第122話 脳筋族と愉快な仲間達①-報らせは突然に-
先の依頼を完遂し、数日程が経過したある日の午後のこと。
報酬として渡された魔煌石と白魔銀混ざりの魔鉱石をマリノの父親が経営する鍛冶屋へと持ち込み、その買い取りと引き換えにオーダーメイドの注文をする事となった。
何故にかさばる原石を何日も抱えていたのかと言えば、それは信頼出来る店を自分達の足で探したかったというのもあるし――何よりも巷では超が付く程のレア品であるらしい、魔煌石の扱いに困っていたのが大きな理由だろう。
「うわ……このサイズの魔煌石って、下手したら馬車が丸々一台買えちゃう位のお値段しちゃいますよ?」
「まじでっ!?」
「馬車!最近急にお金が増えちゃって何だか感覚が麻痺しちゃいそう」
「むむ、なんて羨ましい発言でしょう。私達はお金を貯める余裕も…それなりにはあるけど、日々節約して暮らしているといいますのにっ」
事件の解決した翌朝になり、魔煌石の大まかな価値を聞こうとギルドカウンターに持って行ったところ、こんな返しをされてしまったのだ。
思わず口から出てしまったほぼ俺達の総意であろう感想だが、それに答えるカタリナから恨めしげな視線と共に燃え上がるはしっとの炎。漢字で書く程には至らぬ軽さであるが故、嫉妬ではなくしっと、である。
時間としては朝の書き入れ時も過ぎ、落ち着いたタイミングを見計らっての話であるのでロビー内は閑散としていたものの、やはり金の話題になると耳聡く聞きつけてくる連中がいるのはどこの世界でも同じらしい。
「おらァも一度で良いからそんな贅沢な事言ってみたいべさ」
「だよなぁ。ちょっとは俺達にもお零れ寄越せ!」
「ンな事言ってる暇があったらお前ぇらもこんな所でたむろしてねぇで働けばいいだろうが」
「「ぐさっ!?」」
一先ずは対応として為された釣鬼の正論により、暇人二名ほどの精神が撃ち抜かれた模様。この人達もヘイホーじゃ名の知れた実力者なのだから、結構稼げていると思うんがなぁ。
先日の隠し芸大会の際に顔合わせをして判明したことではあるが、訛りが強いのんびりとした語り口をする側が蜥蜴人のカイマンさん、その隣で朝っぱらから酒をかっくらっているのが小人族であるアルシャルクさんだ。カイマンさんは出稼ぎに来てからそれ程経ってないという話、てっきりランクも俺達と似た様なものだと勝手に思い込んでいたところ、既にガラムのおっさんと同じくBランクにまで達する程の凄腕の実力者なのだそうだ。その外見とのギャップも相まってのんびりとした人当たりの良い言動からはちょっと想像が付かないな。
「確かに稼ぎは結構あるんだがよぅ、俺達みたいな重装タイプだとどうしても装備に金がかかっちまうのがなぁ。定期的な修理も必要だし、言う程は潤っちゃいないのが現状なんだわ」
あぁ、そういった問題があったか。そんなアルシャルクさんのぼやきに成程、と頷いてしまう。
俺達のパーティは基本的に立ち回りによる回避重視で防具は軽装、仕掛けられた攻撃は避けるか往なす戦い方だからな。ピノの得意とする精霊魔法にしても特に媒体は必要とせず、武器といえば魔導系魔法を使う際のサブの短杖くらい。俺も最近は格闘メインとなってきており、釣鬼と同じく硬さが売りな鉄鋼製の券鍔を使っているものな。基本的に安上がりなパーティなのだった。
そして扶祢の代名詞とも言える青竜戟に関しては、サキさんのお下がりにつき原価無料ときた。聞くところによれば数百年以上を使い込まれている逸品などという話であり、実際に三つの世界へ赴いた際には相当荒い使い方をしていたというのに刃毀れの一つも見た事がないんだよな。ピノの分析によればあの青竜戟自体も微量ながら霊力を帯びているという話であるし、現時点での謎金属の筆頭と言えよう。ある意味魔法武器とも言えるやもしらんね。
「そういえばアデルさんも出費がかさんで仕方が無い、なんて話をしてたわよね」
「そりゃ別の話じゃねぇか?」
「「あ~」」
どうやらアデルさん達の不名誉な出費癖は周知の事実らしい。思い返してみればアデルさんの白銀鎧、時間はかかるものの、クロノさんに斬り刻まれた傷まで直る程の自己修復機能まで付いていたからな。大戦槌に至っては白魔銀の鎧よりも更に頑丈な黒鉄鋼製のセット装備であるらしいし、維持費そのものには金がかかる訳がなかった。
話が少々脱線してしまったが、そんな訳でこれを機にそろそろ貴金属をじゃらじゃらと持ち歩くのも億劫になってきたし、ここらで一つ装備のグレードアップを図ろう!という流れになったんだ。
そこでオーダーメイドを請け負ってくれる鍛冶屋を探していたところ、丁度ギルドに遊びに来たミアとマリノに出くわしてね。そのまま二人に案内されてマリノの実家の鍛冶屋へとお邪魔する事になったのだ。
「ミアねー。あと二年たったらマリノと一緒に冒険者になるのー!」
「ふっ、あたしが冒険者をやり始めたら瞬く間にSランク昇進間違いなしねっ。その暁には特注の猫御殿を建ててミアと一緒に……うへへ」
「マリノはすぐ怪我しちゃうから、ミアは魔法使いになって怪我を治してあげるんだー」
「そっかー。ミアちゃん偉いね~」
「こらー!ミアばかり撫でてないであたしも撫でなさいよっ!」
「ごめんごめん。マリノちゃんも可愛い可愛いっ」
どうやら俺達に触発されたらしきミア、そして有り余る元気を持て余し気味の相棒であるマリノは将来冒険者を目指す事にしたらしい。マリノの親父さんであるライオスさん曰く、マリノ自身ものづくりの才能があるから出来れば鍛冶屋を継いで欲しかったんだがなぁ、という話ではあったがね。そうは言いながらも娘二人を見る父親の目尻は垂れ下がっており。小人族特有の厳つい鍛冶焼けした赤ら顔がだらしなく緩む姿を見ると、どこの世界でも娘を持つ父親の心境というものは変わらないのだと思えてしまう。
こうしてライオスさんの時間が空いたのが数日後の本日、つい先程全員の寸法などを測り終え鍛冶屋を後にする。
「この時間からだともう依頼を受けるにも半端だよな、どうすっかぃ?」
「顔を出すだけ出しても良いんじゃない?どうせ今日は時間あるんだしさ」
「イコイコー」
そんなこんなで本日の用事も終えて若干手持無沙汰の体となった俺達は、今日も今日とて冒険者ギルドへと冷やかしに向かうのだった。
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「――あ、皆さん丁度良い所に!釣鬼さんのBランク昇級試験の内容が決まりましたよっ!」
ギルドロビーへ足を踏み入れるなり元気一杯な声をかけられる。俺達をロックオンしたらしきカタリナはカウンターを軽く飛び越えそのままの勢いで俺達の前へと猛スピードで駆け寄り、床との摩擦音が聞こえそうな位の急制動をかけて出迎えてくれた。どうどう、落ち着け。そんなはしたない事しているとまたサリナさんに怒られますよ?
「随分と早かったな」
「そうなんですっ!釣鬼さんにはうってつけというか、丁度良い依頼が着ましたので!」
「へー、どんなのナノ?」
それはタイミングが良かったな。今日はどうせ予定も無いし、そういう事であればじっくりと話を聞くとしますかね。一通り言いたい事を言って満足したらしいカタリナは、今度は脇の通用口を通って受付カウンターへと戻り資料を漁り始めた。その間に俺達はロビーの一角にあるテーブルを陣取りミーティングの準備を整えてゆく。
「それではっ、釣鬼さんのBランク昇級試験の内容となりますがっ!」
「さぁて、一体どんな内容だ?」
「「わくわくっ」」
パーティを組んで以来初となる上位ランクへと昇格試験とあって、テーブルを囲む面々の顔は程度の差こそあれども皆高揚の色を見せていた。
「気分としちゃ、差し詰め鬼が出るか仏が出るかってとこか」
「頼太さん正解っ!鬼が出ちゃうんです!」
「あん?」
何言ってんだコイツ――突拍子もない合の手にそんな感じの目で返されたカタリナは少しばかり心外そうな表情を形作った後、何やら一人勝手に納得した風に頷きながら依頼書をテーブルの上に広げ始める。
「まずはこれを読んでみて下さい。きっと意味が分かりますから!」
「どれどれ……」
カタリナにそう促された俺達は依頼書を読み始める。その内容は以下の通りだ。
・依頼書:大鬼族の村で行われる大祭の警備
依頼者:双果
難度:A
地域:傭兵の郷
依頼期限:次の族長が決まる大祭終了までの数週間。
報酬:今回はBランク試験内容となるので、必要経費以外の報酬は有りません。
依頼者コメント:
つい先日、うちの郷から現族長の引退の報がきたっす。最低限タイマンで巨人種を張り倒せる程度の実力者が数人欲しいんで探しているっすよ。出来れば釣鬼の兄貴に来てほしいっす。
「あれ、双果の依頼なんだ?懐かしいわねー」
「ですですっ。皆さんには説明する必要は無いと思いますけど、デンス大森林の現管理人さんからのご依頼となりますね!」
「依頼難度、B超えてんすけど!?」
そう。今回の依頼者はこの春までデンス大森林の管理人をやっていた釣鬼の後輩で、従妹でもある大鬼族の双果であるらしい。双果と別れてからはまだ四か月程ではあるが、随分と懐かしく感じるな。
そういえばあの管理地域付近にある異世界ホールは何度か通ったものの、当時は三つの世界の騒動で森に顔を出す暇も無かったからな。双果が今回の依頼者だというのであれば、大っぴらに顔を見せにいけるというものだ。
「あのクソ族長が引退だと……?」
しかし懐かしむ俺達とは対照的に釣鬼の顔には訝しさの色が濃く現れ、難しい顔をしながら依頼書を睨み付けていたのだ。
「釣鬼、どしたノ?」
「ん――そういやお前ぇはまだあの時にゃ居なかったか。いや、うちのクソ族長が衰えて引退する場面ってのがちと想像出来なくてなぁ」
「へー。よく分かんないケド、元気な爺さんなのネ」
「元気というか、殺しても死なねぇというか……」
どっかで聞いたなそれ、それも割と最近に。満月…狼男…ウッ、頭が……。
「そ、それはそうと、どうしてBランクへの昇級試験で難度がAに達しているんだ?」
どうにか過去のトラウマより復帰した頃には話がひと段落ついていたらしい。であればと先程見事にスルーをされ、その後も誰も聞く気配が無かった疑問をカタリナへと投げかける。先日のほぼA相当な依頼を達成しておいて何を今更という声もあるやもしれないが、こればかりは費用対効果の問題もある。ここではっきりとさせておくべきだろう。
「えぇとそれはですねー。あそこの郷ってほらぁ……」
自分では精一杯のシリアスを形作ったその質問に、対しカタリナは何故だか言い淀む様子を見せながら釣鬼の方をチラチラと窺う。
「別に俺っちは気にしちゃいねぇから構わんぜ。『脳筋族の郷』だろ?」
「すみませぇん!……という事でしてぇ」
『脳筋族の郷』とはまた随分な呼び名が出てきたな。詳しく聞いてみるとやはり、ある程度想像していた通りの身も蓋も無い内容だった。
幼少の頃より傭兵としての技術を叩き込まれ、練りあげられた大鬼族の一族。彼らは積極的に自らを売り込み、様々な戦場へと雇われていった。
その身体的適性も相まって大きな戦果を上げるのは勿論の事、何よりも戦地からの生還率が抜きん出て高い傭兵達。それだけでも雇う理由としては充分とも言え、更にはその出自も堂々と郷を構え、はっきりとしている。その見た目に反し斥候や遊撃といった熟練兵に要される役割にも適性を持ち、また見た目通りに敵味方双方より恐れられる戦闘力を誇る。
主に戦う事のみで生計を立てているのにも関わらず、引く手数多でその暮らしが困窮することはなく、その高い生存率故に滅びも知らぬ大鬼族の異端者達。
その恐ろしさが定着し、諸国の脅威と見做されるのを危惧した当時の郷の族長が自らを脳筋族と名乗り始めたのが【脳筋族の郷】の呼び名の所以、などと実しやかに噂されてはいるが……その真相を知る者は郷の出身でもある釣鬼を含め、この場には居ない。
「ぶっちゃけますとぉ。大鬼族って本来もっと鈍重というか、技術より力!って感じの種族である筈なんですよね。その点釣鬼さんの郷は、ちょっと常軌を逸していると言いますかー」
「言ってくれやがんなオイ。まぁ、うちの郷は昔っから傭兵やっていたからか、とことん技術から叩き込まれっからなぁ。その通りではあるんだけどよ」
「えぇ、それでなんですけどぉ。そんな、って言うとなんですけど、最低でも巨人種を一人で倒すとか、普通に考えれば無茶振りなんですよぉ……しかもそれが複数人って。なのできっと情報公開しても人来ないんじゃないかなー、ってギルマスも言っていまして」
憮然とした様子を見せながらも渋々と郷の現状を認める釣鬼には悪いが、残る俺達はカタリナの気まずげな呟きに揃って納得の頷きを見せてしまっていた。色々な意味で恐れられている釣鬼の故郷に赴いて警備の任を果たす、しかも要求条件からしてどれだけ経費がかかるトラブル案件だよと言いたくなる無茶振りだ。これでは確かに、普通の冒険者連中にゃ荷が重いよなぁ。冒険者とは極端な話、諸般の依頼を解決する何でも屋みたいなところがあるし、皆が皆戦闘に特化してる訳ではないからな。
「郷の大事って事なら受けるのは吝かじゃねぇがよ。それにしたって難度がBを超えていやがるのに昇級試験だからといって報酬無しは、流石にギルド側に都合が良過ぎねぇか?」
「うっ…や、やっぱりそこに話が来ますよねぇ……」
テーブルの上にずいと上半身を押し込み、半眼で睨み付けながらそう指摘する釣鬼に対し、カタリナは思わず身体を仰け反らせてしまう。とはいえその表情から感じるのはあくまで条件に関する指摘をされての後ろめたさのみであり、決して釣鬼の凄みに恐怖を覚え震えているといった様子ではない。釣鬼のガン付けって、慣れてる俺達でもたまに怖いのにな。
カタリナもトワの森でのクレーム事件から数か月、特にこの一月で頼れる保護者も無しに冒険者達の相手をして相当揉まれたんだろうな。当時の泣きじゃくっていた頼りない様子は鳴りを潜め、すっかり一人前の受付嬢っぽくなっちゃってお兄さん、ちょっと感動しちゃいましたよ。
その後、やはり報酬部分については割に合わんと四人で騒ぎ立て、ギルマスと直接交渉をした結果、銀行の利用権というものを成功報酬で貰う事となった。本来であればヘイホー支部での銀行口座はBランク以上の冒険者にのみ融通されている優遇措置なのだが、今回の依頼の難度や想定される危険度等を鑑みて釣鬼以外の三人ともまぁ良いだろうという話になったようだ。ここでガチガチに規則規則と言わない辺り、民間組織の融通の良さを感じるね。
話のついでに銀行についても語っておこう。
地球でのそれとは違い、冒険者ギルドで扱っている『銀行』というものはあくまでも冒険者達が遠出をしている時などに財産を預かる、いわゆる預かり所といった立ち位置だ。よって金利が無いどころか逆に若干の手数料を引かれてしまうのだが、データ貨幣などが存在しないこの世界では信用してお金を預けられる機関があるだけでも有難い事だろう。
かさばる貨幣や貴金属の持ち運びはこれまでも馬鹿に出来ないデメリットとなっていただけに、俺達は一も二も無くその条件に飛び付いてしまった。対し譲歩をした形となるギルド側の反応と言えばだ。
「いやぁ、助かるよ。皆の資金はこのヘンフリーが責任を持って預かるから安心して行って来てくれたまえ」
日常的に苦労性な面を見せていたギルマスは普段とは対照的に満面の笑みを浮かべ、その横ではカタリナまでもがニコニコと気持ち良いまでの営業スマイルで見送ってくれていた。もしかして、最初からそのつもりで条件小出しにされていた可能性……?
うんまぁ、こちらとしても渡りに船だったのは間違いないからな。ここは前向きに考え、次の依頼に備えるとしようか。
そしてその日は次の依頼へ行く準備に奔走し、翌朝にヘイホーを出立した俺達は久々のデンス大森林内部へと向かう事となった。




