第014話 惨劇の―――
翌朝、冒険者ギルドヘイホー支部カウンター前―――
「はい、それではこちらが皆さんのギルドカードとなりますね」
相変わらず込み合う朝一番を避け、冒険者達が粗方出払った後の閑散としたギルド内で、俺達はサリナさんからギルドカードを受け取った。
「まずは各自記載内容の確認からお願い致します」
「どれどれ」
まずは手元にある俺のギルドカードから紹介していこう。
名前:陽傘 頼太
種族:人族
年齢:18
筋力:C 敏捷:B
耐久:B- 器用:C
精神:C 神秘力:D[魔]
スキル:体術B+ 探索D 罠感知E 調教術C 神秘力感知D
固有スキル:悪足掻きD
[危機に陥った時の精神判定にボーナス、生命の危機に関する
物理判定全般に弱ボーナス]
忠犬の忠誠A
[加護の一種、生前の愛犬の忠誠が死後も飼い主を護り続け、
犬科の生物へのコミュニケーション判定にボーナス。
ただし知能の高い対象に対してはこの限りではない]
「良かった…セクハラCが消えてた……」
「残念ですわ。そのまま付けておけば面白そうでしたのに」
「面白さなんて要りませんから!?当たり障りのないのが一番!」
「事務担当の権限って怖いわね~」
「昨日は本当に記載内容に入ってたからな」
「がっかりさんとか言ってごめんなさい、その辺の湖の底よりは深く反省していますんで……」
まぁ一部揉めた部分はあるものの、種族の後ろの異世界人の記載が消えたのみである。他は特に隠すような事も無い平凡なステータス情報だよな。
それではお次、応接室爆破事件の容疑者その一、扶祢。
名前:薄野 扶祢
種族:狐人族
年齢:18
筋力:B 敏捷:A
耐久:B- 器用:B
精神:A 神秘力:E-[魔]/A[精霊力]
スキル:槍術A+ 体術B 探索C 霊術A 追跡E 料理C 神秘力感知A
固有スキル:コスプレC
[変装時その存在を演じきる事で対認識判定にボーナス]
平和ボケC
[戦闘時や危機的状況以外精神判定にペナルティ。
精神が-2ランク扱いになる]
野生E-
[飼い猫の方がマシなレベル、もしかしたら探索や追跡に第六感が
働くことがあるかもしれない]
霊力S
[異界の神秘、神力の亜種に相当?]
先祖帰りB
[異界妖と言われる妖狐の先祖帰り。神秘力感知+1ランク、
霊力+2ランク、霊力の強さに応じて尾の本数が増える]
「これは見事な表記詐欺」
「怪しげな部分を全部先祖帰りで誤魔化してみましたわ。如何でしょうか」
「うん。上三つの固有スキルの個性が光ってて良い感じに埋もれてんじゃねぇか?」
「……複雑な気分なのだわ」
結局表向きは先祖帰りで押し通すことにしたらしい。それにしても見事な改竄っぷりだよなぁ。
「ところで、事情が事情とは言えこんな改竄しちゃって後で不味い事になったりしませんかね?」
「今回ばかりは仕方がありませんわ……通常でしたらギルド職員の誇りにかけてもこのような事は認めませんけれど」
思わず小声で聞いてしまった俺に対して律儀に小声で返すサリナさん。こういう事らしいね。流石は爆破事件の容疑者その二、隠蔽工作は完璧だぜ!
一応これで扶祢にまつわる騒動は一先ず終息したのであった。
それではラスト。我等がパーティリーダー、フィジカルモンスター釣鬼。
名前:釣鬼
種族:オーガ
年齢:54
筋力:A- 敏捷:B
耐久:A 器用:C
精神:B+ 神秘力:D[魔]
スキル:体術S 棒術B 投擲B 探索B 追跡B 罠感知C 釣りS 料理D
固有スキル:体力回復速度上昇C
治癒速度上昇D
剛力A
[筋力値1ランクアップ]
食いしばりC
[痛覚によるマイナス補正の軽減、気絶耐性に強ボーナス]
「釣鬼も元々の()以外は特記事項も無しだな」
「暗器術は分かるけど隠密はセールスポイントになるんじゃない?」
「隠密位は出してもよかったのかもしれねぇが。どっちもオーガが持つにはちと不穏だし、暗器術との関連を疑われても面倒だから一応な」
「成程、無難ですわね」
どうやらこの二つは戦場での経験により身に付いてしまった、あまり表に出したくないスキルらしいな。考えてみれば身長2mを超す巨体が気配も無く死角に忍び寄り暗器でサクッと殺っちゃいます、なんてアピールされても無駄に警戒されるだけだもんな。
さて、これで手続きは終わりとなるが、最後に一つサリナさんへと確認をしなければならない事がある。
「えっとサリナさん、扶祢の事情についてですけれども……」
「はい、この話は以降一切口外しませんわ。口約束だけでは不安だとは思いますが、どうかこのサリナめを信用していただきたく存じます」
俺の言葉に皆まで言わせず、そう断言するサリナさん。まだまだ人生経験の浅い俺達にはその瞳に宿る光の真贋を見抜くに至らないが、経緯が経緯だ。今はこの人を信じるという選択肢しか無かった。
「あんた程の達人がわざわざ改竄にまで付き合ってくれたんだ、一先ずという言い方しか出来ないのが残念だがよ。信じるさ、な?」
「――うん、サリナさん有難うございますっ」
「さっすがリーダー、俺の言えることが無くなっちまったぜ」
「年季の差だな、頑張れよ」
「ふふっ、頼太も。昨日はありがとね」
「……おう」
―――このはにかみ顔による不意打ちでクリティカルダメージを受けちまった俺がいる……くっ、こんな空気は俺には似合わんぜっ。
「うふふ、頼太さんも顔が真っ赤になってしまいましたし、そろそろ開放してあげましょうか。それでは依頼の選別に参りますね」
「ちくせう……」
場の大半からニヤニヤとした生暖かい視線を向けられ内心悶える俺だけど、ここは気を取り直して依頼受注パートだ!
「さぁて、最初は何が良いかねえ」
「うーん。釣鬼さん方のパーティは単純な戦闘力の面では初心者どころか上級者並ですし……まずは戦闘の危険が高めで、かつ探索と採取という冒険者の基本を満たせるものが報酬的にも経験を得る上でも宜しいのではないでしょうか」
「ふむふむ。借金の返済もあるしね」
出来上がったばかりの俺達の資料を見ながらサリナさんがそんな方針を勧めてくれた。比較的総合難度が高く、その割には地味な依頼だから朝一の依頼争奪戦でも対象外になり易いという理由らしいね。
「ただこの付近ですと、条件に見合うのは遺都ヘイジョウの中級者エリアになってしまうのですよね」
「げ、あそこかよ……」
その言葉に釣鬼とサリナさんが何故か溜息を吐いていた。何か行くとまずい理由でもあるんかな?
ここで少しばかり遺都ヘイジョウについて解説をする事としよう。
遺都ヘイジョウ―――
嘗てはサナダン公国の大半を占める大平原の交易の要所として数百年前に栄えた都市の一つ。当時は大陸各地よりの様々な技術と富が流れ込み、かなりの隆盛を誇った場所だったのだそうだ。
しかしある事件を切っ掛けに都市が半壊してしまい、その後は廃都として打ち棄てられてしまう。その後色々なモノが棲み付き、また遺跡荒らしの類が蔓延り、それでもまだ最深部にまでは到達出来た者が数える程しかいないというオカルティズム満載な地上型半ダンジョンと化したのだという。
ちなみにその事件について公式の見解は未だ出されておらず、都市の上空で何かが爆発したのだとか、某国の戦略級大規模魔法の実験台になったのだとか、はたまたマッドな魔導師の怪しげな儀式が失敗し大悪魔が降臨して破滅したのだとか噂の域を出ていないようだ。
ある異邦人の研究チーム曰くデータが古すぎてはっきりとはしないが、周辺の破壊の痕跡と採取された金属成分等の調査により隕石が落ちてきた可能性がある事が判明したらしい。
この世界に隕石の概念が有った事にも驚きだが、とするとこの世界も宇宙上にあるどこかの星の一つという可能性があるのか。そういえば太陽も月も地球と同じで一つだったからその辺全く気にしてなかったな。
そういったいわく付きな場所ではあるのだが、目に見えた形での不都合がある訳でもなく、聞いた話ではあくまでよくあるタイプの巨大な都市址なのだとか。だから俺達にはこの二人がここまで浮かぬ顔をする理由を想像すら出来ず、頭の上に疑問符を浮かべながら首を傾げてしまう。
「そのヘイジョウ、ってどんな所なんだ?てか中級者エリア、って」
「私達、冒険者としては入門手続きが終わったばかりなんですけど……」
「戦闘が全てという訳ではないのですけれども。遺都ヘイジョウの中級者エリアは魔物や棲み付いた原生生物が多く、戦闘の危険が比較的高いという意味での難易度なのですよね。ですので皆さんでしたらそう大きな危険は無いと思いますし、探索や採取に慣れるには手頃な場所なのですが……」
「何か問題でもあるんです?」
そこまで説明した後に言い淀んでしまうサリナさん。何だろうねさっきから?
そんな語尾を濁らすサリナさんの様子を見て、そろそろ互いの疑問符がデュエットをし始めていた俺と扶祢に答えてくれたのは釣鬼だった。
「あそこなぁ、初心者の育成には手頃だからって事で相当数の冒険者が入り浸ってるんだよ」
「うん?」
「ええ。結果、遺都内部ではかなりの範囲に亘り原住生物よりも入り込んだ冒険者の総数の方が多くなってしまっている現状でして」
「……あー」
「芋洗い状態か」
「ですわねぇ」
サリナさんの補足でようやく合点のいった俺と扶祢。それは確かにあまりお世話になりたくない場所だよなぁ。サリナさんが言い辛そうにしていたのも分かるというものだ。
「俺っちも前に野暮用であそこに行った事があるんだがよ。育成に来てた初心者に魔物と勘違いされて大騒ぎになっちまってなぁ……」
「お話は伺っております……その節は大変失礼致しました」
「いや、俺っちもやりすぎちまったから仕方ねぇ」
「何やらかしたリーダー」
突っ込んで聞いてみるとこんな状況だったらしい。
当時は丁度初心者の登録が多く、基本も知らぬ連中を野放しには出来ぬとギルドを挙げてひよっ子達を引率して実地訓練をした事があったのだそうだ。そしてそこにたまたま鉢合わせた釣鬼を見て以下のような騒動になったらしい。
まず初心者の一団が大騒ぎ
↓
早とちりで襲い掛かってくるひよっ子達
↓
軽くあしらうも今度は引率の中級者達十数名が暴漢と間違えたかリベンジトライ
↓
中級者達に数で押されると流石の釣鬼も手加減をし辛く晴れて全員全治数か月
↓
クレームを付けに行こうと釣鬼がヘイホー支部に向かうと、そこには緊急調査依頼で招集された完全武装の上級者の方々が。
流石に上級者ともなるとアホな勘違いをする者も居なかったようだが、当時の中級以下の冒険者達には「惨劇のレッドオーガ」と寝惚けた二つ名で呼ばれ大層恐れられたという。
「レッドって血の色ってことかね?」
「それならブラッドかクリムゾンの方が似合いそうだけど」
「聞くな。言うな。耳にしたくもねぇ……」
「重ねてお詫び申し上げますわ……」
ちゃんちゃん。
結局ヘイジョウはまたの機会があればという事になり、依頼の束を四人で漁ること三十分。
「……何かあったかー?」
「碌なのが無いー、就職浪人になっちゃった気分なんだけどー」
「うちの猫を探して、ってこれ二月も前のじゃねぇか……」
「考えてみれば、そう簡単に見つかる依頼でしたら朝一で持っていかれてますわよねぇ」
うーん、参った。依頼なんて用意されていて当たり前のものだとばかり思っていたぜ……こういう部分は世界は違えどある意味現代社会と変わらない競争という訳か。
「もう今回は報酬少なくても良いからさ。経験優先にしない?」
「そうですわね。こちらもまた日を置いて条件の良さそうな依頼を確保しておきますので、今回はその方向でいきましょうか」
「しょうがねぇな、道中鍛えがてら冒険者の基本を踏襲していくか」
「うぃーっす」
結局扶祢が真っ先に根を上げて妥協し始めたのをきっかけに少しは現実を見て条件を緩め探す事にする。
「では、こちらの依頼は如何でしょうか?」
そんな俺達の話し合いを聞きながらも同じく依頼書の束を漁っていたサリナさんは、ふと一つの依頼書に目を留めてそれを手に取り勧めてきた。
ようやく初依頼へ。