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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第七章 脳筋族と愉快な仲間達 編
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第132話 脳筋族の花嫁①

「だからよ、俺っちにゃもう族長候補に名乗りを上げる資格が無ぇ」


 やはり平然とした顔で戻ってきた鬼二人。それを出迎えた釣鬼は何処か気まずげな様子で、嘗ての師そして共に業を練りあげた同門の兄弟分へと頭を下げる。

 釣鬼としても生まれ育ったこの故郷、その一大祭事とくれば族長職云々はさておいてもその賑やかしの一端を受け持ちたくはあったのだろう。しかし今の釣鬼では一族の代表の一人として参加をする事は出来ない。そのもどかしさ、心中は察するに余りあり―――


「それならしょうがねぇのう」

「爺さん!?」

「お前が大祭に出ねぇとなるとちと盛り上がりに欠けっちまうがよ、まぁそれなら烈震が順当に勝ち上がって新族長に決定っちゅう所じゃな」

「ちっ……俺はこれまで何のために、戦場を渡り歩いてきたんだよ」

「……済まねぇな、烈震」


 今の釣鬼の本性は既にオーガですらない鬼の系譜。貴賓種(ノーブル)という系統種を経て、更にその先の可能性を切り拓けたのは素直に喜ばしい事ではある。だがそれでも、この郷を出自とする者としては素直に喜べない部分もある、か。人の心情とはかくも難しいものだ。


「う~む、だがこのままじゃ本気で盛り上がりに欠けるわい……どうすっかのう」


 不意の沈黙が降りてしまった間を取り持つように、そうぽつりと零す。そのまま腕組みいまいち締まらない渋面を見せ、ぶつぶつと何やら呟き始める。そんな爺さんではあったが、屋敷の間を泳ぐ視線は気付けばとある一点へと留まり、やけに愉しげな厭らしい顔を形作る。

 良からぬ企みを肚に抱えるその表情。とても自身の孫に向けるものとは思えない好色そうな笑みを浮かべながら、遠慮無しにその肢体の隅々までを舐めまわす様な視線を這わせていた。


「……なんすかじーさま。いきなりそんな厭らしい目付きでアタイを見て」

「くっひっひ。これならば釣鬼の奴が抜けた穴も十分補って盛り上がるわい」

「「あっ」」


 そう、実に愉しげに顔を歪める轟鬼の爺さん。それの表情を見た時点で不覚にも、創作読み物の類などでありがちな展開を察してしまった俺達地球組。声もハモらせ察してしまう。


「双果よ、お前は此度の優勝賞品じゃ!」

「へっ?」

「ああ~、やっぱりぃ」


 理解出来ていない様子で抜けた合の手を入れる双果の横では、ある種の期待さえ込めた素振りで扶祢が黄色い声を上げる。押さえた掌の下ではその形の良い口の端をにやけさせ、そして俺はと言えば予想外に悪辣な爺さんの思惑に慄きながらもやはり大いに納得をしてしまう。このクソエロジジイ、何つぅ碌でもねぇサプライズを考えつきやがるっ!


「次代を担う族長選定の儀である此度の闘技大祭。優勝者には次期族長たる栄誉と、そしてその伴侶として先代族長である儂の麗しき孫、双果を与えることとする!尚、これは先代族長としての後任の選出権限による指定であり、覆す事まかりならんっ!」

「はぁああああ~っ!?」


 ―――ブチッ。


 うん、やはりそうなってしまうよな。双果の上げる驚愕の絶叫の影では何かが切れたかの様な、致命的なまでの嫌な予感漲る破滅の音。

 見れば危機察知能力極高をマークする生意気幼女は既に弟分共々、座敷入口の側へと退避完了。対照的に場違いなタップダンスを踊り出しかねない様子ではち切れんばかりの乙女回路を晒すお狐様はといえば、そわそわと落ち着かない様子を見せながらに耳をぴくぴく尻尾もわさわさ。止めようにも時既に遅しというやつだ。

 俺?はっは御冗談を。既に大勢が決した絶望的状況で、この凡人にどう場を取り持てと?来るべき巻き添えに備え、ひたすら背景への同化を試みている真っ最中でございますって。


「確かに俺っちは郷の代表としちゃ出られはしねぇがよ。族長選定の資格に関わらず出られるゲスト枠が幾つかあったよなぁ……時代錯誤極まる阿呆な事を言うクソジジイに、久々にお灸を据えてやるとするかぃ」

「くひひひっ。そぉじゃなあ、ゲストが優勝すれば確かにこの取り決めは無効となりはするがのう。未だに過去の心の傷に引き摺られ、そんな腑抜けた風体になっちまったお前にさて。果たしてそんな根性が発揮出来るもんかのう?」


 デンスの森へと訪れた際に目の当たりにした、双果と甲鎧竜との戦いの足跡。あの時に見せた強張った貌に再会を果たした時の心底ほっとしたような表情。その後のやり取りこそそっけないものではあったものの、何だかんだで釣鬼だって妹分を大事に想う心はあるだろう。

 そしてこんな男尊女卑の極みである閉ざされた掟を押し付けてくる爺さんの態度に時代錯誤を感じるのは同意だが、妹分を護ろうとするばかりにまんまと爺さんの確信犯とも言えよう思惑に見事に義憤を煽られてしまっていた。


「やってやろうじゃねぇか……頼太、扶祢、お前ぇ等も出るぞ!こんなジジイの仕切るふざけた大祭なんざ、あの時の掟と同じくぶち壊してやらぁっ!」

「ちょっ」

「ええっ!?ちょっと釣鬼、警備の依頼はどうすんのよ!」

「万が一に備えてピノに警備させておけばいけんだろ、試合の間は任せらぁ!」

「エ~、ボクも試合観戦したいのにナー」


 うむ、駄目だこれ。先生ったら完全に頭に血が上っていらっしゃる。

 現在は急激な身体の変化に付いていけずに振り回されてしまっている轟鬼の爺さんだが、一方で二百年近くも生き続けた経験を基にした洞察力そして人心掌握術は健在だ。釣鬼は既に引くに引けない心情がありありと浮かんでいるし、烈震は烈震で長年の念願であった釣鬼との再戦が叶うと見て歓びこそすれど止めるつもりは一切見られない。


「アタイも出るさ!自分の婿位自分で決めるっ、爺さんの道具になんかなってたまるかっ!!」

「ふっ。俺は釣鬼とまたやり合えるなら別に族長なんざどうでも良いんだがな」


 しまいには双果まで売り言葉に買い言葉。いつの間にやらやる気に満ち溢れていたその様は、見た目が少々変わろうとやはりこいつらが脳筋族である事を否応なしに印象付けてくれる。つまりはただ働き同然なこの割に合わない警備の依頼に加え、大祭への参加選手としてのハードワーキングまでもが追加されてしまった事実。いち早くそれを察してしまった今の俺は、さてどんなどん底を覗き込んだかな貌をしていることか。


「ええのうええのう。やっぱ大祭は盛り上がらなくちゃ面白くねぇからな」

「……こンの糞爺っ!」

「はぶあっ!?い、いきなり何しよるか小僧っ!」

「自分の胸に手を当てて省みやがれっ!」

「うむ?――はて、何か悪い事でもしたかのう?」


 自覚が無いんだか惚けてるのか、本当に胸に手を当てて頭に疑問符を浮かべ続ける轟鬼の爺さん。釣鬼が爺さんではなくジジイ呼ばわりする理由が良く分かった気がするぜ……。

 こうしてピノを覗く俺達三人、それに加えて双果もゲスト枠としての闘技大祭へのエントリーをする事となった。早速この郷を執り仕切る運営委員会へと俺達の急遽参戦が通告され、後日改めて大祭の正式日時が決定する事となる。

 結局その後もヒートアップしてしまった釣鬼先生、爺さんに煽りに煽られて証文にサインまでしてしまったし後戻りは出来ないな、こりゃ。先生ったら既に今からやる気に満ち溢れちゃってて明日から俺等、地獄の朝練開始です。

 今回の依頼、昇級試験を兼ねてるって絶対忘れてるよな、こいつ……。








「――まずは減点一、と。しかしあいつ等にも問題点はあるが轟鬼の爺さん、ちょっとはしゃぎ過ぎだよなぁ。本来の依頼内容が隅に置かれるような事をされちまうと対応が面倒なんだがな……最悪追試も考えておくか」


 傭兵の郷、運営委員会。その名の通り、前族長である轟鬼の引退に伴い後任が決定するまでの間暫定的に設置された、諸々の行事運営を執り仕切る委員会だ。

 その委員会が設置された本部内では轟鬼の屋敷よりの遣いから大祭の概要が簡潔に記載された文書を手渡され、その内容を確認した男が渋い顔をしながらそんな愚痴を零していた。


「またあの叔父貴の無茶振りか。監察官殿にはご苦労をかけるな」

「全くだ。次期族長は是非とも、その辺りの気配りが出来る人物になって貰いたいものだぜ……」


 男の横に立つは齢の頃は老齢に差し掛かるかどうかといった小柄なオーガ。とはいえあくまでオーガの基準としては小柄、であり身長2m近くにも達しようかといったその長身痩躯からは、見た目以上に積み重ねられた凄味を感じさせられる。

 齢相応に落ち着き払った表情。それが不意に苦虫を噛み潰したような形に歪み、どこか呆れた風な息を漏らす。


「あの馬鹿息子が今や冒険者ギルドでは期待の新星とは。おまけに劣化種堕ちをしておいて未だ大祭に出ようなどとは思いもしなかったな」

「そこについてはあの爺さんが炊き付けたって話だぞ。それに実際、あいつの戦闘面や斥候としての実力は周囲の現役達と比べても頭抜けているとの報告が元担当から上げられている。そこまで卑下する事もないと思うがな」

「……当時の俺は劣化種堕ちする以前で戦場を駆け巡っていたからな。叔父貴や烈震などから伝え聞くのみでは到底納得がいこう筈もない」

「そうかい、そりゃ難儀なこって」


 その言葉を最後に私的なやり取りは鳴りを潜め、以降は業務連絡の声のみが運営室内を飛び交い始める。

 先にも触れた通り、この委員会が管理するのは闘技大祭の運営だけではない。三国の国境に跨る立地上、周辺国家の動向の把握は欠かせぬものであるし、また郷へ入り込んで来る害獣の定期的な駆除、果ては各方面に派遣された傭兵達へのサポートや財源管理等々、やるべき事挙げていけば切りがない。そういった煩雑な下処理や計画の実行といった、郷の意志決定に関わる殆どを受け持つのがこの運営委員会なのだ。


「まずは闘技大祭については日程も決まり一息といったところか。問題は皇国の動向だな――どうやらどこぞの領の斥候隊がこの山の周囲に出没しているらしい。冒険者ギルド(ウチ)の諜報連中からご丁寧にも護法文書が送られて来たぜ。ほれ」

「……やはり、叔父貴の件で彼の国が動き出したという事か」


 護法文書――主に機密性の高い文書の連絡手段としては最も多く使われているであろう、使い切りの使い魔の類だ。ある種の魔道的儀式により特殊な加工を施された紙へと連絡事項を書き込み、個別のキーワードを盛り込む事により、目的地までの刷り込み(インプリティング)をした使い魔へと文書自体が変化をして飛んでいく、いわゆる伝書鳩の役割を果たす品。

 伝書鳩との最大の違いは使い魔自体に最低限の自衛機能と判別機能を持たせる事により、指定の相手以外に捕獲をされた時点で自己の消滅を以て秘匿事項を厳守するところにある。中には術者の意向により周囲を巻き込んで自爆をするという厄介極まりない術法が盛り込まれる代物もあり、護法文書へ無闇に手をかけるならばその送付先に押し入る方がまし、とまで喩えられている程だ。

 それ程の隠匿性の高い機能により様々な用途で活躍が見込める術法ではあるが、それ故に作成難度もまた高く、作成を可能とする者の人材は常に不足しているとも言われている。そのため各国の諜報部では資質のある人材の発掘が常に行われ、敵対する諜報組織同士の奪い合いにより人材そのものが喪われてしまうといった不幸な事件に発展した事も歴史を紐解いていけば数多い。


「こいつの重要度は上から黒、赤、黄、青となっている。今回は最悪の事態――つまり戦争状態を意味する黒でこそないが、その前段階である赤と警告を兼ねた黄の同時編みで寄越された。つまり何らかの実働部隊の存在に注意せよ、という事だな」

「皇国のシノビ衆か……面倒な事だが、見廻りを増員するとしよう」

「何れにせよ、暫くは警戒の必要があるだろうな。俺の方でも気にかけてはおくぜ」


 そう言い残し、この場で唯一オーガと異なるシルエットを持つ男――此度の釣鬼の昇級試験を見定めるべく派遣をされた監督官、リチャード・マッケローは運営室を後にする。運営委員の面々はそれを無言で見送った後、再び各自の職務へと戻っていった。

 見上げれば既に月も随分と高くなっている。雲一つない満面の星空、だが周囲は常に岩壁と雪雲に覆われ、外側を見通す事は一切出来ない閉鎖環境。この郷の立地状況を改めて再認識し、複雑そうな面持ちで誰へともなしに言葉を零す。


「これは、あの狂い狐の仕込みか?だとすれば……いや、今はまだ判断を下す段階ではないか」


 疑念に満ちたその声に応える者は場には無く。暫し夜空を見上げた後、リチャードは郷の内部へと踵を返し歩み去っていった―――

 双果に花嫁フラグが立ちました。

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