閑話⑦ 薄野山荘オカルト研究会
ここはとある山の八合目に建つ薄野山荘。眼下に深海市全域を望む景色の良い高台へと建てられた、現代に生きる霊狐達の拠点の一つである。
「「狐狗狸さん、狐狗狸さん、どうぞおいで下さいまし~」」
「きゃあっ!?ほら、やっぱり動いたって!」
「えーそうかなぁ。瑠璃は緊張して力入れ過ぎだからきっと不覚筋動が起きてそう感じるだけじゃない?」
「汝等、何をやっとるんじゃ……?」
そんな薄野山荘の客間にて、二人の狐妖が向かい合い何やら卓上占いの類を始めていた。仕事の合間にそこへ通りがかったシズカが興味深げにそれを覗き込み、眉を潜め――暫しこめかみを揉み解した後にげんなりとした顔で二人へ問う。
「「狐狗狸さん!」」
「……互いに見合って占いでもしておけば良いと思うんじゃが」
いや別に固有名詞を聞いている訳では無いのだが。喉まで出かかったそんな言葉を辛うじて飲み込み、シズカは比較的建設的と思われる案を勧めてみる。そも一般的には大妖怪に分類されるであろう天狐とそれに準ずる存在による共同での呼び出しなど、畏れ多くてその辺りの低級霊如きに応えられる訳もあるまいに。
「もぅ、シズカは夢が無いわね。古今東西のオカルティズムってそそるものがあるでしょう?」
「わらわは迷信だと思うんだけどね。科学的にも術学的にも根拠が薄過ぎるし」
「アンタ、さっきのあれ見てまだそんな事言ってるわけ?明らかに怪しい冷気が漂って来てたじゃないの」
「最近急に寒くなってきたから窓際は冷え込むだけじゃないかな」
そんな調子であーだこーだと益体も無いやり取りを続ける二人を見ながらシズカは思う。どっちもどっちじゃな、と。現場での体験主義なシズカとしては実際に身を以て味わった事であればそれがどんなに摩訶不思議に感じようとそんなものかと思うだけであるし、何より細かい事を一々気にしていては日々是吃驚箱的な世界を跨ぐ監視者生活などとてもやっていけないのだ。
さりとてこれもこの二人の娯楽の一つなのだろうと諦めた様子で首を振り、見なかった事にして再び仕事部屋へと戻るシズカ。その後も瑠璃と静の二人はお互いの持論を展開し続け、延々と各種オカルト遊びを続けるのであった。
「だぁあ!アンタほんっと頭が固いわねっ!?このオーブの動画にカウンターの数値、これらの検証からしても間違いなく何かが居るに決まってるでしょーが!」
「瑠璃こそ迂闊に信じ過ぎだって。こんな数値なんかテレビの編集で幾らでも捏造出来るし、それにこの動画の出典は有名なオカルト詐欺大国だよ?心霊現象なんてナンセンスに過ぎるね」
「「ちょっと待て」」
タイミング良くというかはたまた間が悪くというか、延々と討論と実践を繰り返した結果デリバリーで済ませる事となってしまった夕飯の席にてたまたま心霊番組が放映された事により二人の討論は更にヒートアップ。遂には自身の存在そのものまで否定しかねない発言をする静にサキとシズカが揃って突っ込みを入れてしまったのも無理からぬ話ではあろう。
「二人共、せめて食べる為に口を動かしながら見なさい……」
「母上、無駄じゃ。今のこやつ等はオカルト討論会に夢中じゃからして」
そしていつまでも熱の冷めやらぬ二人にサキの堪忍袋の緒が切れて、無情にも二時間スペシャルの番組の半ばでテレビの電源を落とされてしまった。
「アンタが強情だからこうなったのよ!」
「瑠璃が何にでもすぐ食い付くのが問題なんだと思う」
「くっちゃべってないでさっさと食べなっ!」
「む。このぺパロニハラペーニョスペシャル、中々いけるのぉ。どれ、もう一切れ……」
こうして薄野山荘の夜は、相も変わらず平和に更けて行く―――
「それでは此処に、薄野山荘オカルト研究会を発足したいと思いまーす!」
「イエー!」
「「――は?」」
一晩寝れば馬鹿な熱も収まるだろうと楽観視していたサキとシズカだが、どうやらそれは甘い見通しだったらしい。何時の間にやら用意していたらしきオカルトグッズまで取り揃え、駄狐二人は更に拗らせてしまっていた。
「サキさま、何て顔してるんですか。この中じゃ一番の年長者なんですから、顧問として活躍して頂かないとっ!」
「それ以前に、まず世間一般には超常の際たるお前自身が何寝惚けた事言ってるんだい。静まで一緒になっちゃってまぁ」
「常を超えると書いて超常と言うのです!世間一般ではなく我等霊狐の理解すら遥かに超える不可思議現象を究明する、って何かイイじゃないですか!」
「わらわには未だ解明できないこの世全ての謎を解き明かす義務があるのです!真実はいつも一つ!」
もう何を言おうと暖簾に腕押し、糠に釘。明らかに目の色が変わっている二人には最早皮肉も通用せず、流石のサキも押され気味な様子であった。瑠璃がこんな子なのは昔から解っていた事ではあるが、まさか静までそれに相乗りをしてしまうとは。
どこか儚げな様子であった夏の復活直後と比すれば随分と活力を取り戻し、その意味では大いに歓迎すべき事ではあろう。ではあるが、この様に一度凝り出すと止められない熱い何かを滾らせてしまう、ここ近年のサキにとって大いに馴染みの深い有り様。流石扶祢の実姉といった所か。
ついでに言うと現在某子供名探偵シリーズにハマっているらしい事実も窺えた。何だその蝶ネクタイに伊達眼鏡は。
「アホらし。アタシはこれでも深海市近郊に棲む妖怪変化達の地域会長の仕事で忙しいんだ。そういうのはうちに入り浸ってて暇そうなシズカに任せるよ」
「なっ……待て母上卑怯じゃぞ!?童じゃって狭間の調査でそう暇な身ではないというに!」
至極残念な風情となってしまった娘達の要求に、サキは呆れた口調でにべもなく言う。が、その頬に一筋の冷や汗が流れた様に見えるのは気のせいではなかろう。このままではなし崩し的に巻き込まれると思ったか、ついと面倒事を押し付けられ抗議をするシズカを尻目に手早く食器をまとめ厨房へと向かってしまう。
「うーん、残念っ。次はサキさまも参加して下さいよ?」
「はいはい、気が向いたらね」
「ではシズカ議長、議題の取り纏めをお願い申し上げる!」
「ようやく今の作業に一区切りが付き、今日は寛げるかと思うたのじゃが……」
後に残るは抗議も無碍に却下され、そして何時の間にやら議長の名札まで張り付けられてしまい茫然とするシズカと駄狐二人。何とも締まらないながらに哀しい空気が流れていたそうな。
「あー、して第一回目の内容じゃが――」
なし崩し的に議長に祭り上げられたシズカは仕方が無しにこれまた用意周到に揃えられた資料を開く。その最初の頁には以下の様な一文が書かれていた。
『狐狗狸さんの正体を暴こう!』
「汝等霊狐舐めとるんかぁっ!?」
「あぁああぁぁっ!?夜なべして作ったわらわ渾身のレポートが……」
「酷いわシズカ!静が丹精込めて作った逸品を一時の感情でずたずたに引き裂くだなんてっ!?」
その余りにも自覚に欠ける題名に、思わず発作的に怒りの叫びを上げてしまったのは無理からぬ事であろう。その勢いでついレポートを引き千切ってしまい、その仕打ちにショックで頽れてしまった鏡映しがいたりもするが、どこをどう間違えばこんなのになってしまう歴史を辿れるのかとむしろ泣きたいのはシズカの方であった。
「大体じゃな……瑠璃!静は兎も角、汝は正規の霊狐じゃろうが!それが狐狗狸さんにハマりおってからに――む?」
余りにもしょげ返る静の姿を見て少々良心が疼いてしまったのだろう。シズカは不貞腐れた様子を見せながらも誤魔化す様に瑠璃へその矛先を変えつつ破れた資料を拾い直し、ふとその一項目に目を留める。そこに書かれていた内容、それは―――
【狐狗狸さん】
その起源は定かではないが、レオナルド・ダ・ヴィンチが自著において「テーブル・ターニング」と同種の現象に言及しており、恐らく15世紀のヨーロッパでは既に行われていたと推測される。
日本においては、1884年に伊豆半島沖へ漂着したアメリカの船員が「テーブル・ターニング」を地元の住民に見せたことを切欠として流行するようになったという。
諸説はあるが日本では通常、狐の霊を呼び出す降霊術と信じられており、そのため狐狗狸さんと呼ばれるという説が一般的だ。
また当時の日本にはテーブルが普及していなかったので、代わりにお櫃を3本の竹で支える形のものを作って行なった、あるいはお櫃を用いた机が「こっくり、こっくりと傾く」様子から『こっくりさん』と呼ばれるようになり、やがて『こっくり』に狐、狗、狸の三文字を当て「狐狗狸」と書くようになった、等々伝えられてはいるが真偽の程は未だ明らかにはされていない。
『日本では通常、狐の霊を呼び出す降霊術と信じられており、そのため狐狗狸さんと呼ばれる』
『日本では通常、狐の霊を呼び出す降霊術と信じられており、そのため狐狗狸さんと呼ばれる』
大事な事なので二度も書いてしまったが、それについてはご容赦願いたい。繰り返すが、とても大事な事なのだ。即ち―――
「――狐狗狸さんの正体見たりっ!」
「ええっ!?」
「早いっ!流石はシズカだねっ」
いきなりなシズカの発言にも関わらず先程の哀しみは何処へか、異常な立ち直りの速さを見せながら感嘆する静に、素直に驚きを現す瑠璃の二人。その二人に太々しい笑みを向けながらシズカは再び言葉を紡ぐ。
「『犯人は現場に戻る』とはよく言われておるじゃろ。そして昨日の狐狗狸さんではプレイヤーは二人……さて、当時の犯行現場ではどちらがより犯行を臭わせる発言をしておったかや?」
「はっ!?まさか……」
「えっ?何々、何がまさかなの?」
シズカの導く推論を聞きいち早く何かに勘付いたらしきは、やはり鏡映したる静だ。元が同じ素体故に似た様な思考へ陥り易いのか、それともただノリが良いだけか。いずれにせよシズカの話を引き継ぎ、確信を以て推論を展開する。
「あの時十円玉が動いたと言ったのも、怪しい冷気が漂って来たと言ったのも瑠璃だったよね?当初はわらわも感応催眠やオートマティスム、つまりは心理学用語で言う「自動筆記」の類かと思っていたけれど、それはあくまでわらわが仕入れたネット情報の基となる人間達の話……でもわらわ達は実際に霊術を扱える狐妖であるのです」
「う、うん。それで……?」
そこまでを口にした後に、瑠璃を見据える。その静の揺れる瞳には僅かな憐憫の情が浮かび、震える唇からは何かを言おうとしながらも最後の一歩が踏み出せない。そんな静を庇う素振りを見せ、断固たる意志を見せるはその鏡映したる、シズカだった。
「そう、犯人は最初からこの中におった――瑠璃、汝の思い込みに霊狐としての霊力的な何らかが作用して、無意識的にあの十円玉を動かしていたという事じゃっ!」
「犯人はヤス、お前だー!」
「な、なんだってー!?」
先の葛藤の素振りは何だったのかと思わせる程に見事なシンメトリーを作り上げ、示し合わせたかの様に指を付きつけるシズカと静。対し瑠璃は律儀にも驚きの反応を返す。何だかんだで瑠璃も付き合いの良い奴なのだ。
「ふっ、終わってみればあっけないものよのぉ」
「嫌な、事件だったね……」
「――ってそんな訳が無いでしょうが!未熟な阿紫や成り立ての地狐じゃあるまいし、この私がそんな初歩的な霊的操作をしくじる訳が無いじゃないっ」
「「チッ」」
「揃って舌打ち!?」
だが瑠璃の言う事も尤もであり……結局謎は解けぬまま、やはり思い込みか気のせいではないかとの結論に落ち着いたらしい。
「ふぅむ。しからば実際の現象に関する検証は後回しにするとして、狐狗狸と呼ばれる理由についてでも調査してみるとしようかのぉ」
「そうね。これまでは話に伝え聞きそんなものかと思っていただけでもあるし、良い機会だわ。この際、それを探すのも悪くないかもしれないわね」
「それじゃあ、れっつごー!」
そして三人は家主にその旨を伝え、またまた呆れた顔を向けられながらも意気揚々と薄野山荘を後にするのであった。
余りにも自覚に欠ける霊狐達のお話。
シズカも基本的には静と同じく、一度凝り出すと止まらない性格らしいです。




