表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 幻想世界編
178/439

閑話⑨ 裏郷に出づる者:前編

「……眠い。シズカ尻尾貸して~」

「あふぁあ……んむ、では取り換えっこじゃな」


 幻想世界での一件が終わり、その日の夜のこと。

 皆で夕飯を食べ終わり瑠璃が神宮裏郷へ戻るのを見送った後、静達はお互いの大きな尻尾を枕代わりにしながらリビングで寛ぎ、微睡の一時を過ごしていた。


「……お前達。一昼夜丸々ゲームをしにいって、それが終わったら食っちゃ寝って。アタシも口煩くは言いたかないけどね、ちょっとだらけ過ぎじゃあないかい?」

「仕方が無いんですー。ゲームとは言うけど内部では実際に悪魔や竜と戦ったりと大冒険をしたのでわらわ達は疲れてるんですー」

「そうじゃそうじゃー。童なんぞあの三人の不始末の対応に追われて狭間本来の仕事までこなしたんじゃー。疲れてるのじゃー」


 ぶーぶー。そんな擬音が似合いそうな脱力した反論をしながら互いの抱き枕にしがみつき、リビングのカーペットにて謎の回転匍匐運動を続ける二人。これにはサキも呆れ果て、つい更なる小言が出てしまったのも仕方が無いことだろう。


「はぁ~。瑠璃は疲れを押してお勤めに戻ったっていうのにうちの子達はこのだらけっぷり。情けないねェ」

「じゃあ目覚まし代わりに何か面白い話してー母上」

「お、良いのそれ。今宵は母上の昔語りを肴に月見酒とでも洒落込もうぞ」


 先程までの脱力ぶりは何だったのか、勝手に話を決めていそいそと夜のお茶会の準備をし始めるシズカと静。


「全く、どこが疲れているんだか。やっぱりだらけてただけじゃないかお前達」

「まーまー」

「まぁまぁ」


 最早言葉が右から入って左に抜ける状態の二人に何を言っても無駄と悟ったか、サキは仕方が無しにこの二人の興味を誘いそうな話題を記憶の中から見繕う。そして数分後、話す内容が決まったらしき様子のサキが酌を受けつつ徐に話し始めた。


「そうさね、それじゃあまだアタシが御先のお役目に付いていた二十年程前の話だけど―――」








「――あん?人間が迷い込んできたって?」

「ハ――警邏の者が追い払おうとはしたのですが、いかんせんそやつが手強く……まるで全盛期の陰陽師共を彷彿とさせる錯覚を受けました」


 某神宮、裏郷御殿にて―――


 御先稲荷(オサキトウガ)を束ねる五天狐筆頭のサキは他の天狐四者が並ぶ中、上座にて配下の霊狐よりの報告を受け訝しげな表情を形作る。


 五天狐筆頭、その字面を見れば現存する霊狐達の中で第一位の座を得たものである事は容易に想像出来るだろう。無論その表現は間違いではない。サキは現存する五天狐の中でも最も古く力を持つ者であった……が、過去に空狐へと至ったと言われる先人達も既に現役の御先の前へ姿を見せなくなって久しい。表向きに同格とは言えど、サキ以外の天狐四者もサキが手塩にかけて育ててきた、いわば弟子のようなものでもある。

 未だ天狐の枠に縛られてはいるが、サキは既に齢三千を超える大霊狐。その気になれば全ての霊狐達を率い、それを束ねる存在として君臨する事も可能ではあった。それをしないのは単にサキにはそのような事に興味が湧かなかったというのもあるし、何より……。


「……静。お前が居ない現世(うつしよ)で一人偉ぶったところで、それでお前が帰ってきてくれる訳でもあるまいしね」


 過去にサキに刻まれた心の傷。愛娘である静を悲劇から護る事が出来なかったばかりか、御先筆頭の立場に囚われ自ら手をかけてしまった。その後悔が身を縛り、空狐に至る事が出来ずにいるのは自明の理というものだろう。

 その事実そのものにはサキに不満は無い。それは静という自身の娘を未だ愛し続けている証拠でもあるのだから。空狐という段階に興味は無いでもなかったが、なれねばなれぬでも仕方が無いというのがサキの本音だった。

 ただ――天狐に至ってより二千年以上もの時が経つと、堪え様のないある感情が芽生えてきてしまうのだ。


「あぁ、退屈だ……」


 サキは今日も緩慢な奈落への道を這い降りる。

 凡そこの世に存在する全ての知能を持つ者に当てはまるであろう、「退屈」という精神を侵食し衰弱させていく病。霊狐達の頂点に立つサキもまた例外ではなく、その長き狐生に倦み死に至る病に罹ってしまっていた。


「――如何致しましょう?朽木めでも歯が立たぬ相手、いっそ我が愚妹でもぶつけてみましょうか?」


 つい思考の内側へと埋没してしまったサキの精神はその問いかけに現実へと引き戻され、はっとした様子でそれを取り繕いながら言った。


「あ、ああっ……いや、瑠璃は次期天狐への昇階準備の真っ最中だからね。この大事な時期にそんな使いっ走りの真似はさせられないよ」

「そうですか。あやつは座学に苦しんで最近溜め込んでおるようですし丁度良い気晴らしにもなるとは思ったのですがなぁ。それでは如何致します?我等天狐四者が出る程の者とは思えませぬが、並の仙狐では相手にすらなりますまい」


 そう語り指示を仰ぐ霞草。それに対しサキは少しばかり考え込み、言った。


「そうだね――アタシが出よう」

「……サキ様御自らがご対応なさるのですか?確かに彼奴目は妙な術も使いますし厄介ではありますが、とてもそれ程の相手とは思えませぬがなぁ」


 通常であれば霊狐の代表ともあろう者が直接闖入者へ対峙するなど皆驚愕し、何としてでも止める場面ではあるのだろう。だが霞草を始めとする天狐四者のサキに対する信頼は篤く、そして誰一人とてサキが出る事による万一の事態などは考えもしていない。故に霞草も特に驚くといった様子も無く、素直な感想を漏らすに留まっていた。


「最近は世も表向きは平和だからねェ。アタシも退屈しちゃってるのさ」

「成程。それならば仕方がありませぬな。ですが相手は素性も知れぬ者、お気を付け下され」

「彼奴は現在拝殿前にて仙狐共と交戦中のようです。ただ見た感じこちらの手の者をあしらい続けているだけで、害しようといった気配は感じられませぬな」

「ほ~。そいつぁますます面白そうだねェ」


 天狐達の報告を受け、サキは嬉しそうに言いながら本殿の外へと歩いていく。その顔は何とも愉しげであり、天狐の象徴でもある純白の太く大きい四尾を気持ち良さげに揺らめかせていた。








「――おーおー、やってるやってる」


 拝殿前へと出向いたサキが見たのは、二十を超える地狐・仙狐の隊が一人の男相手に宙を舞わされ、また打ち据えられる姿だった。

 サキに気付いた霊狐達の数名が慌てて一礼をしその元へ駆け寄ろうとするが、それに不要の意を伝え拝殿の階の上へと飛び乗った。そして泰然とした様子で片肘を付いて座し、サキに気付いた人間相手に軽く手を振りながらのにこやかな笑みを向けた後、観戦へと興じ始める。


「ほらほら、どうせなら修行の一環だと思って全員揉まれてきな」

「「ははっ!」」

「ちょっ……」


 そのサキの一声で霊狐達が更に三十人程追加され相対する人間が目に見えて顔を引き攣らせたりもしていたが、その発信源となったサキは素知らぬ顔で上機嫌に手酌をしつつその乱闘騒ぎを肴として呑み始めてしまっていた。


 そして更に四半刻も経った頃……。


「ぜー!はー!も、もう無理だあっ」

「おっつかれさん。いやぁそれにしてもお前、ちょっと人間とは思えない程の持久力だねェ」


 黒髪黒目で中肉中背、上背はサキよりも頭半分高い程度だろうか。一見何処にでも居そうなその男は拝殿前の砂利の上に大の字になり、息を荒げながらそんな弱音を吐いていた。だが、その周囲には先程まで男と交戦をしていた霊狐達が例外無く倒れ込んでおり、その結果は言わずもがなというものであろう。


「お疲れさんじゃ、ねぇよ……幾ら自己の種族以外には排他的な風潮の狐人族とは言っても流石にこれは、はぁ……はぁ……」

「あぁ?狐人族ゥ?なんだそりゃ」


 男の言う狐人族というものはよく分からないが、その言葉よりこの男は霊狐を始めとする人間以外の存在に対する面識自体はある事が予想された。

 そういう事ならば話は早いとばかりに早速本題へ入ろうとするサキだったが、不可思議な事を言いながらも未だ息の整わぬ男の様子を目の当たりにし、ついやりすぎてしまったか、などと心の中で舌を出す。


「まぁ積もる話はお前の息が整ってからさね。霞、宴の手配をしな。久方ぶりの人の子の歓待だよ」

「はぁ……またいつもの悪い癖を出されましたな。久方ぶりとか言いながら去年も迷い込んだ童相手に三日三晩騒ぎ通し、ご近所の霊能者の婆様から苦情を寄せられたばかりではないですか。毎度毎度銘酒を空にするまで飲まれてしまっては経費も馬鹿にならぬのですから、少しは控えて頂きたいものなのですがなぁ」

「……過ぎた事はもう忘れたよ。長く生きてると物忘れが激しくてねェ」

「あっ、サキ様まだ話は終わっておりませぬぞ!」


 比類する者無き天狐筆頭とは言えど、組織と共に生きていく以上ご近所付き合いや経費諸々といった気を使わねばならぬしがらみは思ったよりも多いものなのだ。

 ともあれ、今この場に立つのはサキと霞草、そしてようやく息が整い始めた人間の男のみ。未だ若干ふらついた様子の男に肩を貸し、サキは小言を言い続ける霞草から逃げるように本殿へと速足で去っていった。








「ふ~。霞の奴、ああなると長いんだよねェ……」

「そちらの事情はよく分からないが。あのオッサンの言う事が事実なら至極まともな言い分に思えるんだよな」

「む……ま、まぁどうでも良いじゃあないかそんな事!それよりもお互い自己紹介もまだだったし、名乗り合うとしようっ」


 本殿へ入り一息吐いたのも束の間、あらぬ方向より思わぬ窮地に立たされてしまい、慌てた様子で強引に話題を変えるサキ。


「別に良いけどな。俺はモルト・スピリツァ……そうだよな。さっきの反応からしても知ってる訳無いよな」

「外人さんかい?それにしちゃ流暢にこっちの言葉を話すモンだけれど。アタシは一応この裏郷の長のようなものをしている、天狐のサキって者さ。宜しくね」

「ガイジン?ガイ・ジン。そとのひと……どうやらここは大国から隔離された狭い地域に当たるようだな。ちょっと長というにはあんたは若すぎる気もするが、この里のお姫様か何かなのか?」

「大国?んー、狭いと言えば、まぁ……ねぇ?」


 男はサキの発した言葉を反芻し、何かを吟味した風な様子を見せた後に納得したように言う。それに幾許かの違和感を覚えながらも適当に合わせるサキではあったが、その後に続く「お姫様」という久しく聞かぬ言葉に少しばかり浮ついてしまい、特に問い質しもしなかった。しかしどうにも話が通じているようでどこかで決定的に認識がずれている、そんな印象が拭えずにいた。

 そして宴の用意が整い、さぁ飲み始めようかといったところで再び警邏の霊狐による緊急報告が上げられる。


「ほっ、報告いたします!裏鬼門より多数の……その、何と言いましょうか」

「戯けがっ!報告は簡潔に纏めてからせんか!」

「はっ、申し訳ございません!ですがっ……!」

「良いさ。時には遅きに失する正確さよりも不正確な速さの方が必要とされる時もある、特に今みたいな非常時はね。見たままを言ってみな」


 報告の途中で口篭もってしまう霊狐に霞草の叱咤が飛ぶが、それを抑えサキが話の先を促した。サキにそう判断させる程にその齢若き霊狐の顔面は蒼白となり、まるでこの世ならぬモノを見てきたかのような表情をしていたのだ。


「で、ではありのままをお伝えいたします。多数の亡霊の群れのようなモノ、それと一部西洋の悪魔然としたモノとでも言いましょうか……正体不明の魑魅魍魎共が大量に湧き出しております。早急なご対応をお願い申し上げますっ!」

「……はぁ!?このご時世に魑魅魍魎だぁ?しかもまだ陽も沈んでいないんだよ」

「お言葉ご尤もでございますが、こうしている今も仙狐に在る方々ですら抑え込むのに精一杯な状況ですっ。切に、切にっ!」


 この一歩間違えれば取り乱しかねない状態で震え涙を流しながら懇願する部下の霊狐。その異常を肌で感じ、霞草を始めとする天狐四者が即座に動き出す。サキもそれに続き本殿を出て様子を見に行こうとするが……。


「……駄目だ、そいつらは悪魔(ディアボロス)だ」

「あん?でぃあぼろ?何だそりゃ……っておいちょっと待てっ」


 いきなりそう叫んで走り出すモルト。サキは面食らった表情で聞き直すが、それに答える事も無くモルトは疾風の如く駆けていく。それに取り残される形となったサキは―――


「――だから待てっての」

「っ!?サキ?君、今どうやってここに……」

「どうやってって、そりゃ一足飛びでだよ。まぁ踏み込んだ地面の補修とかは後で必要になるけどさ、そんな事言ってる場合じゃあないだろう?」


 疾風に対し音速の如き踏み込みで追い付き先行するモルトの肩を掴むサキ。その一連の行動に驚愕の顔で問いかけるモルトだったが……対しサキはあっさりとそう返す。


「……こりゃ驚いたな。自慢じゃないがここ十年程は人間扱いされた事が無い程度には身体能力で負けた事が無かったんだけどな」

「そりゃ随分な井蛙だったんだねェ。良かったじゃあないか、ひよっ子が変に鼻高になる前に現実が見れて」

「たはっ、俺がひよっ子か……何だか今まで人とは違うと悩んでたのが馬鹿馬鹿しくなってきたな」


 言葉の最後の方は独り言のつもりか小声になるモルト。しかし、狐妖達に標準装備されている高性能狐耳は当然ながらサキも持っている。サキ以外の霊狐達は皆魑魅魍魎への対処に追われていた為に、その呟きが耳に入ったのはサキだけだったという事がモルトにとっては幸い……と言えるかどうかは微妙なところだろう。


「……何だよ」

「いやぁ?お前も色々あったんだろうねと思っただけさ。良し良し、お姉さんが慰めてあげよう」

「……もしかしてサキ。君って実は結構齢いって――」

「――ん?」


 皆まで言わせず三千年モノの睨みを利かされ、それを察したモルトが色々と慄いた様子で口を噤んでしまう。その反動として付近ではこれまたサキの怒気に中てられた霊狐達が泡を吹いて倒れていたりもしたのだが。


「サキ様っ!このような時にそんな阿呆な事しとらんとさっさと手伝って下され!ご自分で人手を減らしてどうするおつもりですか、全く……」

「あっちゃ、悪い悪い。という訳だ、お前は一応本日のゲストなんだからアタシ達に任せてのんびりしときなよ」

「……いや、だめだ。魔法に長けた狐人族と言えどアレに対する手段は持っちゃいないだろ。あいつは――この聖剣でしか害する事は出来ないんだ」


 その言葉と共にサキは見た。モルトが掲げた右手から長さ三尺程の意匠を凝らした西洋剣が現れるのを。


 ―――悪魔、聖剣、そしてそれを扱い魔を滅ぼす資格を持つ限られた人間。


 そういえば手慰みに最近読み始めた陳腐な英雄譚の類にそんな存在が出てきたな、などと場にそぐわぬ緊張感に欠けた感想を抱くサキ。

 同じくそれを見た他の天狐達の驚愕を他所に、サキは一人愉快そうな表情で魑魅魍魎相手に大立ち回りを演じるモルトの姿を眺め始めるのだった。

 という訳でおかんの過去話です。

 一応前後編予定ですがまた一話位長引く可能性も無きにしも非ず。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ