狐の二 幻想世界・極限モード②
極限モードなんで多分はっちゃけます。
「ほぉ、以前見た時は低反発マットに横になっておったが。暫し見ぬ間に随分と進歩しおったのぉ」
「うっふっふ。前はソフト側の管理試運転で手一杯だったけど、この数か月でそれに見合うハード側の研究も進めててねぇ」
「医療用ポッドを参考にして現実側の身体への負担を出来る限り軽減してみたんだよ。ただそうは言っても生理的現象の都合もあるだろうし、まだまだ長時間の運用には耐えられるレベルではないんだけどね」
「へぇ~。こういうのってよく分からないけれど、作るの大変だったでしょうに。よくやるわねぇ……」
三人が連れて来られた部屋には四台の半円型ポッドが並び、その奥の計測機の如き巨大な機械の前に設置されていた。確か話に聞いた名は『仮想領域潜航機』だったか。シズカは夏の記憶を掘り起こし、当時の設備との比較をする。幻想世界の大幅拡張をしたという割には逆にその機械はコンパクトにリサイズされており、外装部分が剥き出しな未完成ながらに何処となく洗練されたフォルムを感じさせていた。
「その内中身が謎液体に満たされたバイオなポッドとかに進化したりして」
「うほほ。そりゃあええのう、眼福眼福」
そういえば先日の夜に放映された洋画劇場にそのような物が出てきたなと思いながら、またしても多大な影響を受けてしまったらしき静の発言とそれに対する助平爺の反応を見たシズカは思わず胡乱気な目付きをしてしまう。隣で同じくそれを聞いていた瑠璃などは完全に引いてしまっていた。
「……何なの?このマッドな連中」
「今のところ妄想を垂れ流すだけで特に害は無い故、辛抱せぇ」
そして茫然と立ち尽くす瑠璃を尻目に各々ポッドの内装と使用方法等を確認し、シズカと静はいそいそと中に入り込む。何だかんだで二人共、仮想世界での冒険という響きに惹かれまくっていたのだった。
シズカ達が再び目を開けたその先には、真っ暗な空間が広がっていた。
光は一切入らない、だがしかし自身の周りにだけは何故かスポットが当たるかのように視界が開けるという不思議な空間だ。
「ふむ。此処は所謂キャラクター作成用のインターフェース空間といったところかや?」
『そうね~。ただ皆さんこの幻想世界は初体験ですし、今回はいきなり極限モードでの調査も兼ねたテストプレイという事になる訳だからオリジナルキャラ作成は無しで、それぞれ現実世界の自身を投影したアバターにさせて貰うわぁ』
「瑠璃はこういったものの認識自体無さそうだし、確かにその方が動き易くて良いかもね」
「正直、今も何言ってるかさっぱりね……霊気は使えるみたいだしどうにかなる、か」
早速何やら確認をし始める瑠璃の様子にシズカも自身の身体を見下ろし、暫し意識を集中する。
「――やはり安綱は引き出せぬ、か」
「え……本当だ、私の五月雨も出ないわね」
『そうねー。現実の装備品の類は残念だけど持ち込み不可ねぇ。シズカさんの童子切や瑠璃さんの梓弓も残念ながら幻想世界内では使えないかな~』
「いーなー。神象武器……」
どうやら精神をリンクさせているだけの幻想世界内部には、各々の存在に直結した神象武器の類は持ち込む事が出来ない様だ。文姫の説明では内部で装備を揃えるのも可能との事であるし、まずは街へ行き取り急ぎ入用な物だけでも揃えるべきか、と軽く話し合い内部へ入ってからの算段を立てる。
若干一名程羨ましそうな様子で手持無沙汰に話を聞く静が居たが、そこはご愛嬌としておこう。
ともあれ各自旅立ちの心構えを整え、準備は完了する。
『三人共準備は出来たかな――それでは。ようこそ、幻想世界・極限モードへ!管理者の一人として、貴女達の挑戦を歓迎致しますわっ!』
「まぁ汝等が管理しきれておらぬが故に此度の調査と相成ったのじゃがな」
『……酷いわシズカさん』
そして文姫の誘いに乗って開かれた門より、シズカ達は幻想世界へと入り込んでいった―――
「――やぁ。待っていたよシズカ、それと後ろのお二人さんも」
「え。誰アンタ?シズカの知り合い?」
内部へと入った直後に見えた景色は大草原。彼の世界の大都市ヘイホー近郊によく見えるそれを彷彿とさせる、ただただ広くそして背の低い草が一面に広がる平野部分にシズカ達は立っていた。
そしてそのシズカ達の到着を待っていたかのようなタイミングで――実際待っていたのだろう、その青年は話しかけてくる。
「……汝、何故にこんな場所におるんじゃ?」
「あれ、貴方は……」
二人が驚くのも無理は無い。何故ならば―――
「どしたの、頼太君?今は扶祢達と向こうの世界に行ってるんじゃなかったっけ」
静に頼太と呼ばれた青年。それはシズカと静達の妹である扶祢の旅の仲間であり、そして二人も良く知る人間。その名を陽傘頼太という。
「ああそうか。君達はまだ幻想世界の実情を知らないんだね……姫さん」
『はいは~い。二人共驚いたかな?驚いたわよね?――うん、よろしい。こちらに居る「頼太」君だけどぉ、彼は頼太君ではあって頼太君ではないというか……ぶっちゃけこの幻想世界の最終テストをやってくれるモニターが足りてなかったから、夏のプレイデータとあの子達の人格情報を基にして創り上げたNPCなのよ~』
「何時もの事だけれど、NPC呼ばわりは酷いな姫さん」
『ごめんねライちゃん。その方が理解し易いかと思ってぇ』
開いた口が塞がらぬとは正にこの事であろう。
文姫の語る内容とそれに対する「頼太」の反応。そう創られたプログラムの類でなければ幻想世界という仮想世界の内部に限定されはするものの、目の前の存在は紛うこと無き生命創造の域に触れていたのだから。
こういった認識への知識自体が欠けまた頼太との面識も無い瑠璃は別として、残る二人はあまりの驚愕に暫し言葉を発する事が出来なかったのは無理からぬ事だろう。
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「――それは真かや?」
『うーん、この頼太君と残りの三人だけは特別なのよねぇ。元々幻想世界内のNPCは放っておいても勝手に日々を営むし、個々の人格なんかも存在はするんだけどね。ここに居る頼太君に関しては~』
その後短くない時間が経過し、漸く衝撃から立ち直ったシズカ達へ対し現在詳細な説明が為されていた。
「俺達の本体、と言うべきかな?彼等がここを去った後も俺達はテスターとしての任を課され日々この世界を開拓し続けた……気が付けば何時しか完全な自我というものに目覚めていてね」
『もうこの子達、消去命令さえも受け付けずにこの幻想世界内を好き勝手に闊歩しちゃってるのよねぇ。幸いライちゃんは私達に友好的でいてくれたから良き協力者になって貰えて助かってるんだけど~』
「凄い凄い!それってもうこの世界に生きる一つの生命だよねっ」
「童も長い事数多な世界を旅しておるが、このような存在は初めて見るのぉ……」
驚いた事に目の前に居る「頼太」は完全なる自由意志を持ち、この幻想世界の基となったデータベース界の支配者である文姫の強制力すら通用しないという話だ。
本来そのような成長する不具合が居ては世界そのものへの反抗すら可能性としては有り得るが故に、管理者側としては真っ先に除去をすべき対象となってもおかしくは無いのだが―――
『――別にぃ。あたし達はより良いゲームを作りたいだけだし~、そうなったらなったで珍しいデータが取れて参考になるからどちらにしてもお得じゃない?照さんと弄人もほぼ同じ意見だったわよぉ』
「はは、まぁ姫さんからしてこんな感じだったからね。何だか毒気が抜かれてしまったし、俺は今を受け入れて姫さん達に協力する事にしたんだよ」
つくづくこの三人は開発者気質であったらしい。それが功を奏したのか、こうして共感したらしき「頼太」は管理者組と協力関係になったという事だ。
「……待て、今汝は『俺は』と言うたな?」
「という事は、もしかして?」
本体と微妙に性格の差異が見えるこの「頼太」、いや便宜上ライとでも呼ぼうか。彼の話を聞きながら、シズカ達は一つの違和感を覚えそれを問う。
「うん。ご想像の通り、俺以外は皆反抗しちゃってさぁ。お陰でパーティも解散しちゃったんだよね。いやぁ参った!」
『そうそう、現実よりも時間の流れが早いこの世界じゃ皆成長が早くってさー。もうあたし達じゃあ手に負えないのよねぇ。なのでついでにあの子達が何か妙な事してるのを見かけたらお仕置きしてから捕まえて来て貰えると嬉しいかな~、なんて』
「アホかぁっ!?データ収集どころか本末転倒に過ぎるわっ!」
「もう話に付いていける気がしないわね……」
相変わらず常識の斜め上を爆走し続ける魔改造トリオなのだった。
その後、ライを含めた元テスターデータ四人の解散当時の大まかなステータスや現在の幻想世界の仕様などを説明され、案内人としてライがシズカ達と同行する事が決まった。
「それじゃあ今のこの世界は、以前と違って全てのフィールドが共有されていて難易度設定とかも廃止になったんだ?」
「そうだね。以前本体達が苦しめられた『試練の迷宮』を例に挙げると、それぞれの難易度の最下層に居たボスを撃破する事によってそれ以降の階層が順次開放されていくといった仕様に変更されている。勿論、潜れば潜る程実際の難易度そのものは上がっていくし、中には旧極限に匹敵する階層も存在するけどね」
『尚、当時大不評だったデストラップは大幅に削減しているわぁ。だからエリアに入って一歩目で問答無用に全滅、なんて事は随分と減ったと思うわよ』
以前に扶祢や頼太から聞いたところではまともにゲームとしてやれる難易度ではないという話だったが、どうやらその部分については随分と改善がなされていたらしい。とはいえ実際にこの身で体験してみないと何とも言えない話ではあるのだが。
「まぁ、まずはRPGらしくいくとするかのぉ。手始めにあの先にある街……何じゃ、あれ?」
言ってシズカが指差した先にある街――から少しばかりずれた方角の上空に随分と刺々しいデザインの飛行物体が確認された。それは明らかにシズカ達の居るこの草原の側へ向かって来ており……。
「……あぁ、早速来ちゃったか。【竜王】ミタマノツカイの僕が一、古代竜『ヴィアスマウグ』」
『あ、ミタマノツカイっていうのはこっちの「扶祢」ちゃんの呼称ね。祖の御霊を手助けするっていう扶祢ちゃんの名前の意味から取ったって言ってたわぁ』
―――GYSHAAAAAAAAA!!!
「え。何この死亡フラグ」
「なむなむ」
「アンタもその対象に含まれてるんだからちょっとは慌てなさいよぉっ!?」
シズカ達が呆然とした様子で佇む草原の上空へ物凄い風圧を伴いながら飛来した古代竜は、空中でホバリングをしながら唸り声と共にこちらを見下し睥睨する。
全長30mを超すであろうその巨大な飛行物体を目の前にして、瑠璃と静の場違いに抜けた会話を聞きながらシズカは思う。そういえば扶祢も大概な厨二病持ちじゃったな、と。
扶祢さんの恥ずかしい秘密その一。中学の授業中、自身の名前を解析して色々厨二ネームを作っては当時の担任にノートを取り上げられその場で朗読されて悶絶していた過去があったり。




