第144話 闘技大祭本戦 釣鬼vsクナイ
「それでは準決勝第二試合、始めぃっ☆」
何とも気が抜けるハクの掛け声を合図とし、準決勝戦の舞台が開幕する。
様子見もそこそこに挨拶代わりとして叩き付けるような釣鬼の右のハンマーナックルに、しかし涼しい顔で小太刀の柄を合わせあっさりと正面から受け止めるクナイ。そこから感じられる力強さはやはり、双果による事前の情報通り剛力の名にふさわしいものであった。
「どーもどーも。貴方さまが頼太どん達が言ってた釣鬼さんでやんすね」
「あ?頼太達、ってお前ぇあいつらと知り合いなんか?」
驚いた事に試合が始まった後だというのにも関わらず、にこやかな笑みを浮かべながら釣鬼へと話かけてくるクナイ。これには釣鬼の張り詰めていた気も少しばかり緩んでしまい、つい言葉を返してしまった。
「うーん、先程ちくと昼食を一緒に食べた仲と言いやすか。ぶっちゃけ次の試合まで暇だったんで、あちきの噂話に花を咲かせてた皆さんと御一緒させて貰いやしてなぁ。いや、皆さん賑やかな方達で」
「……あぁ、あいつらならやりそうだなオイ」
まさか双果を倒した本人であり、仲間である釣鬼の次の対戦相手でもあるクナイとそんな短時間で無駄に打ち解けてしまうとは。多方面の人物と相対する冒険者をやる上では有利に働くコミュ力ではあるが、たまには空気を読んで自重しても良いのではないかなどと、こうして話しながらも手合わせを続ける頭の片隅で愚痴ってしまう釣鬼であった。
「お二人共、一応試合中なんでお喋りに興じてないで真面目に戦って欲しいんですけどー!」
「おおっと、すまねぇな」
「やや、初々しさ溢れる可愛い芝居の審判さん。これでも一応あちき達は真面目なつもりでありんすよ?」
「なっ!?貴様何故それを……にゃんであたくしの物言いが芝居だとっ!?」
このようにして、未だ互いに小手調べとはいえ釣鬼を相手取りながらも他所を見て揶揄う余裕すらあるその様子に釣鬼の警戒心が再び頭をもたげ始める。
(――こいつぁ。双果の奴は相性だけじゃなしに、地力でも上をいかれていたと思ってかかった方が良さそうだな)
そして仕切り直したタイミングで気合いを入れ直すと共に、身体中に闘気を漲らせ半身の構えを取る釣鬼。
「うぉお!?こ、こりゃあとんでもねぇプレッシャーでありんすなぁ。こいつぁあちきも眼帯なんかで気取ってる場合じゃあらせん。そいではこちらも――てりゃっ!」
「……っ!」
以前三界で出会った当初のシェリーの例もあり、あるいは全盲の類かと考えていたクナイがあっさりと眼帯を外しその瞳を露わにする。それと共にクナイの右の瞳が蒼く光り始め……。
「この『鬼気』は……お前ぇ、何モンだ?」
「えぇええっ!?なんでこの郷でこれ見ていきなり殺気が跳ね上がってんすかあんさん!ちょっと頼太どん、お宅のパーティリーダー物騒過ぎじゃあらせんか!殺人鬼か何かですかぃこの人!?」
「何でそこで俺に振るんすかアンタ!?言うなら本人に言えよ!」
「だって正面切って言うにはちょっと怖すぎるじゃねぇですかこの人!あちきちょろっとお小水漏らしかけちゃいやしたよ!いたいけな女子にそんな羞恥プレイさせる趣味があるんでやんすかあんさんは!?」
狙っているのかそれとも素か。立ち合いの場でのこのシリアスブレイカーなやり取りに思わず肩がずり落ちてしまい、同時に殺気を雲散霧消させる釣鬼。取りあえずあのアホ弟子には後で再特訓用のスパルタメニューを組むとして、気を取り直しながら釣鬼は宣言する。
「まぁなんだ。試合での話で大人げねぇとは思うが、一応お前ぇは俺っちの妹分である双果の仇だからな。さっきの力と言い双果の攻撃を往なし続けたその業と言い、手加減をする余地は無ぇと見た。悪ぃが油断を見せる気はねぇぞ?」
「……やっちゃえ兄貴っ!」
そこに如何なる想いを込めたのか。絞り出す様な叫びを上げる双果の声を基点とし動き出す釣鬼――に一歩先んじて、クナイの小太刀による連撃が襲い掛かってきた。
その怒涛の勢いに対刃用の仕込みをした券鍔で一撃一撃を払い、弾き飛ばしながらも少しずつ押されていく釣鬼。やはり何よりも厄介なのはこの一見華奢にも見える小柄な体躯より生み出される、釣鬼にも打ち負けぬ鬼の膂力。見ればその貌からは先程迄の笑みが消え、釣鬼を見上げる形となる冷たい瞳からは蒼い光が零れ落ちていた。それはあたかも一筋の涙の様で―――
「――可愛い妹分でやんすなぁ。兄貴の背中に追い付こうとして、それでも中々追い付けず。けんども諦めるに諦めきれぬ、そんな所でありんすか?」
「………」
そんなクナイの猛攻の中、するりと護りをすり抜けて突き刺さる言葉。それに何かを穿たれた釣鬼は言葉無く連撃を捌き続けそして反撃に転じる。だが、やはりどこかに動揺はあったのだろう。普段の釣鬼では有り得ぬ事ではあるが些細なミスが連続し、遂には足を掬われてしまう。
業としては既に達人の域に達している釣鬼故その隙はごくごく微小であり……しかし相手もまたその釣鬼に迫るであろう域に達する者、この機を逃そう筈も無い。
それを迎え撃つ為に釣鬼は空中で体勢を立て直し、そして来るであろう追撃への準備を整えるが……。
―――それが殺気、あるいは闘気といった敵意に準じるモノを纏ってきたのであれば、幾ら体勢が崩れていようとも釣鬼ならば何らかの対処が出来た事だろう。
「「……なっ!?」」
「ん~。これが夢にまで見たにいさまの胸板ぁ……はぁぁ~おっきくて分厚くって、逞しいぃ」
だが次の瞬間観客達が目にしたのは、着地しようとする釣鬼を寸での所で両腕を広げ抱き留めて、そして直後その胸板に頬ずりを始めるクナイの姿であった。
「すりすりすり~……へでっ!?」
「いきなり何しやがるこの痴女が」
「ふぉおおおぉぉ……?」
慣れぬ事とは言え流石に好意とも受け取れるような行動を取った隙だらけの相手に本気で一撃を入れる訳にもいかず、仕方が無しにそのがら空きの頭頂部へときっつい拳骨をお見舞いするに留める釣鬼。
「おぉっとぉ!?ここでまさかの痴話喧嘩に突入っ★両選手、そういうのは特に若い身空の方々の目に毒なんでこんな試合会場で大っぴらにじゃなくってその辺の物陰とかで済ませちゃって下さいねっ!」
「釣鬼てめー!郷を出ただけじゃ飽き足らずそんな可愛い娘と宜しくやってるんじゃねー!」
「せめて双果かその子かどっちかに決めてからやりやがれっ!死ねハーレム野郎!」
「誰がハーレム野郎だ!?こいつとは初対面だし何の関係もねぇよ!」
ハクの無責任な扇動についに観客席の独身貴族達が爆発し、突如鳴り響く山の様なブーイング。釣鬼自身先程のクナイの衝撃発言を絶賛反芻中でもあり、正に混乱の極みであった。
「何の関係も無いとは、冬の寒風のように冷たいお人でありんすなぁ。あちきと兄様は、そこの妹分を名乗る女なんぞよりも余程強い縁で身体の奥底から結ばれているというのに、つれないお人ですん……」
「やっぱりてめーその子とデキてんじゃねーか!」
「爆発しろ!」
言葉では否定する釣鬼ではあったがその実心当たりは山程にあり、ある仮定を以ってそれは確信へと近付き始めていた。それこそ周りの観客達からのブーイングに答える余裕すら無くなる程度には。
見覚えのある業、見た目にそぐわぬ剛力、その片眼のみから漏れ出る鬼気……そして何よりも、クナイ自身の発する「兄様」という言葉。
「貴様等、黙って試合に興じんか」
「「はひっ!!!」」
「何か……最近当時の儂よりも貫禄ついてきたのう。迅突よ」
どこぞの親父の突き刺さるような怒気を孕む一言に、観客席の若いオーガ連中が一斉に縮こまり押し黙ってしまう。一部郷の外からきた賓客達がその怒気に中てられて泡を吹いていたりもしたが、それはさておくとして。
観客達が静まるのを見渡し確認した迅突は、平時の数割増しになったその鋭い視線を釣鬼そしてクナイへと向ける。片や何かを察し切羽詰まった様子で見返す釣鬼に対し、片や……へにゃっ、といった擬音が似合う崩れた笑みを浮かべながら迅突へと目一杯に手を振るクナイ。それを見る迅突の心中は、これ如何に。
「お前ぇ。まさか、俺っちの……」
「ふふふっ。余りにも愛らしいあちきの姿からじゃあ想像付きやせんでしたかぃ?兄様っ♪」
それだけを紡ぎ出すのが精一杯な釣鬼に対し、背伸びをして漸く釣鬼の胸元に頭が届こうかといった華奢な身体でその顔を見上げ、何処か憎めぬ悪戯っぽい笑みと共に左右虹彩の事なる瞳を見せ付けてくるクナイ。
この仕草に笑い方、間違いない。目の前のクナイを名乗る鬼の少女は、半大鬼族であった釣鬼の母、そして迅突の妻でもある紅新妻の娘である事を確信する。
「おまっ!お袋――あの戦争狂は今何処に居るっ!?まさかもう郷に入り込んでっ……」
「あははは!ご自分の母上をそう評ちまう辺りあんさんは間違いなくあちきの兄様でありんすねっ。だーいじょうぶですよ、兄様。母様は相変わらず何処かの戦場を渡り歩いてるんじゃあらせんか。あちきも半人半鬼になってからここ数年程は会っちゃいやせんし――さて、今はどの大陸に居るのやら~」
「……はぁ~っ」
クナイの言葉に心底安堵し深い息を吐く釣鬼。審査席の壇上では同じく迅突も机に突っ伏して活力の全てが持っていかれている様子。
「っかぁ~!あのじゃじゃ馬の娘かよ。そりゃ双果に勝ちもする訳だ、既に妖鬼に進化もしとるようじゃし、やっぱ紅新妻はこの郷でもとびっきりの逸材だったのう」
「アレは戦狂いなだけです……そうか、まだ生きていてくれたか」
愉快そうに呵々と笑う轟鬼に対し溜息を吐きながらも迅突は何処かほっとした表情で独り言つ。見れば釣鬼とクナイもし合いの手を止めこちらを眺めており、照れ隠しに睨み付けるも二人して笑い返される始末。
「……ええい、さっさと試合にケリを付けんかぁっ!モタモタしていたら双方失格にするぞっ!」
「うへ。権力を持った駄々っ子ってな、性質が悪ぃモンだな」
「そうでありんすなぁ。そんじゃま、父様への挨拶と兄様に甘えるのは試合が終わってからにするとして、そろそろ決着を付けるといたしんしょ」
「フン。随分な自信じゃねぇか?言っておくが、実の妹とは言え兵として試合に上がってきたんだ――手加減なんぞする気はねぇからな?」
言いながらも釣鬼はクナイの目に宿る純然たる戦いの意志を見い出していた。そこに肉親の情けを求める様な懦弱などは皆無であり、ただひたすらに漸く巡り合えた相手への想いのみ。
「おぉ怖い、流石あちきの兄様でありんすな……でも本当は後ろで見ている妹分の視線がちょっと病んできてるからって理由だったりしやせんかぃ?」
「兄貴……何その子?今更妹とかアタイを虚仮にしてんの?」
「………」
如何にも楽しそうな笑みを浮かべながら言うクナイに、一見静かな様子だがその実瞳孔が開きかけた真顔を向け問い詰める双果。この二人の問いかけに答えられない辺り、自覚はあったようだ。試合後の釣鬼の命運や如何に。
斯様にして本来の意味とは別の意味で荒れに荒れた準決勝戦ではあったが、今度こそ互いに思い残す事もなく開始線へと戻り、そして向き合って礼をする。
その本気を感じ取ったハクも今ばかりは芝居気を捨てて審判の立ち位置へと戻り―――
「それでは、いざ尋常に……始めィ!!!」
「――ふっ!」
「キェアッ!!!」
Scene:side 頼太
いやね。色んな意味で吃驚だわ。
クナイさんが釣鬼の実の妹だった事もだし。
二人の母親がこの郷ですら伝説……むしろ悪夢として語り継がれる戦闘狂だった事もだし。
何よりこの兄妹喧嘩、いや厳密には喧嘩じゃないけどさ―――
「――試合場、無くなっちゃったネ」
「……つか、いつまでやり合ってんだこいつ等」
「賓客の人達、皆もう試合会場から逃げ出しちゃったんだけど……」
そう、この戦闘狂の兄妹。出逢いの歓喜に満ち溢れていたのかそれとも単に戦いの熱に侵され過ぎたのかは分からないが、彼是一時間以上に亘り戦い続けていた。既に互いに疲れ果て息が上がっているというのにも関わらず、その表情は何とも晴れやかで……。
「楽しそうなのは良いんですけどっ!試合場を破壊しちゃうのは如何なものでしょうかっ★」
「お陰でハクさんも解説席に避難する羽目になっちゃいましたしねー」
「全く、この郷の連中はどいつもこいつも常識外れでな……ですねっ☆」
「師匠、もう誰も聞いてないし無理にバレバレなキャラ作らないでも……」
「……これも任務ですにゃんっ!」
―――ハクさんのこの健気な忠心に敬礼ッ!
やがて、周囲の面々に取っては迷惑極まりなくも二人にとっての愉しい時間は終わりを告げる事となる。
「はぁ、はぁ……愉しいですなぁ、強いですなぁ。兄様……」
「フゥ~、ハァー……おう。正直お前ぇがここまでやるとはな、俺っちもそろそろ限界が近くなってきたぜ」
「出来れば兄様の限界まで付き合いたかったんでやんすが。どうやら半人半鬼のこの身では、ここで時間切れのようでありんす」
「……いや、こんだけ長時間暴れ続けられりゃ十分だろ」
言うクナイさんの右の瞳はその蒼を失い、もう一方の瞳と同じ色と化していた。
いや本当さ。呆れの表情を作る釣鬼が言う通り、もし水晶鑑定に持久力なんてステータスがあれば文句無しにSランク付けられるレベルだろ、これ。
俺辺りなんかじゃ闘気を纏った釣鬼の砲撃の様な突撃中段突き、この一発目で瘴気の鎧ごとぶち抜かれてそのまま汚ねぇ花火になりそうだしな!当然避けられる気すらしねぇっす……。
クナイさんはそれを初見で避けてたし、その後も小太刀で凌いだり逆にカウンターで券鍔ごと腕を斬り落とそうとしたりとこれまた達人っぷりを見せ付けてくれていた。お陰で双方浅く無い傷を負い、漸くここに来て決着が付いたという訳だ。
釣鬼は左腕の半ばまで斬り裂かれ、クナイさんもやはりその時の衝撃で右腕を骨折し……その状態で更に十分以上も戦い続けてたから驚きだ。そら余波で試合場が砕けて使い物にならなくもなるのも無理は無いよな。
「およ、クナイ選手ギブアップでしょうか?……はい、それではここまでっ!準決勝第二試合、釣鬼選手の勝利ですっ☆」
そしてハクさんの勝ち名乗りにより決着が付き、それと同時に力無く倒れ込むクナイさんを無事な側の片腕で抱きかかえる釣鬼。うーん、絵になるなァ。
「くぅう~!兄貴の裏切者っ!!!」
「双果、元気出して……」
「元気はあるんじゃないかナァ?」
ふと横を見れば何処からか取り出したハンカチを噛みしめながら悔し泣きをしている双果。あっこれこの後修羅場確定だわ。
大体後の展開が予想出来てしまった俺は同じく差し迫る危険を感知したらしきピノピコを連れ、トイレ休憩を兼ねてとっととその場から逃げ出した。
―――グッバイ釣鬼、そして扶祢。君達の尊い犠牲を俺は忘れないっ!
でも忘れないだけ。お狐様はきっと一試合目で色々と燃え尽きちゃって元から無かった野生が完全に死滅中。




