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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
裏章 幻想世界編
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狐の九 幻想世界・極限モード⑨

 カッ、カッ、カッ―――


 薄汚れた石の床を歩く足音。その主である魔導師然とした衣装に身を包むエルフはある一室へと向かっていた。

 足早に進める歩みから見て取れるように急いた様子を感じられ、またきつく結んだ口元からも若干の焦燥といったものが見え隠れしていた。

 そして目的の部屋の前で一拍置いて深呼吸をし、息を整えた後に扉をノックする。


「アサカかい?どうぞ」

「失礼します」


 部屋の主の応答を確認した後、一息に扉を開けて中に入り――アサカと呼ばれたエルフは今日もまたその場で硬直をしてしまう。


「……あの。何ですかこれは?」

「うん。一つ思い付いた事があって逆転送装置を試作してみたんだけどね。レムリアから聞いた穴とは見るからに色彩が違うよね」


 茫然とするアサカの問いにあっけらかんとした明るい声で答える貫頭衣を着た青年。この部屋の主であるその青年の立つ傍らには大神の杜に浮かぶそれと同形の、しかし不穏な気配漂う昏い色をした断面が現れており―――


「やぁ、今日も大失敗だね、アッハッハ!という訳でアサカ君、僕の実験室(ラボ)兼君の拠点でもあるこの愛の巣を護る為に健闘してくれたまえ!なに、僕は見ての通り戦闘の方はからっきしだからね。精々足を引っ張らない程度に逃げ回っておくさ」


 そう言いながら意外と俊敏な動作で各種防護用具を展開し、さっさと廊下へと飛び出す青年。その一連の動作に見惚れたという訳でもあるまいが、暫し硬直をしてしまったアサカが我に返ったその目の前には、昏い穴より這い出る混沌達(アンノウン)


「あ、あ、貴方という人は!毎度毎度っ……ええいもぅ、後で覚えておきなさい!」

「フッ、アナタだなんて。ついにこの僕の愛に応えてくれる気になってくれたんだね」

「だまらっしゃい!」


 こうして今日も今日とてその青年――ヘルメスの思い付きによる突発的実験に起因する問題によってアサカはその後始末へと駆り出されてしまう。

 世界の消失点(バニシングポイント)から入り込んできたという外の世界からの珍客を興味本位で拾ってからというもの毎日の如く起きるトラブルに、過去の昏い感傷に流される暇もなくここ最近若干気疲れ気味なアサカなのであった。








 ―――ヴモオオオオオオオオオオオオッ!!!


 魔獣の咆哮をBGMに、シズカ達は砂漠の荒野をひた走る。

 実際に走っているのは砂漠に入る前に出会ったキャラバンよりレンタルしたオーストリッチ(ダチョウ)達ではあったが……まぁ、その後ろから追いかけてくる巨大な魔獣の圧倒的な威圧感やそれに伴う大地の震動といった大いなる脅威の目の前では細かい話というものだろう。


「やべえやべえやべえってこれえええええ!」

「うぅう……ヴィアぁ」

「ミタマ、しっかりとボクに捕まっててヨ!後ろばかり見てたら振り落とされちゃうからネッ」


 近くで聞こえるライ達三人の物言いがつい現実世界のそれに近くなってしまうのも無理は無い。

 人は追い詰められた時に本性が出易いと言われている。

 この幻想世界に於ける独自のパーソナリティを作り上げたライ達もその例に漏れず、やはりその根底の部分はどうしようもなく頼太であり、扶祢であり、ピノだったということだ。

 それ程までに後方より迫り来る魔獣――怒り狂うベヒモスの存在は彼等の命の終わりを想起させるに相応しい、天災のようなものであった。


「もう無理っ、振り切れる気がしないんだけど!?」

「また大神の杜からリスタートかぁ……」

「じゃから汝等は早々に諦めるその癖をいい加減どうにかせんかぁっ!」


 一方瑠璃と静と言えばあくまでゲーム目線だからだろうか、諦めの表情がありありと浮かび、今にも回れ右をして自らベヒモスに突っ込んでいきそうな様子。そんな二人を叱咤するシズカの怒号が響き渡りはするものの、そのシズカの乗るオーストリッチも目に見えて息切れをし始めていた。このまま事態が好転せぬ限りは皆仲良くベヒモスの午後のおやつにされるであろう事は想像に難くないだろう。


「それにしてもまさか、ヴィアスマウグだっけ?あの巨大な竜が一撃であっさりと吹き飛ばされるとはなぁ」

「うわぁぁぁん、ヴィア、お前の仇は必ず討つからね!」

「わあっ!?――このバカミタマッ!次発作起こしたら蹴り落とすヨッ」


 このような切羽詰まった場面であるにも関わらず、どこか達観したような面持ちで語るレムリア。その言葉を受けてまたミタマが取り乱してしまい、ピーノとミタマの乗るオーストリッチがバランスを崩してしまう。

 幸いすぐ横で並走していたレムリアがその華奢な外見からは想像し難い存外な力強さでオーストリッチの手綱を引き、どうにか揃って色気も何も無い逃避行を再開したのだが……どうにも旗色の悪い状況なのには変わりがなかったのだ。


「やれやれじゃな。さて、目当ての遺跡とは何処やら……」


 そんな様子を見たシズカは呆れた様子で溜息を吐きながら、ぼんやりと現状の発端となる出来事を思い返す―――








『――あー、テステス。こちら幻想世界管理者サイドの弄人、ヘルメスさん聞こえましたら応答どーぞ』

『ザ…ザザ……』

「うーん駄目だね。聞こえてはいるようだけれど、とうさま側の声は拾えていないみたいだ」


 大神達との会談も済み今後の予定を軽く決めた後、幻想世界の管理者の一人であり、システム面の開発担当でもある弄人がレムリアの父ヘルメスとの相互通信を試みていた。しかし結果はレムリアの言葉にある通り芳しくは無く……合流までの間は定期的に送られてくるヘルメスのメッセージをレムリアが代弁する形に留まる事となった。


「とうさまが今居る場所の周りは砂漠に囲まれているそうだ。土と砂が半々といった砂漠の中にある遺跡に居ると言っているな」

『この幻想世界に存在する中で砂の砂漠と言えば――シュライク砂漠しかないね』

『その中の遺跡って言うと~、シュライク大楼閣かしらぁ?』

「シュライク大楼閣かー。ボク達のパーティが解散する前に最後に行ったあの超難度ダンジョンだよね」


 シュライク砂漠。大神の杜からアベルの街を挟んでほぼ対角線上に位置する、広大な範囲に広がる砂漠地帯だ。レムリア経由の情報ではヘルメスはとある障害と手慰みの実験によりその遺跡に足止めを喰らっているらしい。とは言えその遺跡がある地点は砂漠のほぼ中心で外界との接点も殆ど無い。故にその「とある障害」による足止めが無くともどの道ヘルメス一人では動けなかったという理由もありはしたのだが。

 こうして次の目的地が決まり、ピーノとレムリアを加え大所帯となった一行は大神の杜を後にする事となった。


「それでは短い間でしたが、お世話になりました。大神さま」

「あぁ、こっちの事は気にするな。こんな形姿(ナリ)でも自分の身を護る程度は出来るからな」

「またね!大神の兄ちゃん!」


 そして大神へと別れを告げ、シズカ達は古代竜に乗りシュライク砂漠へと乗り込んできたのだが……。


「結局汝等が素材に目が眩んでアレをけしかけたのがそもそもの原因じゃよな?」

「記憶に無いわねー」

「ミタマ、ごめんね?」

「くううっ……!」


 砂漠に入る前に出会ったキャラバンから警告をされ、そこからは移動手段こそオーストリッチによる陸上手段へ変更てはいたのだ。しかし古代竜のような目立つペットを連れていては結局目立ちに目立ってしまい、当然の如くベヒモスと遭遇をしてしまったのだ。

 ただし遭遇した当初はベヒモスもまだ不快そうな様子で吠えるだけで攻撃をしかけてくる気配も見られず、その時に大人しくその場を離れていればまだこのような現状になる可能性は低かったのだろう。

 しかしベヒモスを発見した時点で物欲に駆られた駄狐二人と元駄狐が異口同音で古代竜に突撃を指示してしまったのが運の尽きだった。自業自得とも言えようが。

 結果大地の覇者であるベヒモスの驚異的な跳躍力によるぶちかましの直撃を空中で受け、敢え無くヴィアスマウグは撃沈。そして今に至るのであった。








 ―――フゴオオオオオオオオオオオオッ!!!


「まずいな、オーストリッチ達がそろそろ限界に近いぞ」


 ライの言葉に下を見てみれば、どのオーストリッチも息を荒げえおり目に見えてスピードが落ち始めていた。

 一方ベヒモスはというとその巨体に見合わぬスピードと、またその巨体から想像出来る通りの持久力で砂漠の地盤を削りながら爆走しておりまだまだ余裕が有りそうだ。

 キャラバンの商人達が自信を持って推してきただけはあり、この本能的危機に見舞われた状況でも果敢に回避行動を取りながら一行を運んでくれたオーストリッチ達であったが最早ここまでだろう。


 このようにシズカ達が半ば諦めの境地に達しかけていたその時だった。


「見えたっ!あれがシュライク大楼閣だよっ!」

「着いたかっ……何だあの黒いのは?」


 ピーノが叫び指し示すその方向に、大楼閣の名に相応しい巨大な多重建造物が見えてきた。だがその大楼閣の中からは黒色の謎の物体が至る箇所から垂れ流しになり、そしてある一点からは明らかに周りの混沌達とは一線を画する形状をした巨大な存在が……空を飛ぶ何者かとの戦闘状態に入っていた。


「……!あれ、アサカだよっ。悪魔っぽいのと戦ってる!」

「何!?ヴィア……ちっ、あの子はまだ再出撃不可能か。リンドヴルムッ!」


 ミタマの叫びに応じ何処からか一頭の飛竜が現れた。ミタマ一番のお気に入りである古代竜ヴィアスマウグ程の巨体ではないが、それでも翼長を合わせれば軽く20mを超えるであろう巨体。その背にミタマを乗せ甲高く一声鳴いた飛竜は後続のベヒモスに倍する速度で大楼閣へと飛び去っていく。


「ミタマッ!熱くなり過ぎるんじゃないぞ!……くそっ、聞こえてねぇなあいつっ!」

「ライ、どうしよう。このままじゃ二人共――」


 二人がそう言う間にも大楼閣からの黒はどんどんと湧き続け……そしてシズカの見た限りでは巨大な黒との戦闘を行っているアサカではあったが劣勢に立たされているように思える。


「……まずは取り急ぎ迫り来る後ろのカバをどうにかしてからじゃな。それまでは連中の善戦に期待するとしようぞ」

「はぁ~仕方が無いか。どうせ死に戻りするんだったら一矢報いた方がマシってものよね」

「そうだね。折角こっちでの四人が再開出来る機会なんだし、こんなつまらない障害なんかでまた別れ別れにはさせたくないもんね」


 前門の混沌に後門の魔獣。一先ず混沌はアサカとその応援に行ったミタマの二人に任せ、シズカ達はベヒモスと対峙をする道を選択したのだった。

 幻想世界編は次で完結予定。その後楽屋裏の予定だったのですが不意に一話書きたい話が出来てしまったので前後編位で挟みそうです。

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