われてみればそういえば宴の時に異郷の民だとか言ってた記憶があるような……あれ、酒の場での吹かしじゃなかったのか」


 俺の言葉にそう独り言つおっさん。良かった、この人は俺達が異世界出身って事を知ってた方か。吹かしなんて失礼な事を言ってくれてもいたが、まぁ普通はまともに取り合って貰えすらしない話だもんな。


「ともかくだ、ザンガから改良型の感応通信でシェリーさんに用事があるのは聞いている。お前達はフリーパスで通して良いって本部から連絡もきているからこっちの塔の側から通ってくれ。本部の場所は変わってないから分かるよな?」

「おじさま、有難うございますっ!」

「オッチャン、ありがト!」

「だから俺はまだおっさんって齢じゃ……」


 折角の好意をおっさん呼ばわりで返されて若干へこむ守衛さんだったが、若い娘達に喜ばれて悪い気はしない様だ、若干口がニヤけていたのはご愛嬌ってやつだな。

 こうして俺達は約二か月ぶりとなるサカミ独立都市への入門を果たし、泡沫の新天地の本部がある建物の戸を叩いたのだった。


「ちわっす。シェリーさんがこちらに居ると聞いて――」

「お待ちしておりましたっ!」

「うおっ!?」

「ふぎゃっ!?」

「ウワァッ」


 ドアを開けて用件を言うや否や視界がいきなりサリナさんと瓜二つの、栗色の髪に包まれた見覚えのある顔で埋まる。それに驚いて思わず飛びのき……ドミノ式に倒れ込んでしまう俺達。


「あっ――申し訳ありません!懐かしさのあまり、つい」

「いやはは、ちょっとびっくりしたけど元気そうで良かった。シェリーさん、お久しぶりです」

「はい。お久しぶりです、頼太さん。ところで、そのう……」


 随分と熱烈な歓迎っぷりなシェリーさんだったが、やはりこれはこれでサリナさんとは違った魅力に溢れて眼福というものだね。今もその熱く潤んだ優しい瞳で倒れ込んだ俺達を心配そうな様子で窺ってくれている。そんな気にしなくてもちょっと転んだだけですし、それにほら、仰向けに倒れ込んだ頭部もこうして柔らかなクッションに包まれて怪我も特に…は……。


「………」

「………」

「オ~モ~イ~!」


 下敷きになったピノの様子を見る余裕すらなく、互いの顔を至近距離から見つめ合う二人。片やここ最近の悪運というかトラブル吸収体質を現在進行形で体感しつつも冷や汗を流す俺、片や……その美貌を惚れ惚れとしてしまう極上の笑みに形作り、にっこりと微笑む扶祢。


「お、俺の魔の適性というのは想像以上に厄介なものらしいな!」

「問・答・無・用♪」


 ……当然の事ながら、直後左頬に拳大の紅葉形の打ち身、そして頸椎に若干のムチ打ち的なダメージが追加された事をここに記しておく。


「いくら私でもあそこまでやられたら怒りもするのだわ!」


 転んだ時のハプニングは仕方が無いとしても、起き上がる時に碌に確認もせず力一杯鷲掴みにしてしまったのがまずかったらしい。何に付けても状況把握の為の確認作業って大事よね……ごふっ。


「くすっ。相変わらず楽しそうで何よりです、皆さん」

「そっちも元気そうじゃねぇか?副市長の仕事はいいんかぃ?」

「ええ、今日はそこまで急ぎの仕事もありませんから」


 そんな俺達の醜態を目の当たりにしてもそこは保護者の代表格の様な人格であるシェリーさん、至って朗らかな、そして若干対応に困った様子の苦笑で出迎えてくれていた。うん、時間にしてみればたった二月ではあるけれど、こうしてシェリーさんと顔を見合わせてみると何だか本当に懐かしい、といった気持ちが浮かんでくるものだ。顔の造形そのものはサリナさんと変わらないというのになぁ。


 ・

 ・

 ・

 ・


「――成程、お話は分かりました。この技術が無用な争いを回避するべく使われるのでしたら教える事は吝かではありません」


 その後、応接室へと移動してクナイさんの素性と事情を軽く説明すると、ザンガが言っていた通りシェリーさんは二つ返事でクナイさんへの指南を引き受けてくれた。


「やりやしたっ!……っとと、つい大声を。どうぞ宜しくお願いいたしやす」

「ええ、こちらこそ。ですが、この無明の心得。日常生活に支障の無い程度にまで練り上げるとなりますと、幾許かは魔法技能も必要になりますね」

「う、魔法でやんすか……が、頑張りやす!」


 クナイさんも釣鬼と同じく、基本は物理の側へ極端に寄った前衛タイプだからな。妖鬼に連なる者としてそれなりの資質はあるだろうが、今も態度に見え隠れしている様に苦手意識が強そうだ。


「ふふ、大丈夫ですよ。魔法、と言っても使用する側ではなく、感知する側の感覚が重要ですから。じっくりとやっていきましょう」

「……よろしくお願いいたしやす。はぁ~、魔法ですかぃな」


 うーん。随分と嫌そうな顔してるなぁ、過去に何かあったんだろうか。


「お前ぇ、そんなに魔法に苦手意識あったんかぃ?」

「魔法そのものにゃ特に思う所はないんですがね。幼少の時分に魔法センスが皆無と言われ、傭兵仲間に揶揄われまくった記憶がもりもりと湧いてきちまいやして、どうにも二の足を踏んじまうんでさぁ」

「……あー、確かに大鬼族(オーガ)時代はそんな扱い受けたもんだよな。俺っちも似た様な覚えがあるぜ」


 成程、種族的なイメージの問題か。大鬼族(オーガ)、しかもこいつらの場合、一部の術師を除けば脳筋族とまで言われた程に物理戦闘に寄っている連中だからな。それが魔法に興味がある、なんて言ったところで通常一笑に付されて終わる場合が多々だろう。そりゃ魔法にあまり良いイメージが持てなくなっても仕方が無い事だよな。


「そうでしたか……もしご不安でしたら、今からでも裏の訓練場を使って試してみます?」

「ん……そうでありんすね。ここは一発、この機会にトラウマを払拭しんしょう!」


 こうして突然ながらクナイさんの魔法適正諸々を調べる為に、俺達は揃って訓練場へと移動する事となった。






 ―――トスッ。


「……む」

「……失礼しました」


 ぱたん。ざわめく心をどうにか抑え付けながら、俺は一度開けた訓練場の扉を再び閉める。そして恐る恐る「それ」がかすった側の頬を触ってみると……掌にはべっとりと朱の色。


「ぎゃああああっ!?ピノッ、傷っ……回復!死ぬぅ!?」

「頼太ぁっ!?大丈夫!?」

「あーモウ!動かないでヨ、傷が見れないでショ!」


 いた、痛い、みみ、耳がっ!?

 顔の右側全体に奔る矢の衝撃と共に、今もどばどばと止め処なく流れ落ちる血液を見た俺は平静を失ってしまった。そんな慌てる俺を釣鬼ががっちりと抑え付け、傷の具合を確かめた後にほっと一息を吐いて言う。


「耳がざっくりと割れただけで命に別状はねぇな」

「そっカ。んじゃー快治癒(ハイヒール)ッ」

「……ふぅ、助かった」


 幸いにして大事に至りはしなかったようだ。ピノの回復魔法によりどうにか傷を塞ぎ、ようやく俺も大きな溜息を吐く。あー怖かった。


「しかし今のはスレスレだったなぁ。見たところ射たのは耳長族(エルフ)のようだが、まさか森の狩人ともあろう者が弓をしくじる訳でもなし、何があったのだ?」

「……俺っち達の世界でなら、知り合いに一人程、弓をしくじっても不思議じゃねぇ耳長族(エルフ)もどきの心当たりはあるんだがな」


 出雲の心底不思議そうな表情をしながらの問いかけに、俺達の心の内を代弁して釣鬼が答える。うん、俺も約一名心当たりがいるわ。それにあの一瞬でちらっと見えた顔、その心当たりと瓜二つだったわ。


「はい……実は今、訓練場を貸しきって弓の特訓をしている者がおりまして」


 気怠い空気に包まれてしまった俺達に、シェリーさんが見覚えのある、当時よく見せていた申し訳無さそうな顔を向けてくる。あぁ、やはりあの人か……。


「……その、済まん。興が乗ってきたところでな。ピンポイントに狙った場所へと射る練習をしていたのだ」


 そんな雰囲気の中、そう言いながら扉を内側から開けて訓練場の外に出てきた人物は―――


「クロノさんっ、お久しぶりです!」

「あぁ扶祢、二月ぶりだな。見ない顔も居る様だが、何かあったのか?」

「いえー、もう用事自体は済んだと言いますか」


 そして本日何度目かになる説明をクロノさんへとした後に、改めて訓練場へと入り込む。


「ところでクロノさん。何で今更弓の訓練なんかしてるんすか?」

「む……確かに今更なのだがな」


 少しばかり世間話をした後に先程の弓の話題となり素直な疑問を投げかけてみたのだが、クロノさんからは妙に歯切れの悪い返しをされてしまう。てっきり失礼な!なんて怒られるとばかり思っていたんだが、何かあったのかな?


「実はね、クロノったら南のエルフ復興の旗印に選ばれたは良いものの、エルフ達を纏め上げる儀式に使う、弓の腕の方がからっきしだったのですよね。それでここでこっそり練習をしていまして」

「いきなりそこまでばらすんじゃない!……まぁ、そういう訳でな」


 若干赤面しながらもシェリーさんの説明に頷き、クロノさんは改めて俺達へと向き直る。

 あぁ、それでか。クロノさんはこの三界でのドロドロとした人類同士の騒乱に巻き込まれて、当時はやむなく得意だった剣の腕を鍛え上げていたんだったな。それから今に至るまで剣の道を突き進み、二月前の天響族との和解によりようやくその役目を終えたばかりだったんだ。


「そうだったんですか。ところで、その弓って射的か何かです?エルフの弓で射的って言うと、相当な遠くの物を射る必要がありそうなイメージですけど」

「あぁ、その通りだ。腕の如何はともかくとして現実的には弓の性能限界ぎりぎりである、500フィート先の的に十矢全てを当てる必要があるらしい。今のわたしでは必中となると良い所その三分の一だからな……先が遠くて思いやられるよ」


 そう嘆息しつつもクロノさんは弓に矢を番え、訓練場の奥の壁にある的をあっさりと射抜いていた。こうして改めて見るとお見事としか言えない精度に思えるんだけどなぁ。


「えっと1フィートが大体0.3mちょっとだから――ざっと150m以上!?」

「はぁ~、さっすがエルフというか……」


 俺がその腕前に拍手を送る横で扶祢が軽く暗算をし、その結果に仰天した様子で叫ぶ。そりゃ50mの必中程度では笑われるってものだな。真っ当なエルフってのはどこまで精密機器の如き腕を持っているのだろうか。

 考えてみれば俺達は未だに真っ当なエルフという種族の知り合いが居ないんだった。目の前のクロノさん然り、アデルさんもまた然り。デンス大森林のエルフ達だって本を糺せば殆どの人が転生者という特殊枠だ。純粋なエルフの狩人としての必要技量がどれ程であるかは想像が及びも付かないが、地球の弓技で言えば実戦で人間大の相手を射るのは70m~80mが精々と言われているからな。それに倍する距離を全て射抜け、と要求される辺りに生まれついての狩人としての恐ろしさを感じるぜ。


「大体その程度の距離、一足飛びで斬り込んだ方が弓などよりも余程速くて確実だろうに……」

「それ、多分クロノさん以外出来ませんからね?」


 最後の身も蓋もないぼやきへの対処は仲の良い扶祢に任せ、俺達は聞かなかった事にしよう。エルフとしての姿勢が強く現れているとはいえ、やはりこの人も根っこの部分ではどこかの重戦車さんと同類なんだよなぁ。

 こうしてこの日は二人と、そして泡沫の新天地の顔見知り面子にもそれなりに歓迎され、俺達はサカミの独立都市で一泊する事になった。






「――それじゃあ、俺達はこれで戻ります。慌ただしくて済みませんけど、こいつのお守りの仕事が残ってるんで」


 翌朝になり、昨夜の宴で若干名が二日酔いに頭を痛める中、門外の自走式魔導車へ乗り込んだ俺達は見送りに出てくれたシェリーさん達へと別れの挨拶をする。


「別に時間的な余裕はあるし、まだまだここに滞在しても構わんのだぞ?余もこっちの世界の御国を見てみたいからなっ!」

「それやるとこっちの世界の事情的に、間違いなく厄介事に巻き込まれる予感しかしねぇから却下!」

「ふえる出雲ちゃんになっちゃいそうだもんね……」


 出雲の奴はまだまだこっちも見て回りたいと駄々を捏ねていたが、こっちの出雲だけでもこんなに振り回されている現状だ。更に三界側の出雲が現れたり、ましてやアルカディア側と違ってコネも何も無い状態で不穏な噂の絶えない皇国内を巡って事件に巻き込まれては堪らないものな。ここは断固拒否をする事でパーティ内の意見が一致する。


「う~ん、そうですね。こちらではまだワキツ皇国の東部海岸付近で天響族関連の事件が絶えないとも聞きますし。残念ですが今はまだ、このサカミ独立都市と公国内以外で観光をするには危険と言わざるを得ませんね」

「むう、残念だ……」


 やはり公国付近では完全に決着がついたとはいえ、他の天響族の長のテリトリー内ではまだまだ予断を許さない状況にある様だ。その為に今、ジャミラとゴウザが事態の抜本的解決を目指してヘルメスの依頼で各地を回っているみたいだし、そこで俺達が無用な事件に巻き込まれでもして邪魔になっては悪いもんな。

 そして自走車に備え付けの神秘力パックを搭載しアイドリング状態になった段で、クナイさんと健治さんが揃って俺達に話しかけてきた。


「ほいじゃ、兄様、頼太どん、扶祢はんにピノはん。それと姫様達も。短い間でしたけんど大変お世話になりやした」

「小生からも改めて。出逢いはともかく、結果的にはこの様な素晴らしい世界への一歩を踏み出させてくれて有難う。頼太君に扶祢君、そして他の皆さんも。小生は今、年甲斐も無く未来への夢に満ち溢れているよ」


 そう言った健治さんの表情は、その晴れやかな心の内を現すかの如くすっきりとした顔で、数日前に異世界ホール前で遭遇した時の鬼気迫る様子などは最早皆無であった。


「はは……このサカミ付近は多分健治さんが思っているよりも魔物の類が多いとは思いますけど、今度はいきなり調伏だー!って祓おうとしたりしないでくださいよ?」

「キルケーちゃんみたいに魔物に『されちゃった』子もいるものね」

「……そうか、昨夜に話していた無辜の民達だな。その言葉、心に刻み付けておくとするよ」


 健治さん、昨夜の宴会で犬耳や猫耳、それに豚頭に小鬼な連中が入り乱れて騒いだだけで茫然としちゃってたからな。扶祢や出雲でファンタジィ要素に大分慣れたかなと思っていたが、やはり長年の常識というものを塗り替えるには今暫しの時間が必要である様だ。

 とはいえ健治さんは予てより切望していた幻想への接点というものを、今ここに現実として掴む事が出来たんだ。慣れなんて人それぞれだし、クナイさんの無明の心得の修行に付き合う傍らに、健治さんも徐々に慣らしていけばいい話だよな。


「それでは、また。次にいらした時はゆっくりしていってくださいね」

「はーい、また今度!」

「まったネ~」


 最後に柔らかな微笑みを浮かべてくれたシェリーさんからの言葉を送られ、俺達はサカミの独立都市を後にした。次はシェリーさんの言う通り、もっとゆっくりと滞在して公都のヘルメスにも挨拶に行きたいところだな。






 帰りの道中は特に異常も無く、自走車を詰所のザンガに返却してから再び異世界ホールの内部へと入った。


「そういえば電光掲示板の奴、報酬を用意しておくって言ってたけど、たった一日で何か用意出来てるんかな?」

「思ったよりもあっさりとクナイの引き渡しも終わったしな。ちっとばかり戻ってくるのが早かったか」

「じゃあマイコニド火山に硫黄でも掘りに行っとク?」

『やめてください!?ちゃんと用意しましたからー!』


 お。ピノの鬼畜発言に奥のスピーカーから可愛い合成音声が聞こえてきたな。別に催促した訳じゃないんだが、案外用意が早いじゃないか。


「それで、報酬とは一体どのようなものなのだ?」

『上級コースのゲートをリニューアルしました!』

「へぇぇ。それってデストラップが消えたって事?」

『です!何とゲートの先が宇宙空間じゃなくなったんですよっ』

「あれ、やっぱり宇宙空間だったのかよ……」


 スピーカーの音声を聞いた俺達は、思い思いの表情を浮かべながら揃って肩をずり落としてしまう。出雲とトビさんは宇宙の概念がよく分かっていないらしく、そんな俺達の様子に首を傾げるのみだったが。


『だって仕方が無かったんですよ!当時の異世界ホール(わたし)はまだ明確な自我が無い状態で、訪問者のランクに合わせてゲートを自動生成していただけなのでー』

「自動生成、ねぇ」


 どうもこいつ曰く、この異世界ホールには訪れた者の存在情報をある程度解析し、それに応じた難度の環境を用意するという機能が元々付いていたらしい。今でこそ自我が芽生え、こうして行き先をある程度調節出来る様にはなったらしいが、元の製作者の意図としてはやはり、ここを初めて探索したあの日に感じた通り、アトラクションをイメージされて作られたという事なのだろうか?


「てことはー。あ、もしかして。それってシズ姉が原因だったりする?」

『扶祢さんご明察ですっ!あんな存在値を持つひとが入ってきちゃったら、そりゃ行き先が宇宙空間にもなっちゃいますって!』

「あぁ……」

「納得ダネ」


 成程ね。天狐の位階にまで至り、数多な世界を渡り歩いてきたシズカなら確かに、生身は無理にしても狭間の専用道具とかで宇宙空間でもどうにか活動出来そうだもんな。妙に腑に落ちてしまったぜ。


『ちなみにですが!あの宇宙空間は小惑星ではなく!何らかの理由で大気が蒸発して滅んでしまったアルカディアの可能性世界とかそんなんじゃないですかね!?あくまで私の想像ですがっ』

「どこまでも曖昧(ファジィ)な物言いだなオイ」


 そういえばファジィなんて言葉が流行った時代があったらしいよね。俺が生まれる前の事らしいからよく分からないが……ほんとだよ?

 それはそれとしてだ。今はある程度調整が利くが、基本的にはここへと訪れた者のランクに応じた門が開かれる仕組みになっているこの異世界ホールだ。そしてこいつは今、上級者コースの門をリニューアルしたと言った。即ち、今ここに、俺達の前で淡く光る門の先にある世界は……。


『どうです?今の皆さんの実力でならば相応の努力や試行錯誤は必要となるでしょうけれど、決して無理とは言えないぎりぎりの世界への切符です。これが報酬で如何ですか?』


 今までの高いテンションとは打って変わって、挑む様な物言いで俺達に『報酬』の提示をする電光掲示板。その言葉に応じ、洞窟内が俄かに脈動したかに感じる。そして、上級コースの門よりおぼろげに見える風景を目にした俺達の返答と言えば―――


「おう、やってやろうじゃねぇか!」


 釣鬼の言に代表される通り、扶祢、ピノ、そして出雲に至るまで。まだ見ぬ世界を空想し、喜びに打ち震える心と身体を抑えきれない様子に見えた。無論、それを見回すこの俺もだ。

 さぁ、次なる冒険を始めよう。ここに見えるは未だ足を踏み入れた者の居ない新天地。俺達の異世界回遊旅行(ツアーズ)はまだまだこれからだ!








 安全対策として門に新設された安全装置を外しゲートを開放した途端、いきなりの鉄砲水が飛び出してきて洞窟内に溢れ、全員溺れかけてしまった。


「「「チェンジ!」」」

「しょっぱっ!?なんだこの水、しょっぱいぞっ!」

『あ、あれー?おかしいですねぇ……今度は極地の氷が溶け出して星全体が海中に沈んだ世界にでも繋がっちゃったのかな?』


 やっぱり電光掲示板(コイツ)は信用ならねえ!まさかリアルで幻想世界の二の舞になりかけるとは思わなかったよ!

 打ち切り風(意味深)……や、冗談っす。

 クナイ達をシェリーの下へ届け、ようやく話が進みます。次回、新天地にて。

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