第159話 それぞれの「魔」:前編
明日の夜、悪魔さん第22話投稿しまス。
「魔に魅入られた、って言われてもな」
「ほぉ、随分と落ち着いておるな?結界内に封じられ、あまつさえこの童の鬼気に中てられておるというに」
いきなりなシズカの言葉と普段感じた事のない強烈なプレッシャー。だがそれに圧されつつも俺が選んだ対応は、いつもの通りの対話だった。
何故ならば―――
「そりゃ鬼気こそ凄まじいけどさ。お前、あの時と違って殺気が全く籠ってないんだもんな」
「……ふん。すこぶる冷静じゃな」
俺の言葉に僅かに瞳を見開いた後、睨め付ける眼もそのままにシズカは口角を吊り上げる。
「然らば、童が何をせんとしておるか。見事、的を得てみせよ」
シズカに問われ、俺はふむと考え込む。
人狼の村でシズカと出逢ったその夜、釣鬼に追い立てられて森から飛び出してきた吸血鬼を見た時にシズカが一瞬見せた、不吉の気配溢れる殺気。当時の俺は鬼気というものに慣れていなかったのもあり、またそれが漏れ出たのも一瞬であった。だからその違和感に気付く事は出来なかったが、今ならばはっきりとその差が分かる。あれに比べれば、純粋に生ける者を蝕む性質をただ持つだけである鬼気など、用途に応じた使う手段の差異程度のものだ。
「って事じゃないのか?高尚な考え方とかには縁が無いし隠された意味なんて分からないけどな」
「……くふっ」
少し考えた後に俺は答え、それを受けたシズカは今度こそ満足気な笑みを浮かべる。
「良いとこ五十点といったところじゃが、汝にしてはよく出来た方かや」
「へーへー。どうせ赤点寸前野郎ですよ……って近い近い!」
シズカのやつ、鬼気を迸らせたまま何故か嬉しそうにすり寄って来て、しまいにはその肢体を俺に絡めてきやがった。ほんのりと朱に染まったその顔は息遣いすら感じられる距離にまで近付き、何かの熱に浮かされたかの様子で潤んだ瞳で俺を見上げるその仕草。久々に見せるシズカの淫靡さに呑まれてしまった俺は、動揺してバランスを崩し諸共に倒れてしまう。
「――ふっ。童のようなか弱き女子を暗がりで押し倒すとは、やはり男子はいつの時代もケダモノじゃのぉ?」
「とか言いながらしっかり上位を位置取ってんじゃねぇか!」
「ふむ。斯様な装いで平常とはかけ離れた状況ではあれど、雄としての本能は支障もなく平常運転という事じゃな。ほれ、今も童の股座に当たる……」
絵面としては夜の裏路地で可憐な少女に野郎が押し倒され、しかもその野郎は女装中。体中に密着した柔らかい感触に嬉しいやら恥ずかしいやらで耳まで真っ赤になってしまっているのが自分でも分かる。
「お前は本当に何がしたいんだよ!?」
「いや何、これからする事への事前の詫びを兼ねたサービスといったところじゃな」
「あん?……え」
羞恥の感情を紛らわす様に叫びを上げる俺にシズカはいきなり真顔へと戻り、これまた首を傾げざるを得ない言葉で返してくる。そしてそれが何の事かと疑問に思うや否や、シズカの鬼気を纏った爪による一撃が、俺の胸板を貫いていた。
「……ごぼっ」
「ぐるるるるる……」
主人である俺の命の危機にミチルが身体の内から現れ、シズカへと飛び掛かる。
やめろ、こいつ相手じゃ無謀だ……!だが胸を貫かれている俺にはそれを止める余裕などは無く、飛び掛かったミチルはあっさりとシズカの鬼爪により返り討ちにされてしまった。
「ギャンッ!?」
「ミ、チルッ!てめ…ぇ!」
目に飛び込んできたその光景に俺の心臓の鼓動が一際強く鳴り響いた。それに呼応して俺の内へと流れ込んで来る怒りをそのままに……流れ、込む?
「ようやっと自覚出来たかや?あぁ、安心せぇ。狗神ならば縛り付けておるだけよ、直に動ける様になるじゃろうて」
「……お、まぇ」
「うむ、爪が肺にまで達しておるでな。抜く時に少しばかり痛いが我慢せぇ……ふっ!」
「あぎぃっ!?」
シズカが爪を引き抜くと同時に刺された時に倍する痛みが全身を奔り、俺は文字通りその痛みに地面を七転八倒してしまう。だがその痛みは潮が引くかの如く急速に引いていき……、
「……あれ?傷が、無い?」
「くふふ。ありゃ爪の形こそしておるが、鬼気のみで構成された実体無きモノよ」
胸元に刻まれた筈の存在しない傷を探しながら呆然と呟く俺に、シズカは悪戯っぽくそう言った。
「鬼気……そうだ、これって瘴気と同じで蝕まれたらまずいんじゃなかったか!?」
「何を言うとるんじゃ、扶祢より聞いておるぞ。汝、魔の適性などというおかしなものを得たらしいのぉ?しかも相当な高ランクなのじゃろ。なればあんなもの、精々が身体の芯に衝撃が残る程度よな」
「――あ」
そうか、そういえばそんなものも持ってたっけ。ふと一月程前にサリナさんに酷いドッキリを受けた事を思い出しながらほっと胸を撫で下ろす。確かにシズカの言う通り、今も胸の奥がじんじんとしてはいるが、特に体を動かすのに支障がある程ではないようだ。
「そら、出るぞよ?見事それに対処してみせよ」
「ってちょっと待て、話に付いていけてねぇって!」
それも束の間、またしてもシズカは突拍子もない事言ってきた。お前もうちょっと事前の説明とかしておけよ!
それでも何とか慌てふためきながらもシズカが指す地面を見てみれば、影絵の街頭に照らし出された俺の影が徐々に肉付けをされていき、数分程も経ったその後にはこれまた影法師とでもいった表現が似合う、中肉中背の若い男が目の前に立っていた―――
―――同時刻、異世界ホール日本側接続口にて。
「頼太どん、大丈夫ですかいね?」
「つっても俺っち達にゃ魂に憑りついた魔の影なんざ言われてもどうしようもねぇからな。こればっかりはシズカに任せるしかねぇだろ」
異界の鬼の兄妹は、その場にそぐわぬ暢気な様子で仲間の身を案じていた。
『あやつめ、高い魔への適性故か本人には然程の影響もあらぬ様子じゃが、どうやら何かに憑かれておるな』
シズカよりその言葉を聞いたのが今日の昼のこと。頼太が天神奉納障害走へと出場し、スタート直後のあまりにも殺気立った異常な乱闘に巻き込まれてしまった時のことだった。
当時シズカは並行して扶祢の側で何らかの調査をしており、電話でその旨を警告してきた。
『母上にも伝えはしたが、まともには取り合ってはもらえなんだ。故にせめて汝等には伝えておこうと思うてな』
サキ曰く、どうやら祭りの熱に中てられた魑魅共がはしゃいでいるだけだろうとの事らしい。
「サキの姐さんは基本的に当事者達でどうにか出来る事にゃ介入せずのスタイルだからな。なら俺っち達だけで解決すべき問題なんだろうよ」
「そりゃまた育ち甲斐のある見守り方ですなぁ。まぁそうはいっても、この惨状は中々にしんどいものがありやすが」
釣鬼の解説に頷き呟くクナイの言葉の通り、今や異世界ホール接続口付近の地面は魑魅達による屍山血河が築かれていた。既に釣鬼の両の腕は鬼の血に染まり、そしてクナイの二振りの小太刀にも、幾多の鬼達を斬った証が張り付いていた。
「この小太刀は魔法武器ですから刃毀れこそありゃしやせんが、この数を斬り続けっちまうと流石に血と脂で切れ味が鈍りやすなぁ」
「そうかぃ。俺っちは時間が時間でもあるし、むしろこういうのは得意分野だからまだまだいけんだけどな」
黒のドレスが真紅に染まる程の返り血を受けながら、時には頬を流れ落ちるその血を舐めとりながら。場所が場所なら立派な淑女にも見えるであろうその身体をしならせ、暴虐の限りを尽くす吸血鬼。月の光がその髪を照らし出し、魑魅達の悲鳴と共に銀の光が縦横無尽に交錯する。
対するは見る者に可憐な印象を与える小柄な少女。だがその右の瞳より漏れ出る蒼き光と共に、身に纏う気は鬼のそれ。少女は自らの血縁による軽い言葉とその所業の落差に苦笑いを浮かべながら、こちらもまた闇夜に紛れて双刀を振るい、一鬼また一鬼とその頸を斬り落としていく。
『な、なんだ、何なのだお前達は!?異界のモノとはいえお前達はどちらかと言えば我等と祖を同じくする魔の側だろうが!何故我等の前に立ち塞がり人間なぞに利するのだっ!』
そして僅かに残る、人の顔に獣の身体を持つ醜悪な姿の怪物達は理解し難いといった様子で事ここに至り、遅きに失する叫びを上げてしまう。
「と、言われてもなぁ?ちっとばかり変わり種にこそなっちまったが、こんなでも俺っち達は向こうじゃあ立派に人間だからな」
「ですなぁ。それと、現実的に素性も知れぬあんさん方よりも、頼太はんの方が余程あちきにゃ縁深いでありんすから」
魑魅に答える言葉通りこの兄妹、鬼の銘こそ戴いてはいるが彼等の世界での立ち位置はと言えばれっきとした人類の一員だ。異界の存在故に認識の差異が生まれる。これに関しては釣鬼も幾度となく直面し、自ずから身を以って学んだ経験の一つでもあった。
『な……この、鬼たらん事をやめた恥晒し共めがっ!』
「まぁ、それを言うならせめて殺し合いをやる前にすべきだったよな」
「ですなぁ。言葉を交わすべき時間は終わり、今のあんさんはもうあちきらの敵でありんす。であれば辿る道たぁ、一つしかありやせんよね?」
残った魑魅の口汚い罵りの言葉に、しかし鬼の兄妹の言葉といえばいつも通りの緊張感に欠ける物言いで。そしてその眼は戦場に立つ戦人の冷たいそれであった。
『ぐ、ぬ、おぉおオオォー!!!』
厳然たる現実を突きつけられ、刹那の逡巡の後に憤りの咆哮を上げる魑魅達。
ここに魑魅と呼ばれる鬼達は、最後の一鬼に至るまで滅する事となる。やがて斃れた魑魅達はその形を徐々に失い、この場に存在した証を立てる事すら許される事無く崩れ去っていった。
「ふぅ、ここは一先ず片付いたか。後は街の方だが……ピノと出雲だけってな、何かやらかしそうで一抹の不安があんなぁ」
「なぁに、亡霊系ならばあちきらよりもピノはんの方が得意分野でしょうし、それにあちら側にゃ健治はんもおりやす。余程の事が無ければ問題あらせんて」
それを確認した後に釣鬼とクナイは軽く息を整え、山道の脇より深海市の側を見下ろしながら思い思いにそう語る。
「お前ぇ、随分とあいつを買ってるよな」
「うふ。あちきの生まれ育った環境からかもしれやせんが、ああいった非業の過去を背負うおじさまって、見てて惹かれるものがありますん♪」
「……ま、良いけどよ」
『あのォ……出来れば生まれて間も無い私の目の前で、これ以上トラウマが増えそうな光景を量産しないで欲しいんですけどぉ』
その傍らでは物悲しくも控えめにそんな主張をする電光掲示板があったりもするのだが、片や二人は戦闘後の高揚に満ちた会話に興じ、それに気付く事もなくその場を去っていった。
Scene:side 頼太
「……む?何を呆けて突っ立っておる、互いにすべき事をせぬか」
『………』
先程のシズカの口ぶりからすれば、目の前に無言で立つこいつは俺の影とかそういった類のモノなんだろう。何の為にこんな事をさせるかは分からないが、現状については何となく想像は付く。だからいつ襲い掛かられても対応出来るよう、構えてはみたものの……妙だな?俺に襲い掛かってくる気配どころか動く様子も無く、むしろこいつ、シズカを睨み付けている?
「な、なんじゃ?あの魑魅共の思惑からすればこの影の性質上、真っ先に汝に襲い掛かってきてもおかしくない筈なのじゃが」
『つーかそもそもどういう事かの状況説明くらいしとけ、この女狐!』
「……んなっ!?」
あ、それは俺も思った。そっかー、こいつ俺の影だしな。属性とかが反転していたり、もしくはコピーだったとしても俺は俺。左脳部分の論理的思考はそう変わる筈もないよなー。
「そうだそうだ!正直何かの厨二本プレイでもやらされるかと思ったぞ!俺も何となく場に流されかけてたけどさ」
『だよな!役割的には出てすぐやりあっても良かったが、それじゃ俺遠くない内にただの悪役として消滅するだけじゃねーか!理不尽だ!』
ここにきて声を揃えて非難し始める俺ーズ。遂には肩まで組み揃えての合唱で非難の対象であるシズカを大いに困惑させていた。そのシズカは暫くの間呆気に取られた表情をしていたものの、徐々にその美貌を引き攣らせていき、感情を爆発させるに至ってしまう。
「なぁんなんじゃ汝等はぁ!?この童の鬼気にすら涼しい顔で馴染んだ挙句、憑いとった鬼共の思惑を無視してあまつさえ出来の悪いコントの如き真似をしおってからに!ええい、こうなれば鬼退治の名目で童自ら消し飛ばしてくれるわっ!」
「ちょっ……」
『いきなり逆切れかよ!?』
シズカはそう叫ぶと同時に明らかにヤバい妖気が漂う切れ味の良さそうな刀を何処からともなく取り出し、それを振りかぶり長く紅い髪を揺らめかせながら一瞬で間を詰めて襲い掛かってくる。というか気付いた時には俺の影と共に宣言通り吹き飛ばされてしまっていた。
「っ痛ぇ~!やっべ、あいつ目がマジじゃねぇか……」
『ふざけんな!いきなり人を表に引っ張り出しておいてこの扱いってどう考えてもおかしいだろうが。この程度の反応も予想出来ないとか扶祢より抜けてんじゃねーか、この絶壁似非ロリBBAが!』
―――ピシッ。
「……ククッ、影法師の分際で良い度胸じゃ。しかし影の言葉は本心の現れとも言うでな、ここは一つ暗がりでよくは見えぬ建前を利用……もとい、うっかり不心得者を見分けられず双方惨殺といった不幸な事態になってしもうたとて致し方ない事じゃろうて」
あかん、何かに決定的な罅が入った音がした。いやそれはちょっと思ったかもしれないけど!言ったの俺じゃねぇし!それにその真紅に光る眼、闇夜でも快適に場を見通せそうですよねぇ!?
しかし、説得をしようにも当のシズカさまは顔を拝するのも躊躇われる程の怒りを湛えており、とてもその試みが成功するとは思えなかった。
「おい、今は戦略的撤退だ!つか思っても言っちゃダメなやつだろさっきのは!」
『しまった。俺はお前の心の本音の部分が強く出てる影存在だからつい……』
そういうのは本人相手に語りかけて心の暗黒面とかの揺さぶりを狙うものですから!こんなところで他人に心の本音曝け出して無駄に怒りを買わなくっても良いと思うんすよ僕ぁ!?
……あ、分かった。きっとこいつ、希少品質の影なんだよ。んで本来こいつがボス役の筈が、関連するイベントも相応のレアイベントに変化した事でシズカがボス役に大抜擢されて、元の難易度がAくらいだったのにいきなりSSに跳ね上がっちゃったとかそんな落ちで。
「……無理ゲーじゃねえかそれ!?」
『俺も思った。短い影生だったな……』
どうやらこの辺りは表と裏とはいっても本人同士、言葉にせずとも阿吽の呼吸ですぐに伝わったらしい。でもあっさりと諦めるならせめて俺を巻き込まないようにして欲しいな、なんて思う訳ですよ。
「って、うぉおおっ!?」
『あぶね!ったはぁ、マジで殺りにきてやがる……』
そんなやり取りをしている間にも怒れるシズカによる大振りの攻撃が影絵の結界内に炸裂しまくり、俺達は必死にそれから逃げ続ける。しかし地力の差故かそれとも経験か、あっさりと袋小路に追い詰められた所で更なる一撃を受け、遂には逃げられそうな空間すらも皆無となってしまった。
「クククッ、相も変わらず呆れる程に往生際の悪い奴等じゃ。その粘り強さは素直に称賛してやらぬでもないが……そら、そろそろ逃げ道が無くなったようじゃな?」
シズカの奴、言葉は通じても話が通じないというか、もう瞳孔が金色に光り始めて悪のラスボスみたいになっちゃってやがりますよ!やべぇ、まじどおしよう!?
しかし俺が半ば絶望感に支配されかけたその時、影が声を張り上げる。
『おいっ!ここ、亀裂が入ってるぞ!外が見える!』
「何!?」
影の指し示す箇所を見れば、成程確かに比較的大き目な亀裂が入り、そこからは僅かに現実世界の光混じる夜景が見えていた。
「おい俺、それとも影って呼べばいいのか?」
『こんな生き死にがかかってる切羽詰まった時にンなどうでもいい事に拘んな!好きに呼べばいいだろ!』
「じゃあお前でいいや。お前、狗神は使えるか?」
『あ?ミチル自体はいねぇけど、瘴気って意味でなら使える……あぁそうか』
うん、流石は俺の影。ここまで意思疎通が楽なのも新鮮で楽しいモンだよな。やはり元は実体の無い俺の影だからかミチルまではコピー出来ていないらしいが、この場合は瘴気が使えるならば問題無い。
「どうよ、ある意味浪漫だとは思わないか?」
『確かにこんな時じゃなきゃ出来ねぇなそりゃ。オッケィ、んじゃいっちょぶちかましてやっか!』
俺の提案に勢い付いて応える影。では、始めるとするか!
この影絵世界は恐らく健治さんの張った結界だ。それは霊験、つまりは祈りに応じ協力してくれた霊あるいは神の力を以って構成されている。だからこそ霊力・神力といったものとは正反対の性質を持つシズカの鬼気を纏った斬撃の余波で相殺され、ここまで損壊してしまったのだろう。つまり、鬼気と似た性質を持つ瘴気という魔に属する力であれば、理論的にはこの結界に同様の亀裂を刻む事が可能な筈だ。
とはいえ、それでもまだ結界そのものは健在であり、俺達がそれぞれでどう頑張ったところで健治さんの積み重ねた数十年の研鑽には及ぶべくもない。
だが、もし僅かな数瞬でも俺達の同等の力がただ一つの作用点に同時にかかったら?逃げ場の無くなった力による相乗効果でこの亀裂を更に広げられるのではなかろうか。
若干、いや実際にはかなりの割合で浪漫要素というか博打に近い部分はある。しかしこのままここに留まっていれば俺の影諸共、既に俺達のすぐ側に佇み畏怖を撒き散らしているシズカによるお仕置きでトラウマが増えてしまうのは確実だ。それだけは可能であれば御免こうむりたいっ。
俺達は互いに瘴気を練り始め、シズカの鬼気によってこじ開けられた亀裂へと意識を集中する。そして―――
「『瘴気烈風斬!』」
―――ピシッ、パキャアッ!
「よしっ!開いた!」
『おいさっさと逃げんぞ!後ろ後ろ!』
やや歪んだ破裂音と共に影絵の世界が破れ、外界との接点が出来た事に喜ぶも束の間、影の言葉で現実に戻り慌てて穴から飛び出した。その際に外側に居た謎の毛むくじゃらな着ぐるみモドキを蹴り倒し、現実世界の地面を踏みしめたところでほっと一息吐いた、筈なのだが。
むにっ―――
「――む?」
「ふがっ!?」
いきなり顔全体を柔らかく、そして若干しっとりと濡れた感触で包み込まれてしまう。その感触に何事かともがいて顔をどうにか上げた俺が見たものと言えば。
タイミング悪く、俺が蹴り倒した魑魅に技をしかけようとして俺の顔が収まってしまった出雲の両の太腿と、その中心部が純白に包まれた下帯の白だった……らしい。
らしいなどと曖昧な表現になってしまった理由と言えば、その直後に意識が途切れ、当時の記憶が曖昧になってしまったからでありまして。
「あ、すまん。死ぬなよっ!」
「ちょまっ……」
こうしてシズカの天誅から辛うじて逃れた筈の俺は、脱出した先で出雲によるフランケンシュタイナーという名の人誅を受けてしまったのだった―――
「――頼太、ダイジョブ?」
「死んではおらぬようじゃが、意識不明の重体じゃな。頭部打撲に頸椎挫傷といったところかや」
「うむ!ついやってしまったなっ!気付いた時には既に体勢に入っておってどうにもならなかったのだ、許せっ!」
『俺、なむ……』
「魔に魅入られた」ってさ……ハプニングエロス的な魔境の意味合いなんじゃなかろうか……。
書き終えて見返したら割とカオスになっていたらしい。




