第154話 出雲のルーツ
明後日の夜辺りに悪魔さん第20話、投稿しまス。
健治さんの説得というか元々説得するまでも無かった話というか、ともあれ異世界ホール騒動が一応の終結を見た翌朝のこと。サキさんは昨夜話していた通り既に朝一で山荘を発っており、今朝の朝食は静さんお手製の秋鮭とキャベツの酒蒸しにコーンたっぷりのクリームスープをご馳走になった。
「静さんは和食のイメージだったけど、こういうのも作るんだな」
「ふふ、昨今はネットで簡単にレシピも調べられるから。色々と試しているのです」
「分かるー。珍しいレシピがあるとつい試してみたくなるよね」
傍らで狐姉妹が賑やかに料理談義に花を咲かせるのを見つつ、香味の効いた鮭にキャベツを巻いてもぐもぐっと頂き、その程良い刺激に一息を吐く。うん、秋の朝のご褒美だな。向かいの席を見てみれば、健治さんもその様子を見てほっこりとした顔を見せていた。
「健治さん、嬉しそうですね?」
「むっ!?あ、うん。そうだな……小生が長年追い求めていた光景をこうして目の当たりにしてみると、こう感慨深いものがあるのは事実だ」
俺の問いかけにそう答えしみじみと頷く健治さんからは、もう昨夜の鬼気迫る様子を連想する事も無い。
『小生はいつか妖怪変化といった存在達と分かり合える日が来るものと、思って……いたのだが』
昨夜の熱い語りの合間に時折見せた、あの寂しそうな表情でこの人の心情が何となく分かってしまった気がする。
独力で本来の意味での修行をし続け、妖怪変化をはじめとする幻想種達との接点を持ちたくて仕方が無かったのだろう。だが、彼の過去には分かり合える存在との邂逅というものが無く、いつしか祓魔調伏のみがそういったモノ達との唯一の接点となってしまった。
「――あの後、六郎へ連絡を取りそれとなく探ってみたのじゃが。健治よ、汝はどうやら妖怪変化共の互助組織内でもトップクラスのブラックリスト載りをしておるようじゃな」
「そうですか……小生は一体何の為に、半生を費やしてまでこの術を身に付けてきたのでしょうなぁ」
賑やかな扶祢達とは対象的に物静かに朝食を味わっていたシズカが俺達の話に耳を傾け、そんな事を言ってくる。それを聞いた健治さんはいかにも歯痒そうな表情を形作り、そうぽつりと呟いていた。
「……その、なんじゃ。少なくとも我等は汝の事情もこうして聞いた事じゃし、そう邪険に扱うつもりもあらぬ故、気を落とすでない。彼の互助組織に身を置かぬモノ共も多いでな、まだまだ機会はあろうて」
がっくりと肩を落とす健治さんを見て気の毒に思ったか、シズカにしては珍しく随分と気遣った様子の言葉をかける。考えてみればシズカも人間側と妖側という立場の差こそあれど、互いの愛憎劇に巻き込まれた過去を持っている。それなりには当時の自身と心情を重ね合わせてしまった部分もあるのだろうか。
それは鏡合わせである静さんにも言える事だ。むしろ当事者であった静さんの方が、その想いへの共感というものは人一倍ある筈だ。その証拠に先程まであれだけ扶祢と盛り上がっていたというのに、今は少しばかり沈鬱な面持ちで顔を伏せながら同じく話を聞いていた。
「有難う。その言葉だけでも、心に染み入りますよ」
「健治はん……」
シズカの言葉を受け、力無く返す健治さん。その様子にクナイさんが思わず声をかけようとして、だがどう切り出せば良いものかといった様子でそのまま黙り込んでしまう。どうにもこの重い空気に皆、若干の居心地の悪さを感じ始めたその時だった。
「何だか暗いな!こういう時は気分転換になる事をすれば良いと相場は決まっておるぞっ!」
出雲がいきなり大声を上げ、そんな突拍子もない事を言い出した。
「気分転換には賛成だけどな、何するつもりだ?」
「うむ。それはな――」
―――ガキィッ、キンッ!
金属同士がぶつかり合い、時には擦り合わせる様な耳障りな音が山荘の庭に鳴り響く。
「ふむ、ここまでじゃな」
幾度目かの大きな金属音と共に対峙していた一方の得物が地へ落とされ、その隙を衝いてもう一方の得物が相手の首筋へと当てられる。
「ま、まだまだ……余は、いけるぞ」
「その負けん気は結構じゃが、膝が笑っておる故な。無理はせぬ方が良い」
「ぐぅ……」
一本、だな。
朝食後、俺達は山荘の庭で腹ごなしという程でもないが、各自相手を見繕って模擬戦形式の稽古をする事となった。
「そういえば、余の一族に伝わるお家芸と扶祢の槍は妙に似ておるよな。大祭の時には気にもしていなかったが、聞けばお前達の歴史も随分と長いらしい。そのルーツを探ってみたくはないかっ?」
あの後、そんな事を言い出した出雲にシズカが興味深げな反応を示し、稽古の中でも特に激しくやり合っていたのがこの二人だ。とはいえ、シズカは扶祢からの借り物である青竜戟を見事に扱い、傍目から見ても出雲の稽古を付けているようにしか見えない程、技量に開きが見えていたのだが。
「シズカって近接戦闘もこなせたんだな」
「ふっ、童は武芸百般じゃってな。扶祢よ、返すぞ」
「はーい。というかシズ姉の場合、普段の足運び一つをとってもこっちの方が得意そうな感じだもんね。まさか槍までこんなに扱えるとは思ってなかったけど」
だよな。サカミの人狼の村で初めて逢った時は妖気に包まれた刀のような得物を使っていたし、何らかの武器は使うとは思っていたけれども。何でもいける口だったのか。
「くぅ、悔しいが余もまだまだという事だなっ!それで、余の槍を見て何か分かったか?」
「うむ、さっぱりじゃな」
「何だそりゃー!?」
「冗談じゃ。まずは息を整えるが良い」
そんな軽い肩透かしを喰らい思わず叫んでしまった出雲ではあったが、それでも素直に話を聞いてすーはーすーはーと深呼吸をする。そして出雲の息が整ったのを見計らい、シズカは自らの所見を語り始めた。
「とはいえ、判明した事はそう多くはあらぬが。確かに扶祢の槍と型は酷似しておるし、所々に尾ありきの動きが組み込まれておったのも見て取れたがのぉ。精々が汝の祖先は間違いなく狐妖、あるいはそれに連なる獣人族の血を引く者であったという程度しか読み取れぬな」
それでもそこまでの歴史を読み取れるのか。尾ありきの動き、なんてそれこそ尾を持つ者じゃないとその差異に気付く事なんか出来ないだろうからな。
「先祖返りという汝の事情から察するに、恐らくじゃがその齢で既に周りの者共とは比較にならぬ程にその型を習熟しておるのではないのかや?」
「す、凄いなお前。そんな事まで分かるのかっ!?」
「確かに、お頭の槍は大殿の一族の中でも突き抜けておりますからな」
続くシズカの言葉に驚愕する出雲と、そしてどこか納得のいった様子で頷くトビさんの二人。特にトビさんはどことなく嬉しそうな様子だった。まだこの人とは会って間もないが、初めて笑顔を見た気がするな。別に普段が強面って訳でもないのだが。
「ま、槍そのものは扱えるとは言うても童も専門ではない故な。母上ならばもっと詳細に分かる事があるやもしれぬ。戻って来てから聞いてみれば良かろ」
「でも、母上って今日から三日間会場運営準備の関係でお泊りだったよね?」
「……じゃったな」
あらら。サキさん暫く居ないのか、そりゃ間の悪いタイミングで来ちゃったな。
「何だか気になってきたし、数日程度であれば待っても良い気がしてきたな!お前達、それでも良いか?」
ん――出雲の奴、何か考え込んでいたかと思えばそんな事か。俺は別に構わないと思うけど、皆はどう言うだろうかね。
「どうする?」
「そうねー。それに、頼太は知ってると思うけどこの辺りのお祭りは複数の市町村が合同で開くものだから賑わいが物凄いし、中々の見物だよ」
「別に急ぐ旅でもねぇんだし、護衛対象がこう言ってるんだったら良いんじゃねぇか?」
「ヘェ~。楽しそうダネ、ボクもちょっと見てみたいナ」
どうやら決まりの様だな。
そういえば今年ももうそんな時期か。この一年、特に異世界ホールを見付けてからの半年というもの時間の過ぎるのがあっという間だったからなぁ。それだけ充実していた半年間だったという事なのかもしれないな。まぁそうと決まれば目下の問題をさっさと解決して、残り数日間を祭りの準備に費やすとするか!
「じゃあ健治さんにシズカ。ちょっと相談があるんだけどな」
「?」
「あの接続口の件かや」
yes。道だけは確保しておきたいからね。
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『絶ー対にっ、駄目です!』
「よし、強制代執行に移るか」
「了解っ!」
『鬼!あくま!人でなし!えーとそれからそれから……ぎゃあああそこはらめぇ!?』
おー、扶祢が青竜戟に霊気を通していたのを思い出してやり方を教わってみたけど、案外あっさりといけるもんだな。
岩肌に張り付いた電光掲示板の答えを聞いてから揃ってスコップに霊気や瘴気や闘気を這わせ、向こう側との接続口を掘り始める俺達。そして岩肌を1m程掘り進んだところで電光掲示板は自身の命運が尽きたのを悟ったらしく、大人しく入り口を開き始めた。
「やっぱり壁で塞いでただけデ、場所を変えたりは出来なかったんダネ」
「一度開いてしまった物質的な世界同士の接続口じゃ。そうほいほいと座標を動かせる訳もなし、道理じゃな」
『うぅ……依頼人を裏切るなんて酷いです!』
抜かせ、依頼人ってのは依頼料なりの形で報酬を支払ってくれる相手を言うんだよ!恨むなら報酬を全く用意する気が無かった自身の見通しの甘さを恨みなっ。
「汝とこうして相対するのはお初じゃな。して、何故そこまで頑なに道を開くのを拒否しとったのじゃ?」
「こうして健治さんもこっちの事情に応じてくれたし、この問題はもう解決した様なものだろ」
『だってだって!本当に怖かったんですよ!初めて目を醒ましたらいきなり調伏される寸前だった、なんて恐怖以外の何物でもありませんし!』
「あん?初めて?」
何言ってんだこいつ?寝起きにそんな事があったらそりゃ驚きはするだろうけど、別にもう健治さんもこの穴をどうにかしようとは思っていないんだし、いつまでも過ぎた事を言っても仕方がないだろうに。
「はーん。成程のぉ――こやつ、この電光掲示板というか接続口の付喪神なのじゃな」
「「ええっ!?」」
そこにかけられたシズカの言葉に俺達はつい驚きの声を上げてしまう。付喪神って照さんとか姫さんとかみたいな存在だったっけか。
「つまりじゃな。こやつはついこの間に付喪神としての自我を得たは良いが、直後健治によって祓われかけた事がトラウマと化してしもうた。故にもう人間を通したくない、という事じゃろ?」
『はい……皆さんは私が自我を得る前から私の中を通過した生体情報が残っていたので何とかお話出来たんですが……初対面の方は、ちょっと』
「は~」
そういう事だったのか。最初はやたら駄々を捏ねるし俺達に絡みまくってテンション高い奴だなと思っていたが、生まれたばかりで誰かと話をしたかったんだろう。そう考えると、こいつも何というか憎めないものだよな。
「異世界ホール殿。先日の小生の対応、誠に失礼いたした。今はこうして頭を下げるしか出来ぬが、どうかそれでお気持ちを鎮めては頂けないものだろうか」
『……えっと』
そこで健治さんが前に出て電光掲示板に伏して頭を垂れ、謝罪の言葉を口にする。そんないきなりの行動に、電光掲示板も呆気に取られた様子ではあったが、先程までとは違い全面拒否といった風も無く、そんな言葉を浮かび上がらせていた。
「さてと。ここは一つ無粋にならぬよう、部外者であるあちき達はお二人のお話が終わるまで席を外しておきんしょう」
それを見て、クナイさんがにんまりとした表情を形作り、皆へ言う。
昨夜からの一日の健治さんを見た感じ、まぁそう切り出すであろう事は予想が出来ていたからな。本人同士がこうして面と向かって話し合える環境は作れたんだ。これ以上俺達が余計な干渉をするのは野暮というものだろうさ。
「ですな。お頭みたいにいつも何かに頭を突っ込んでいては身が持ちはしませんし。待っている間は秋晴れの空でも肴にして一杯いきますか」
「そりゃ良いのぉ。この一件は最早解決したようなものじゃし、どれここは童の取って置きを……」
「うおおっ!?そっ、それは噂の時空ポケットかっ!良いなー、まだ余の下には届いておらぬのだよなー」
こうして秋晴れの空の中、真昼間から山道の小脇でピクニック代わりのささやかな宴会が開かれる。健治さんも長年の夢が叶った訳だし、あの付喪神――電光掲示板の精とでも言うべきか、あいつとの和解も済んだ事だ。これぞ正しく一件落着ってやつなのかね。
次回、深海市秋の収穫祭。




