第140話 闘技大祭・本戦開幕
いよいよ闘技大祭の決勝トーナメント当日がやってきた。
轟鬼の爺さんの煽りに乗せられた釣鬼が俺と扶祢、そして双果までを巻き込んで大祭への出場を決めてからというもの毎日を朝練警備試合警備と繰り返し……そして毎晩のように宴会をしていたこの七日間。
特に昨日の仲間内全員そして烈震も揃っての決勝トーナメント出場とハクリコウ率いるシノビ軍団の雇用記念を兼ねた祝賀会がもう酷いモンだったぜ……。
奇跡的に二日酔いにはならなかったようだが、昨日ばかりは酒の肴に事欠かなかったからな。例えば今目の前に居るような―――
「はぁ~い!皆さんおはよーございまーすっ☆ただ今より傭兵の郷主催闘技大祭『ドゥージュ・ヤイバリー』を開催致します!司会進行はこのあたくし、ハクちゃんでお送りしますにゃん☆」
―――ワァアアアアアアアッ!
「うっ、駄目……もう見てらいられませんっ……」
「くうっ……頭目、何て痛ましい御姿に」
そう。観客達の歓声上がる中、若干露出が高めなバニーガール風衣装を身に纏い、肉球グローブをつけた両手を無駄に高いテンションで振り回しながら試合場にてマイクパフォーマンスをしている猫人族。それは紛うこと無き、先日俺達が交渉をしそしてこの傭兵の郷の麾下に入った元シノビ軍団の長、ハクリコウその人であった。
よく見れば死んだ魚の様なハイライトの入らぬ瞳で台本通りにオーバーな振り付けをこなし、延々とハイテンションでの司会作業を進めるハクリコウさん。その付近には、運営委員会の警備服に身を包んだナタ君を始めとするシノビの配下達。
彼等は今も痛恨の極みとばかりに漢泣きをしながらも、周辺状況に目を光らせてお仕事を頑張っていらっしゃって―――
「――どうか、お前達に良心というものがまだ残っているならば、こんな私の穢された姿をこれ以上見ないでくれ……」
「「うおぉぉ、頭目ぅぅぅ!!!」」
作られた笑顔の仮面の陰から時折覗く感情の感じられない表情が力無く呟き、それを聞いてしまったシノビ軍団の面々は揃って慟哭を上げ血の涙を流し続けていた……。
「うーん。ちょっと空回り気味な気もするけど、吹っ切れてはいるのかな?ハクさーん、もっとにこやかさを全面に押し出してー!」
「……はーい!テヘ、笑顔が足りないってカントクに怒られちゃいました~★」
『ハクちゃん可愛いー!』
『今度デートしてくれー!!』
「……可哀想に」
「っすね……」
どこをどう見れば吹っ切れていると捉えられるのかは分からんけど、そんな哀しい空気を読もうともしないハクちゃん実況アナウンサー化計画の総監督より指示が飛び、己の中の葛藤を押し殺しながらもその指示を実行するハクリコウさん。
このハクリコウさん。元が中性的な美人なだけあって、このような衣装で動き回っても無駄な煽情を集めることも無く適度な色気を観客達に振りまいていた。その鍛え抜かれた身体によるメリハリの有る動きは軽やかで、今も俺達を始めとした選手観客双方の目を釘付けにするばかりだった。
だが、その胸中は如何許りか……。
「ふほほ。思った通りじゃわい。あの男好きする身体で脚線美を見せて媚びときゃ野郎なんざイチコロよぉ」
「うんうん。壇上でウケるやり方なら一通りのノウハウを持ってるからね、こういうのは私に任せといてっ!」
「扶祢ちゃん可愛いだけじゃなく分かってるのう。どうせなら扶祢ちゃんも司会業やりゃ良かったのによう」
「でも私は本戦だけじゃなくて警備のお仕事もあるからねぇ。残念だけどしょうがないよ」
「あぁ問題ねぇわい。ギルドにはしっかり仕事したって言っとくからよ。何なら今からでもやってきて良いんだぜ?」
「う。それはちょっとそそるかも」
取りあえず、この二人が主犯なのは間違いない。扶祢の奴、いつものジジイ殺しな笑顔で完全に轟鬼の爺さんをコロっといかせちゃったらしいんだよな。
それは昨夜の宴会中の事だった―――
「今のままじゃいまいち華がねぇとは思わんか?」
言い出しっぺは轟鬼の爺さん。
「いきなり何すかじーさま。このアタイを優勝賞品にしただけじゃ華が無いってあんまりな事言ってくれるじゃないの?」
「いや、儂の言いたいのはそういう事では無くてだなぁ……おい迅突よ」
「此度の大祭には周辺各国からも視察に来ている者が多いからな。叔父貴の言いたい華というのは実況の艶やかさという意味なのだろうよ」
あぁ、そういう事か。
そういえば三つの世界のサカミの大競技祭の時もユスティーナが張り切ってくれてたっけ。あれで要らん騒動を呼び込みもしたけれど、お陰で結果的には周囲の街や希少種族達へ対する良い宣伝になってたからなぁ。
今回の闘技大祭、正式名称ドゥージュ・ヤイバリーだったか。それにもそういった意味での華を用意して周辺各国へのアピールも狙いたいと、爺さん達は言いたい訳だ。
ドゥージュ・ヤイバリー。名前の意味は爺さん達も知らないようだけど、何でも大昔からこの郷に伝わる習わしの一つなのだそうだ。
「ドゥージュ・ヤイバリーか――我等の出身である皇国にもその名は伝わっている。最も、この郷のそれとは違いもっと小さな舞台での他流試合を差す事が多いようだが」
「ヘー……それってもしかして『道場破り』カナ?」
「「「おー!」」」
ピノの指摘に日本を知る俺等三人が揃って感嘆の声を上げる。この名前を聞いた時からどうもその響きに聞き覚えがあるような気はしていたのだが……それは言われるまで気付けなかったな。
「ほぉ~、この名前にゃそんな意味があったんかいな」
「元を正せば皇国は異邦人の英雄が興した国だったと伝えられているからな。長きの後にそういった呼び名の変化があったとしても不思議ではあるまい」
道場破りについて軽く説明してみたら皇国の歴史に詳しいハクリコウさんからも肯定をするような言葉が出てきたし、恐らくその意味で合っているんだろうな。
「ちゅう事で誰か――そうじゃな、試合に出ぬ者の中から可愛い娘っこでも一人選んで司会進行役をやらせたいのう」
「ふぅむ……」
試合に出ない者の中で、か。
爺さんの言葉にお互いの顔を見回し、一瞬ピノに視線が集中した後に皆揃って首を振る。
「何ダヨその失礼な態度!?」
「だってお前じゃちょっとなぁ……」
「ピノちゃんマスコットポジの二人目でなら良いけど、メインでやるにはちょっと色々、ねぇ?」
「ウググ。今ばかりは可憐過ぎるこの身が恨めしいヨ」
そんな自意識過剰発言をし始めるちんまい子は横に置いといてだ。それにピノを司会に据えたりしたら何言い出すか分からないからな。お客さん方もいる中での大事な役目を任せるには一抹の不安があるというものだ。
通常のオーガの娘達の中にも可愛いと言える子も居るには居るが、落ち着いて司会進行が出来るかと言えば、なァ……。
その後少しばかり皆の視線が宴会場の中を探る様に巡り、そして辿り着いたのは―――
「……何だ?」
「――よぉ、ハクリコウの嬢ちゃんよ」
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といった流れで嫌がるハクリコウさんのトレードマークでもあった覆面代わりの頭巾を無理矢理外し、真っ先にその企画に飛び乗った扶祢によるコーディネイトが始まってしまった。
この人って普段の話し方が硬い感じで声も抑え気味だからもっと齢いってるのかと思ってたけど、こうして見ると俺達とそう変わらないのな。これは良い仕上がりが期待出来そうだ。
「……屈辱だ」
「ハクさん元は良い素材してるんだし絶対映えますって!欠けちゃった側の耳はここをこうして……はいっ、両猫耳の出来上がり~」
―――おぉ!
そして扶祢の手により付け耳をしたり別室から引っ張り出してきた化粧品を使ったりと軽い下拵えを終え、羞恥に顔を染めたハクさんが皆の前に姿を見せると同時に上がる歓声。
「うむ、これなら十分に華と言えるな」
「し、師匠……綺麗です」
「なっ!?ば、ばっか野郎!ナタ、お前まで何寝惚けた事を言っているのだ!」
ナタ君なんかハクさんのその変わりっぷりに完全に見惚れちゃってたし、ハクさんはの様子を見て更に顔を紅くしながらもう涙目になっちゃってね。
「お前達の現雇用主であるこの郷の運営委員長、迅突の名に於いて命ずる。ハクリコウよ、その外見を使い見事に大祭の司会進行を務めあげるがいい」
「ぐっ……下知、承りました」
こうして、大祭進行用実況猫耳ナレーター「ハクちゃん」がここに誕生したのでありました。尚、語尾については現在キャラ付けがブレブレ中で変更の可能性が高いとのことらしい。
「え~、それではですねぇ。この傭兵の郷の前族長である轟鬼の爺さま……は既にべろんべろんに酔っぱらっていらっしゃるようなので、郷の運営委員長である迅突さまより御挨拶があるにゃん☆」
「ぬぁにぉー?儂ぁまだまだイケるわーい!」
「郷の恥になるんで朝っぱらから酒かっ喰らってるロートルはとっとと引っ込んじゃって下さいにゃ!あたくしだってつい昨夜この大役を仰せつかったばかりで酔いどれジジイの相手する余裕なんてまだにゃいんですしっ」
―――ワハハハハッ。
あぁ……ハクさんもうヤケになってるな。さっきまで死んでた目が完全にやる気になっちゃって物凄い勢いでマシンガントークを始めちゃってるよ。
ともあれ、場面は大祭の最高責任者でもある迅突さんの挨拶へと移る。
「まずはこの大祭に参加して貰った全ての出場者達に礼を。お前達のお陰で此度の大祭も大いに盛り上がる事が出来た。この大祭は一応の名目としては次期族長を選出する儀となってはいるが、凡そ百年振りのお祭り騒ぎの決勝だ。今日ばかりは俺も細かい事は言わん、観客の方々も共々大いに楽しもうではないか」
うん、お祭り騒ぎね。思えばここ一週間、皆楽しそうにこの日に向けて準備をしていたよな。迅突さん自身にもその想いはあったのだろう、いつものしかめっ面も鳴りを潜め何処となく楽しげな表情だ。
「それではこんな日にまで長話を聞きたい者も居ないだろうからな、俺の挨拶は以上とする――決勝に勝ち上がった八名の選手達よ、全力を尽くし、そしてこの大祭を成功に導いてみせよっ!」
「おっしゃあっ!」
「やってやるのだわ!」
「さぁて、楽しい祭りの開始といくかぃ」
皆、口々に気合いの現れを表し差し出された箱からくじを引き始める。なんたってこの決勝戦トーナメント、四位に入っただけで賞金10万イェンが貰えるからな!しかもダブルノックアウト有りで、その場合次の試合で不戦勝となった上位に空位の分の賞金が追加ストックされるという生き残り仕様。状況次第で準優勝や三位でも相当な賞金が手に入るのでやる気も更に出ようってモンだ。
俺、扶祢、釣鬼、双果、そして烈震と身内だけで決勝に五人も残っているので引きの運は必要だけど、それでも一回でも勝てば10万イェン、ぶっちゃけ下手な依頼一回分の人数割りよりも余程割の良い仕事だよな!
「イーナー。もう警備の仕事もシノビ達が居ればそんなに気にしなくても良いシ、ボクも出れば良かったヨ」
ピノがそんな事を言っていたけどとんでもない。確かにこの大祭じゃ魔法の使用も許可されてはいるが、それでも決勝に勝ち上がった面子全員直接戦闘系という結果が示す通り、この15m四方の試合場では魔法使いには不利だからな。耐久に難のあるピノだと脳筋族達の攻撃をまともに喰らったらちょっと怖いと思うぞ?
……それに、ピノが出たら俺の勝率更に下がるしネ。
開幕直後に試合場全体に超上昇気流なんてかけられた日にはそれだけで墜落死しちゃう自信があるわ。
求ム、空を舞ったり出来る術。
「――はいっ、組み合わせが決定したので発表いたしますっ!」
お、いよいよか。一戦目は出来れば勝てそうな相手に当たりますように……せめて釣鬼と烈震にだけは当たりませんように!10万イェン、欲しいっす!
「それではっ!第一試合、扶祢選手vs頼太選手!壇上に出て来いやっ☆」
「――おっふ」
そういえば決勝からは魔法もだけど武器も解禁されてたよね……終わったな、俺の10万イェン。
ふと隣を見てみれば、あの夏の夜を彷彿とさせるイっちゃった目付きになったお狐さまが既に膨大な霊気を垂れ流しながら、何とも愉しそうな嗤い貌をこちらに向けていた―――
次回、すぷらったー。かもしれない。




