狐の六 幻想世界・極限モード⑥
「銀の髪の耳長族ぅ?ここいらじゃあ見た事ねーなぁ」
「ボブカットの小人族ねぇ。あの子達、大体似たような髪型と顔してるから正直見分けが付かないのよねぇ……」
「お、ミタマちゃん。今日はどんな御用だい?ミタマちゃん大好物グリルワイバーンの特大串なら今仕込み中だから夕方まで待ってくんな!」
「い、いや結構だ。今日は間に合っているから!そんな大声でまるで我が食いしん坊みたいな言い方はしないで欲しいっ」
現在一同は、買い出しを終えた瑠璃グループが合流した後に街の各部に分かれ、全員で聞き取り調査を行っていた。
「やはり手掛かりは無し、か」
聞き込みを開始した当初から予想されていた事ではあるが、残る二人――釣鬼とピノの目撃情報を得る事は出来なかった。その代わり上記の通り、ミタマの目撃情報は街の至るところであったりしたのだが。
「はむっ。それにしてもミタマ、お前結構この街に入り浸りだったんだな」
「もぐもぐ……別に我は貴様と袂を分かったつもりなどは元より無かったからな」
「む……」
このように一部仲良くグリルワイバーンの串焼きを頬張りながら微妙に対応に困る空気が醸し出されていたりもしたが、それはそれとして。
ライに連れられて入った馴染みらしき食堂の一室を借り、現在一同は次の目的地の相談をしている最中だった。
「ピノは元々戦闘力が高かった訳では無いから良いとして、問題は釣鬼だな」
「こっちのあいつは耳長族の術師らしく、間接的な策や魔法攻撃に寄っていたな」
「あやつの戦闘技術をそっくり持ち越したままに術法すらも使いこなす耳長族、か。そうそう遅れを取るとは思わぬが……厄介じゃのぉ」
ライの言葉を受けたミタマが補足の説明をし、その意味するところを悟ったシズカは思わず唸ってしまう。
釣鬼――齢五十過ぎというその種族としては若き身で、既に業は達人の域に半歩踏み込んでいる吸血鬼。現実世界の釣鬼は進化後も変わらず直接的な物理戦闘を好む傾向があるが、二人の話を聞くにこちらの釣鬼はその持ち得る性能をフルに使いこなしているようだ。
エルフと言えば美麗かつ華奢で可憐といった伝承に聞くように、一部の破壊魔や斬り裂き魔を除き、基本的には膂力と耐久力に欠ける種族である。通常であればそこに突破口を見出す事が出来そうではあるのだが……。
『釣鬼君は以前のバージョンの時にだけど~、試練の迷宮で当時未到達だったエリアをソロで踏破しちゃってた位だからねぇ』
「あやつらしいの。どうせ拳一つで突っ切ったんじゃろ?」
『ご名答~』
文姫のその言葉に一人瑠璃だけは蚊帳の外に置かれた様子で首を傾げていたものの、それ以外の釣鬼を知る面子は皆呆れた顔を形作りながらも納得してしまう。
「正直俺程度じゃ、今のあいつの懐に潜り込めたとしても打てる手が思い付かないからなぁ。まず捕まえられる気がしないし、そもそも本気のあいつの一撃に耐えられるかどうかすら怪しいもんだ」
このライの言葉に集約されるように、いくら耐久力に欠けると言えどこちらの攻撃が当たらなければ意味が無いし、そして過去には魔法による強化こそあれど、アビリティに頼らず【大神】の討伐に多大に貢献した攻撃技術を持ち得る相手だ。更にそこに策が上乗せされるとなれば、生半可の事では捕獲すらままならないだろう。
「それじゃあ釣鬼は一先ず置いとくとして、ピノちゃんの方はどんな感じなの?」
「ピノは……」
そう聞く静に、しかしライは言葉を濁すのみ。悲壮な雰囲気を感じるという様子ではないが、はて?と首を傾げる一同にミタマが続きを受け持った。
「『ボクは探検家として世界の消失点を見付け出してやるんだっ!』と叫んで無計画に何処かに突っ走っていったのだけは覚えているな」
「そっかー」
いやそこは納得するポイントでは無いだろう、つい静にそう突っ込みを入れてしまいそうになる一同であった。
「それじゃあ釣鬼、だっけ?そのエルフを探すで良いのかしらね」
そして夕食後の一休みも終わり、食堂を出たシズカ達一行は改めて宿へと戻り明日以降の予定を確認する。
「じゃな。ときにあやつ、此方では何と名乗っておる?」
「アサカ――俺達には知る由も無いけれど、今はもう居なくなってしまった大切な人の名前らしいよ」
この幻想世界にも四季そして昼夜といった区切りは存在する。降り注ぐその陽の光はこの世界に住む存在達にとっての恵みとなり、そして同等に夜を包み込む深き闇も眠りを齎す安らぎと成り得る。
草木も眠る丑三つ時。
アベルの街を見下ろす丘の上には深き夜の闇をも見通す紅の眼。種族の代名詞とも言える長い耳を持ち、銀の髪をそよ風に靡かせるローブ姿の女が一人、静かに街を見下ろしていた。
「――ついに管理者が刺客を指し向けてきましたか。ですがここでアサカを終わらせるつもりはありません。どうしても来るというのであれば、たとえ元仲間であった貴方達と言えども……」
そう呟いた双眸に光る紅は輝きを増し、形の整った小さな唇からは明らかに通常よりも発達して見える犬歯。その身より沸き立つ不穏な気配と共にある種の覚悟の現れを感じさせるエルフの女は、暫し街の一点を厳しい目付きで見つめ続けた後に身を翻し、闇の中へと歩き去る―――
翌朝になり、シズカ達は昨夜の会議で決めていた次の目的地である大神の杜へ向けて出発した。現在アサカの足取りは全くの不明であり、それならば当初の調査目的でもあり所在の知れている大神の分霊の方から片付けてしまえという話の流れになったからだった。
『本当は大神さんの分霊をラスボス扱いにして最後に調査して貰う予定だったんだけどねぇ』
「仕方が無かろう。現地調査の類には不測の事態は付き物だからな」
『不測の事態その一さんにはちょっと言われたくないかなぁ……』
すっかりパーティの一員となったミタマと困った様子な文姫のやり取りも皆すっかり見慣れてしまったようだ。こうして一行は再び古代竜に乗り、束の間の空の旅路を満喫した。
「――ここが『大神の杜』がある山かや」
『正確には山自体が杜、なのだけれどね~』
「へぇ。現実の大神さまの御山を再現した感じなのかしらね」
「凄い……」
大神の杜の麓へと到着したシズカ達三人は揃って山を見上げ、体感ではほぼ見分けの付かない圧倒的な自然の息吹に感嘆の息を隠せない様子だった。
「まずはそうだな。居ないとは思うけれど、麓のエルフ達の集落にいってアサカが居るかどうかを確かめてから、参道を上がるで良いかな?」
「「異議なーし!」」
「賛同どうも。それじゃあ、行くとしますか」
結論から言えばやはりというか、アサカの姿は確認出来なかった。
エルフ達の集落はとてもこちらに友好的とは言えない反応ではあったものの、特に小競り合いなどが起きる気配も無く無事参道側へと戻ってくる事が出来た。
「それにしてもあの酋長、凄かったよね」
「……そういえば前に来た時はライがあの酋長を見て随分と鼻の下を伸ばしていたな?」
「そ、それは俺達になる前の話だろ。それを言うならミタマだって幼女可愛いとか言って俺達に攻撃してきてたじゃないか!」
「それこそ前の話だろっ、過ぎた過ちをいちいち突っついてくるんじゃない!」
相変わらずの蛮族全開な衣装を着こなしていたエルフの酋長を見た静が思わずそんな感想を漏らしてしまう。それに応える形で半ばジト目で睨み付けるミタマにライが妙に慌てた様子で反応をしていたりもしたが。
正直な所どっちもどっちといった印象が否めない他愛の無いやり取りを続けており、先日までのぎこちない空気など既に感じさせない二人だった。
「ちょっとその時の状況が想像し辛いんだけど……」
『あれねぇ。頼太君達からも概ね不評だったんだけど、デザイン担当の照さんがあの衣装だけは頑として譲らなくてね~』
「あンの助平爺めが。見事に趣味が出とるのぉ」
そんな文姫の解説に呆れ返ってしまうシズカ達。
ともあれ、一行は揃って参道を登り始めていった。
「おお!良い景色だねっ!」
「うーんっ。吹き下ろしてくる風も自然そのままな体感だし、とても作り物の世界とは思えないわねー」
参道沿いの山の中腹よりの見晴らしの良い景色を前にして、気持ち良さそうに空気を胸一杯詰め込みながら瑠璃が言う。
『ふふ。そう言って貰えるとこちらとしても作り甲斐があったというものだよ』
「お、弄人さん。姫さん以外でもこっちに干渉出来るのね?」
『姫は僕達と入れ替わりで休憩に入ったよ。もうこちらは夕飯時だからね』
そういえばそんな時間だったかと納得をするシズカ達。時間の流れの差異に若干の戸惑いを感じながらも胃袋の方は現金なもので、何処からか小さく鳴る空腹知らせるサインを切欠に一同も絶好の観光スポットを確保した後に昼食の時間となった。
『ライとミタマはともかく、他の三人は気分だけだからここが終わったら一度こっちに戻って来て軽く何か食べておいた方が良いね』
「了解っ。なんか冒険っていうよりピクニックみたいだよねぇ」
「この立て石、腰かけるのに丁度良いわね。少しお行儀が悪いけれど、私はここでご飯を頂こうかな」
そういって早速雑談をしながら瑠璃が参道脇の立て石に身体を預けたその時だった。
―――カチッ。
「……へ?」
どう考えてもこんな自然溢れる山の中で聞こえてはいけない類の機械音を聞いてしまい、つい間の抜けた声をあげる瑠璃。直後山の中腹が参道ごと真横へ大幅スライドをし―――
―――すっかーん!
・
・
・
・
・
再び目を開けたシズカの視界は潜航用ポッドの狭い蓋部分で埋まっていた。そして意識を失う前の最後の光景を思い返しながら億劫そうな動作で蓋を開ける。
「何なのよあのふざけたトラップはぁっ!?」
「してやられたわ……」
あの時一同は参道周りの地面ごと謎の発条仕掛けでほぼ水平にピンボールの如く撃ち出され、そのまま谷間へと墜落してしまった。
さしもの瑠璃も足場すら無い状況ではどうにもする事が出来ず、結果数百メートルを落下して地面に激突。恐らくそこでHPが0になり、こうして揃って強制ログアウトをさせられたのだろう。
「三人共、残念だったね。姫はデストラップの類は大幅に削減したとは言ったが、撤廃したとは言ってなかったからね」
「そもそもあんな石碑の上に迂闊に座った瑠璃が悪いと思う」
「それ以前に何よあれ!脈絡も何も無いじゃないっ。あんな場所に山道ごと墜落させる仕掛けを設置する意味がどこにあるのよ!?」
弄人と静のそんな態度に収まりの尽きそうにない瑠璃が暴れる一方で、シズカは思う。今も瑠璃を宥めながらもニヤニヤと笑う弄人の表情にある通り、そんな反応を見るのが楽しいからという開発者目線じゃあるまいか、と。
それはそれとして、もう外も真っ暗で丁度良い食事時だ。一同は揃って無念そうな顔をしながらも、夕飯を食べに大人しくリビングへと向かうのであった。
一方その頃の幻想世界組はと言えば―――
「なぁミタマ。そろそろ地面に下ろして欲しいんだけどな……」
「ふふっ。ついでだし、今まで離れていた分も満喫させて貰うとしようかな」
「……はぁ、仕方無いな。お手柔らかにお願いするよ」
ミタマはちゃっかりとライだけを抱えて自前の翼でデストラップを回避していたようだ。そのまま二人は風の赴くままに空中散歩と洒落込んでいた。
由緒正しきデストラップ落ち。




