第016話 愚かな…?
森の内部に入り探索を始めること十数分。
これが初の依頼という事で最初の方こそ無言だったが、辺り一面植物しか見えず変わり映えの無い風景に段々と緊張感がほぐされしまう俺達。結果十分も経たない内にいつもの駄弁りモードへと移行する。
「デンス大森林とはまた違った感じの森なんだな」
「あっちは耳長族達の影響で森全体が栄えてるからな」
「エルフの影響って言うと、やっぱり精霊力とかをイメージしちゃうよね。そんな感じ?」
「それも多少はあるんだろうが、どっちかってぇとガーデニングの影響がでけぇかな。あいつら本気で引籠ってて巣の外じゃまともに姿見せねぇ癖に森の手入れだけはえらい拘ってるからな」
「へぇー」
やはりこの世界でもエルフはエルフってことか。そういえば釣鬼は森の管理者なんてやってた訳だけど、エルフ達とは揉めたりしてないのかな?双果にもそんな忠告をしてた気がするが。
「他の森の耳長族は主にお前達のイメージ通りなんだがよ。デンスの連中は何と言うか……お前達の世界の『ニート』ってやつに近いかもしれねぇな」
「「……はい?」」
そんな俺達の疑問に対し返された言葉に耳を疑い、思わず釣鬼に聞き直してしまった。
「あいつ等なぁ、俺が会った限りじゃあ無駄なプライドや他種族への排斥感情の類はあまりねぇんだけどな。とにかく引籠って自分達の趣味に没頭してるっつぅか……前に挨拶に行った時もあそこの長ですら俺っちとまともに目も合わせようとすらせずに挙動不審だったからなぁ」
「良かったね頼太、お仲間だよ」
「おまっ、俺の台詞を……」
「ふっふっふ、先に言ったもの勝ちなのだよ」
聞いた感じ正にニートと言えそうなそのエルフ達の挙動を想像し、俺が茫然としている一瞬で扶祢に先を越されてしまったらしい。くっ、悔しくなんかないんだからねっ!
「相変わらず掛け合いしねぇと気が済まねぇんだなお前等」
「これも いきものの サガか」
「それは私は流石に自重したよ……」
「この裏切り者!」
閑話休題。
「そこだな、そう。そんな感じで探っていくんだ」
「こうか?む、難しいな……」
取りあえずは当初の予定通り、森の中での探索の基本を釣鬼に教えて貰いながら進んでいく。これは中々集中力が要るな……。
「そういえば扶祢は追跡スキルがあったんだっけか、ならもう探索の基礎は問題無いのかな?」
「えっ、そっそうね~基礎位はまぁ何とか」
その合間にふと扶祢の所持スキルについて思い出し何となく聞いてみたのだが、何故か妙に歯切れの悪い回答が返ってきた。何とか、って野山を住処とする妖怪変化がそれで良いのだろうか。
「……あぁ野生E-か」
「俺っちもそれなりに冒険者の知り合いはいるがよ、Eクラスでマイナス補正が付くっつぅのは初めて見たぜ……」
「べっべべべつにっ!私はそこの辺のただの動物と違って生まれついての高貴なる獣妖だし?知性があるから野生なんか無くたって困らないしっ!」
「いやそこまで動揺せんでも」
「苦手分野は誰でもあるわな」
特に弄るつもりはなかったんだけどな。見てて可哀想になる程のキョドりぶりに毒気を抜かれ、ついフォローに走ってしまった。良いツッコミ所だったんだが残念。
「そ、それにしてもどうやら前情報通り、特に何も異常無しで終わりそうね」
「いや、それがサリナ嬢曰く正式な報告には無いんだが何かが居るかもしれないって話でな」
「ほほう?」
それはちょっと期待が持てますな。地道な基礎が大事なのは分かっているつもりだが、どうにも探索作業っていうのは木々の葉っぱの一枚一枚をチェックしていく繊細な気配りが必要な割に成果無し、なんて事もあるので退屈に感じてしまうんだよなぁ……。
「何人か身ぐるみ剥がれた様子で逃げ戻ってきた組もいるようだが、言い辛い事なのか誰も話そうとしねぇんだそうだ。だから一応注意しておいて欲しいって言ってたな」
「何だろうね、それ?」
ふぅむ?被害者が話すに話せない事情、ねぇ……。
「よく分からないけど、気を引き締めていきますか」
「おー」
「締まらねぇかけ声だな」
やっぱり今一緊張感が持てない俺達であった。
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途中フォレストウルフやワイルドボアに遭遇したりもしたが、今回は釣鬼と扶祢も参戦していたので鎧袖一触の体で倒されていた。食料になりそうな猪の血抜きと解体をしてリヤカーへの積載に使った時間の方が長い位じゃあるまいか。戦闘と言うよりはむしろ狩り?
「二人が参戦すると流石に戦闘の展開が早いモンだな」
「ちっとばかりきな臭ぇ依頼だしな。まずは達成を目指そうかぃ」
「そうだね」
との事らしい、今回は戦闘面では楽が出来そうだ。
そんなこんなで森の奥へと進み更に緑が深まってきた頃に、唸り声と共にどこからか綺麗なソプラノに響く子供の声が聞こえてきた。
「マタ懲リズニヤッテ来タカ、愚カナ人間共メ……」
「――ほぉ?いきなり黒幕のお出ましかい」
「おお!?ボスっぽい台詞が!エンカウンターッ」
正体不明の声に釣鬼が応え作り出された真面目な空気が駄狐のKY発言で一瞬にして雲散霧消してしまう。見ろ、あの体幹バランスが完璧な釣鬼先生がバランス崩しちゃってるじゃないか。
「……どこまでもぶれねぇな」
「あーごめんね?ま、やるべき事は確りとやりますけどね」
俺の呆れた発言にそう返した扶祢は先程までとは打って変わった様子で目を細め、鋭い眼差しで前方を睨め付ける。こういうキリッとした仕草をして余計な事さえ言わなければ、この艶のある長い黒髪と着物との組み合わせも相まって美しさが際立つんだけどな。
森の深い碧の中に浮き出る薄紅色の和服姿が槍を構える様子は鮮やかな色合いを醸し出し、その耳と尻尾も相まってある意味幻想的な情景を……いかん、俺も扶祢のことを言えないな。思考を切り替えねば。
「――多分あそこかな、あの少し大きめな洞の見える木の陰」
「へぇ。よく分かったな」
「神秘力感知か、魔力か精霊力でも識別したみてぇだな」
「そそ、あそこだけ他と比べて強めの気配を感じたから。二体?居るみたいね。頼太も神秘力感知を持ってるんだし、違和感位は感じられるんじゃない?」
言われ扶祢の指す方向を凝視してみるが……うーん、正直よく判らん。
「……いや、言われてみればそうかもなー程度かな。何も無しに見つけるのは無理だと思う」
「そっかー。私も種別の違いとかまではまだ分からないからな~。これも練習あるのみか」
「聞いた話じゃ気配を察知することの延長らしいからな。数こなして微細な差を嗅ぎ分けるのに慣れるのが一番じゃねぇかな」
「成程ね」
「んじゃまぁ技術の実践っつう事で、俺っちも特技の一つをお見せすっかね」
釣鬼はそう言って辺りを見廻し、近くにあった岩を見定める。そして荷台から取り出した、これまたご自慢の通販によるお取り寄せ品ノミとハンマーを使い砕き始める。そして歪だがバレーボール大になったそれを振りかぶって――投げた。
「ピャア!?」
「キャゥン!?」
二種の悲鳴が聞こえると同時に、岩が激突したであろう木の幹が砕けて倒れていく耳障りな音が一面に響く。萌ゆる香りが漂ってくるが視界情報的にはかなり殺伐とした光景であり……。
「……うっわぁ」
「いやいやいや!?何あの岩射線が弧を描いて無いんすけど!」
「そんな緩い速度じゃ投擲とは言えんだろうがよ」
「さっすが……」
待て待て!?某ダンジョンでドラゴンと戦うアーケードゲームでもオーガマスター兄弟の投げる岩は弧を描いてましたから!あんな重量を軽々と投げつけることが可能なオーガの膂力って凄ぇな、人族とは筋肉の組成そのものが違うんじゃないのか。
そんな感じに突然の釣鬼の暴挙に俺と扶祢が二人して唖然としていると、音が鳴り止んで少ししてから弱々しい声が聞こえてくる。お、どうやらまだ生きてたみたいだな。
「ウゥ~、イキナリ岩ヲ投ゲツケテ木ヲナギ倒スナンテ、コレダカラオーガハ野蛮ナンダ……」
「ウゥゥウゥ……」
その声が聞こえる方に歩いていくと、倒れ込んだ木々の下からやっとの思いで這い出てきたちんまいのとモフいのが弱弱しい声色で涙目をこちらに向けていた。
「うわぁ可愛いっ!」
あとついでに駄狐が神速でちんまいのをお持ち帰りしていた。
「ウワァッ!?」
「!?――ガァッ!」
「こういう人間離れした行動を見るとさ。あいつってやっぱり妖怪なんだなぁ、って思うんだ」
「そこは同意だな……ありゃ妖精族か?だとすれば相当すばしっこいから捕まえるのも一苦労な筈なんだがなぁ」
呆れる俺達の目の前には、回避行動を取る暇も無く捕獲されたちんまいのが扶祢の両腕にがっちりとホールドされ、今も抜け出そうと足掻き続ける姿があった。
「ほらこれ見てよ、妖精だよ妖精!可愛いぃぃ」
「コノッ、ボクニ触ルナー!」
「ガゥッガゥッ!!」
よく見るとこの犬も確り躾けられているのか、不機嫌そうに吠えてはいるけど無暗に襲い掛かっては来ないな。
―――うずうず。
「よーしよしよしよし!」
「グァ!?グルルルル……」
「ほれほれ良し良し良し、もふもふ?」
「グゥ……」
うむ、見た目通り至高の感触。輝かんばかりの銀色の毛並の感触は扶祢の耳と尻尾に勝るとも劣らない。本人に言うと怒り……はしないだろうけれどもちょっと不貞腐れそうなので言わないでおくが。
「あーん、可愛いよおぉぉ」
「モフモフモフモフ」
「ハーナーセー!」
「ガゥッガウッ、きゅーん……」
「こいつ等が似た者同士なのは前から分かっちゃいたんだがよ。どうすんだこの状況……」
そして一人状況に取り残される、精神面では比較的常識人の範疇に入る釣鬼が俺達の惨状を見ながら茫然と佇んでいた。