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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第六章 理想郷再び 編
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閑話⑥ 霊狐達の裏事情

 神宮――その名は皇祖神が住まう宮の意味を指す。

 今は昔の物語。遥かな神代に日ノ本へ降臨したとされる皇御神(おうみかみ)を主祭神として祀り、その食の安寧を保てと時の天皇へ夢のお告げが為されたのが御饌津神(みけつのかみ)遷宮のきっかけとも伝えられている。その伝承の真偽はさておくとして、古来より宮を影より支える形で形成された、霊狐達より神宮裏郷の名で呼ばれる異界が存在する。稲荷明神の遣いとして日々お役目に励む、霊験あらたかな御先稲荷(オサキトウガ)の総本山だ。

 今、その神宮裏郷御殿にて霊狐達は一人の客人を迎え入れていた。霊狐の名残として残る狐の長い耳を持ち、その一方でもう一つの象徴でもある筈の狐尾はどこにも見当たらず。しかしながらその佇まいは、面する霊狐達をして尚恭しき振る舞いを感じさせる。


「……それでは、サキ様はアレを放置なさるおつもりでございましょうか?」


 サキと呼ばれた一人の狐妖を取り囲むは天狐と呼ばれし御先稲荷(オサキトウガ)の頂点達。しかしながらその天狐達はたった一人の狐妖を前に、皆一様に神妙な面持ちを崩さない。

 それは当然の事だろう。何故ならば彼等の前に泰然と坐すこの狐妖は先代の御先稲荷(オサキトウガ)が筆頭であり、そして十八年前に空狐へと至った霊狐達の生ける伝説なのだから。


「口の利き方には気を付けな、あの子はアタシと静の恩人だ。それに対する無礼をあくまでも通すというのであれば、それなりの覚悟は出来ているんだろうね?」

「これは手厳しい。我等とて何も好んで排除をしようと考えている訳ではございませぬよ。察するに、サキ様はあのはぐれに相当ご執心であらせられる様子」


 そんな中、であればこそと言わんばかりに憚る様子も見せずに異論を唱える者がいた。瑠璃草の実兄にして現御先稲荷筆頭でもある霞草により直々に仙狐頭へと指名をされた、やや神経質そうな面を晒す痩身の霊狐だ。


「……現役の御先であるお前達の顔を立てこうしてわざわざ宮にまで出張ってきてやったが、最早御先ですらないアタシが本来そんな事をする義理が無いのは解っている筈だよ。そのアタシの機嫌をそこまで損ねたいと言うんなら仕方が無い。いっそ今ここで、縁故も無かった千年前の関係に戻ってすっきりとさせるかい?」

「ッ!?い、いえッ!決してそのようなつもりは……」

「もう良い朽木(きゅうき)、貴様は下がっておれ。後は儂等が対応する」

「……申し訳ございませぬ、霞草(かすみそう)様」


 朽木と呼ばれた仙狐は霞草、そしてサキへと一礼をして御殿より退出し、後に残るはサキを含めた五人の霊狐達。部外者が退出したっぷりと百を数えて後に、溜息を吐きながらサキに向かい霞草が頭を下げる。


「……ふぅ。いや申し訳ありませぬサキ殿。奴め仙狐の纏め役になってからというもの、どうにも張り切ってしまっているようでして」

「ま、そんな所じゃあないかとは思ってたけどね。それにしてもたかだか二十年にも満たない内に、ここまでがらっと態度が変わるものなのかねぇ?」

「あの馬鹿者は典型的な権力志向ですからな。とはいえ、あれはあれで御先稲荷(オサキトウガ)としての責任感に駆られた結果の対応ですので、どうかご容赦の程を」

「う~ん、それを言われると痛いねェ……」


 先程の怒りに満ちた気配は何処へやら。現筆頭である霞草の言い分も理解は出来てしまうが故に、サキは困った様子で頭を掻き零してしまう。


「ですがそのご様子ならば特に問題は無いという事なのでしょうな。あの『シズカ』と名乗る静殿の鏡映しとかいう者は」

「それについてはアタシが保証するさ。あの子が見ている世界はこんなちっぽけな惑星(ほし)一つじゃ収まり切らない程だからね」

「ほっ!惑星とは、これまた随分な。我等狐妖は何時の間にSFの世界へと足を踏み入れてしまったのでありましょうな」


 サキが軽い口調ながらに広げた大風呂敷に、残る天狐達も霞草に続きこれまた軽い口調で受け合っていた。彼等もまた長きに亘る修行を積み、先人達より心技体を認められて頂点に立った者達だ。先程の半端者の如き未熟などはとうに克服しており、それ故にこういった心の余裕を持ち得ているという事なのだろう。


「天狐といえば五天狐の最後の一人は何処に居るんだい?まさか未だに伝承写本をさせられ続けてる訳でもあるまいし……ないよね?」

「流石にそこまでではありませぬよ。先日無事に完遂してより三日程爆睡し続けておるようで、残念ながらこの場には……ハハ、ハ……」

「あぁ……そういえば、あの子はそんな子だったさね」


 現存する五人の内最も若き天狐であり、またサキの直弟子にも当たる瑠璃草(るりそう)と呼ばれる霊狐。この場に居る他の天狐達の物言いから類推するにとてもそうとは思えないが、それでもれっきとした霊狐達の頂点に立つ一人だ。

 その瑠璃草が以前シズカ達と関わった殺生石の一件にて、先輩である他の四人の天狐達から罰として苦手な国内の伝承の書き取りを終えたのがつい数日前の話であり……実に二週間以上もの間、連日寝ても覚めてもひたすら日本史の写本をし続けていたという事となる。

 尚、その写本は後に『天狐様が書かれた霊験あらたかな秘術書』という名目で出回り霊狐達の間では相当なプレミアが付いたらしい。そんな背景からか俗な事に結構な高額で取引をされていたりもするのだが、その話についてはまた別の機会に語るとしよう。


「それに、あの迂闊な愚妹がこの場に居た所で碌な発言を致しませぬから……」

「……お前達も苦労してるんだね」

「全くです。あれで天狐への昇階試練は見事に抜けておるからして、我等も強くは言えぬのがな」

「実戦だけならば最早我等すらをも凌ぐ程ですからなぁ」


 実の兄である霞草にまで大概な言われ方をされている瑠璃草だが、実際のところ昇階試練を受けた当時の座学の判定は相当危うく、サキ自身も泣き付かれて可愛い弟子の試験勉強に一肌脱いだ記憶がある。フォローをしようにも出来る部分が無いというのも悲しい話ではあった。


「瑠璃もいつの間にか、シズカ達と仲良くなっちゃったみたいだからねェ。そんなに気になるんだったら、あの子を監視役という名目でシズカに付けておけば良いんじゃないかい?」

「……アレに、まともな監視役が務まるとでもお思いですか?」

「……いや、まぁ。やる気自体はあるようだ……けどねェ」


 苦渋の色濃い霞草の返しに、サキは思わず言葉に詰まってしまう。

 そもそもが先日までの罰当番の原因となった殺生石の一件は、元々はシズカの自称する『天狐』としての品定めという名目から始まった事らしい。だのに結果として、あの災厄の欠片を復活させるに至ってしまった。しかもあろうことか不可能と思われていた和解を成した上で、現在は野放し状態になっているという有様。

 幸い今の玉藻前には世を害するつもりは無いらしく、表向きは平穏無事に解決した体となってはいるものの……一つ間違えれば近年稀に見る未曾有の大災害とも成り得た危険を孕む事件であり、更に言えば御先稲荷(オサキトウガ)の立場としてはシズカの吟味すらまともに出来ていないのだ。


「『シズカでしたらきっと大丈夫ですって。私、あの玉藻前との一件で確信しましたから!』――これがあの騒動が終わってからのアレの正式報告でございますよ。儂、それを聞いた時正直泣きたくなりました……」

「……霞殿、不憫な」

「何故あやつが天狐の昇階条件を満たせるのかが今だもってさっぱり理解出来んわ!」

「うん、ちょっとアタシからもあの子に言っておくさね……」


 その見事に主観のみで物証も何も無い子供のお使い状態な報告内容を聞き、あぁこれでは先の仙狐もあのような言い草にもなるわなと半ば諦めの入った納得をしてしまうサキであった。目の前の天狐達の苦悩、如何許りか。


「ともあれ、シズカについては昔の権限を振りかざす様で悪いがね。どうかアタシの顔に免じて沙汰無しという事にしてやってはくれないかね?あの子には静の件だけではなく、アタシ自身も世界の軛から解放して貰ったという恩があるのさ」

「それは無論のことでございます。元より此度の招致は朽木をはじめとする、一部の仙狐共の声が高まりやむなしの事でしたので。サキ殿にはご足労を頂き、我ら一同恐縮しておりまする」

「ですが、その……ですな。形ばかりとは言えど、やはり下々を納得させる事実も頂きたいというか」


 天狐達のその物言いからすれば今回の招致は本意では無かったようだ。それを知り内心ほっと一息を吐くサキではあったが、そこで別の天狐が妙に落ち着かぬ様子で何やら口ごもる素振りを目にしふと首を傾げる。


「ん?何か代わりに注文でもあるって事かい?」

「いやぁ。サキ殿が引退してよりこの方、我等下々に傅かれてばかりでしてな。それに少々飽いているのもありまして……」


 成程、急に天狐達がそわそわとし始めたのはそういう事か。その言葉にサキは若干の苦笑を見せながらも、自らもまた似た境遇に陥った過去の体験を思い出し懐かしさを感じてしまう。


「ハハァ、お前達も瑠璃の事は言えないねェ?あのやんちゃだった鼻たれ坊主達が今や霊狐の頂点だとは」

「いやはや全くもって。生まれ持った性分というものは中々に変えられぬモノでしてな」

「分かったよ。主だった連中を集めな、一つ昔懐かしの活を入れてあげようじゃあないか」






 ―――その日、神宮の裏郷に凡そ十八年ぶりとなる一つの雷が落ちた。


『あの子達はこのアタシが認めたれっきとした霊狐だ。御先の資格こそ持ち得はせぬが、近年権勢欲に塗れ始めたお前達よりも余程まともに霊狐としての有り様を見せているっ!もしあの子達に妙な真似などしてみろ。ここに並ぶ天狐共を始め、平和呆けして政争遊戯に走った連中全てに!このアタシの恐ろしさを想い起こさせてやるからなぁっ!!』


 場に集められた地狐の大半はサキの怒声に伴う強大な霊気に呑まれ意識を手放し、また仙狐達も恐怖に震え上がり言葉にならぬ状態となってしまう。しかし長年をサキの傍らで鍛え上げられた天狐の面々は動じるどころか歓喜を顕わにし、大気を震わせる程の苛烈な霊気にさえ全く堪えた様子を見せる事はなく。


「くぅぅ~コレコレ。やはりサキ様はこうでないと!」

「ふはぁ、久々の活は効きますなぁ。向こう十年分の活力を得た気分ですわ」

「ホントお前達は変わらないねェ。あと霞、様付けに戻っちゃってるよ。現御先の筆頭がそんなんじゃ、下の者達に示しが付かないから気を付けな?」

「おっと、これは迂闊でしたな。久々のサキ殿の活に昔懐かしみ素が出てしまいました。これでは瑠璃の事を言えたものではないのう」


 この通り、現存する天狐達は元はサキの下で修行を積み続けた直属の部下達であったが故に、根っからの叩き上げが揃っている。少々刺激に飢えたきらいはあるものの、この面々ならば今後も暫く御先は安泰であろう、サキはそんな確信を得て満足そうな笑みを浮かべる。


「それじゃあそろそろアタシは失礼するよ。長いこと留守にすると、うちの問題児共がまたぞろ何かやらかしかねないからねェ」

「ハハハ、サキ殿も苦労しておりまするなぁ。そうそう、先程サキ殿に拝謁させようと瑠璃を起こしにいったところ、既に外に出かけておりましてな。見かけたら霞から次の務めについて話があるとお伝え願えますでしょうか?」

「分かったよ。というかその物言いだと薄野山荘(うち)に居るって事なんだろ?伝えておくさね」

「お願い致します」


 静とシズカの件についてはこうして御先稲荷(オサキトウガ)の面々とも話を付けた事ではあるし、一先ずこれで安心とばかりに弾んだ気持ちで御殿を辞して帰路に就く。そんなサキではあったが、薄野山荘へと戻ってきたところで思わぬ冷や水を浴びせられてしまう。

 見れば百を超える霊狐達が薄野山荘の庭に座り込み、その中心には見覚えのある三人が何やら講義の真似事をしている様子。


「つまりじゃな。我等とて御先の頂点じゃなどと粋がってはおるが、所詮はこれも役目の一つという事よ。故に汝等も地狐だ仙狐だやれ霊力がどうだなどと言う暇があれば研鑽に励み、行く行くはいざとなれば位階など撤廃してやるとばかりの心積もりで自己を高めていくべきじゃ。そうでなくば、先に待つは権勢欲に塗れた組織の腐敗であるばかりじゃからしてな」

『おお!流石は異界にて御先の最高位にまで登り詰めた方の御言葉。我等一同、目から鱗が剥がれた心境にございますっ!』

『シズカ様ー!』


 相変わらずシズカは御先の存続に関わりかねないスレスレな説法をし、現役天狐も斯くやと言える程の拍手喝采を浴びており―――


「まぁ、シズカの言う事は極論過ぎるきらいがあるけれど。本来の私達のお役目は何の為にあるか、という事を考えれば自ずと結論は出るわよね?お前たち若い世代の霊狐が次代を担っていくのだから……常に何が善い事かを考えて行動なさい。その結果取った行動は、時には正道や正論とはかけ離れたものになるかもしれない、場合によっては自らが掟に触れ罰せられる恐れすら有り得るかもしれない。でもね、我等霊狐の時間は気が遠くなる程に長い。一時の危険を避けて未来永劫続く後悔に苛まれるのであれば、その時に後悔の無きよう動いた方が、どんな結果になろうとも自己の判断に帰結したものとして受け入れる事が出来るというもの。それに、鬱屈を溜め続けるよりは余程健全な精神を育む事が出来るものね」

『ふぉー瑠璃さまぁっ!そのお言葉、我ら一同胸に刻みまするぞおおっ!』

『未だ変化もままならぬこの未熟者にまで有難いお言葉、心に染み入ります……』


 どうやら霞の予想通りに瑠璃もこの場に居たらしい。これまた霊狐の在り方としては見事ながらも、一方で組織に属する者としては多分に問題の有るであろう講釈を垂れており―――


「わらわにはもう御先を名乗る資格は無いけれど。それでも出来ることはあるよ。皆も霊狐として生まれたからといって、無理に御先の道に進まなくてはいけない訳じゃないからね?自分が本当にやりたい事を見付けて、それで自らも周りの皆も悲しまずに暮らしていけるなら、それはとても幸せな事だと思うから……」

『うぉぉ……静御前さまっ。あの様な凄惨な最期をお迎えになりながらも、何と変わらぬ慈悲深さかっ!』

『我等仙狐の末席に連なる者共、最早稲荷様などどうでもよろしい!一同、貴女様に忠誠を捧げまするぅ~』


 静は静で言っていることは平穏そのものではあるのだが。誰に似てしまったか、謎のカリスマにより霊狐の一部が既に御先を離反しそうな勢いで求心力を得てしまっており―――


「お前達!集団で御先を潰す扇動者(アジテーター)でもやるつもりかいっ!?ほら全員散った散った!」

「げっ!?サキさま……」

「……随分と帰りが早かったのぉ」

「まずいね、どうやって誤魔化そうか?」


 片やサキの怒声に恐れ慄き一目散に逃げ惑う霊狐達。対するは悪戯が見つかった子供の如くバツの悪い表情でお互いの顔を見合わせ、この期に及び往生際も悪くこの状況をどう脱するかを相談し始める首謀者三人。愛娘が堂々と誤魔化すなどと言っている辺り、先程の優しさ溢れる演説は確信犯だったのかと、あの素直で純粋であった我が子が何時の間にか黒くなってしまった事実に内心大きくショックを受けながらも、サキは三人を見据え怒りの声を絞り出す。


「――三人共、お説教だッ!そこに座りなさいっ!!」

「「「え~~~!?」」」






 ここは薄野山荘、現代に生きる霊狐達の拠点の一つである。

 山荘の庭では今日も今日とて、霊狐達の賑やかな声が木霊する。


「横暴じゃー!意見の押し付け反対なのじゃー!」

「ぶーぶー」

「サキさまのお話はご尤もですけれど!私達だってこれでも日々努力を怠らずに前を向いて歩いているんですよっ!?」

「喧しいッ!先日と言い、お前達はそんな言い訳をしながら一体どれだけ揉め事を起こしてきたと思ってるんだい?少しは反省しな!」


 方向性が若干違う気がしなくもないが、これもまた一つの賑やかさである事には違いあるまい。そんな秋も深まる寒空の中、庭に正座をさせられる悪餓鬼三人とくどくどと説教を続ける一人の親の姿がそこにあったとさ。

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