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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第七章 脳筋族と愉快な仲間達 編
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第128話 脳筋族と愉快な仲間達⑦-一つの失敗-

 傭兵の(さと)――今や大陸西部の覇権を争う二大国家の内が一つ、インガシオ帝国。それが建国される更に旧き時代より連綿と受け継がれてきたと伝えられる、大鬼族(オーガ)の一族の集落。その一族を揚げた傭兵稼業は今や周辺諸国で知らぬ者は無く、山頂の盆地に位置する拠点はまたの名を脳筋族の郷と呼ばれている。何とも締まらない呼び名ではあるものの、ある意味これこそがこの郷に暮らすオーガ達の性質を表しているとその筋では専らの噂であった。

 そんな郷の中心部に建てられたとある屋敷の内部ではかつて屋敷の主であった鬼と、そこへ訪れた精悍な貌を覗かせる一人の男が対面を果たしていた。


「まさかアンタがそんな状態になっていたとはな……それで今回の大祭、という訳か」

「儂が今更この郷にしてやれる事はそう多くはねぇからのう。せめて儂の目が届く間に次の世代へとこの役割を引き継がせるは、族長であった者の務めというものじゃろぉ」


 族長であったと語る者の言葉通り、この齢経た鬼は強者たるべきオーガの戦闘集団を率いる長としての資格をとうに失っていた。故に活力に溢れる若き世代へ想いを繋げる事をつい先日に決意し、古き知己でもある目の前の訪問者をその見届け役として郷へ呼び寄せたのだ。


「分かった。お宅の提案はこっちとしても渡りに船だったからな、精々目につかねーように隠れ潜んで監視に徹するだけだ。そのついでだ、あっち方面からの緩衝役も引き受けてやるとするさ」

「すまんのう」

「なァに、アンタとは皇国でドンパチやった仲だ。今回は利害も一致している事だしな、詫びを入れられる理由などはない――そうだろう?剛剣の轟鬼よ」

「剛剣、か。それももう過去の呼び名だな。あれは今の儂には……ちと重すぎる」


 嘗ての二つ名で呼ばれた鬼は少しばかりの哀愁を醸し出し、首を振りながらそう答える。その瞳よりはある種の諦観が滲み出し、同時に当時の自身へ対する羨望とでも取れよう無常をも感じさせていた。


「……そうか。まぁ俺からは特に言う事もねーけどな。それじゃあ表向き怪しまれないよう仮の身分と滞在理由を手配してくれ。運営委員達への繋ぎも付けたいからな」

「分かった。一両日中には用意しておくわい」


 こうして会談は秘密裏に終わり、男は屋敷を後にする。


「轟鬼のじーさまへの顔見せも済ませたし、残るはあいつらの見極めか。一般の域を超えなければそれはそれで良し、仮にその枠を超えるようであればあの二人共々……」


 これは、頼太達がカタリナより依頼の内容を知らされる数日前の出来事。そして場面は再び現在へと―――






 Scene:side 頼太


「――何だこの猛吹雪!?」

「何これ寒い!?凍え死ぬぅっ!!」

「なんだかとても眠いんダ…パトラッシュ……」

「わふーぅ……」


 うん。この鳴き方はきっと『僕はパトラッシュじゃなくてピコだよ……』とかそんな感じの呆れ声だな。

 とりあえず死にそう。雪山なめてました。つか今って秋じゃなかったっけ……?


「なっつかしいなぁオイ。これがあるからこその傭兵の郷っつぅか、帰ってきたって感じがするぜ。な?双果」

「そうっすねー。でも前に山を降りた時よりも寒さがきつい気がするよーな?」

「あぁそりゃお前ぇ、進化で身体が小さくなっちまったんだから熱量が減るのは当然だろ。俺っちも里を飛び出した時の初下山はきつかった覚えがあるぜ」

「そういう事かー。ううむ、慣れるのに時間がかかりそうっすねー」

「お前等どうしてそんな平気な顔で居られんの!?」

「オーガって……」


 あと脳筋族の生命力もなめてました。服を着込んで空気との接地面が少なくとはいえだ、どこをどう間違えた身体構成になればこの豪雪地帯で雪男(イェテイ)ばりに平然と歩けるのか、僕ぁ理解出来る気がしませんよ……。

 どうしてこうなってしまったか、寒さでやや朦朧となってきた意識をはっきりさせる意味でもここは一つ、時系列順に追って思い返していくとしよう。






 転生者達の隠れ里での用事を済ませた俺達は、いよいよ釣鬼と双果の故郷である傭兵の郷へと向けて出発した。デンス大森林を抜けてより森の北部に通る粗末な迂回路を通り東方面へ半日程。途中地元の狩人達が使っていたとされる開拓村の名残である古い建物の一棟を拝借して一晩を過ごし、大陸有数の大国家であるサナダン公国、インガシオ帝国、ワキツ皇国の三つの国と接する山の麓へと辿り着いた。


「釣鬼達の故郷の周辺って凄い勢力図なのね……国の圧力とかきつくない?」

「んー。特にそういうのは感じた事はねぇ、よな?」

「ですねぇ。これが他の地域だったら扶祢の言う通り、国同士の小競り合いが目立って暮らし辛いかもとは思うけど。うちんとこの環境はちょっと特殊っすからー」


 特殊な環境、ねぇ。二人の大鬼族(オーガ)やり取りを聞きながら、俺達は曖昧に首を傾げ続きへと耳を傾ける。

 こいつらの故郷は『傭兵の郷』と呼ばれ、数多の傭兵を輩出する稼業を主とする郷らしい。その種族名にも表される通り、鬼の血を引く巨躯を誇る戦闘のプロフェッショナル。

 通常、領土的野心を持つ三国の狭間に立たされるといったこの立地ではまともに村などのコミュニティを立ち上げる事さえ難しくはあろう。しかしこの郷が興されたのは数百年も昔のこと。当時は今程に世界が拓けておらず、直接的な関わりがあったのは移動の比較的楽な平野を介するワキツ皇国のみ。そして帝国に至ってはまだ建国すらされていなかった頃の話だ。故に郷興しは比較的に易く、以降暫くはどこの国へも与さずに細々と暮らしていたらしい。


「二百年ほど前の話だがよ。新興国として栄え始めたインガシオ帝国がうちの郷へとちょっかいをかけた事があったんだ――」


 そう言って釣鬼が道中の暇潰し代わりに語り始めた内容。それは何ともこいつらの先祖らしいというか、驚嘆の一言ながらもどこか悲嘆とはかけ離れたものだった。何と当時のオーガ連中は、様子見程度であった方面軍の一部相手とはいえ、たかが小さな村単位でそれを軽く撃退してしまったというから驚きだ。

 そんなショッキングなニュースが大陸中を駆け巡ったのが今を遡る事およそ二百年ほど前。これにより郷に住んでいたオーガ達は一躍有名となって大国の面々の目に留まり、その勇猛さと予想以上の作戦実行能力を買われ、大陸各地より兵のスカウト引く手数多となったのがこの郷の傭兵業の成り立ちなのだそうだ。

 傭兵として雇われていき活躍するオーガ達。当初は甚大な被害を出したと言われる帝国へすらもそれなりの数が傭兵として派遣され始め、いつしか相手を問わず傭兵派遣業としての確立した立場を築いていった。

 結果として国々は互いに郷を利用する立場となり、更には戦地よりの恐るべき生還率を叩き出し続けていたオーガ達。そんな背景もあって郷を囲み国境を挟む三国は皮肉ながら様々なしがらみに縛られるが故にますます傭兵の郷へと手出しが出来なくなり――傭兵の郷の面々は存分に自分達の利点を駆使してじつにのびのびと暮らす事が出来た、という事なのだろう。


 オーガという、強靭な肉体とそれに裏打ちされた鋼の精神を持つ種族。

 俺と扶祢が初めて釣鬼と出逢った当初に受けた印象の通り、やはり他の種族からはその身体能力を買われながらも恐れられてはいるのだろう。そんな種族が自身の戦闘能力を売り物にする集団を作ってしまえば周辺各国から危険視をされ、最悪国を挙げて攻め滅ぼされる危険もあるのではと思いもしたものだが……中々どうして考えられているじゃあないか。

 世間一般どころか本人達ですら脳筋族などと揶揄してしまう程の肉体派種族であるが、それは考える頭が無いに等しい、とはなり得ない。現に釣鬼も戦闘に関する発想とそれを実行へ移す行動力等々、こいつとの旅で慣れた今でも未だ驚かされる事が多いからな。こいつらは愚かで鈍重な種族では決してないのだ。

 まぁ鈍重の部分に関して言えば、あるいはカタリナの言葉通りこの一族が少しばかり常識外れなだけかもしれないがね。


「いやぁ、頼太の言う事も理由としては無くはないとは思うんすけどね?」


 そんな感想を抱き口にする俺に対して双果は釣鬼と二人、微妙な顔で見合わせながらそんな返しをしてくれた。何だか曖昧な物言いだな。


「あそこの郷はもっと物理的に、攻めたくても攻めようがねぇってのが現実なんだよな」

「?」

「まぁ行けば分かるさ」


 行ってみた。

 山を登り始めて数分でいきなり季節外れの猛吹雪に見舞われた。

 視界は最悪でこのまま立ち止まればホワイトアウトにより遭難確定。


 簡潔に三行で言えばこんな感じだったと思う。これ、俺達怒っても良くね?


「もっときちんとした事前の説明があって然るべきだと思うの……」

「つか自分達の身体能力基準で無茶振りすんじゃねぇよ!?凍死するっつの!」

「アハハ~ボクは今すご~く幸せダヨ~一緒に逝コ~」

「ピノちゃぁああんっ!?それ行っちゃ駄目な場所だからこっち側に戻って来てぇ!――えいっ『狐火』っ!」

「ちょっ、待っ……」


 ―――ズドムッ!!!


 幸い、ではあるんだろうな。気休め程度に着込んだ重ね着が若干のクッションとなり、全員致命傷だけは免れたらしい。

 その後、大量の雪と燃え盛る狐火との接触による水蒸気爆発の衝撃によりどうにかで正気を取り戻したピノが慌てて周囲に『火壁(ファイアーウォール)』を展開し、凍えた身体をどうにか温めながら這う這うの体で雪山から退散する事となった。

 山を降りる際中に氷の精霊(フラウ)にお願いして吹雪の勢いを軽減するという案が出たものの、誰かさんがテンパっていきなり爆弾級の炎を使った挙句にピノまで豪火をばら撒いてしまったからな。当然の如くその要請は激怒した氷の精霊(フラウ)達より却下されてしまい、それどころか更なる追撃まで受ける始末で暫くの間は山の精霊達の協力すら期待出来なくなったそうだ。英雄譚にあるような鮮やかな解決には中々至らないものですな。






 世にも悲しい山登りが敢行されてより更に一日程後のこと――一日の終わりを表すかな安閑とした喫茶店内では場違いに騒々しい物音と共にやや殺気だった娘の声が木霊する。


「おじさんっ!明日までに宇宙服六人分って用意出来るっ!?」

「そ、それはちょっと、無理があるんじゃないかなぁ?」

「いきなり雪崩込んできたかと思えば、何を阿呆な事言うとるんじゃ汝は……?」

「やー扶祢、おかえりなさい……服、ぼろぼろだね」


 物々交換で防寒セットを融通して貰おうと強行軍で妖棲荘へと突撃したところ、たまたまシズカと静さんが遅めの夕飯を食べにきている場面に出くわしたらしい。俺達の襤褸雑巾の如き格好に驚かれてしまったので軽く説明してみたら、思いっきり頭が足りない奴扱いをされてしまった。何も言い返せんかった……。

 みっしょんいんこんぷりーと。

 再挑戦しますか? ⇒はい  いいえ

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