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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第二章 冒険者への入門 編
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第013話 扶祢の過去話

「――うん。それじゃ、上手く話を纏められないかもしれないけど話していくね」


 そう言って扶祢は神妙な表情を形作り、語り始める。


「……新鮮だな」

「こいつは何でこんな場面でまでそういうことを言うかな……」


 先程に続き、またしてもギロッという擬音が聞こえそうな殺気の籠った目付きで睨まれてしまった。ここはわざとらしく咳払いをして誤魔化しておくとしようか。


「まぁ、分かるけどな」

「ふふふ、扶祢さんの普段のお人柄が偲ばれますね」

「……やっぱりこのまま不貞寝しちゃっていいですか?」

「ごめんごめん、真面目に聞きますからお願いします」


 やりすぎたか、反省反省。ほらそこの二人もね!

 そして改めて場が引き締まったところで扶祢は今度こそ語り始める、少し昔の物語を―――


「まず何かが『違う』と初めて認識したのは物心が付いて間もない頃だったんだ」


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


(この女は誰だ……?)


 初めて自分という存在を認識した――あの昏い闇の底から意識を取り戻した――その時、この世に生れ出てからずっと守ってくれていたであろう母親を――長く生きた筈の時の中でも記憶に無い他人の顔を――目の当たりにし、そう疑問に感じてしまった。だから思うままに尋ねたんだ。


「貴様、何奴?」

「何だいやっと言葉を話したと思えば。第一声が母親に向かって何奴とはどんなお子様かね、おまけにそんな言葉遣いをどこで覚えたんだか」

「母親、だと……?」

「母親じゃなかったら何だってのさ。最近話に聞く男女逆転夫婦じゃあるまいし、見た目通りの女だよアタシは」

「ハッ、何を馬鹿な事を。我が母は我が生まれてすぐ先代に嬲り殺しにされたわ。大体この姿をみて何故我が子扱いをするのだ。気狂いか?」


 何故ここで生前誰にも話す事の無かった母君の話を、見ず知らずの――生まれてからずっと見ていた馴染み深い母に対して――敢えて話したのかは自分でも分からないが。我はそう言いながら馬鹿を見る目付きで目の前の女を見上げ――見上げる……?


「はぁ~……世にも珍しい六尾で生まれた人型の娘がやっと喋り始めたかと思えば、まさかの先天的な厨二病持ちとは。意外過ぎて気が滅入っちまうってモンさね」


 ヤレヤレと肩を竦めつつ、その言葉とは対照的に全く滅入った気配すらない皮肉気な表情の母を茫然と見上げながら。


「あれ…おかあさん――いや我は――え、あれ?」


 (わたし)は、全力でテンパっていた。






 次に認識の乖離への違和感を感じたのはそれから一月後のこと。


「おかあさん、じょうずにやけました!」

「おー、もう狐火をあそこまで使いこなせるようになったか。えらいえらい」

「えへへ」

「お前はどうも生まれた時から備わってた高い霊力というものに馴染んでいるからか、覚えも早いし術の扱いが息をする様に自然だねぇ」

「いきはしないとしんでしまいます!」

「……うん、まだお子ちゃまだもんな。難しいことはもっと大きくなってからでもいいかー」


 まだ言葉の意味もよく分からずに頓珍漢な受け答えをする娘を撫で、そう言ってくすぐったい表情を形作りながら()を撫でる母。


 ―――我?


「そうだ、我は何をしていた!?我はあの時忌まわしい神の代行者(ゆうしゃ)と刺し違えた筈だっ!」

「何してたって、お前が初めて捕まえたイノブタを丸焼きにしてた最中だろう……お前あれか二重人格的な奴かい?そんな残念な子でもアタシの可愛い娘なんだから、アホなこと言ってないでこっち側に戻っておいで」

「あ、はい……じゃない!誰が残念か!?ええい、一体何がどうなっておるのだ!」

「よしよし、じゃあお母様がアンタの厨二妄想に付き合ってあげるから、事情を話してみ?」

「厨二ではないわ!あ、どなってごめんなさい。じゃない!?いや待て、何だこれは……」


 わたしは、覚えの無い記憶に押し潰されかけていた。


「あれ…あれ?しらないのにしってる?われ…じゃないわたしは、私?だれ……?」


 そのままでいれば、きっと遠くない内に壊れていただろう。だがしかし―――


「――よしよし、落ち着け。知らないことを知れたんだったらお得でラッキーじゃないか。別に何処の誰でも良い、お前は何も考えずにアタシに抱かれて可愛がられていれば良いんだよ」


 それを救ってくれたのは当然と言うべきか。その胸に私を抱き抱え、あやす優しい母だった。

 その母の包み込むような子守歌を聞き、私は何故だか泣きそうになりながら安心して意識を手放した。






 翌朝、目覚めた時にはある程度【理解】をしてしまっていた。


「母さん」

「おやおや、おかあさんから お が抜けるのが随分早かったねぇ。お母さん、ちょっと寂しいかなぁ」

「ごめん……話し終わったら『我』は消えるから。いや、消えるというか元々形しか残っていなかったのかもしれないけれど……」

「……よく解らんが、別に消えることはないじゃないか。昨日も言ったろ、お前はアタシの可愛い娘なんだから」


 【記憶】のお蔭で言っている事が完全に理解できてしまう。ああ、わたしのおかあさんは見ず知らずの我に対してすらこんなにも優しい……。


「ごめん、なさい」


 とてとてと母に歩み寄りしがみつく。胸が詰まる思いに、頬を伝い熱いものが滴り落ちるのを感じた。


「何を謝ってるのさ」

「かわいいむすめをうばってしまって、ごめんなさい」

「……自分で自分を可愛いとか言うかねこの年で」

「かわいいじかくはありますので」

「うわ、可愛くねー……」


 まぁほら、私って母さん似で美人ですし。自覚とかもきっと我様の知識から引っ張り出してきたんじゃないのかな、うん。 


「でもまぁ、その物言いからすると別にその『我』とやらが扶祢を乗っ取ったとかそういう話ではないんだろ?」

「うん、せつめいをするので。我の立場で話しますね」

「幼い我が子に他人行儀で話をされるってのもなんだか不思議な気分だねぇ」

「すみません」


 謝った途端にいきなり頭を軽く引っ叩かれた。


「まだ幼女なお子ちゃまがすみませんなんて言うんじゃない。お前はまだお子ちゃまなんだから余計な事は考えずに親に甘えときゃ良いんだよ」

「うっ、ぶぇぇぇ……」

「うぁあ!?鼻水が着物に……ああもうよしよし良い子良い子」


 それからまた暫し母の胸に顔を埋め―――


「――『我』は、魔王であった…でした」

「……いや、口調は話しやすい方で良いから」

「あ、はい。それじゃそちらのほうがふかがかからないみたいなのではなしのあいだはそうします」

「精神的にきついなら猶更そうしときな。そういえば言ってたっけ、神の代行者と刺し違えたとか何とか」

「うむ、勇者というやつでな。数多の世界で定められているように、当代の魔王であった我もまた当時の勇者と闘い……そして相討ったのだ」


 その魂の記憶に僅かに残る情景は、全てが黒。

 (わたし)は、その何処とも知れぬ空間の中へと封じられ、共に封じられた人間の代表たる勇者と戦い……相討ち果てた――


「――ほう。とすると差し詰め別の世界の魔王さんってことかなぁ」

「ふむ?何か根拠があるのか?」

「やっぱ娘にそんな口調されるのは微妙な気分……ああ泣きべそをかくな!ただの軽口だから!」

「うぅ、ごべんだざい……」


 知らぬ記憶が流れ込んできたとは言え私は私、当時はまだ幼児とも言える程度の精神しか持ち合わせてはおらず……また記憶の混入により混乱の渦中にあった私の精神は、母のこうした軽口ですら涙腺を決壊させるに至る程打たれ弱くなっていた。

 故に話ながらも母に甘え、ナデナデ、モフモフと……まずい、これじゃ普段の頼太の語りと同じノリになっちゃう。なので話を戻すとしましょうか。


「ほれほれ、落ち着いたか?それで根拠だっけな。うちの世界じゃそもそも魔王や勇者といった存在が居ないのさ。というか幻想種の一部が細々と隠れ住んでいるだけで基本的にこの世界は人間の物だからね」

「そう、か――ここは魔族が既に滅ぼされてしまった世界だったのか……」

「滅ぼされたというか、そもそもこの世界には唯一神や魔族といった存在自体が居ないんだよ。幻想種の中に八百万の一柱とも呼べる位の存在は居るし、人の作った宗教の信仰の対象としての神は在るけどね。ここはほぼ完全に物質依存の世界ってことになるのさ」

「……そういう事か。ならばもう本当に思い残すことは無いな」


 母の説明を聞き、何かが吹っ切れたかの如く独白する(わたし)。本来神の代行者(ゆうしゃ)は腸が煮えくり返る程憎い相手だった筈なのだが、何故かその時の(わたし)の精神状態は静謐、と表現するのが似合っていた。


「……刺し違えたって言ってたけど。勇者と引き分けで死んで、その裏の神に対しての恨みつらみといったものは無いのかい?」

「うむ。我個人としては思う所は当然あるし、我亡き後の魔の勢力への不安もありはするのだがな。元々魔王亡き後は新たな魔王が選出され、また次の代の人類の象徴たる勇者と戦うだけの話だ」


 そう、賽は遥かな過去に投げられてしまったのだ。最早我とあいつがおらずとも世界は回り、我等もまた過去に存在した者として忘れ去られるだけだろう。


「既に我は舞台を降り、この魂に残滓の一部が刻まれているのみ。そんなモノが今更出張った所で無粋というものさ」

「……ふむ」

「それに、今は負荷の軽減の為このような口調をしてはいるがな。残っているのは知識と分解された力の一部のみであり、今此処に在るのは間違いなく貴女の娘である扶祢本人だ。恐らくは感情や本元の意識そのものはこの身に降りてはおらぬのではないかな」

「そうかー」


 そして伝えたい事を一通り伝え終わり、ほっと息を吐く(わたし)……どうやらまだ時間の猶予は残されているようだ。とはいえ、既に我としての舞台からは降りてしまったこの身だ。今更何かを為したいという欲求がある訳でもなし、何よりそこまでの時間も無いだろう。

 故に、純粋にその場で気になる事を聞いてみたんだ。


「しかし我が言うのも何だがな、何故そんなに落ち着いているのだ貴……おかあさんは。普通こういう場面では悪くすれば『娘を返せ!』と話も聞かずに狂乱しかねないと思うのだが」

「おやぁ?ついおかあさんと言い直す辺りやっぱり可愛いアタシの娘だねぇ」


 それまでの間は茶々を入れる事も無く真面目に我の話を聞いてくれていた母だったが、話題が変わったと認識するや否やニヤニヤと笑いながら我を撫でくり回す。

 過去にはそのような経験など無かった我ではあるが、今は私だからだろうか。その心地良さに素直に甘え、母の胸に埋もれながらその答えを待っていた。


「まぁアタシも昔色々と修羅場をくぐってるからね。それに……いや、最近読んでいる漫画という娯楽文書で結構そういった展開を見てたから、ここで選択肢をミスるとまずいっ、と思ったのさ」


 そして相変わらずのニヤニヤ笑いからドヤ顔へのコンボを決めるオタ狐(おかん)……ああ、思い返してみると私が漫画にはまった切っ掛けはあのおかんだった気がするよ。うん、私の業が深かったからって訳じゃないみたいで安心したね!妙なモノを継承しちゃってはいたみたいだけれども。


「そういえば、お前って今どういう状態なんだい?最初は前世の魂が融合したーとかそんななのかなとも思ったけど、それにしちゃ霊気の変質や揺らぎの一つも見当たらないし。お前自身も敢えて今は口調を変えているだけって言い方もしてたよな?」

「うん、我、のきおくをひきだすためにとうじのじんかくをとうえいしてただけなので、そういったきおくがある…だけ?」

「なんだつまらん」

「ひどい……」


 暗にその程度の話は大した事ではないと切り捨てられた形となり、むくれてしまった私に悪い悪いと悪びれた様子もなく詫びる母さん。

 本当、緊張感の無い母だよね。私がさっきどれだけの勇気を振り絞って告白したと思っているんだ。


「まぁそれならさ、折角面白い隠し芸……もとい巧く使えば役立つかもしれない技術だし、その『我』ちゃんも折角この世に出てきたんだから、一緒に居ておいてあげな」


 でも母さんってこういった部分は昔からというか、度量の広い人なんだよね。ちょっと自分で言うのも躊躇われる単語だけれども、ま…魔王、なんて言葉を信じた上で、本当に大したことがないと言ってくれるんだから。

 その言葉を聞いて安心してしまったからだろうか。その時点では間違いなくあった筈の『我』という存在が、私の中から徐々に薄らいでいくのを感じていた。


「……良いのか?」

「良いも何も。それも含めて扶祢として生まれてきたんだろ。『我』だった時分は随分と殺伐としていたみたいだし、元の世界にはもう未練も無いっていうのなら。たまに『我』ちゃんになりきってあげて、今生ののんびりライフを満喫させてやりな」

「――うんっ、そうする!」

「うむうむ、子供は素直が一番だ……ところでちょいと我ちゃんに質問なんだけどね」

「?」

「異世界産の良い嗜好品の知識はあったりしないかい?特に特産品の酒やつまみの作り方とか」


 それはそれとして、うちの母さんこそ本当の駄狐だと思う。子持ちの癖に腐属性の気もあるし。


 ・

 ・

 ・

 ・

 ・


「――そうして育つ内に、『我』としての仮人格みたいなものはいつの間にか完全に消えちゃっててさ、今はその抜け殻と記憶として知識の一部が残ってるだけなのよね。水晶鑑定の結果からすると他にも色々引き継いではいたみたいだけれども。当時はまだ私としての人格が固まりきらない幼児期に膨大な記憶が混ざり込んじゃったから、多分精神的な防衛機能みたいなものが働いていただけなんだと思うよ」


 だからこれは前世、という訳ではないと思う、と。扶祢はそう言って話を締めた。


「一月分の減俸の甲斐はありましたわね。大変興味深いお話でした」


 余韻で暫し言葉を紡げずにいた俺達に代わってサリナさんが感想を言い、それに次いで俺達も言葉を口にし始めた訳だが。


「なんだ、別に危険でも何でもねぇじゃねぇか」

「ええ、これならば改竄(かいざん)も吝かではありませんわね。説明お疲れ様でした」

「扶祢のオタっぷりは英才教育の賜物だった訳か……」


 スッパァーンッッッ!!


 素直な感想を言っただけなのに、手刀で意識が飛びかける程のごっついツッコミを喰らってしまった。何で俺だけ!?


「おおお……?!」


 あまりの衝撃に悶絶していると、頭上から死の宣告が聞こえた。


「そういえば頼太君?私が混乱してた時にも色々とやってくれたわよねぇ?丁度良い機会だし、この際その辺りについてのお互いの不満とかをとことん話し合いましょうか」


 ………うん、おわたね。


「南無」

「さて、それじゃあ頼太さんが折檻されている間に扶祢さんの記載情報について詰めていくとしましょうかね」

「んー。あいつ等暫く終わりそうにないな、他もやれるだけやっとくか」

「ですわね」


 そして扶祢が俺相手に随分と物騒な話し合いを展開する間に、残った二人は薄情にもさっさと手続きを進めていった。

 ……この身の犠牲一つで全てが丸く収まるなら安い物なのさッ!


 こうして扶祢の過去話も聞き終わり、午後のサリナさん宅の時間は若い娘の怒声とそして野郎の聞くに堪えない絶叫をBGMとして概ね平和に過ぎていくのだった―――

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