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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第八章 異心迷走編
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第162話 出雲の秘め事

 もう幾度通ったかも覚えていない程に、お馴染みとなった異世界ホール内部にて―――


「お次はクナイを三つの世界(トリス・ムンドゥス)に居るシェリーの所まで連れて行くって事になるが。姫さんの方の日程はまだ平気かぃ?」

「まだリチャードと別れてから十日も経っておらんからな。帝国外務省への訪問は年末までに行えば良いし、まだまだ遊ぶ余裕はあるぞっ!」

「こいつ、遊ぶって言い切りやがった……」


 俺達は今後の指標を立てる為、洞窟内の分岐地点にて軽い会議を行っている最中だ。出雲の堂々とした物見遊山発言につい呆れてしまったが、当の出雲はと言えば一切悪びれる様子もなく、今も楽しそうに笑っていた。


「もうこいつの場合は今更でもあるし、一応これでも良いとこの姫様だからな。それが仕事でもあるんだろうさ。雇われてる側の俺っち達が言う事じゃねぇだろ」

「うむ!お前達も余に付き合って遊んでるだけで報酬が貰えるのだ。文句は無かろう!」

「そう言われるとその通りなんだけどさ。ほんとにそれで良いのかなぁ?」


 労働とは読んで字の如く「労して働く」と書く。これは子供の頃から親や先生達にそう教え込まれて育ってきた俺達だから感じるのかもしれないが、今回の出雲の護衛仕事は「労」の部分が抜け落ちたままに対価を貰う錯覚に陥っているんだよな。反対に釣鬼やクナイさん、そしてピノなどはそれが当たり前の様に受け止めている辺りに違和感を感じるのだろう。


「もしかしたら、頼太君と扶祢君は出雲姫の護衛役というものの意味合いを、まだ実感出来ていないのかもしれないな」

「意味合い、ですか?」


 そのもやもやとした感覚に一石を投じたのは、健治さんだった。

 本来ならば俺達が再び異世界へと旅立った時点でお別れする予定だった健治さんだが、昨夜色々と年長者同士で話し合った結果、俺達と……というかクナイさんに同行する事となったらしい。修行僧とは言っても元々幻想との邂逅に焦がれ続け様々な分野に手を出した結果、既に正式な宗派からは破門されているらしいからな。言わば本当の意味での世捨て人に近い人だ、現代社会に思い残す事もそうはない、という事なのだろう。


『それに、こんな小生をクナイ君が誘ってくれたのだ。ならばその期待には出来得る限り報いねばな』

『はぁ~。この暑苦しさが微妙に鬱陶しいけんど、純情なところがまた堪らないですわん』

『暑苦……』


 とは今朝の朝食前に健治さんの同行が発表された時の二人のやり取りだ。

 まぁ、最後にオチが入る辺りクナイさんも面白いもの見たさ半分といったところだろうが、ここ数日のやり取りで馬が合ったのかな?ともあれ健治さんもこれで共犯になったことだし、異世界ホールの存在が漏れる心配も無くなったので一安心といったところだ。


 話を戻すとしよう。出雲姫の護衛役、その意味合いについてだが―――


「これは現実世界……失礼、こういった現象にはまだまだ慣れなくてな、ここも立派な現実だったか。地球側でも言える事だが、要人の警護というものは時には自らの身を投げうってでも果たされる事を望まれる。だから出雲姫の警護という依頼も同じく、いつ何時たりとも目を離さずに、場合によっては死を覚悟する必要があるのではないかな?」

「……そっか、そうよね」

「確かに、大統領のSPの様なものと考えるとそういった事も有り得るな……」


 健治さんの言葉に俺と扶祢は思わず表情を引き締め、共に想像をする……考えさせられる話だよな。


「え。別にそこまでは求めてないぞ?というか他国の、しかもいち民間団体の構成員にそんな事させたらそれこそ国際問題になって面倒臭くなるだろ」

「……え?」


 しかし、護衛対象である出雲自身からまた至極真っ当な事を言われて健治さん、思わず固まってしまった。えーと、これは……。


「ですな。それに我が御国のことだ、表向き外法者扱いを受けているお頭が異国の地に散ろうと、体の良い政争案件にされるが落ちでしょうなぁ」

「どうせ余がおっ死んだところで精々がシノビ部隊のひと握り位しか泣く者もおらんだろうしな。何とも薄情な話よ」

「いやぁ、ああ見えて大殿は号泣すると見ておりますな。何せつい一昨年までたまの娘との湯浴みを何よりも楽しみにしておった駄目親父でございますし」

「そうかぁ?ありゃただの助平親父だと思うがなぁ」


 はじめは心構えの説法っぽかったのに、気付いてみれば皇国内の世知辛い現状やら身内の恥晒しカミングアウトになっていた。


「済まぬ……どうやら小生、念願が叶い柄にもなく舞い上がってしまったらしい」

「……どんまいっす」

「私も経験あるので分かります……」

「うふふ。やはり健治はん、飽きさせてくれませんわぁ」


 健治さん、立つ瀬が無くなって背中が煤けていたぜ……心の中で今後のご健闘をお祈りしておきます。クナイさんの目、明らかにお気に入りの玩具を手に入れた子供のそれになってるし!


「と、そういった訳でだな。お前達はあくまで冒険者の仕事の一環として一般の護衛と同程度の仕事をしてくれれば十分だ!どうせ護衛は名目で、別動隊として我がシノビ部隊も連れてきておるからなっ!」

「なぬ」


 それはちょっと聞き捨てならないな、子飼いの部下はトビさん以外居ないと言っていた筈だが。この発言には皆、当時抱いていた警戒心が再び頭をもたげてしまう。


「お頭……」

「もう良いではないか。少なくとも今の余は、我がルーツかもしれんあの地をどうこうする気など既に失せておるからな」


 非難する様な目でそれを嗜めようとするかのトビさんに、みなまで言わせずそう断言する出雲。その眼光はいつもの元気一杯に日々を満喫する出雲とは対照的に鋭く、見る者が気圧される程の確固たる意志を感じさせていた。


「これは、昨夜サキ殿より余に(したた)めて頂いた文なのだが――」


 言って出雲は一枚の紙を取り出し、それを開いて俺達に見せる。そこには見覚えのあるサキさんの筆跡で、アルカディア側の近代共通語が書かれていた。


『ワキツ皇国第三皇女、出雲殿。貴女の出自について確たる事は言えませんが、私の心当たりとして、一人の元霊狐の名を挙げておきます――桔梗(きちこう)。嘗て次期天狐候補の一人に名を連ねるも、放蕩の果てに何処(いずこ)へと消え去った我が弟子の一人。多分に主観が入りますが、貴女の容姿、そして槍の癖に至るまで、あの愚弟に瓜二つでございます。ですが娘達の件もあり、貴女の起源が本当にこの世界であるという確証には至らぬこの不明、どうかご海容頂きますよう……』


 手紙にはその先も書かれてはいたが、主要な部分としてはこの様な内容だ。その内容もさることながら、サキさん、アルカディアの文字を識っていたのか……。


「一応これは特級の機密文書扱いとなるからな、ここを出たらもうお前達にも見せる訳にはいかなくなるが。トビに教師役をやらせてサキ殿に共通語で書いて頂いたのだ!」

「だからトビさん、ここ数日見なかったのか」

「ですがサキ殿は流石と言いますか、仕事の合間を縫っての数日間でほぼ共通語の書き取りもこなしておりましたからな。大した手間ではござらぬよ」


 姿が見えないと思ったら裏でこんな事をやっていたんだな。そりゃ祭りの間出雲が一人で遊びまくっていた訳だ。


「だからな、この数日で打算の類も無く馴染みもう他人とも思えなくなったお前達相手だ、この際余の手勢についてお前達には打ち明けておこうと思ったのだ。約定を破っていた事は謝罪しよう」

「と、言われてもこりゃ契約違反だからな……」


 とは出雲の堂々とした謝罪発言に対する釣鬼の言。一国の姫君としての立場を取った上での謝罪と、機密文書の開示。これは俺達への配慮の現れと言えるが、釣鬼は元は何よりも契約を重視する傭兵の出だ。クナイさん共々、こういった事には五月蠅いからな。正式な文書によるものではないが、それでも約定を破られた事には納得がいかないのだろう、渋い顔をして出雲を睨み付けていた。


「まぁまぁ兄様。お気持ちはあちきもよく分かりんすけんど、今のあちき等は傭兵ではあらんせん。姫様もこの通り、珍しくしおらしい様子で謝っておられますし、ここは罰の一つでも与えてすっきりしとけば宜しいのではありやせん?」

「うむ、それでお前達の気が済むのであれば甘んじて受けよう!」

「しおらしいか……?これ」


 釣鬼の言いたい事も分かるが、割と我を通す傾向の強い出雲にしては確かに、素直に譲歩している気はするか。とはいえ罰、ねぇ……。


「だったラ、縛り付けて頼太にモフらせながら気が済むまで尋問でもしとけば良いんじゃナイ?」


 頭では理解したし、誠意のつもりで秘匿していた情報を開示してきた事を認めはするが、されど感情としては未だ納得しかねる。そんな人情と感情の板挟みになり判断に迷っていた釣鬼へ、ピノによる何ともそそる……もとい、画期的な解決法が示される。うむ、それなら出雲が苦手とする事でもあるしきっと釣鬼の留飲も下がるってモンだよな!


「うーむむむ。何かもう論点がずれてきちまってる気がしねぇでもねぇが」


 こうして場が徐々に罰を与える流れとなりかけたその時だった。


『よっし今やろうすぐやろうそれで全て水に流してより良い明日はきっと来るのさぁ!』

「出雲ちゃん、セクハラに負けず強く生きてね……」

「おい」


 いきなりイっちゃってる感じの俺の声が洞窟内に響き、それに誰も違和感を覚えることもなく状況が進んでしまう。尚、その発生源は電光掲示板の側にいつの間にか新設されたスピーカーの模様。


『頼太さんの本心を代弁してみました!』

「風評被害も大概にしろよこの無機物!?」

『無機物差別反対です!』


 相変わらず突飛な進化しやがるなこの電光掲示板!今も各人の声真似を披露しながら言いたい放題を言い始めていやがった。その癖自分の発言だけは相変わらずテロップ状に文字を流すのみという何とも半端な拘りも見えはしたが。


「……あぁ、もういいわ。やる気が削がれちまった」

「済まんな。これでも隠し事をして悪いとは思っていたのだぞ?だからこそ一個人でいられる間にお前達との距離を縮められる様、今こうして話せる事は話しておこうと思ったのだ」


 俺達の側で始まったそんなドタバタ騒ぎに毒気が抜かれた顔をしてそう零す釣鬼に対し、出雲は先程までにも増して声のトーンを下げ、改めて俺達へと信を問う姿勢を見せる。

 それから暫しの間、二人は互いの顔を見据え、無言のやり取りが為されている風に見えた。


「……分かった。お前ぇがそういった心意気を見せてくるってんなら俺っちも乗らんでもねぇ。だが、それなら話せる事、なんて半端な真似をせずに全てを話せよ?それが相手の信頼を得る近道でもあり正道じゃねぇか?」

「わははっ、全くもってその通りだな!とはいえ、今の時点で隠していた事は本当にこれで全てなのだ。余とて多感な年頃の娘。これ以上頼太のモフりで堕ちていきたくはないからなっ!」

「人をオチ担当にしないでくれませんかね!?」


 最後の最後で納得のいかない扱いを受けてはしまったが、一応和解は成ったようだ。元々俺などはそこまで気分を害していた訳ではないし、一番そういった約束事に厳しい釣鬼が納得したのなら万事解決ではあるのかな。


「……いや、もう一つだけやるべき事があったな」

「何かあったっけ?」


 つい口から出てしまった独り言を耳聡い扶祢が聞き付け、心当たりが無さげに聞いてきた。その言葉に皆の視線が俺へと集まり、場が再び静まったのを見計らって俺はその内容を口にする。


電光掲示板(コイツ)からの依頼報酬の取り立てだ」


 当然の事ながら事情を知らぬ約一名と不都合のある一無機物を除き、俺の言葉は全員からの強い賛同を得る事となる―――






『――うぅ、分かりました。わーかーりーまーしーたー!皆さんが三つの世界(トリス・ムンドゥス)から戻って来るまでには何かしら用意しておきますんで、もうさっさと行っちゃってらっしゃいませ~!』


 それから約一時間程の粘り強い駄々捏ね……オホン。交渉活動の甲斐あって、俺達は見事電光掲示板からの言質を取る事に成功した。


「本当だな?約束したからな?もし守らなかったら向こうのマイコニド火山から大量の硫黄を持ち込んで電光掲示板(おまえ)の真下で温泉卵量産してやるからな?」

『やーめーてー!?しつこい腐食性でお肌が真っ黒になっちゃう!』


 こいつの言うお肌が電光掲示板の金属部分なのか洞窟内の岩肌なのかは分からないが、これだけ言っておけば恐らくは大丈夫だろう。こうしてやるべき事を全て終えた俺達は、約二月弱となる三つの世界(トリス・ムンドゥス)の地へと足を踏み入る事となる―――






「――あれ?皆さん、いきなりどうしたんですか?」

「あら、ザンガさんだ。お久しぶりでーす!」

「どもども。あ、もしかしてうちの大将に御用とか?」


 大まかな景色そのものは変わってはいなかったが、一つ違う点と言えば異世界ホール出入り口の側には小さな、だが決して粗末ではないしっかりとした造りの建物が立っていた。久々となるザンガはその建物の窓から顔をひょっこりと覗かせながら、俺達へと話しかけてくる。


「これって、駐屯出張所みたいなものか?」

「駐屯、って程大げさなモンじゃありませんけどね。今やこの世界も天響族の脅威が大幅に減ったとはいえ、まだまだ正式に和解をした訳じゃないんで、一応こうやって主要ポイントには監視所を設けてるんすよ」


 なーるほど。この大陸の天響族の長の死と共にそれを引き継いだカルマと、サカミの長であるジャミラとの間では和解はされてはいたが、俺達が当時この世界を去る直前の情報ではまだ他の大陸では原住民と天響族の小競り合いが続いてるって話だったもんな。念には念を入れ、って事か。慎重なジャミラらしい判断だ。


「それとですね。この辺りは以前の攻防戦でも見られた合成獣(キメラ)の残党もそれなりに出るんで、鍛錬を兼ねて持ち回りで担当してるんすよ。んで今月は俺がここの担当ってね」

「そかそか。あのキメラ達って結構面倒なのが多かった気がするけどー、ザンガさんだったら一人でもいけるもんね」

「疑似とは言え竜殺しの一人だもんネ~」


 あのサカミ攻防戦での最終局面に、裏で糸を引いていた元公国魔導師の成れの果てである偽竜を討ち取った四人の内の一人、それがこのザンガだ。こいつの親父は疑似どころか本物の竜種である地竜(アースドラゴン)とすら真正面からガチンコ出来てしまう程の正真正銘の化物であるし、その血を引くこちらの世界のザンガもやはり人狼族の伝説とも言える狼男(ライカンスロープ)へと至った一人。だからと言ってしまうのは易いが、持って生まれた資質だけではなく、技術と精神、そして戦乱の時代という環境で育ってきたザンガ自身の努力、そういった様々なものが今のザンガを構成する要素となり、あの時の竜殺しに貢献したのだと思う。


「やだなぁ、あの時は結局俺と兄貴は足止めが精一杯でしたから。シェリーさんとクロノさんが居なきゃ、俺も今頃は祖霊の仲間入りしてましたって」


 そう言ってあっけらかんと笑うザンガを見て、出雲が何故か呆気に取られた表情を見せる。


「出雲ちゃん、どしたの?」

「この者は、獣人族なのだよな?外法……混ざり者ではなく」

「そうだけど、その言い方どっちにしても失礼じゃね?」

「あぁ済まぬ。確かにこれは無礼であったな。少しばかり、いや多分に驚かされてしまったのだ。余の御国では制度が制度だけに、獣人の血を引く者がここまで明るい振る舞いをするのを見た事が無かったからな」


 俺達にそんな確認をした後に、出雲はトビさんと顔を見合わせながらそう零す。

 そうか、出雲の出身はあの人族至上主義が極まったワキツ皇国だった。あの国は特に獣人系には風当たりの強いお国柄であるし、その隣国であるサナダン公国内でもどちらかと言えば獣人族という存在は珍しい部類に入る。だからこそ俺達と、いや恐らくは人族である俺とだな……ここまで開けっ広げに語り合うザンガが真新しく映ったのかもしれない。


「ところで、そちらの良い所のお嬢さんっぽい方はどちらさんです?この付近じゃあワキツ皇国出身の猫人族は多いが狐人族ってのはあまり見ないですからね。というか俺が見た狐人族って扶祢さん以来かも」

「こちら、そのワキツ皇国のお姫様です。無礼の無い様に」

「まじで!?」

「と言っても向こうの世界の、って但し書きが付くんだけどな」


 出雲の素性を話した途端慌てて敬礼の姿勢を取るザンガだったが、その後に続く補足を聞いて胸を撫で下ろす。


「はぁぁ~、あまり驚かせないで下さいよ。ジャミラの大将から対外的に失礼になるような真似は絶対にするなって言い付けられてるんすから……ともあれ、ようこそ三つの世界(トリス・ムンドゥス)へ、異界のお姫様。平和的な観光でしたらいつでも大歓迎ですよ。我等が独立都市、サカミの首長でもあるジャミラも、姫様のご訪問を歓迎してくれる事でしょう」

「うむ!辺境の兵ながら中々道義を弁えた対応ご苦労だなっ。褒めてつかわすぞ」


 ザンガの最敬礼を受け、妙に上機嫌で返す出雲。そういえばこいつ、ここんとこ俺達と行動を共にしてて殆ど姫様扱いされてなかったもんな。慣れ親しんだこの対応に懐かしさでも感じているのだろうか?


「有りがたき幸せでございますよ。という事はこの姫様が今回の訪問理由だったりするんですかね?」

「いんやそれはオプション。本題はこっちのクナイさんだな」

「だから余をオプション扱いするなと言っておるだろ!?姫様!偉いんだぞ!?」

「へーへー。ですが異世界ホールの先で同行する以上、姫ではなく出雲個人と思えとも貴女様本人から言われておりますからね。誠に遺憾ながら、これからもそのつもりでいく所存にございますです。あー本当心苦しい限りですわー」

「うぬ、余とした事が……って完全に馬鹿にしておるだろお前ー!?」


 こんな感じに気付けばどうにも収集が付かなくなってしまう俺達。案の定釣鬼先生からのきつーい躾けを脳天に落とされて揃って悶絶した後に、ようやく本題の説明へと入る事となった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「そういう事ですか。シェリーさんは今や副市長として多忙な日々を送ってますけど、釣鬼さんの身内の頼みって事でしたらきっと二つ返事で引き受けてくれるんじゃないですかね?」

「やりやしたっ!これで念願の無明の心得が極められやす!」

「良かったな、クナイ」


 ザンガの言葉にガッツポーツを作り、嬉しそうに叫ぶクナイさん。最近になって判明したのだが、この人、気を抜くとすぐに鬼の右目から鬼気が漏れ出てしまうんだよね。それだけに鬼気漏出防止用の眼帯を今も右眼に巻いているし、実用としても無明の心得を極める必要があったのだそうだ。


「最終的な目標は無論、無用な鬼気を漏らさない様制御する事でありんす。でもまずはやれるところから一歩一歩、でしょうなぁ」

「……そっか。そうだよな、まずは現実的な対処からだもんな」

「うふふ。頼太どんも面妖な性質に憑かれてはるみたいですけんど、頑張っておくんなせぇよ」


 お気遣い、どーもです。


「そんじゃあそろそろサカミに向かうとすっか」

「また歩き詰めかぁ……そろそろリヤカーが恋しくなってくるわね」


 そういえばここからサカミまで二日弱歩く必要があるのだった……扶祢の言葉に皆、数日前の異世界ホール騒動時の強行軍を思い出し、げんなりとしてしまう。

 だが、そこに横から思わぬ救いの手が差し伸べられた。


「あ、それならご心配無く。定期交替用の自走式魔導車が裏に停めてありますんで、どうぞ使っちゃってくださいな」

「え、良いの?」

「どうせ俺は後二十日はこっちに駐屯してますからね。数日程度なら構いませんよ」


 これは嬉しい誤算だ。この自走車に乗れば徒歩で二日かかる所が数時間で着けるからな。

 こうして俺達はザンガの厚意に甘え、自走式魔導車を借りてサカミへと向かう事となったのだ。

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