狐の十 幻想世界・極限モード⑩
ちょっと長くなりそうなのでもう一話追加します。
エイプリルフールネタ代わりという事で一つ。
時は少し巻き戻り、ミタマがまだベヒモスとの命がけの鬼ごっこをしていた頃のこと。
シュライク大楼閣と呼ばれる遺跡では、魔孔から湧き出す混沌達を相手取りアサカが独り奮闘していた。
「ええいっ!来ませい地獄の大火よっ、劫火招来!!」
アサカは当時の釣鬼としての持ち得た技術を全て使いこなし、術師としては有り得ぬ程の近接状態での体捌きにより混沌達の攻撃を往なし続けていた。そしてカウンターでの正確無比な攻撃魔法の射撃により湧き出る混沌達の数はみるみるうちにその数を減らしていく。
「おぉー!凄いねアサカ。今回のは本気でまずいかと思ったけれど、これならもう少し時間を稼いで貰えれば孔を閉じられるかもしれないぞ」
「だったら無駄口叩いてないでさっさと作業にお入りなさい!私の魔力だっていつまでも続く訳ではありませんよっ!」
「了解さっ。うーん、それにしても毅然とした貌で戦う君も美しい……」
この期に及んでそんな軽口を吐くヘルメスにうんざりとした顔を向けながらもアサカは魔孔からの気配察知に集中をする。先程殲滅した混沌を最後に今は湧き出す気配が一時的に止まってはいたが、どうにも嫌な予感がしてならなかったのだ。
「もう『アサカ』を護る護らぬ以前に、最悪この世界がどうにかなってしまいそうですね……この圧倒される感覚が本物のリアリティというものなのでしょうか」
「ごめんよー。どうもこの世界じゃあただでさえ残り少ない僕の権能が殆ど使えなくなってるみたいでね。あるいは、これは僕達そのものがこの世界に入り込んだ訳では無くて……」
「今のは独り言ですから気にせずご自分の義務を速やかに果たして下さい」
そんなヘルメスの言い訳がましい言葉を切って落とし、再び魔孔を見やるアサカ。直後アサカは存在の芯から慄き、震え上がる事となる。
「……訂正します。ヘルメスさん、すぐにここから避難して下さい。この拠点はもう、終わりです」
「え?――な、こいつはっ!?」
ヘルメスの言い終わりを待つこと無く、発生させた突風により自身諸共ヘルメスを遺跡の上空へと舞い上げる。その後飛行術を起動したアサカは、ヘルメスに空中浮遊の護符を手渡し端的に告げた。
「ヤツは……恐らく正真正銘の魔に属する者でしょう。仮初の存在である私では到底敵う相手とも思えませんが、出来るだけ時間を稼ぎます。その間に貴方はどうにか管理者サイドへ連絡を取り、対策を練って下さい」
「いや待つんだ。それ……」
言葉を言い終える前に再びアサカが突風を発生させ、ヘルメスを遠くの空へと吹き飛ばす。それを見送るアサカの目からはあの夜に見えた昏い光を感じる事は無く、ある種の決意と覚悟に満ちていた。
「――お別れの時間は済んだかね?」
その背にかけられる声。それを聞き、アサカは一つの確信と諦観を抱きながら声の主へと応える。
「……これは、どうも。わざわざ御気遣い頂きありがとうございます」
「いやいや。思いの他に居心地の良い培養体を提供して戴いたほんのお礼代わりだよ。ええと、君の名はアサカ……だったかな?」
「――いえ、それは自称ですね。アサカの名は……その容れ物にこそ相応しい」
言って振り返るアサカの目の前にはアサカと同じ顔貌をした、髪と瞳の色のみが異なる妙齢の女性が宙に浮いていた。その表情はしかしアサカの記憶に残るそれとは似ても似つかぬ貌を形作り、彼女が一つの真実に至るに足り得てしまった。
「ほう?それはそれは……どうやらこの容れ物と君は深い関わりがあるようだね。何なら君の望む形の人格になってあげても良いが?」
「それには及びません。私が求めている――いえ、求めていたのは過去の幻影。形ばかり似せようと、中身が別物であるならばそれはただの醜悪な空似にしかならない事を、今ようやく思い知りましたから」
告解にも似たその言葉。だがそこには赦しを得る意思は無く、ただただ過去の自身への憤りのみ。
「そうかね。では最早語る事も無いだろう、そろそろ食事の時間に入ろうか」
その『混沌』が宣言すると同時にアサカの似姿はどろりと溶け落ち、内部に圧縮された黒いモノが解放の喜びと共に爆発的に膨張し始める。
それが、アサカと『混沌』達による再戦の合図となった―――
―――そして現在。
「……これは、流石に圧力が半端ないわね」
「ライとピーノは無理しないでね。わらわ達が食い止めるから」
オーストリッチ達を手早く開放し、シズカ達は迫りくる天災に向きなおる。
オーストリッチ達も慣れたもので、別れの挨拶として一声鳴くと同時にそれぞれ別方向へと散り散りに逃げていった。このシュライク砂漠の主であるベヒモスが居るエリアであるにも関わらず果敢に走り続けるその気概。なるほど商人達が自信を持って薦めてきた訳だ、と納得をしながらもすぐに頭を切り替え、シズカ達はベヒモス退治へ向けた作戦会議を始める。
「弄人!大まかでよい、ヤツの能力と弱点を教えよっ」
『――いや、ちょっと戦うのはしんどいと思うよ』
「……なぬ?」
ベヒモスの情報開示を要求するシズカに対し、否定的な見解を示す弄人。まさかここにきてそのような返しをされるとは考えておらず、思わず間の抜けた様子で聞き返してしまう。
『あいつは特別……というか実験的な存在でね。このシュライク砂漠帯に存在するボスとして基本設計は僕が担当したんだが、相性等の設定としての部分は姫が、そして伝承から引っ張ってきたその姿に類する能力は照さんが、それぞれ担当分けをしていたんだ』
「何と言うか。今の話を聞いて嫌な予感がするのはわたしだけだろうか?」
『ご名答だねレムリアさん。それぞれが完成間際まで煮詰めた案はやはり互いの矜持として譲れぬ部分が多く……どうにか妥協を重ね落ち着いたのがこれさ』
そう言って弄人が各自の視界の脇に半透明のウィンドウを作成し、ベヒモスの情報を提示する。そこに書かれていた内容は―――
MonsterName:ベヒモス 魔獣/地属
物理攻撃90%軽減
魔法攻撃80%軽減
即死効果無効
身体異常無効
精神異常無効
貫通・侵食無効
超速再生
...etc
ダメージ相性(100%を基準としての割合補正表記)
叩:80斬:0突50 火0水0土0 風20氷20雷20 光50闇50霊50
使用スキル
咆哮/眷属招集/地属支配/大地の恵み/地竜の矜持
「……汝等、アホじゃろ?」
「何その無理ゲー」
「悪い、やっぱ俺達避難しとくわ」
これが、そのデータを見て一瞬呆然としたシズカ達が次の瞬間紡ぎ出した感想だった。
『大神さんに対抗出来る存在を作りたかったんだよね。あと照さんがベヒモスの別名であるバハムートファンで、色々こっそりと耐性系を付け足したのが致命的だったというか』
『バハムートと言えばリヴァイアサンと対を成す超巨大魔獣なんじゃからこの位当然じゃい!』
『それとぉ。精神異常無効と侵食無効が変に作用しちゃったらしくて、ライちゃん達程じゃないけどあの子も管理者権限による制御をあまり受け付けないし~、基本的に制御不能なのよねぇ』
「ええいっ、もう汝等は黙っとれ!」
三人集まれば文殊の知恵といった諺がある。特別に頭の良い者でなくとも三人集まって相談すれば何か良い知恵が浮かぶものだ、という意味だが――何事にも例外といったものはある。
例えばこの三人の場合、その文殊たるべき視点が突飛な次元で絡み合い最早厨二の知恵とでも言うべきか、見事に『僕達の作った最強設定』へと昇華してしまったらしい。
こうして厨二の知恵の内輪話を聞いている間にも迫りくる巨大なカバの姿はどんどんと大きくなっていき……そろそろシズカ達の腰が引け始め、文字通り尻尾を巻いて逃げる姿勢に入った頃に弄人による助言なのか決定打なのか分からぬ言葉が飛んできた。
『そうそう、スキルについてだが。大地の恵みはアクティブHP回復でHPが半分切ったら定期的に使用してくるよ。それと地竜の矜持の方は致命傷を負った際に一度だけHP20%でその場で復活というスキルだから、一度斃しても油断しないようにね』
「それ以前にこんなシロモン、削り切れる気がせぬわあっ!?」
そのシズカにしては珍しい悲鳴のような絶叫を最後に、怒り狂う巨大カバの突進がその場へと襲来したのだった―――
ベヒモスの被ダメージ補正は相性の割合が掛けられた後に物理や魔法の軽減効果が乗る感じ。実際に計算してみたら叩8%/突5%/風氷雷4%/光闇霊でやっと10%位、他無効で貫通・スリップも入らないっていう。無理ぽ^q^




