狐の三 幻想世界・極限モード③
「ええい、如何にかならぬのかあのクソトカゲめがぁっ!」
『あはははは……ごめんねぇ、まさかこういうやり方でこられるなんてね~』
「ひぃっ、はぁっ。アンタ達とつるむとどうしてこう高確率で耐久レースをやらされるのよぉー!」
「風評被害はやめていただきたいものですな、瑠璃氏。きりっ――ところでわらわ、そろそろ体力の限界です」
GURAHHHHHHHHHH!――ヒュボッ。
「皆避けろっ!竜の吐息だ!」
「きゃああああああっ!?」
「チイッ……者共、無事かぇ!?」
「ただでさえ少ないSTが更に減っちゃった……まずいかも」
「今は兎に角走れ走れーい!」
今現在、シズカ達は揃って全力疾走の真っ最中であった。
各自の頭上で半透明状に光るスタミナ値を示すバーは約一名を除きイエローゾーンを割り込んでおり、どちらかと言えば後衛サポート型である静に至っては既にレッドゾーン付近にまで減少していた。
「シズカ、凄いな。この幻想世界で鍛え上げた俺ですらもうスタミナ半分切っているというのに、君はまだまだ余裕がありそうじゃないか」
「ほんっと、何でアンタ、そんっな……」
「日頃の鍛え方の差じゃな」
そんな中、一人未だスタミナゲージがグリーン状態であるシズカは事も無げに言い放つ。
過去数百年に亘るフィールドワークの中にはこれ以上の波乱に満ちた冒険が多々ありもしたし、神魔との殺し合いでは数日間小休憩を挟みながら不眠の戦闘をしたこともある。その精神情報が幻想世界にも反映されたという事なのだろう。
「ともあれ、シズカ一人ならば兎も角この大所帯で皆スタミナが危機的状況だ。ヴィアスマウグの奴、俺達が疲弊しきるまでは上空から降りてくるつもりが無い様だし、そろそろ逃げ遂せる為の算段を立てないといけないんだが……」
そう。ライの指摘する通りに古代竜はブレスや衝撃波による遠距離攻撃はしてくるものの、最も確実にダメージが見込まれるであろう爪や牙による直接攻撃をする様子が皆無であったのだ。巨大な羽根付きトカゲそのものといった外見には見合わず、その凶悪そうな眼からは確たる知恵の光が感じられた。
「奴め、直接攻撃を明らかに避けておるな。我等が動けなくなるまで追い込んでから甚振る気か、それとも何か別の目論みでもある故か」
「前者だろうね。ほら、あの胸の傷が見えるかな?あれは以前、俺が瘴気の攻撃で付けた傷痕でさ」
「……然りげな事かや」
ならば降りてこないのも道理だろう。
現実世界での頼太の瘴気による戦闘手段は以前シズカも三つの世界からの帰りに頼太達が山荘へ寄った折に聞いてはいたが、それは元々この幻想世界を基点として大神が頼太へ受け渡したモノだという。
つまり、元はこの幻想世界内に存在していたデータである為に変質する事も無く、対生物への特攻効果はこの幻想世界内でも有効だという事だ。あの古代竜はそれを理解しており、それが故に警戒をし続けているのであろう。
『それね~。こっちの「扶祢」ちゃんがミタマちゃんになってからというもの真っ向勝負を好む性格に変わっちゃってねぇ。それで消耗を減らす目的で一度遠距離攻撃の利点による追い込みの手法を教えたんだけどぉ~……今のあの古代竜、動きがまんまそれなのよね』
「汝等が黒幕じゃったんか……」
先程までの考察は一体何だったのかと内心頭を抱えながらも動かす足は止められず。そのまま走り続けているとやがて前方の地面にぽっかりと開く、大きな穴のようなものが見えてきた。
『あら。いつの間にか試練の迷宮付近にまで移動しちゃってたのねぇ』
「――者共!あの穴倉に入り込めぃっ!」
文姫の言葉に即座に反応したシズカが叫び、皆我先にと迷宮内へと雪崩込む。直後間一髪のタイミングでブレスが入り口を横薙ぎにし、辺りが高熱の炎に晒されてしまう。
「うわちゃっ!?熱っ、熱いっ……[再生治療]ふうっ、あの野郎俺一人に狙いを絞りやがって!」
「おー、本当に回復魔法まで使えるんだ。わらわも使いたい!」
「スタミナ真っ赤な割に元気ね、アンタ……」
スレスレで熱波の煽りを受けたライが少々焦げてしまいその後の回復魔法による治療を見て静がはしゃいでいたりもしたが、どうやら全員無事であったらしい。安否確認を終えて一息吐くシズカ達。
「うーん。まずはあいつをどうにかしないと街に寄る事すら出来ないか」
「装備とかどうしよ。わらわは術メインだからまだ良いけど二人は武器位は欲しいよね?」
「童は武芸百般じゃからして種類は問わぬが、何か一つは確とした物が欲しいところじゃな」
「私も近接戦闘はどうとでもなるけれど、今みたいな遠距離戦用に大弓が欲しいところね。和弓とまでは言わないけれども」
身の安全を確保し一息吐いた後、一同はそのような相談をしながら熱の収まった入り口から恐る恐る覗いてみるが、未だ上空では古代竜が旋回をし続けていた。
当初の文姫の話では始まりの街で装備を揃える手筈になっていたのだが、現在古代竜を斃すか追い払うかしないと街に入る事すら出来ない状況だ。そして地上に降りてくる気の無い古代竜を斃すには現状では装備が足りないという悪循環。
それではこちらも術で応戦をしようかと、過去に霊狐達の中でも天才と呼ばれた程の術師でもある静の放った攻撃術は、しかし竜属の特性の一つである高い魔法耐性により大幅に威力を軽減されてしまう。そして隣でライが牽制に使った攻撃魔法などは本体に届く前に障壁で散らされる始末であるにも関わらず、古代竜側は当たれば常人ならば即死してしまう程の威力の竜の息吹を散発的に吐くだけでも十分過ぎる程の攻撃となっていたのだ。
「うぅむ。こりゃもしかしなくとも詰んだかのぉ」
「私達、この世界だと戦力が大幅に低下してるものね……」
これが現実世界であればそれでも圧倒的な基礎性能に物を言わせて三人の術による連べ打ちでも斃せなくはないだろうし、前衛系の二人であれば直接竜本体に取り着いて屠る位は出来たであろうが……如何せん三人の元の性能が高過ぎる為に幻想世界内に於けるプレイヤー側のステータス上限に引っかかってしまったようだ。
故に―――
『そこで皆さんに提案です!折角リニューアルオープンしたのでこの試練の迷宮をクリアしてみない?この世界での身体の感覚を慣らす事も出来るし、下層までいけば良い装備集まるわよぉ』
「冒険と言えば迷宮は付きものか。仕方がないわね、私はそれでも構わないわ」
「お宝発掘ー!迷宮探索っ!」
その文姫の提案に皆して一も二も無く賛同し、早速この試練の迷宮を探索する事となった。
「どうせならば竜殺しの剣に匹敵する竜殺しの一本も欲しいところじゃな」
「そこまで伝説に名高いものはこの迷宮には無かったな。精々が無銘のドラゴンスレイヤー位か」
何時も通りの無茶な注文をし始めるシズカにライの表情もここにきてようやく綻び始める。多分に呆れが含まれてはいたが。
『一応データベース界の方から引っ張り上げて来れば作れなくもないけどね~。それをやっちゃうとゲームバランスを崩しちゃうから我慢して頂戴な』
「詮方無いの」
今も迷宮の上空を飛び続ける古代竜がログイン直後にいきなり飛来してくる時点でバランスもへったくれも無かろうと思うシズカではあったが、静によればこれはRPGの序盤によくある敗北イベントバトルというものらしい。
ゲームに関して詳しい静が言うのであればきっとそうなのだろうと気分を切り替え、まずは大勢で出迎えてくれたゴブリン達へと向き直る。
「――やれやれじゃな。嘗ては神魔と渡り合い屠り続けてきたこの童が、こんなぱっとせん薄暗い洞窟で最下級のモブ相手に素手での殴り合いをする事になろうとは。何ともしまらぬ話じゃ」
「でもたまには新鮮で良い、でしょ?」
「……まぁ、のぉ」
「うん、成長要素は冒険活劇の醍醐味と言うものだからね。たまにはシズカ達も当時の俺達目線で楽しめば良いさ。では、行くか!」
ライの言葉を切欠としたという訳でもないだろうが、話が終わると同時にゴブリン達が奇声を上げながら殴りかかってきた。
まずはこの試練の迷宮を踏破し、そして充実させた装備を以て外に構える古代竜を倒す。
こうして明確な目標を定めた一同は動き始めたのだった―――
「――床。脆過ぎでしょ!?」
『この床、強度的には牛頭魔人のチャージアタックにも耐えられる仕様なんだけどぉ……』
「さっすが瑠璃。白兵戦じゃ敵無しだね」
「ほんにあのクソトカゲ、地上にさえ引き摺り落とせればのぉ」
尚、実験を兼ねた瑠璃の本気の踏み込みに床が耐え切れず、襲い掛かってきたゴブリン30匹諸共フロアを二つ程ぶち抜いて落下した事をここに追記しておく。
連休なのを忘れてて慌てて投稿、切りも良いので今日はこれにて。
いつの間にか20万PVいってたらしいです、日頃よりのご愛顧に感謝!




