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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第七章 脳筋族と愉快な仲間達 編
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第125話 脳筋族と愉快な仲間達④-北部へ-

 翌朝となり、俺達はデンス大森林北部へと向けて出立した。双果へ正式に依頼を受ける事を伝えはしたが、いざ傭兵の郷へ向かう前に一つ、やるべき事があったからだ。


「それじゃあ、昨日の甲鎧竜とは進化前からの因縁だったって事か」

「そうだね。あいつとやり合う最中に進化が始まっちゃってさ、身体のサイズも随分と変わっちゃったし、何より斧が片手で持つには重くなっちゃったからね。暫くの間はあいつが襲撃してくるのを凌ぐのに苦労させられたもんだよ」


 双果はこの森の現役管理者だ。その業務には外部から森へ入り込んでくる不審者の撃退や森の生態系を荒らす突然変異などの処理といったものも入ってくる。今の双果の言葉通り、昨夜にようやく決着を見た巨大甲鎧竜などはその最たる例であり、依頼の為に管理者である双果が一時的にでも森を離れるとなれば様々な問題が懸念されてしまう。

 幸いここ一番を悩ませていた巨大甲鎧竜との因縁こそ解消したものの、いざ郷の一大事を解決して帰ってきたら野盗の巣窟になっていました、なんてなってしまえば管理者としての立つ瀬がない。その為、北部域を仕切るという耳長族(エルフ)達にその間の見回りを要請するべく、森の奥に居を構えるという耳長族(エルフ)の隠れ里へと向かっている最中だった。

 しかし流石は大陸西部有数の大森林、行けども行けども木々ばかりときた。数か月のサバイバル生活に明け暮れ南部域に慣れた俺と扶祢ではあるが、北部との境に差し掛かった辺りから目に見えて濃くなった萌ゆる香りに少々酔ってしまい、まるで見知らぬ森へと入り込んだ錯覚を受けてしまった程だ。

 鬱蒼と生い茂る自然の恵みに若干食傷気味な気分になりながらも傍らを見てみれば、そこには森中の経験豊富な元管理者と現管理者である大鬼族(オーガ)の二人組が涼しい顔で現在位置の相互確認などをしているのが見られた。体力オバケであるこの二人はともかくとしてだ、そこまで体力のないピノまで平然と二人のやり取りに参加しているのには少々驚かされたな。


「ピノ、最近インドア派にシフトしてた割に平気なんだなー。方向とかもしっかり把握しているみたいだし」

「私も子供の頃は随分と山の中で慣らしたものだけど、流石に緑の匂いが濃すぎて頭くらくらしてきちゃったわ。ピノちゃん、よく初めてのこんな深い森の中で平然と動けるわね」

「……二人共、ボクの種族忘れてるでショ」


 とまぁ、こんな微笑ましいやり取りをせねばやってられない程度には、深い森の内部移動は身体的な疲労以上に気疲れというものが溜まってしまうらしい。釣鬼達の話ではあと半日近くは変わり映えのない森中移動が続くらしいし、これは少しばかり気が滅入っちまいそうだ。


「ピノちゃんの種族……機弄妖(グレムリン)、だったっけ?」

妖精族(フェアリー)ダヨッ!?自然の権化!森はトモダチ!」

「へー」

「ムキャー!」


 ともあれ、この強行軍を終えねば森を発つことさえ出来ないらしいからな。このアマゾン川流域もびっくりな大森林を往く為に、妖精族の一員であるアピールに必死なお子ちゃまを揶揄う事で暫しの心の涼を取らせてもらおうか。

 それからもエルフについての基礎知識のおさらいや気分転換の木の実漁り等々、特に急ぐ事も無く着実にエルフの隠れ里を目指して進んでいく。

 そうそうエルフと言えば木の枝一本折っただけで親の仇みたいにストーキングしてきたり、森の中で火の一つも扱おうものなら集落ぐるみで報復戦争、といった展開になるのが定番に思えるが、その辺りはどうなんだろうか。虫避けを兼ねて定期的に周囲を炙りながらの行軍であるし、北部域に入ってからも既に相当な距離の下生えを伐採しまくっているんだよな、俺達。


「あぁ、今から面会に行く連中は他の耳長達とは違ってそう排他的じゃねぇからな。少なくともその程度で問答無用に攻撃された覚えはねぇから心配すんな」

「そういえばアタイ、隠れ里には引き継ぎの際に兄貴に案内されて一度挨拶に行ったきりっすねー。確かに他の種族を無意味に見下したりする白エルフ特有の鬱陶しさは無かったように思うけど」

「よくは分からんが、あいつらはそういうのにゃ無縁な連中なんだよな。つっても俺っちの知るエルフってな、他にはどこぞの戦闘狂くらいだからよ。一般的な白エルフってのがどんなのかもよく分かんねぇけどな」


 その後も他愛の無いやり取りをしながら暢気に下生え伐採作業を進めていく。その先にて俺達を出迎えるエルフ達の、その本質を知る事すらなくな―――








「――ヴィクトリア。こんな夜にお客さんが来たらしいぞ」

「え、誰……?」

「本人は南部域の管理者と言っているが、先代の管理者に紹介されたあの大鬼族(オーガ)とは明らかに姿が違うな。そうと見れば似た容姿と言えなくもないんだが」


 デンス大森林北部に位置する耳長族(エルフ)の隠れ里。その集落の最奥に位置するちっぽけな家に、夜更けの訪問者が現れた。

 家の主でありこの集落の長でもあるヴィクトリアと呼ばれるエルフ。彼女は夕食後の『趣味』の時間を満喫している最中に報を受け、その線の細い美貌を不審に顰め思案する。


 このエルフの隠れ里はアルカディアと呼ばれる世界にエルフとして生を受け、長い時を生きてきた者達の寄り合いを発端とする、新たなエルフの集落だ。

 この世界に生まれ落ちた当初は少しばかり浮かれてしまい、ある者は『記憶』を披露して得意気になり、またある者はその持ち得るスペックを生かして里の外を巡る大冒険をしてみたり。幼い頃には神童と呼ばれた彼等だが、その背景故に閉鎖的かつ厳格な身分社会であるエルフの一員たり得ない。しかるに持てる知識ばかりを利用され続ける日々。


「もうこんな生活は嫌だ!」


 誰がそれを初めに言い出したのだろう。

 今となっては最早知る由も無いが……元より長い時間を持て余していた彼等には、不幸中の幸いか『次』を目指す時間と若さが十分にあった。それは短命の人間であった『前世』には望むべくもなかったもので―――

 その後の詳細をここで語る必要はないだろう。彼らは様々な試練(トラブル)に遭遇し、そして時には僅かに数える程の『同志』との別れいう哀しみの儀式を乗り越えて。そしてようやく十年前、立ち入る者なきこの安住の地へと辿り着いたのだ。

 たとえ元の人格がどんなにヘタレであろうと、ビビリの泣き虫であったとしても。仲間達を護るべく信念の下に動かねばならない時がある。無為に散った前世の轍など二度と踏んでやるものか――そんな思いを胸に抱き、ともすれば萎えてしまいそうになる気持ちを無理に奮い立たせ、ヴィクトリアは膝を振るわせながらも訪問者との会談の場へと向かう。


「うぅっ……僕が到着する前に気が変わって帰ってくれたりしないかなぁ?」

「はぁ、長になっても生まれついての小心は変わらないか――だからこそ皆の心の傷を感じ取り、こうして我等の集落を作るなどという大それた事が出来たのだろうがな」

「だ、だってそれはしょうがないじゃあないか。対外的に他の集落へ納得させるには、古エルフの血を引く僕が纏め役になるのが一番波風が立たなかったんだから」

「それだけではないだろうがな。お前の実力、そして尊い精神は幼馴染であるこの俺が理解している。だからこそお前達転生者に協力し、共に里を出たのだからな」

「……トーケル」


 そう、このデンス大森林北部の集落に住まうエルフ達はヴィクトリアの幼馴染であるトーケル一人を除き皆『前世』というものを持つ、いわゆる転生者と呼ばれる存在だ。

 同じアルカディアで別の生を閉じエルフとしての生を受けたものもいれば、全くの異界より輪廻の輪をくぐってきた者もいる。故に元の認識というものの乖離が過ぎて、エルフという閉じたコミュニティに適応出来ぬ半端者ばかり。そうした者達が自らの置かれた環境に絶望し、それでも生き足掻き――いつしか新たな出会いを迎え、協力し合った。

 その結果としてその生ある内に一つの楽園を作る事が出来たのは、偏に長い寿命を持つエルフであればこその偉業と言えよう。


 だのに彼らがやっとの思いで見付けたそんな安住の地に、今こうして新たな訪問者が現れた。現れてしまったのだ。

 ヴィクトリアは思う。出来れば争いたくは無い、やっぱり色々と怖いし。

 だがそれは彼――いや、今や彼女となった存在が当時どんなに望もうとも手に入れる事叶わなかった友人達の為、自分達の存在証明をする為に必要だというのであれば、どの様な悍ましき手段にさえ頼ってみせよう。その代償として、この身にどんな悲劇が降り注ごうとも。


 ヴィクトリアは覚悟を胸に謁見の場へと足を踏み出した。だがその思いに反し、震える身体は自らの不甲斐の無さを晒してしまう。どうにか震える足を踏み出そうと懸命に身体の震えを押さえ……それでもやはり、動けない。震える自らを両腕でかき抱き、崩れ落ちない様にするのが精一杯といった有様で立ち尽くしてしまう。


「……ヴィクトリア、こっちを向け」

「あ、あはっ…やっぱり僕って情けない……え?」


 もういっそこのヘタレ野郎と詰って貰った方が余程に思える程に、ヴィクトリアの頭の中は真っ白となってしまう。そんな緊張でまともな思考もおぼつかない状態となってしまったヴィクトリアの頭を両手で抱え、トーケルは不意にその陶磁器の様な白い額へと自らのそれを合わせた。


「え?……え!?」

「ヴィクトリア、いやアキラよ。俺はお前を親友だと思っている……その俺が保証しよう、お前なら出来る。自信を持て」


 トーケルはその姿勢のまま一言一言を、合わせた額を通じて直接その脳裡に浸み込ませようとするかの如く、かつてアキラと呼ばれ生を終えた者へと語りかける。

 暫しの時を二人だけのその儀式に費やし、それが終わった後に場に立つは――副官としての顔になり長の脇に控えるトーケルと、その白磁の様な肌を首まで紅く染めながら、あぅあぅと言葉にならない声を出し続けるエルフの里の代表者。

 その言葉遣いや一人称こそ昔の人格に倣ったものではあるが、彼女はこの世界に生まれ落ちてより百年と余年、エルフのヴィクトリアとして生きているのだ。この幼馴染が自分に寄せる絶対的な信頼への感謝と同時に、堅物の無神経に対する幾許かの不満と愚痴を言っても罰は当たるまいと内心思いつつ、それでもどうにか再起動を果たす。


「行きましょう、トーケル。客人をあまり長く待たせるものではないわ」

「畏まりました――元はと言えば、誰かさんがいつまでも踏ん切りが付かなかったのが原因だがな」

「はうっ……どうして君はここでそういう事を言うかなあっ!?」

「くくっ、こうして狼狽えるヴィクトリアの顔を見るのは何よりのご褒美だからな」


 たまに見せる人の悪い笑顔に安堵の息を吐く一方で、こいつ本当は分かった上であんな赤面甚だしい事してるんじゃあるまいか?などと場違いの疑念を抱いてしまうヴィクトリアなのだった。

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