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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第七章 脳筋族と愉快な仲間達 編
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第147話 闘技大祭決勝戦 釣鬼vs烈震

 章の終末付近定番、コメディパート無し会でございます。

 夜の静けさ迫る中、山間より吹き上げる冷風に晒された族長選定の広場では、その寒さを討ち祓うかの如く二人の対戦者の熱気が支配する。


 一方は暴風嵐。その巨躯より漲る際限無き活力は、一度動き出せば全てを飲み込み吹き荒れるであろう天災。

 もう一方は凪。一見穏やかにも見えるその落ち着いた風貌には闘志漲らせた目が光り、時が来れば颶風となりて場を襲う自然災害。


 方向性は多少異なると言えど嵐にも例えられよう両者は共に、この郷で一、二を争う戦士であった者達。過去には一度釣鬼が烈震を降しはしたものの、それは互いにまだ未熟であった時分の話。今も観客席で見守るオーガ達は開幕より未だ動かぬ両者を固唾を飲んで見守り、現に轟鬼の主催するトトカルチョによる賭け率(オッズ)はほぼ五分となっていた。


「そんな細身になった割には妙に前傾姿勢じゃあないか。やる気満々だな?」

「お前ぇは良くも悪くも正面から叩き潰す轟鬼(ジジイ)スタイルを継承してるからな。押し切られるのが分かり切った受けメインで構えるよりは、こっちの方が勢い付けて殴り易いと思ってよ」

「へっ、言いやがる……そういえば伝承に謳われる吸血鬼ってな、見た目にそぐわぬ怪力と俊敏さを兼ね備えるって話だったか。そういう事かよ」

「だな。まぁこんな形姿(ナリ)でも昼間以上には力押しでいけると思っておきな」


 軽口を叩き合いながらも探り合い、隙あらば襲い掛からんと虎視眈々と機会を窺う両者。だが、釣鬼は内心少しばかり焦りを覚えていた。


(つっても、実際の所は体力も回復し切れてねぇからな。これじゃ良いとこ八割程度ってとこか)


 夜を迎え、種族本来の活性化をした後になっても準決勝の傷痕は思いの他深く、決して好調とは言えない状態ではあった。だがこの大祭はそれを含めてのトーナメント、この程度で泣き言を言うようでは脳筋族の名に恥じる。


(もしあの二人が勝ち上がってきていたら、それこそ何が起こるか分かりゃしなかったしな。あるいは俺っちか烈震のどっちかが決勝前に不測の事態になっていた可能性も捨てきれねぇ……こうして互いに決勝の舞台に立てただけでも良しとするかぃ!)


 そう思いながらちらと見れば、そこには何時もの様子で目をキラキラと輝かせながら自分達の試合を観戦する仲間達。どうやらまた頼太が何かしらをやらかしてしまったらしく、ピノを肩車に乗せながら女性陣へジュースのお酌などをしていたが。

 あの二人の出場に関しては元は売り言葉に買い言葉。その場の勢いに任せて釣鬼が決めてしまった事ではあるが、まさかあそこまで凄惨かつ共倒れという結果に終わってしまうとは、思いもよらぬ事だった。


(あいつ等も随分と練り上げていたモンだな。やり合えなかったのはちっとばかり残念ではあるが――)


 だが今はやはり子供時代からの好敵手(ライバル)でもあった、眼の前にそびえ立つ高位の大鬼族(ハイ・オーガ)、烈震だ。持てる全力を以ってこれを打ち倒す。それが互いの意地であり、そして恐らく相対する烈震も同じ心境である事は想像に難くない。


「じゃあ、いく……」

「――シッ!」


 その烈震の言葉に被せる様に一閃。しかし観客席より見えたであろう光景とは裏腹に体を入れ替えた烈震へのダメージは皆無であり、その顔からは冷めた余裕のようなものが見て取れた。


「――こんなものか?吸血鬼の力ってな。これじゃあ進化前の爺さんの方が余程厄介だったな」

「あのジジイの常識外れっぷりと比べられてもな!」


 既に試合は始まっているにも関わらず、その口より紡がれる余裕の証。大鬼族の正統進化系故に膂力と耐久に優れ、逆に身の軽さといったものには向かぬその巨躯。だがそれは決して鈍重と同義ではなく……。


「明らかに打点をずらしてやがんな。一見動きが鈍そうに見えて押さえる点はきっちり押さえてるって事かぃ」

「これも当時のお前から学んだ技術だぜ?無駄な力を使わずに済むから、戦場じゃあ思いの他役立っていたさ」


 そういえば、と釣鬼は思い返す。

 郷を出る直前に行った烈震との組み手では餞別のつもりで打撃の往なし方なんぞをこれ見よがしに披露してしまったものだ。それが十年近い時を経て、こうして釣鬼自身に返されるとは予想だにしていなかったが。


(楽に勝てると慢心していたつもりはねぇんだが。こりゃあ、このままじゃまともに一発入れるのすら苦労しそうだな――)


 感心と苛立ちが混ざり合う複雑な感情を抱えながら、釣鬼は知らずの内にその貌に獰猛な笑みを浮かべてしまう。

 膂力と技術はほぼ同等。基礎耐久力こそ烈震に一歩譲るが釣鬼には吸血鬼としての高い耐性と回復力があり、単純な肉体性能(スペック)のみならば若干有利とも言える。とはいえ体格の差による不利は如何ともし難く、互いに無手同士の肉弾戦では速度の差で対応しようにも限度というものがある。


 何よりも、爆轟陣。これが問題だった。

 攻撃の衝撃(インパクト)を着火点として燃料となる闘気を一気に爆発させるという凄まじい威力を持つその技は、衝撃属性を伴う為に釣鬼の物理耐性を突き抜けてその身体へとダメージを蓄積させていく。


(インパクトの瞬間にのみ闘気を燃焼する事で、威力の底上げと燃費の向上を兼ねてるって訳か。気の体内操作こそ至難だが、使いこなしゃその気配を読み取るのすら困難……つくづく上手く出来た技だぜ。あンのクソジジイ、この技、烈震(コイツ)が使う前提で編み出していやがったな!ちと孫贔屓が過ぎるんじゃねぇか!)


 夜になり吸血鬼としての本性が解放されてしまったからか、普段の冷静かつマイペースな性格が鳴りを潜め心の中で悪態を吐いてしまう釣鬼。烈震が使う爆轟陣は轟鬼のそれとは違い、自身の四肢より直接放たれる分タイムラグも無いという、極めて厄介な技だったのだ。


「しゃあねぇ……ちっとばかりみっともねぇが、吸血鬼らしい所ってのを見せてやるよっ!」


 そう言って全身の血流を操作し過剰な身体強化(ビルドアップ)を図る釣鬼。吸血鬼の回復力に優れる肉体であるからこそ可能である無理な肉体強化は代償として全身に内出血を起こし、また長時間の行動にも向きはしない。その証拠として紅の双眼は本来白目である部分が内出血で黒く濁り、また毛細血管が破裂した眼球部分からは血が滂沱の如く溢れ出す。


「……あー、美味ぇ。自分の血を舐め取って美味く感じるなんざ、いよいよもって俺っちも化けモンの仲間入りかと思えちまうからあまり好きじゃねぇんだよな――ククッ」


 瞳より止め処なく流れ落ちる血の雫を舐め取りながらその美貌に皮肉気な表情を浮かべ、自嘲的な笑い声を上げる釣鬼。そこに異常性を見て取った烈震は警戒感を最大限にし、来るべき攻撃を待ち構える……しかし。


「――ガッ!?」


 見えなかった。少なくとも烈震の目には釣鬼が攻撃態勢を取った後、その入りすら見えず視界から姿が消えたと認識した時には既に攻撃を喰らっていたのだ。


「クハッ……まるで迅突さんの一撃だな。動いたのを見てからじゃあ防御が間に合わねぇぜ」

「うっせ。俺っちのこりゃただの肉体強化の延長だ、親父の理解に苦しむアレと一緒にゃするなぃ」

「何だ。自分で化物と言いながらしっかり正気は保ってんじゃないかよ?」

「……フン」


 その揶揄う様な烈震の問いかけに若干不貞腐れた様子で応える釣鬼。後は釣鬼の残り少ない体力が尽きる前にどれだけ烈震を追い込めるかだが……釣鬼は改めて烈震へと向き直り、前傾姿勢を更に深くさせた。


 そして二人の身体は血と衝撃に塗れ交錯し続ける―――






 ―――それからどれ程の時間が経過しただろうか。


 息も荒く全身からの出血により胴衣を紅く染める釣鬼の目の前には、同じく全身を腫らし、流れ出る血液に体力を奪われながら激しく胸を上下させる烈震の姿があった。

 烈震は視界の片側を完全に潰され、しかし残る目に宿る闘志は衰える事が無く釣鬼を睨み付ける。

 対する釣鬼も烈震の視界を奪う代償として右腕が本来曲がるべきでない方向に捻子折れていた。過剰強化(ビルドアップ)を止めない限りは再生能力よりもダメージの方が勝り、この試合中に腕の機能が回復する事は無いだろう。


「はぁっ……ハ、アッ。そろそろ、決着を付けるとするかぃ」

「ゼェ…ハァ……おうよ。俺はまだまだいけるが、フゥ……お前の方が限界みたいだしな?」

「抜かせ、このまま最後まで押し切ってやるよ」


 その言葉を最後に会話を終え、双方気力を振り絞り練り上げていく。


「コォオォォ……」

「――カァッ!!」


 そして、二人の激突の後に最後に立っていたのは……烈震だった。


「……そういう事かぃ」

「――あぁ、今回は俺の作戦勝ちってところだな」


 過剰強化(ビルドアップ)も解け最早指先一つ動かぬ身体。試合場に倒れる釣鬼は暫し仰向けのまま、慢心創痍の様子で自分を見下ろす烈震をぼんやりと見上げた後に言葉を零す。


 激突の瞬間――先に相手の身体に攻撃を当てたのは釣鬼であった。

 烈震の唯一無事だった胴体部分へと向けて放たれた矢の様な直突きは……胸骨を折らんばかりの衝撃を基点とした爆轟陣の衝撃で弾き返され、体勢を崩されたところにカウンターで渾身の一撃を受けてしまったのだ。


「まさか体中何処でも発動出来るたぁな。俺っちの想像力が欠けていたらしいや」

「悪いな。実はここ数日爺さんと相談して用意しておいた取って置きだったのさ」


 釣鬼が吸血鬼と化しているのは既に郷に入った初日に知られていた。故に大鬼公(オーガロード)にはまだ至らぬ烈震では、最終局面は間違いなく力押しに限界がきて釣鬼の速度に翻弄されるであろう事が予想されており―――


『――だからよう、お前は四肢の先でしか爆轟陣を使えないように思わせとけ。下手に任意で発動可なんて知られたらあいつのこった、こっちの奥の手すら初見で躱しかねんからのう』


 これがあの夜に轟鬼が烈震に授けた秘策であり、釣鬼に対する轟鬼なりの意趣返しでもあったのだ。


「どーぉぉぉおおじゃっ!!!ざまぁ見さらせ釣鬼めがっ、これでリベンジ達成じゃい!」

「うるっせえよクソジジイが!俺っちが負けたのは烈震であって手前ぇじゃねえからな!?リベンジっつぅなら手前ぇ本人がきやがれっ!!」

「ハハ~ン。儂の策が見事に決まったんじゃから儂の頭脳勝ちじゃろーが。悔しかったらホレ、今この場で受けて立つぞい?まーぁその怪我じゃあ動けねぇっていう体の良い言い訳もあるしのう、逃げても構わんぜ?」

「おぉよやってやらぁ!身体も碌に使いこなせねぇロートル程度なんざこの位のハンデがあった方が丁度良いってモンだっ!」


 またしても轟鬼の売り言葉に買い言葉。先程までのダメージなど何処吹く風とばかりに飛び起き、試合終了の合図を聞く事もなく轟鬼と乱闘を開始する釣鬼。


「――あ、失礼しましたっ★烈震選手の勝利!これにより闘技大祭ドゥージュ・ヤイバリーの優勝者は烈震選手となりますっ!」

「あそこまでボロボロになっといてもう動けんのかよ……とんでもねぇな吸血鬼ってのは」


 そんな釣鬼の様子を呆れた表情で眺めながらハクリコウによる勝ち名乗りを受け、手を上げて応える烈震。それを見た観客達は一瞬の沈黙の後に一気に沸き立ち、場には烈震コールが鳴り響いたのであった。


「む。こりゃもう儂らの乱闘なんざ誰も見とらんのう」

「……ここまでにしとくかぃ。それにしてもジジイ、この数日でやたら動きが良くなりやがったな」

「ふひひ。やっとこの身体の動かし方のコツが掴めてきたからな。近い内にお前にリベンジマッチを申し込んでやるわ」

「――けっ、言ってろ」


 轟鬼に対しそう吐き捨てた釣鬼は観客達へと手を振り応える烈震の下へ歩いていく。


「おぅ、ジジイの入れ知恵とは言え今回は俺っちの完敗だ……優勝おめでとさん」

「――あぁ、有難うよ!次はまた十年後ってとこか?」

「む……そうだな、次こそは俺っちが勝ってやるぜっ!」


 好敵手(ライバル)同士が再戦を誓い拳合わせをする。それを見た郷のオーガ達は更なる盛り上がりを見せ、秋の夜とは思えない程の熱気が渦巻き始めていた。




 ―――こうして闘技大祭は烈震の優勝により幕を閉じ、そして同時に傭兵の郷の新たな時代の幕開けを告げたのであった。

 ただのバトル物と化してしまった。まぁ今回は三界編と違って世界の危機とかなかったし、別に良いヨネ!

 次回、脳筋族編最終回。その後エピローグを挟んで、脳筋族編完結となります。章名どうしよ……。


 16/3/14追記:最終回ずれ込むかも。回収部分が多すぎたorz

        本日夜に前編投稿予定。

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