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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 幻想世界編
177/439

狐の十一 幻想世界・極限モード-終-

 色々詰め込み過ぎたら久々に長文に。お待たせしました。

 混沌の悪魔との戦闘を開始してより僅かに数分の後。

 アサカの全身はドス黒い粘液により焼け爛れ、周囲には吐き気を催すようなすえた臭いが充満していた。


「ゴホッ……たった数分でこれですか。足止めもままならぬとは、あの人もとんだモノを呼び寄せてくれたものですね」


 過去にどのような経緯を辿ったのか、エルフであった筈のアサカの身は既に吸血鬼の特徴を宿していた。そして現在吸血鬼と化し再生が始まっているにも関わらず、その身に貼り付く黒い粘液がそれを上回る勢いでアサカの全身を侵食する。細胞の破壊と再生の狭間を行き来する度に耐え難い苦痛に呻きを上げ、体内に入り込んだ粘液が臓腑にまで達し血反吐を吐くアサカ。

 その隙を見逃さず多方向から襲い来る粘液の触手の群れ。それをまとめて焼き払おうとアサカは劫火を生み出すが……辺りに漂う煙に紛れ死角より忍び寄る一本の触手に足を絡め取られてしまう。


「しまっ……」

「焼き払えっ、リンドヴルムッ!」


 ―――ヴァチィッッッ!!!


「ガッ!?」


 久々に耳にする懐かしくも勇ましい声と共に無数の雷電が場に荒れ狂う。それはアサカを飲み込んで全細胞を感電させ、そして同時に体中に張り付いた黒の粘液の細胞組織すらをも消し飛ばしていった。

 その衝撃で硬直し落下していくアサカの身体を見事なアクロバット飛行により回収し、飛竜の背に横たえたところでミタマはようやく容態を確認する。


「無事かアサカ!?」

「……あっ、相変わらず無茶苦茶な特攻をかけますね貴女はっ!私が今ので感電死したらどうするつもりだったんですか!?」

「この程度であっさり死ぬタマかお前が。現にこうして生きてるだろう?」


 あまりの暴挙についパーティを組んでいた当時の感覚で非難をしてしまうアサカ。だが対するミタマもこれまた二年という歳月を感じさせまいといった様子で軽口を叩く。

 確かにミタマの言う通り、吸血鬼としての高い魔法抵抗力によりこうして生きていられはするし、アサカ自身も大ダメージを受けたとはいえお陰で体内外全ての侵食粘液を焼き切る事が出来た。

 思い立ったが吉日、何事にも一途に努め、取る行動は大抵無茶ではあるが結果的には解決をしてしまう。一部空回り気味な部分もあるが、そういった正着手を即座に打てるのがこのミタマなのだった。


「一応お礼は言っておきましょう。どうせです、貴女もあの悪魔退治に付き合いなさいな」

「それが恩人に対しての物言いか……まぁどうしてもと乞われるのであればそれを断る程、我は狭量ではないがな」

「はいはい。もうそれで良いから手伝って下さいな」

「承知したっ!」


 ここに二年の歳月を経て幻想世界の数々の迷宮を踏破した最後の仲間が舞い戻った。一時は全員違う道を歩み始め、遥かなる過去を彷彿とさせる孤独に枕を涙で濡らした日々。だが、ようやく皆が揃ったのだ。ミタマの心は喜びと懐かしさに満ち溢れ、かつてない程に充実していた。


「しかし、これだけの大容量の混沌。どうやって消したものかな」

「あの中核を成す悪魔が魔孔より出てきてからは孔からの混沌の流出は収まっています。後はどうにか本体の居場所を探し出せれば良いのですが……」

「仕方が無い。一度ライやシズ姉達と合流して相談するか」

「――は?」


 知識には有るが本来この世界に居る筈のない名前を聞き、アサカは思わず間の抜けた声を出し聞き返してしまう。それに応えるミタマは悪戯に成功した子供のようなドヤ顔を晒し、言った。


「あぁ、そういえば言ってなかったな?ライとピーノの二人は既に回収した、だからお前で全員が揃ったんだ。シズ姉もデータ上の仮初の存在ではなく現実世界の本物を管理者の三人が直々にテスターとして呼び込んだのだとさ」

「またあの三人は……いつもいつもいつもいつもいつもっ!思い付きで無茶振りばかりしては後始末は必ず私達!それに嫌気が差して縁を切ったというのに、今度はなんてモノを呼び込んでるんですかぁっ!!!」

「あ、シズ姉と同格の狐妖もあと二人程追加で来ていたぞ。何とその内一人は我の本体の実の姉らしいんだ、凄いだろっ?」


 ―――ぱたり。


 這い寄る『混沌』達の触手を遥かな速度で置き去りにしながら凄まじい速度で飛行する飛竜(リンドヴルム)。その英雄譚にも出てきそうな幻想的な情景の背中にて、現実的に今後の気苦労を想像しながらがっくりと倒れ込んでしまうアサカだった。


「全く、貴女達が揃うと何故いつも厄介事を被ってしまうのかしらね……」

「諦めろ。どこまで行っても我等は仲間であり続ける運命なのさ」


 ドヤ顔を続けるミタマの根拠の無い自信に半ば呆れながらも、何故だかその懐かしい顔に安心を覚えたアサカの心境はこれも仕方が無い事かといったものになってしまう。


「まぁ、所詮は本体から分化派生した偶然の賜物である我が生です。それが運命だというのであれば仕方が無い。本物のアサカへの想いは本体に任せて、私は私として精々貴女達の尻拭いをし続けるとしましょうか」

「……その言い方、酷くない?」


 地味にトラブルメーカー断定されてしまい、つい素が出てしまうミタマであった。








 一方その頃のシズカ達はと言えば――相変わらずベヒモスとの鬼ごっこに興じ続けていた。実際に逃げ回っている本人達にしてみれば非常に不本意ながら、遠目から見ればそうとしか思えないような何ともしまらない絵面が展開されていたのだ。


「ひいっ、ひいっ……その渓谷ってまだなのぉ!?」

『そこの岩山を回り込んですぐ奥だ。もうひと踏ん張り、頑張ってくれ』


 オーストリッチを降りて後に、ベヒモスの突進をぎりぎりで避けながらどうにか逃げ続けていたシズカ達。いつも通りに瑠璃が泣き言を言いながら激しく息を荒げ、静に至っては最早言葉を口にする余裕すらない有様ではあったがどうにか目標地点まで辿り着く事が出来た。


「よしっ。ならば谷の前までは童が迂回しながら誘導するでな、汝等は一足先に準備しておくが良いっ!」

「お…っけー……」

「も、もうダメぇ。任せた!」


 途中何故か空から降って来て図らずも回収する事が出来たヘルメスを任せ、現在ライ達は別行動を取っている。そしてシズカ、静、瑠璃の三人は時には弓を射て、時には極大魔法をぶちかまし、ベヒモスをある地点へと誘導し続けていた。


『瑠璃さん達の移動速度を加味すると、そうだな……向かって右から二番目の岩山を五分後に左回りだ。それまではどうにかそいつを引き付けておいてくれ、シズカさん』

「無茶を言いおってからに。ま、今動けるのは童しかおらぬでな、もう一奮い気張るとしよう……ぞっ!」


 ―――フゴッ!?ブォォオオオオッ!!


 暗に徒歩で巨大魔獣を五分間引き付けろというナビの弄人からの難度の高い指令にやれやれといった様子で返し、シズカは振り向きざまにドラゴンスレイヤーを無造作に振るう。一体どういった絡繰りか、目に見える衝撃破などが走った様子も無くほぼ同時に結構な距離があるその鼻面へと皮一枚程の斬撃が刻まれ、ベヒモスは更なる怒りに猛り狂う。


『また見た事も無い謎技が……この世界で不具合(バグ)も無しに使えるって事は、それも純粋な技術なのよねぇ?』

「ふっ、企業秘密じゃ」


 そうこうしている内に数分が経過し、弄人を介して先回りをしていた二人の準備が完了した旨がシズカへと伝えられた。


「ではそろそろゆくぞっ……瑠璃、今じゃっ!」

「いつもの五月雨とはちょっと勝手が違うけれど、頼むわよ竜哭大弓!」


 合図と共にシズカは岩山を際どいターンで回り込む。そしてそれを追う形で岩山を砕きながら顔を現したベヒモスの眉間に、瑠璃による渾身の弓砲が突き刺さった。


 ―――フゴォオオオ!?


 出合い頭にまるで砲撃のような射撃をまともに受けたベヒモスは、多少なりとも含まれているその竜属への特攻効果を持つ攻撃に顔を歪ませ―――


「――まぁ、そうよね」

『今ではちょっとばかり反省しとるわい。でも巨大ボスとくればこうでなくっちゃな!』

「お主はいい加減年甲斐と自重という言葉を知るべきじゃと思うがのぉ……」


 そんな照密の叫びにどこか脱力した様子で思い思いの感想を零す面々。その言葉からも分かる通り、一瞬顔を歪ませたベヒモスではあったがやはり大したダメージは与えられず、かえって火に油を注ぐ結果となっていた。

 結果として怒りの矛先は空中に佇む(・・・・・)瑠璃へと向き、怒れるベヒモスは古代竜をも一撃で屠ったあのぶちかましをするべく地面を蹴って跳躍する。だが、そこに静の展開した磁場(マグネティックフィールド)により急速に引き寄せられた瑠璃を見失ってしまい……困惑の咆哮と共に大渓谷へと転落していった。


「……ふぅっ。どうにかなったね」

「やれやれじゃな。さてライ達の側はどうなっておるかのぉ」


 ベヒモスが底の見えない渓谷へその巨体を投じた一部始終を確認し終えた後にシズカ達は安堵の息を吐く。そこに再び弄人の声がかけられた。


『お疲れさま。ミタマが無事アサカを回収してヘルメスさん共々合流したようだ』

「おおー。これで皆揃ったんだね、良かった」

『あぁ。だがアサカによれば、あの大楼閣に湧いて出たのはただのバグの類では無く……どうやらヘルメスさんがこの世界から脱出する為に作った実験的な孔から魔に属するモノが入り込んできたのが原因らしいんだ』

「……っ!」


 その弄人の報告を聞き静、そしてシズカまでもが思わず息を呑んでしまう。


 魔に属するモノ―――


 魔そのものは妖怪変化をはじめとする幻想種達の間では然程珍しいものではない。しかし、鬼の例にあるように、(イン)または(オン)とも呼ばれる負の方向性――それの総称としての魔といった表現をされた場合は別だ。それらは総じて生命ある存在全てに対するモノであり、時として取り返しの付かない惨劇を齎す場合もある。

 過去に我が子を無惨にも浜に沈められ、(オン)に囚われ自らも鬼と化してしまった静にはそれは忘れられぬものであり……そして別の結果を辿ったシズカにとっても同じく忘れた事など無い過去の一件だ。弄人の報告を聞いてからの静は普段のやや緊張感にかける雰囲気が鳴りを潜め、それを目の当たりにしたシズカにもまた、それを痛ましそうに気遣う様子が現れていた。


「ていっ!」

「あいたっ」「ぬむっ……」


 そこに不意に響く何かを軽く弾く様な音と共に、ほぼ同時に上がる同声異語。その発生源を作った瑠璃は両手を突き出し……所謂デコピンをした姿勢のまま二人へと活を入れる。


「アンタ達の過去の話は前に聞いたけれど、その時とは状況が全く違うでしょう?今回は誰が囚われている訳でも無し、それに当時とは比較にならない程に味方も多いんだから。だから、そんなしけた面してないでさっさと魔を祓い終えて、そして気持ちよくゲームクリアといこうじゃない」

「……そうだね。ありがとね、瑠璃」

「ふん。しけた面なんぞしておらぬわ」


 それに対する二人の反応はそれぞれの性格の通りに正反対ではあったが、お陰で二人共平常の精神を取り戻す事が出来たようだ。


「とは言え、相手が魔に属するモノだとすればあの巨大質量じゃ。触れれば即侵食されてしまうでな、本体を探し出すのに苦労するのぉ。その辺り、どうしたものかや」

「あ、それなんだけどね。こんなのはどうだろ?」

「「?」」


 そこで静が出した案を聞き、シズカと瑠璃は思わず呆れ返ってしまうのだった。








「ライ、安心しろ。お前が逝ったら我も後を追う……のは折角この世に生を受けたんだし勿体無いからやらないけど、三日三晩位は泣いてやるから」

「ライ、頑張って生きて帰って来てね?」

「あの混沌の内部に自ら入り込もうとは正気の沙汰とは思えませんが――まぁ理には適っていますかね。今の貴方に合うフル支援位は見繕ってあげましょう」

「お前らのその投げっぱなしな見送りも懐かし過ぎて涙が出てくるよ、クソッタレ!」


 ライ達幻想世界組と合流した後に改めて静が作戦を立案、管理者サイドによる可否の判断を確認した後に約一名を不幸のどん底へと叩き落とし、しかし作戦そのものは満場一致で可決された。

 その内容とは―――


「まずは俺以外の戦闘要員全員であの『混沌』を引き付ける。そしてその間に姫さん達が地面に連結路を掘ってあのベヒモスをタイミング良く『混沌』にぶつけ、その衝撃に慄いて離脱した本体の動きを俺が封じる、と。どれか一つでもしくじったら俺、無駄死にってレベルじゃないよなこれ……」

「でもライの纏う瘴気の鎧なら同じ魔に属するモノだからきっと影響受けないし、いけると思うんだよ」


 非常に嫌そうな様子で顔をしかめながらも段取りを再確認するライ。なんだかんだで静の補足にも頷きを返してはいたし、やる気自体は有るようだ。


『あのベヒモスは侵食無効能力が僕達の干渉すらも阻害している程だからね。いくら魔に属するモノ相手とは言え、向こうもこの世界の法則にある程度縛られた存在だ。そうそう簡単にやられる事は無いだろう。時間稼ぎに関しては心配する必要は無いと思うよ』

「それ以前に俺がベヒモスに轢かれないかが心配っすけどね……」

「いや本当済まないね、頼太君――じゃなくてライ君か。僕の試作した送還陣が間接的とは言えまさか魔界に繋がってしまうとは」


 回収されたヘルメスは申し訳無さそうな表情でライへと謝罪をする。だがその視線は時折シズカへと向き、目が合う度に挙動不審な様子を見せては周囲の注目を集めていた。


「……ヘルメス殿?なんぞ童に用でもあるのかや?」

「い、いやっ。別に何でも無いんだよ?気を悪くしたなら済まないっ」

「とうさま。気持ちは解りますけれど、挙動不審に過ぎると思うんです……」

「?」


 どうやらこの場での修羅場は避けられたらしい。

 こうして準備は整い作戦は決行される運びとなる。ライの運命や如何に?

 







「――ふむ。また懲りずにやって来たか」


 巨大な『混沌』の内部に巣食う名も無き悪魔。それは、大楼閣の前にやってきたこの世界の住人達を見てそう呟いた。最早魔孔は完全に『混沌』の手に落ち、競争に勝っていち早く現界した無名の悪魔としては他の悪魔連中にこの世界への干渉権を譲る気も無い。


「まずはこの疑似世界を喰らい続けて力を貯めて、ゆくゆくは力有る悪魔として魔界に返り咲いてやるわ、ハハハハっ!」


 その考え方は略奪者のそれであり、自身が逆の立場になろう可能性など露程も想像していなかった。故に、そこに油断が生じてしまう―――


 ―――ブォオオオオオオッ!!!


「……なっ!?何だこれはああああ!?」


 突如『混沌』の巨体が鎮座するすぐ脇の地面に大穴が開き、そこから飛び出してくる圧倒的な存在感。周囲の物質を喰らい続け未だ成長を続ける『混沌』にも匹敵しようかといったその巨体。そのような存在による渾身の体当たりで『混沌』の身体は大きく衝撃を受け……。


「ぐはっ!こいつ、我が侵食が効かぬ……ってちょっと待てこいつ、何平然とこの身体を食ってんだぁっ!?」


 『混沌』の侵食すら無効化するその頑強。だがそれは決して無感と同義ではなく、自身がまた訳の解らぬ攻撃を受けたのだという事だけは認識するベヒモス。

 先程までの度重なる被弾による怒りと、得物を追い続けながらものらりくらりと躱され続け溜まりに溜まったストレスが臨界を迎え……遂にはソレを八つ当たり気味に喰らい始めてしまったのだ。


「まっ、まずいっ。一先ずは本体だけでも脱出して機を窺わねば!」


 そして悪魔がベヒモスに喰らわれ続ける『混沌』から本体を切り離し、離脱を試みようとしたその時だった。


「――そこか。やっと見付けたぜ」

「なあっ!?虚構の世界の存在、しかも人間風情が何故この魔の領域で平然としていられるのだ!ってちょっと待て、いや本当に待ってくれえええ!?」

「あんたが何者かは知らないが、こんな虚構の世界でも俺達の大事な居場所でね。それに、ここで待っていたら俺まで仲良くベヒモスのやつに食われちまう。だからあんたにはさっさとご退場願おうか」

「やめっ……」


 ―――穿ッ。


 瘴気の牙が魔を穿ち、無名の悪魔はその依代となった素体から断末魔の声も無く消滅する。その衝撃で素体の組織そのものが崩れ始め……。


「……アサカの奴。せめて情報だけでも本物を蘇らせたかったって事か――おっとそろそろ支援(バフ)が切れちまうな。落下する前に戻るか」


 それが溶け落ち、『混沌』に飲み込まれるのを確認した後にライは皆の下へと合流を果たす。場に残るは今もベヒモスに喰われ続ける意思無き『混沌』のみ。それも遠くない内に消え去る事だろう。








(くくく。あの小物は拙速に過ぎて自滅しおったか、しかもよりによって人間風情に倒されるとは阿呆よのう)

(キャハハハッ、バッカでー!そんじゃお次はアタイがもーらいっ♪)


 堰き止めていた混沌が消え去り再び開通した魔孔の内側では、今か今かと待ちわびていた悪魔達がひしめいていた。そして一匹の悪魔が嬉々として飛び出した直後―――


 ―――斬ッ!


(ヒギャアッ……あぁぁアタイの星幽体(からだ)が消え、イヤァアアアアッ!?)


「――鬼斬安綱、ここに見参。といったところじゃな」


 そこにはその手に本来の愛刀である童子切を携え、魔孔より飛び出した悪魔を唐竹割にするシズカの姿があった。


 ―――ヴィーッヴィーッヴィーッ!


《警告します。データベース界内部に甚大な影響を齎す力の存在が検出されました。一分後に強制排除システムを起動します。59...58...57...》


『あぁぁ、バグがバグがどんどん増えるぅぅぅ……あれ程神通力はやめてって言ったのにぃ!』


 異常を知らせるアラームが幻想世界全体に鳴り響き、同時に文姫の悲鳴も響き渡る。


 童子切を始めとする本来この幻想世界には持ち込める筈のない神象武器。それを一時でも呼び込めたのは神通力によるものであった。

 『混沌』がベヒモスに食われ魔孔の姿が明らかになった際、それが如何なるものかを瞬時に察知したシズカは管理者三人へ恫喝に近い交渉を行い、神通力によって一瞬開いた自身の内部への経路よりこの場へ童子切を呼び込んだのだ。

 そして鬼斬、つまりは魔を斬る特性を持つ童子切で現界した悪魔を一息に斬り伏せた。これがこの僅かな間の一部始終となる。


「詮方無かろ。真なる魔界への門、しかも閉じる事の無い永続的なものが開いてしまったのであれば、それは最早監視者(わらわ)の管轄じゃでな。幸いここは閉じられた世界、汝等が黙ってさえおれば神通力の行使による童への不都合も無し。宜しく頼むぞぇ?」

『仕方ねーのう。もう弄人はシステムの抑え込みに必死で話す余裕もないようだし、もうずばっとやっちゃってくれい、シズカちゃん』

「応ッ!」


 その掛け声と共に魔孔を微塵切りにするシズカ。そして魔を宿すフィールドが童子切の特性により分解され消え去っていくその際に……魔孔の内部より感じる凄まじい圧力を孕んだ、澄んだ声が響いてきた。


(――ククッ。貸一つ、だな)

「……何じゃ。汝、おったんか」

(あぁ、そうでなければ先程までの僅かな間とは言え下級悪魔共が飛び出さぬ筈があるまい?)

「ならばそっちで担当しても良かったじゃろうが。ほんに使えぬ奴じゃ」

(そう言われてもな。我とて悪魔の端くれだ、たとえ木っ端だろうと悪魔らしく動いた連中を我が力尽くで止める真似などは出来ないさ。まぁお疲れさん、先輩(・・)


 その会話が終わると共に魔孔も完全に消滅する。その頃には場に満ちていた不穏な空気や『混沌』達も完全に消え去り、幻想世界の明るい陽光が大楼閣を照らし始めていた。


『何じゃ、今の声……シズカちゃんは知ってる風じゃったが』

「む――まぁなんじゃ。連中も我等と同じく様々な者がおってじゃな。魔とは言えど決して生きとし生ける者に敵対するのみな存在ではなく、我等の良き協力者となれる者も居るという訳じゃな」

『はぁ~。残されたデータ的に、あんな存在が現界したらどうなってたか分かったものじゃなかったわね……』

「まぁ物好きな奴の事じゃ。大方珍しい物見たさの興味本位で野次馬でもしに来ただけじゃろ、実害は有らぬよ。それよりも、そろそろ制限時間(リミット)がきたようじゃな。後は任せるとしようぞ」








 こうして幻想世界を巡る騒動は収まった。

 シズカが神通力(チート)使用による垢BANを喰らって強制退出させられた後に残った面子と怒りの収まらぬベヒモスとの死闘があったり、結局あの世界に居たヘルメス達は情報体が入り込んで来ていただけという事実が発覚したりと色々あったようだが、概ね解決を見たらしい。


 そして一週間後―――


「結局あの後のベヒモス戦は散々だったわねぇ。誰かさんが強制送還喰らったお陰で余計に」

「むぐっ……詮方無かろうが。あの魔孔を放置しとったらえらい事になっておったやもしれぬのじゃし」

「神象武器、良いなぁ……わらわもそろそろ何かほしー」


 一度神宮の霞草へ報告に行った瑠璃が薄野山荘へと戻り、現在シズカ達は全員揃って昼食をとりながら皆で反省会を開いていた。


「魔孔と言えばヘルメスさんとレムリアさんはそのまま返した訳?大本の原因は幻想世界そのものの不具合(バグ)だったけれど、直接の原因はあの孔を作ったヘルメスさんにあるのよね」

「そこなんだけどね~。あっちの大神さんの杜のゲートをそのまま固定して三つの世界(トリス・ムンドゥス)側にもあっさりと出入り口を作っちゃったのよねあの人。とんでもない天才だわ」

「だから幻想世界の開発スタッフに勧誘したのさ。本人も興味深々の様子で了解してくれたし、それで一応あの孔についての話は手打ちになっているよ」

「はぁ……世の中には信じられない話ってあるのね……」


 瑠璃の呆れたような感想も無理からぬ事だろう。

 あれ程の規模の疑似世界を作り上げるのもさることながら、まさかその内部から異界の住人を勧誘してしまうとは。この魔改造トリオの好奇心、そしてそれに伴うバイタリティ。そういったものを見る限り、趣味の道に生きる者に齢の差の影響などは微々たるものなのだなと感じてしまう瑠璃だった。


「こんにちは。こちら薄野山荘で合っているでしょうか?」

「お、噂をすれば何とやらってか。ヘルメスさん当人のご登場だぞい」


 玄関からの呼び鈴の音がリビングへと届き、席を立った照密達がいそいそと出迎えに向かう。場に取り残されたシズカ達はお互いの顔を見ながら呆れたような感心したような、何とも言えない表情を形作ってしまう。


「――ふむ。知識にはあったが、ここが本体達の生まれ故郷か。何と言うか、懐かしさのようなものも感じなくはないな」

「そうだな。不思議な気分だけど……新鮮でもあるよな」


 その声を聞いた時、三人は今度こそ顔を見合わせてしまった。そして慌てた様子で揃って玄関へと駆けていき―――


「やぁ、皆。元気だったかい?」

「久しぶりだなシズ姉!」

                              ―――The End.

 次回、暫く出てこなかったおかんの話です。

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