第130話 脳筋族と愉快な仲間達⑨-傭兵の郷-
明日、悪魔さん第13話投稿しまス。
俺達へと声をかけた後、相当な高さに張る枝より飛び降りた大鬼族は音も無く着地を果たす。その後に俺達を興味深げに眺め――ふと何かが目に留まったかの様子で後方へと視線を移し、不意に訝しげな表情を見せる。
「うん?そこに居るのは、まさか……」
釣られ俺達が振り向いてみれば、郷の入り口付近で相談をしていた釣鬼達がいつの間にやら近くにまで来ていたらしい。
「よっ。五年振りだな、烈震」
「釣鬼じゃないか、久々だな!」
烈震と呼ばれたオーガが釣鬼へと歩み寄り、弾んだ声を上げながら豪快にその肩を叩く。身長2mを超える釣鬼が小柄に見えてしまう程の巨躯は厚みの方もこれまた一回り程も違うだろうか、あの釣鬼の身体が衝撃で揺れる程に圧倒的な力強さを見せつけてくれていた。
「痛ぇなオイ!?ちったぁ体格差を考えやがれ!」
「ワハハ。悪いな、最近また体がでかくなっちまってなぁ」
「っかぁ~。お前ぇ、そろそろ大鬼公になりそうな勢いだな」
どうやら昔馴染みであるらしき二人のやり取りを聞きながら、釣鬼と双果以外では初となるオーガの姿を改めて眺め見る。
これまでは釣鬼をオーガの基準として考えていたが、実際のオーガという種族はここまでの巨躯を誇るんだな。思い返してみれば進化前の双果も釣鬼より頭一つは背が高かったし、大鬼の名に違わない偉容だな。あの手で頭を握り込まれた日には、数秒で潰れたトマトみたいにパチュッといってしまう気がするぜ。
「……つーか烈震。久々に兄貴が帰って来て懐かしいのは分かるけど、なんでアタイをガン無視してんだよ?」
しかし概ね和やかなやり取りをするこの空気の中、目に見えてご機嫌斜めな色を醸し出す者がいた。始めこそ悪戯っぽい笑みを浮かべながら自分の出番を今か今かと心待ちにしていたものの、物の見事に気付かれる事すらなく待ち惚けをくらう形となってしまった、釣鬼の妹分だ。
「ん、おっ――これは失礼した、美しいお嬢さん。今日この日の君との出逢いはきっと運命に導かれたものに違いない」
「てめっ……」
「待て待てっ」
「双果、見た目見た目!」
だのに突っかかった相手からは見ず知らずの他人扱いをされた上、大真面目に歯の浮きそうな口説き文句まで囁かれてしまったのだ。その節操の無さに余程腹が据えかねて殴りかかる双果を慌てて俺と扶祢が止めに入ろうとするが……ぐおおっ、小型化したとはいえやはりオーガ、突進力が半端ねぇ!?
結果二人がかりでも結構な距離を引き摺られてしまい、双果の拳が烈震と呼ばれたオーガの顔面スレスレで伸びきったところでぎりぎり押し留めるに至れた。
「ヒュウッ、いきなりな御挨拶だな。腕も相当立ちそうで益々俺好み……双果だと?」
「ふんっ、ちょっと姿が変わっただけでアタイだと分からない程の薄情者だったなんてねっ。兄貴はちゃんと一目で判ってくれたってのに」
「つぅこった。こいつもどうも俺っちと同じく、貴賓種に進化しちまったらしくてよ」
オーガの厳つい顔が驚きに呆け、口をぽかんと開けたまま心許なく指を差し――そんなどことなく微笑ましい反応に苦笑を浮かべ、フォローを入れる。うん、普通はそうなってしまうよな。
以前にも軽く触れたが、今の双果は人族である俺から見ても相当な美人だと思う。その上でオーガの名残である角や大柄な体格はそれなりに形を残しており、純正のオーガから見れば正に理想的とも言えよう造形美。それは未だ硬直を続ける烈震さんの様子からも一目瞭然だ。暫し口をぱくぱくと酸欠となった金魚のように開け閉めし、不意に佇まいを正す。然る後に烈震さんが取った行動、それは―――
「結婚してくれ双果っ!俺と共に次期族長夫人としてこの郷を盛り立てていこうっ!」
「絶対言うと思ったよ!一昨日来やがれこの浮気性がー!!」
「ぐふぉっ……」
感極まって抱き着いてきた烈震さんへと今度こそ誰にも止められる事無く見事なカウンターの後ろ回し蹴りが決まり、それを喰らった巨体が軽く宙を舞う。
この一連のやり取りから分かった事と言えばだ。烈震さんは時期族長が確定しているかその立場を狙える程の実力者であり、それを双果はあっさりと蹴り飛ばしてしまったという事実。貴賓種はオーガの劣化種とかいう話はどこにいってしまったんだろうね。
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場面は変わり、集落の中心部に建つ穀物倉庫にて。道中に干されていた収穫物の入庫手伝いをしながら引き続き話は続く。
「ってぇ……まだヒリヒリしやがるぜ。相変わらずのじゃじゃ馬娘め」
「節操無しの懸想魔にゃ言われたくないっす」
「相変わらず憎まれ口を叩き合ってんなぁ、お前ぇ等はよ」
双果のあのとんでもないカウンターをまともに喰らった割にはあっさりと起き上がり、気にした風も無く上機嫌で俺達を歓迎してくれた烈震さんの自己紹介によれば、やはりこの人は前族長の孫であり、この郷の若長をやっている立場にあるのだそうだ。
双果が釣鬼からデンス大森林の管理人を引き継いだ際に聞いた、荒くれていた若長がこの人という事か。だがデンスの森の修業時代に二人に聞いた話とは違い、今の烈震さんは随分と落ち着いているように見える。
「ところでオーガって、皆が烈震さんみたいなボリュームというかザ・筋肉!って感じなんすかね?俺達、釣鬼と双果以外のオーガを見た事がないんすよね」
「いや、俺は分類としては上位大鬼族というやつだな。一応その、なんだ……オーガの基本進化系で長所の膂力と耐久生命力が上がったタイプと言われてるから、まぁ他の一般のオーガ達よりは威圧感はあるかもな」
俺の質問に答える最中のその間は恐らく、貴賓種進化をした二人に対して気を遣っているのだろう。釣鬼達オーガの感覚では「オーガたるもの、大きく強くあれ」がモットーであるらしいからな、中々どうして気遣いの出来る、良い人じゃあないか。
「オーガの種別と言えばさ。釣鬼は当時、貴賓種を劣化種って言ってへこんでたじゃない。でも双果はそんな素振りは見えなかったわよね?実際その辺りって、どうなんだろ」
「んー、アタイは別に。オーガとしては劣化種、っていう認識は兄貴がひっくり返してくれちゃったもん。それに、女としちゃ綺麗になれる分には文句は無いしー」
とはいえ烈震さんのその気遣いは杞憂だとも思うがね。この通り、直接話を振られた双果の反応にしてもあっけらかんとしたものであるし、釣鬼に至っては厳密に言えば既にオーガかどうかも怪しい状態だものな。
そんな二人の様子を暫し無言で眺めた後、何処か安心した表情を見せる烈震さん。ふとそこで何かに思い至ったらしく不意に難しい顔をして唸り始めてしまった。
「あぁ、これは少しまずいかもなぁ。双果がこんな事になってしまったとなると……」
「うん?アタイがどうしたって?」
「いやな。大祭が開かれる理由はお前も使いの者から聞いただろうが」
「わざわざアタイ一人に知らせる為だけに皇国由来の猫人飛脚まで飛ばしてくれた程だもんね、内容は聞いてるよ。じーさまが族長を引退するんだってね」
今回の依頼はこの傭兵の郷で開かれる、大祭期間中の郷の警備という内容だ。目の前の烈震さんも双果の言葉に頷き返し、その詳細を語り始める。
「あの爺さんは本来、次の族長になる筈だった俺の親父が戦地の流行り病で死んじまったのもあって相当な高齢になるまでこの郷を取り纏めていたんだよな。で、この春にやらかした豪雪登山サバイバルで訓練を委託された帝国軍特殊部隊の半数にトラウマ植え付けちまってなぁ。その責任を取って暫く大人しくしとくって休止状態に入ったのはお前も知る通りだ」
確認をする意味で語り始めた烈震さんの言葉に双果はうんうん、と頷き返す。しかしいきなりそんな常識外れな事を聞かされた俺達にしてみればうんうん、というよりはおいおい、だよな。何その凍死者続出しそうなサバイバル。あの豪雪地帯でそんな自殺行為な真似をしたら間違いなく氷の翼竜による大歓迎コースまっしぐらだろ。
「そだね。じーさま、あの時は空飛ぶトカゲを倒したって楽しそうに言ってたもん。アタイは地上のアイス・ゴーレムを薙ぎ払うのに忙しくて見る余裕も無かったけど」
「ジジイ……生涯現役にも程があるだろ」
ご期待に漏れず、既に強襲体験済みだったらしい。そんな人外魔境に付き合わされた帝国軍の面々もたまったもんじゃないな。
それにしてもだ、釣鬼先生が呆れる程の爺さんとはこれ如何に。聞いてみれば齢百九十超えにして特注のグレートソードをブン回す剣豪なのだという。さぞかし翼竜退治は絵になり、そして帝国兵に更なる畏怖を与えてしまったことだろう。
「おっと、話がずれちまったな。でだ、その休止をしていた期間は俺達が代理としてまぁ何とか郷を回してはいたんだが。そんなある日の事だ、爺さんが倒れちまったんだ」
「え……?」
「あのジジイがか」
二人共、この話には衝撃を隠せなかったようだ。俄かには口を開く事も出来ず、そのまま押し黙ってしまい。そんな重い空気を纏ったままの中、烈震さんに案内をされて前族長の宅へと訪問をする流れとなった。
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「――お。ようやっと来よったか!って何じゃあ!?双果、お前貴賓種になっとるじゃあないか!えらい別嬪になったのう。いや、我が孫でなければこの場で口説いてる所じゃわい。がはははっ」
「「………」」
「……その、すまん。何と言うか重い空気に流されて言い出せなかった」
事情を察した釣鬼と双果の二人による痛い視線が突き刺り、烈震さんが何とも言えない目逸らしを敢行する最中。
部屋の中から俺達を出迎えたのは、痩せ衰え床から起き上がる事すら出来なくなってしまったオーガの老爺、ではなく。双果よりも少しばかり背が低い、しかしがっしりと引き締まった筋肉に包まれた、活力漲る壮年とも言える見た目の妖鬼だった。
―――あぁ、それで「オーガの族長」の資格を失ったって事か。納得。
進化オチ。




