第017話 妖精さんと焼肉パーティ
あの遭遇の後、結局は調査もままならず揃ってヘイホーへと引き返す事となった。
そしてヘイホーへと戻るなりギルドに駆け込み、今はこうしてギルドの応接室にてサリナさんへ詳細の報告をしている真っ最中だ。
「それで、連れて来てしまわれたと」
「イエスマム!」
目の前には困り顔のサリナさん。対し意気揚々とお持ち帰りをしたちんまいのを両手で抱き、何故だか得意気な顔を晒すはついに幼女誘拐犯となってしまったドヤ狐だ。抱かれ続けたちんまいのはそろそろ疲労もピークで昇天しかけており、その横に控える銀色の犬は俺の華麗なモフりテクによるものか、これまた暴れる様子も無く大人しく付いてくるというお散歩状況。どうしてこうなったと言いたいところではあるが、言ってもきっと今の扶祢ではろくな答えが返ってくる気がしないのでやめておくとしようか。
「帰りの道中ちょっと話を聞いてみんだがよ。どうもこいつが以前の冒険者達を煙に巻いていたらしくてな、重要参考人つう事で一応確保してきたんだけどな」
「控えめに見ても扶祢さんが愛らしさにやられてこの子をお持ち帰りしたようにしか見えませんわね」
「ですよねー」
「こんな可愛い子とワンちゃんだけであの深い森の中なんかに居たら魔物に襲われて危ないのだわ!」
報告を受けたサリナさんの率直な感想に思わず同意してしまう俺と対照的に正統性を主張する扶祢。こいつとは出会った当初からそんな雰囲気を感じてはいたが、まさかここまで残念だったとは……。
「いやそいつむしろ黒幕だから、つかお前興奮するとたまに語尾がだわになるのな……」
「ハー…ナ、セ……」
「ガウッガウッ」
「それにしてもお利口な狼ですわね」
「え?こいつ犬じゃないの?」
余りにも仕草が犬っぽかったから普通に犬扱いしてたわ。言われてよく見ると毛がフサフサで最初は気づかなかったけど、首のラインや足辺りが若干違う…か?
「ええ、まだ子供のようですけれど。ちょっと待ってくださいね……あぁありました。ほら、この魔物図鑑に載っていますわ」
「ほほぅ」
サリナさんが引っ張り出してきた絵付きの魔物図鑑を見て扶祢も気になったらしく、それを覗き込もうとしてハグを少し緩め――その隙にちんまいのが抜け出してしまう。
「あっ……待ってー!良い子だからこっちに戻ってきてー」
「鬱陶シインダヨッ!大気障壁!」
ぼふんっ。
「あうっ!?そ、そんなぁ……」
そしてこのように、扶祢は慌てて再度ハグを試みしかしちんまいのが発動したらしき風障壁に阻まれてしまい、ショックで崩れ落ちていた。まぁこのちんまいのも別に逃げる様子は無さそうというか同じく図鑑に興味を示して割り込んできている位だし、事情聴取は後でも良いか。取りあえずは放っておこう。
そしてサリナさんが指し示した該当魔物の説明欄が以下の通りとなる。
[シルバニアウルフ]
危険度:D~C 固有スキル:ハウリングロア
主に平原や草原を住処とするウルフ種の第一進化形態。
その成り立ちから基本種のリーダーを務める場合もある。性格は元の種類により様々だが知能は基本種よりも若干高くなり、ある程度人語を解する個体も確認されている。更に上位の進化個体からは基本種ではなくこの段階で生まれる事例がある。その銀色の美しい毛並への人気と知能の高さにより、稀に生まれて間もない個体が躾を施され、従魔として調教師に使役される場合もある。
※固有スキル:ハウリングロアについて
特殊な発声器官の振動により不快な音響波を発生させ、それを吠え声に乗せて対象にぶつけることにより精神の集中を乱すスキル。指向型と拡散型の撃ち分けが可能である。
強力な個体の発する吠え声をまともに受けると朦朧状態になる事例も確認されている。特に魔法系の職は集中が乱され、詠唱を中断させられる可能性が高いので注意されたし。
「成程なぁ。それじゃあこのちっこいのがこいつを使役してる訳か」
と言って釣鬼は銀の犬、もとい狼の頭をぽふぽふと撫でる。狼の方は微妙そうな顔をしながらも大人しくお座りをしたまま撫でられていた。
森からここに来るまでの間も俺達の話を聞いている素振りを見せて大人しくしていたし、図鑑に書かれている通り、状況をある程度把握してるって事かね。確かに頭良いな。
「チッコイ言ウナ!ボクニハピノッテ名前ガアルンダヨ。ソレトコノ子ハピコ、使役シテルンジャナクテボクノ相棒ダ!」
「あーん、このちょっと強気だけど非力な感じが可愛いぃ」
「エッ……オ前ドウヤッテ障壁突破シタノ!?ッツカ抱キシメンナー!ボクニハソンナ趣味ハナイゾ!」
その相棒兼飼い主である妖精族のピノの方はいつの間にか風障壁を掻き消した扶祢に纏わり付かれており、非常に鬱陶しそうな様子であった。それにしてもいつになったら平常運転に戻るんですかねこの駄狐は。
「ごめんなー。この犬モドキ、まさかこんな愛でる趣味があったなんて思わなくてなー」
「わふ……」
「誰が犬モドキよ!」
「狐って犬科だろ」
「………」
ピコにそう言いながらその頭を撫でくり回していると犬モドキが猛反発。しかし俺がそう指摘すると一瞬考え込んだ後にふいっと無言で目を逸らしてしまった。
どうやら現代社会の基礎知識が無駄に邪魔をして良い反論を思い付けなかったらしい、哀れなり。
「つぅ訳でだな、こんな風に扶祢が使い物にならなくなっちまってよ。元々この依頼自体、定期調査の一環って話だったから一度報告に戻った方が良いと思ったんだわ」
「把握しました、釣鬼さんも苦労なさってますわねぇ」
釣鬼の説明に合点のいった様子で扶祢を見て、そしてついでに俺をちらと見てからそんな事を言うサリナさん。あれ、何か今納得いかない素振りをされたような気がするな……?まぁ良いか、モフモフモフ。
「んでピノにピコ、だっけか。お前ぇ等、なんで調査してるだけの冒険者に悪戯なんかしたりしたんだ?」
そしてお互いに軽い自己紹介を終え、ようやく本題へと入ったのだが……。
「ダカラ悪戯ナンカシテナイッテ!アイツラ面白半分ニ木ヲ倒シタリ動物ヲ苛メタリシテタカラ、ソレヲ注意シヨウトシタラボク達ヲ売リ飛バセバ良イ儲ケニナルッテ言ッテ捕マエヨウトシテキタンダ。ダカラ返リ討チニシタダケダヨ」
「……今までの四組とも、皆がピノさんを捕まえようとしたのですか?」
ピノの言葉にその場の空気が一変し、サリナさんも真剣な表情でピノに問いかけ始めてしまう。
その話を聞くまでは、伝承の通りに悪戯好きなイメージの妖精が他愛の無い悪戯でもしてたんかなーと軽い気持ちで考えていたのだが。どうやら前に調査にいった冒険者連中の噂と随分と話が食い違っているみたいだな。
「ウン。ボク達モソレナリニ旅ヲシテキタカラ食ベル為ニ狩人ヤ冒険者ッテイウモノ存在ガ必要ナ事位ハ知ッテルサ。デモアイツラハ明ラカニ楽シンデ動物ヲ苛メテタ。幸イボク達ガ見ツケルノガ早カッタカラ殺サレタ子ハ居ナカッタケド、中ニハボクヲ売リ払ウ前ニ味見スルトカ言ッテル奴マデ居タ位。ソンナ外道ナンテ殺サレナカッタダケデモマシデショ」
「おい、これってなぁ……」
人身売買、か。
このサナダン公国では奴隷制度はかなり昔に廃止されている。というか今でも奴隷が認められているのは公国より向かって帝国を挟んだこの大陸の端にある、遥か遠くの自称神聖国位なんだそうだ。神聖国なのに奴隷okっていうのも益々胡散臭い話ではあるが。
それは兎も角、ピノのこの証言に皆程度の差はあれど不快の意を示し、特に扶祢からその様子が強く現れていた。
「サリナさん、そいつら捕まえる時は手伝うよ」
「落ち着け、まずは事実確認だろ」
扶祢から立ち込める殺気じみた怒気がやべぇ、髪の毛浮いてる浮いてる!
これにはピコも少し怯えてはいたものの、健気にもピノを護る位置に付いていた、良い子や……。
対照的にピノはそれを見ても平然としているのが不思議でならなかったが。妖精って普通臆病なものじゃなかったっけ?
「そうですわね、その四組のパーティは今全員依頼で出払っていますので。戻り次第事情聴取をするといたしましょう」
何か妙な事になってきたな……しかし、という事はこの依頼はどうなるんだろうか。
「うーん……元々定期調査の一環でしたので、ある程度現状が把握できればそれで十分ではありますし。今回はこれにて調査依頼は達成という事にしましょうか」
「未調査部分を軽く調べて回ったりしなくても良いのかい?」
おや、依頼という割には随分と基準が甘いものなんだな。もっと徹底した事後調査なりがあるものとばかり思っていたが。
「元々この依頼自体ギルドで出していたものですからね。報酬がお安い分、その辺りはある程度融通も利くのですよ」
成程ね。ならそれはそれとして有難く報酬を頂きますか。
「もし協力して頂けるのでしたら、ピノさんから森の詳細状況をお聞きする代わりに件の冒険者達への手出しについては 不問に付す事も出来ますわ。とは言いましても、これはあくまでギルド側の都合です。不問と言われてもピノさんとしては納得が行かないかもしれませんけれども」
「ンー、キチント調ベテクレルッテ言ウナラ別ニソレデモイイヨ。ボクモピコモワザワザ人族達ト揉メタイッテ訳ジャナイシ。デモソイツラガ帰ッテ来ルマデノ間、ボク達ドウスレバ良イノ?」
「ふむ……どうしましょうか?ギルド預かりというのもこちらの一方的な都合で拘束してしまう事になりますし拙いですわね……」
取りあえず依頼達成の手続きを済ませますね、と言ってまとめた書類を片付けるサリナさん。
こうして俺達の初依頼は少しばかり肩すかしを喰らった形で終わる事となった。
「なら、どうせ受けた依頼に関わることだ。俺達でピノの街の観光に付き合う形でついでに森の話とかも聞いとくかぃ?」
「ナイスアイディーア!ピノちゃん、歓迎するよっ」
「そうして頂けると助かります。ピノさんはそれでも宜しいでしょうか?」
「観光カー、悪クナイネ。ボク達ダケダト中々人族ノ街ニハ入リ辛カッタシ、丁度良イカモ」
どうやらピノの方も乗り気な様子だ、ならこれで決まりかね。
「では宜しくお願いします。お三方には追加報酬の形で滞在費をお支払いしますね。それとこちらが今回の依頼報酬となります。初依頼、ご苦労様でした」
「確かに。じゃあ今日の所は帰るわ」
「任されたっ――あぁん、また逃ーげーらーれーたー」
「ソウソウ何度モ捕マッテタマルカー!」
「相棒があんな状態で悪いな、ピコも暫く宜しく頼むぜ」
「わふん」
目の前で早速始まる扶祢とピノのハグサバイバルに思わず呆れ顔を浮かべながら、俺は俺で傍らにお座りをしていたピコの頭を撫でくり回していた。
ナデナデ、うーん良い毛並。
同日、PM5:00 焼肉屋ヘルバーニング―――
「――ンマイッ!」
「妖精って肉も食べるんだね……」
「主食は蜂蜜とかそんなイメージだったんだがなぁ」
ちんまいの、もといピノは焼肉を美味そうに頬張っている。隣のピコは分かるが主人まで揃って肉食系とは驚きだな。ピコには塩分が多いとまずかろうという事で焼いただけのおこげの無い部分をピノが取り分けてあげていたりと気を使ってはいるようだけれど、魔物に普通の動物のマニュアルってあてになるのかね?
最初は店員が気を遣って床に四足型従魔用の皿を置いてくれたんだがピノの猛反発に遭い、しかし人と同じテーブルの上で食事をさせるのは店側に強く反対されてしまった。仕方が無く折衷案として椅子に皿を置き今もそこにピノが焼けた肉を投入し続けていた。
「同郷ノ連中ハアマリ食ベナイケドネ。肉ヲ食ベルト穢レテ妖精トシテノ力ガ消エルトカクドイトカ。クドイハ分カルケド穢レルッテ意味分カンネー。年寄リノ迷信押シ付ケンナッテノ」
「何と言う世知辛い現実」
「妖精への幻想が一気に崩れちゃったわね……でもピノちゃんかわいいので問題無し!」
「事実は小説よりも奇なり、ってか」
このようにしてピノの毒舌に俺と扶祢が衝撃を受ける傍ら、釣鬼はデンス大森林に居た頃こちらの共通語の練習ついでに扶祢が作ったことわざ辞典の翻訳集の用語を引用しながら興味深げに返していた。こいつ、何気に諺の言い回しとかが好きみたいだし、趣味がナイスミドル系なんだよな。双果がじじむさいって言ってたのが最近分かってきた気がする。
「そういえばピノの種族ははっきりとは聞いてなかったけど、ピノは妖精族?で合ってるんだよな」
「ソウダヨー。紅苑ノ氏族ノ元巫女守ノ役目……トカ細カイコトハドウデモイイカ。ボクハ一般的ニ妖精族ッテ呼バレル種族デ、背ハ大体ボクト同ジ1m~1m20cm位ダネ。モット小サイ30cm位ノハ小妖精ッテ呼バレテイルヨ」
そう。本人の言葉通り、こいつは1m20m程の身長なので子供用の椅子を使えば普通に皆とテーブルを囲めるのだ。抱き枕に丁度良いサイズだから余計に扶祢に絡まれてしまっているようだけれども、そこはまさしくご愛嬌というやつだな。毒舌さえ吐かなきゃ文句無しに殆どの人間が愛らしいと表現するであろう見た目だし。
尚、長さの単位についてもやはり昔色々とあったらしく、少なくともこの大陸ではメートル式が採用されているそうだ。過去の先人達、どんだけこの世界に影響与えてるんすかね?
「そういやお前、さっき実際に飛んだりしてたよな。その蝶の翅みたいなのって構造的に体重に対して弱すぎるんじゃないか?」
「妖精族ノ翅ハ主二精霊力デ飛ブ為ノ魔法装置ミタイナ物ダカラネ。ソレヲ言ッタラドレモ実用的ジャナクナルヨ」
どうやら妖精族はこの世界でも比較的珍しい部類に入るらしい。ギルドからの帰り際にこっそりサリナさんから個人的にお願いされていたのもあり、これ幸いと質問攻めにしていたりするが、当のピノは気にした様子もなく幸せそうに焼き肉を頬張りながらペラペラと俺の質問に答えてくれていた。結構チョロいかもしれない、こいつ。
「ピノちゃんが重い訳ないじゃない!」
「はいはい、別に体重そのものについて話してたんじゃないからな。それとそこの油揚げが良い感じにおこげ出来てるぞ」
「……別に狐だからって特に油揚げが好物ではないからね?おこげは美味しいし頂くけどさ」
どうやらここにもチョロそうな子がもう一人。
それにしても以前森に居た頃に釣鬼から聞いてはいたが、調味料や食材もかなりの種類がこちらの世界で再現されているみたいだなぁ。
今飯を食ってる店なんかレイアウトも炭焼きの焼き肉店って感じだし。醤油まで普通にテーブルに備え付けられていたので扶祢はそれを油揚げに少しかけて味わっていた。先人達頑張り過ぎだろう(褒め言葉)。
・
・
・
・
・
「――ふむ。森の状況は大体こんなモンか」
夕飯を食べながらピノに聞いた話を軽く纏め、順次メモ帖に記載をしていく。共通語の書き取り練習という事で書記は俺、聞き取り進行は釣鬼、ピノピコへの餌付け係が扶祢と言う並びである。
「見セテー……ウン、字ハ汚イケド内容ハ大体合ッテルネ」
「すまんね。こっちの世界に来てまだ大して経ってないもんで練習中なのさ」
「エ。コッチノ世界?」
「……頼太」
「ちと迂闊だったな」
「っと。悪い、ちょっと浮かれてた」
どうやら俺も初依頼や妖精との遭遇なんかで少し舞い上がってたらしい。つい余計な言葉を口に出してしまった。
「……あー、なんだ。元々かなり遠い場所からそう、まるで別世界とも思えるほど慣習が違う国の出身なんだよな。俺は」
「アァ異邦人カ」
おいおい。異邦人の存在知ってるんか、焦って損したぜ。思わぬ肩透かしを喰らったけどそれなら話は早いってものだ。
「なんだ知ってるのか。なら分かるだろ?悪ぃがこいつの事はあまり吹聴しねぇでくれると助かるぜ」
「イマダニ田舎ナンカジャ珍獣ヤ神様扱イサレタリモスルモンネェ。分カッタヨ」
うーん、幼女にしか見えない見た目に反して随分と話の通じる奴だな。一般的に妖精っていったら噂好きのおしゃべり魔なイメージがあったけど、これなら一応は安心かな。
「ピノちゃん随分と世情に詳しいね。ちなみに私も異邦人なんだ…チッ」
「ヘェ?人族以外ノ異邦人ッテノハ珍シイネ――甘イ。ボク達ハ結構旅シテルカラネ。ソレナリニハ噂モ耳ニ入ッテ来ルンダヨ」
そんな説明をするピノの会話の陰で巧妙なバトルが繰り広げられていた、勝利報酬はピノのハグ権で。
それにしてもこいつ、扶祢の仕掛けを徐々にと避け始めてきているな。やはり妖精族はちっこい分素早いんだなぁ。
結局その後も焼き肉パーティという名の雑談会で時間を潰し、その日はピノも宿屋に一室を取ってチェックイン。観光は明日以降という話になった。