第142話 闘技大祭・幕間-昼休み-
「――え。双果が負けたのか?」
「ウン。ホラ、あの眼帯付けてるサムライ居たじゃナイ?あの女に負けちゃっタ……」
「あぁあの和服衣装の人か。如何にも術とか使いそうな見た目だったんだけどな」
現在全ての第一試合が終わり、午後三時からの第二試合目へ向けた休憩時間となる。
概ねの予想通り釣鬼と烈震はそれぞれ順当に勝ち上がり、そして双果は……負けてしまったらしい。
相手のサムライは決勝進出した選手が一列に並んで紹介された時にちらっと見ただけだが、飾り気の無い真っ白な眼帯を両目に巻いて自身の視界を閉ざしているという特徴的な人で印象は強かったんだよな。そうか、双果負けちまったか……。
トーナメントの組み合わせから考えると一回勝てば次は釣鬼との試合という事で相当に入れ込んでいた分その反動は大きく、双果は今もショックで控室に閉じ籠ったままなのだという。
「双果はあの大斧持って出たんだろ?釣鬼以外の奴に負ける姿がちょっと想像出来ないんだけどな」
何しろ双果は無手で霊力ブースト無しのスパーリングでとは言え、あの扶祢に対して圧倒的な優勢で一本を取った程の実力者だ。スレスレの判定辺りで負けたのだろうか?
「ボクはそこまではっきりと見えた訳じゃないんだケド、全然相手になってなかったカナ」
ピノに詳しい話を聞てみると、相手のサムライは短いカタナ――恐らく小太刀と思われるが、それを両手に一本ずつ持ち斧では対処不可能な速度で縦横無尽に斬り付けまくっていたのだそうだ。通常、斧相手にそんな滅多切りな真似をしたら小太刀の方がもたないとは思うんだが……恐らく何らかの魔法武器の類なのだろう。
その後、斧を手放し徒手空拳に切り替えた双果ではあったが、今度は素手で刀を相手取るという無理な要求をされ――どうやら相性が絶対的に悪かったようだ。
それでも相当な時間を粘りはしたものの、徐々に消耗させられていき敗北を喫してしまったらしい。それはさぞかし悔しかった事だろうな。
「今はそっとしておくか」
「そだネ。それより頼太、血が足りてないでショ?レバー沢山買ってきたヨ」
「……この量を食えとおっしゃる?」
「ふふ~ン。ボクって気が利くよネ!」
見ればどこに買い置きをしていたのか、まだ湯気の上がる程度に暖かいレバー串が大皿に山盛り状態で用意されていた。これ、狂乱牛の肝臓だよな。一切れ一切れがでけえ!
「まぁ腹も減ってたし栄養欲しいのは間違いないからな。有難く頂くか」
「召し上がレ~」
……お、美味いなこれ。むっちゃ味が濃厚だし腸に染み渡るというか。
結局、大皿に盛られたレバー串を軽々と平らげてピノに呆れた目で見られてしまった。仕方無いじゃない、美味しかったんですもの!
「むふぅ。完・全・復・活っ!」
「ウンウン。やっぱり疲れた時は内臓を食べるに限るネ!」
食べてすぐここまで活力が回復するとは予想だにしなかった。しかし考えてみればこれも魔物に分類される肉だ、もしかしたら何らかの特殊効果でもあるんかね?
取りあえずそこの内臓食ってればだいたいご機嫌な肉食系幼女(*1)の言う事は置いといて。滋養強壮には最高だな、狂乱牛のレバー串。
「……頼太は良いよねぇ、そんなバクバク食べられて」
「んぐっ!?――や、やぁ扶祢さん。お加減いかが?」
復活ついでに砂肝と心臓のこりこりとした食感を楽しんでいたら、背後霊の如くおどろおどろしい声が頭上から流れてきた。驚きのあまり思わずむせ込んでしまう俺。
「誰かさんのお陰様で今は何も胃が受け付けなくってね~」
「そ、そうですか。それはご愁傷さまっす……」
「ナムナム。ボクの里の鱗粉飴なめル?」
「それってピノちゃんのお気に入りの保存食だったよね。良いの?」
おや、食いしん坊のピノにしちゃ珍しい。基本動物性たんぱく好きなピノだけどこの鱗粉飴だけはお気に入りのようで、時々一人でこっそり食べては幸せそうな顔をしてて今まで俺達には一粒もくれなかったのにな。
「そろそろこれも賞味期限がきちゃうからネェ。それに、デンスのエルフ村のカヒロが日本の和菓子輸入して再現するって意気込んでたカラ美味しい物の当てはあるシ~」
「そうなんだー。それじゃあちょっと頂こうかな?」
「いいヨー。頼太も一粒なめル?」
「どれどれ」
成程、他の美味い物ターゲットを既に見付けておったか。なら納得だな、という事でそのちょっと舌触りがざらっとした砂糖菓子っぽい飴を二人揃ってなめてみた。
「何これうんめえええっ!?」
「ピノちゃんずるい!今までこんな美味しいの独り占めしてたなんてっ」
「フフン。この鱗粉飴だけはボクの里の自慢ダヨ。でも、作ってから随分と時間が経っちゃってるし味も落ちてるんだよネェ」
これで味が落ちてるのかよ……作りたてのなんぞを味わったりしたら魂抜けるレベルじゃね?これ。
それと、驚いたのはこの味だけではなかった。元々この鱗粉飴、ある条件を満たした妖精蜻蛉という妖精の里の付近にいる魔物の鱗粉と各種果実を練り込んで作る薬用練り飴のような物らしい。
前に釣鬼が魔物の肉は基本食えたものじゃないって言ってたけど、踏破獣といい狂乱牛といい、最近こうした実食に耐えうる例ばかりを見ているし実は結構使える魔物産の食材ってありそうだよな。暇な時にそういうのを探してみるのもありかもしれんね。
「――お、居た居た。お前達、昼飯食いに行かないか?」
結局その後扶祢が栄養補給として物凄い勢いで止める間もなく鱗粉飴を食べ尽くし、ピノを愕然とさせてしまったタイミングで烈震がやってきた。
「あれ、烈震か。試合の準備の方は平気なのか?」
「ボクの飴……」
「あぁ、お前達が仲良く一回戦落ちしてくれたから決勝まで暇なんだよな。だから責任持って付き合いやがれっ」
あぁそうか。本来俺か扶祢のどちらか勝った方が烈震と準決勝で戦う事になっていたんだっけ。あの時は目先の扶祢戦への絶望感しか無かったから組み合わせとか殆ど記憶に残ってなかったんだよな。
「あはは、楽しみ奪っちゃってごめんなさい。私もピノちゃんの鱗粉飴のお陰で食欲湧いてきたし、お昼付き合おうかな」
「ボクの飴……」
「おうおう。飯は賑やかな方が美味いからな!」
「俺はさっきレバー串たらふく食っちまったから……思ったよりは腹、膨れてないな」
「ボクの飴……」
「よしっ決まりだ!……ところでこのちっこいの、さっきから何言ってるんだ?」
「いやその……ピノちゃん、ごめんね?」
食い物の恨みは恐ろしいって事ですな。まぁまたモツでも食わせとけばその内こいつの機嫌も直るだろ。
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試合会場に隣接した臨時レストラン内にて―――
「――しっかし、まさか双果がやられるとはな」
やはりメインの話題は双果の敗北についてだった。烈震はその身体の大きさに違わず大量の狂乱牛のステーキを喰らいながら浮かない顔で言葉を零していた。
「聞いた話だと完全に相性負けしてたみたいだけど、その相手ってそんなに速かったのか?」
「いや、単純な速度で言えば双果の方が上だったとは思う。だけど要所要所で巧い事力を往なされててなぁ」
まるで釣鬼みたいな奴だったぜ、と続ける烈震。
釣鬼に対する思い入れの強いこの烈震にそこまで言わせるとはな、その女サムライは相当な技術巧者という事か。双果は身に付けた体術技量が貴賓種のスペックにマッチしていたとはいえ、貴賓種になってから間もないからな。釣鬼はまだまだ身体を動きに慣らす余地が多いとも言っていたっけ。
ちなみに、話の引き合いに出された釣鬼は現在午後の試合に向けて瞑想中らしい。当初は俺達と一緒に昼飯にする予定だったのだが……双果の敗北は釣鬼にとっても予想外だったのだろうな。ピノによれば一言も話す様子は無く、どこか鬼気迫った表情をしていたらしい。
「あの出で立ちからすれば皇国のサムライなんだろうが、今の双果を圧倒出来る女サムライの話なんて聞いたことが無いんだよな。何者だ、あいつ?」
ワキツ皇国は江戸時代の日本さながらに封建制である事は先日ナタ君達から聞いた通りではあるが、同時に男尊女卑の傾向も強い。故にハクさんもあの様に頭巾を覆面代わりに顔に巻き付け声を押し殺す事で素性を隠していた訳だ。だから女のサムライという存在自体が珍しく、しかもそれが強者となれば地理的に皇国から近いこの郷にその噂位は入って来てもおかしくはない筈だ。
だが烈震のこの様子から分かる通り、どうやら完全に正体不明なダークホースだったらしい。だからこそ釣鬼も双果を下したそのサムライを最大限に警戒し、今もイメージトレーニングに耽っているのだろう。
「――もし。聞くにあちきの噂話をしているとお見受けしやしたが?」
「……え」
その後も俺達は女サムライの正体についてあれこれと想像を巡らせながら話し合っていたのだが、そこへ一人の人物がやってきた。そして不意にその予想外の人物から声をかけられ皆絶句してしまう。
「このあちき。力試しのつもりでこの大祭へと参加したものの、試合の合間が若干暇を持て余しておりやしてなぁ。ここで話題に挙げられたのも何かの縁、選手同士の誼で一つ御一緒させては頂けやせんですかい?」
その人物とは――つい先程の第一試合最終戦で激闘を繰り広げ、そして双果を制した件の女サムライその人だった。
*1:(物理)
性格的にも素養はあるかもしれませんが。




