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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第六章 理想郷再び 編
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第121話 欲望吸鎖③-一つの終わり-

『相分かった。ではこれで、この問題は解決したという認識で良いのだな?』

「伏兵が居ねぇとも限らねぇから暫くの間は警戒の必要がありそうだな。何かあったら手間をかけさせるが、またギルドに連絡してくれ。そん時は報酬は要らねぇからよ」

『了解だ、ご苦労だった。ではこちらが報酬の魔煌石となる――そうだな、比較的純度の高めな魔鉱石も幾つか見繕ってやれ』

『イエス、ボス!それじゃ皆様、こちらへどうぞー』


 釣鬼による報告へと闘牛鶏(ブルコック)が労いの言葉をかけ、部下である岩軍鶏の一人に宝物庫への案内を命じる。その岩軍鶏に案内された宝物庫には色取り取りの魔鉱石が置かれており、それら一つ一つが余計な岩片を取り除かれた状態で丁寧に並べられていた。


「凄ぇなこりゃ。後は精錬するだけの状態じゃねぇか」

『そうなんですよ~。前はただその辺の鉱脈としてあっただけなんですけど、どうも人間達の街じゃこれが結構な値で売れるみたいでして~。どうせならって事で鍛錬を兼ねて羽根や足での採掘作業をやってたら、いつの間にかこんなに増えちゃったんですわ』

「フワァ……これなんか白魔銀(ミスリル)混じってナイ?」

白魔銀(ミスリル)、ってアデルさんの装備に使われてるあれだっけ?」

「ソーソー」


 この銀鉱址、白魔銀(ミスリル)まで採れるのか。ギルド情報では廃坑だと聞いていたがいやはや、この現状を見るにまだまだ銀鉱としてやっていけるのではなかろうか。

 どこかで聞いた名前であるこの白魔銀(ミスリル)。金属としての性質や加工後の性能についても、概ね伝承などで仕入れた知識通りの代物だ。皆様ご存知空想世界体系ではお馴染みの、軽量で衝撃に強い粘りのある金属。白銀、また神聖国スヴァローン辺りでは聖銀とも呼ばれ、どちらかと言えば明るいイメージの金属であるらしい。

 専ら神秘力の伝導性が高く、専用の冶金技術により物理、魔法双方への高い抵抗力を獲得する。その特性により魔法装備の加工が容易な金属といった認識がこの世界では一般的だろう。また白銀色に照り返すその色合いから騎士の間では人気も高く、一部上級冒険者達からも実用の面で重宝されている高級金属だ。

 余談ではあるが白魔銀(ミスリル)と対を成すと言われる、黒鉄鋼(アダマンタイト)についても軽く触れておくとしよう。

 こちらは白魔銀(ミスリル)以上の硬度を誇り、そして神秘力への抵抗値が恐ろしく高いのが最大の特徴だ。装備者自身も神秘力の類を使用出来なくなるといったデメリットこそあるものの、引き換えに白魔銀(ミスリル)以上の多大なる魔法抵抗力を誇る事はあまり知られていない。


 そういった金属の原石が無造作に転がっている光景に俺達全員色めきながら、各自鉱石置き場に転がる品を見定めていく。と、至る所に新しいツルハシやスコップといった、採掘用具が無造作に置かれているのが確認出来た。


『あぁソレ。最初は掘り易くなっていいかなと思って注文したんですけどねぇ、いざ使おうとしてみたら、うちら手が無いじゃないですか?それで結局使わないまま放置されちゃったんですよ』


 詳しい話を聞いてみればこの鶏連中、この魔鉱石を取引材料としてヘイホーの商人達と少量ながら商談も交えているのだそうだ。


『いやぁ、実際に使ってみないと分からない事って多々有りますよねぇ~』


 という事らしい……突っ込んでなんかやらないからな!

 思い返してみれば今朝の料理に使っていた鍋や食器にしても統一性があったものな。ギルドの紹介という事実も後押しをしているとはいえ、冒険者連中ですら尻込みする中こんな廃坑くんだり商談に来るとは。商人連中、商魂逞し過ぎるだろう。


 ・

 ・

 ・

 ・


『では、また何れ仕合おうぞ』

「おぅ。お前ぇも達者でな」

「まったネ~」


 報酬ついでに廃坑内に置き去りにされていた、採掘時代に使われていたであろう古ぼけた台車を一台拝借する事にした。そこに縛り上げた四人を乗せ、ヘイホーまでの午後の旅路をのんびりと歩んでいく。その最中振動で目を覚ました者もいたが、まずはギルドに着いてからという事で見なかった事にしておこう。


「待て待て!?何だその人攫いよろしくな風体は!」


 しかしながらぐうの音も出ない程に的確な表現で衛兵に呼び止められ、街門前で足止めを喰らってしまったようだ。依頼書とギルドカードを提示し軽く事情を説明すると、何故だか俺達を呼び止めた衛兵達は揃って蒼褪めた顔を晒してしまう。

 結局、あまりにも怪しいお荷物を抱えた俺達への通過許可は下りず、ギルド関係者を呼んでくるからと言われ、守衛塔の脇の芝生にて暫しの憩いの時を過ごす事となった。


「――戻ったか。内容が内容だから仕方が無いが、相変わらずお騒がせな奴等だな、お前達は。ヘンフリーの奴がまた頭を抱えてたぜ?」

「あ、リチャードさん」

「どもお久しぶりっす」

「チッスー」


 台車の付近で休憩をとっていた俺達の前に現れたのは、俺よりも頭一つでかい長身に引き締まった筋肉を纏う、壮年期に差し掛かったであろう風貌を持つ男。てっきりカタリナ辺りが慌てた様子で迎えに来るものとばかり思っていたが、まさかのサブマスご登場とは。

 この人は冒険者ギルドヘイホー支部のギルドサブマスター、リチャード・マッケローさん。種族は小人族(ドワーフ)と人族のハーフと言っていた覚えがあるが、どこが小人なんだと突っ込みたくなる程に上背のある人だ。

 身長2mを超える釣鬼と並んで立ってもそう違和感を感じない辺り、先祖代々伝わってきた背の低さにコンプレックスを抱えていた小人族(ドワーフ)の遺伝子が、人族の遺伝子を取り込んで反逆でも起こしたんじゃあないか、などと思えてしまう程の長身っぷりだった。


「そいつ等が件の不審者ってヤツか?」

「おぅ。どうにも妙な術というか技というか、妙なモンを使うんでな。こうして対策として口を塞がせて貰ったってな訳だ」

「妙な術、ねぇ……ん?こいつ、今年の春先までうちの支部に居た奴じゃねーか」

「「――え?」」


 釣鬼の説明を聞きながら不審者達の人相チェックをしていたリチャードさんが不意にそんな言葉を口にする。その相手とはやはり、最後に怪しげな台詞を口にしながらも釣鬼の妨害に遭い『脱出(エスケープ)』による脱出を失敗した、魔導師風の痩せ男だった。


「お前達は当事者だったよな。こいつは夏前のトワの森騒動の際、結局戻って来なかったパーティのリーダーだった奴だ」

「……アー!どこかで見覚えがあると思ったラ!」


 続くリチャードさんの説明に、ピノが合点がいったとばかりに叫ぶ。見覚えあったんかい!

 しかし確かに、思い返してみれば当時のピノに関わる騒動で一組だけ捕まらず、そのまま行方を晦ましていたパーティがあったな。この魔導師風痩せ男、そのリーダーだったのか。

 心の裡であれこれと当時に思いを馳せながら、軽く廃坑での経緯を説明をする。俺達の言葉を聞いていく内にやはり、リチャードさんも難しい顔をし唸り始めてしまった。


「それは……考え込んでいても解決しそうな問題じゃねーな。一先ずそいつだけを起こして事情聴取といくか」

「良いのか?警備的には線引きが曖昧とはいえ、ギルドは民間の組織だろ。それが公権の衛兵の前でそんな事を言っちまってよ」


 実行犯はこうして捕縛したものの、確かに今回の事件には謎が多すぎる。出来れば徹底的に調査をする必要がありそうだが、かといって衛兵達そして少数ながら検問中である旅人達の目まであるこの場で大っぴらな尋問を行う訳にもいかないよな。釣鬼の言葉に同じく、俺達も問いかけの視線をリチャードさんへと向けたものの、当の本人はそんな俺達の視線を気にする素振りも見せず衛兵達へと頭を巡らした。


「だそうだが。お前達、ここで何か問題のある行動でも目にしたか?」

「いえッ!我々は何も見ておりませんし聞いてもいませんッ!!ささ、守衛塔の一室にたまたま空きがあるようです、どうぞ教官殿お通り下さいっ!」

「ありがとよ。さっ、お前達も行くぞ」

「「「………」」」


 後で衛兵さん達に聞いた話なのだが……このサブマスター、副業で街の警備隊の戦闘訓練を請け負っている、いわゆる顧問的な立場にいるらしい。

 その訓練は想像を絶し、毎年春先に入隊した新規隊員達はこの人の強化合宿(シゴキ)という名の洗礼を受け、肉体的にも精神的にも鍛え上げられる事により一人前になっていくのだそうだ。ただし副作用として、この人に逆らえなくなってしまうというデメリットも発生してしまうらしい。葛見先生に対する俺みたいなものと考えれば良いのかね。

 だがふと冷静になってみれば、これってもしかしなくても職権乱用というか、法の適用次第では監禁罪が成り立ってしまうのではなかろうか。ふと、そんな事を思ってしまう。


「……いや、勿論首長達には此方から正式な書類で上げておくけどな?」


 そんな俺達の雰囲気を察したか、リチャードさんは少々の沈黙の後に気まずそうな様子でそんな言い訳などを宣っておられた。是非そう願いたいものですな。


「んで、尋問はいいけどよ。こいつ等の使う『技能(アビリティ)』だっけか?俺っちが見た所その『言葉』を口にするだけで逃げられかねねぇんだが、その辺はどうするつもりだぃ?」


 魔導師男を椅子に縛り付け、さぁ起こして尋問だといったタイミングで釣鬼が代表してそんな疑問を口にする。

 そこだよな。口は封じたまま筆談じゃあ相手に考える時間を与えてしまうだろうし、また正確なニュアンスも掴みづらい。だが自由に話せるようにしてしまうとまたあの『脱出(エスケープ)』とやらで逃走を許してしまう可能性があるものな。


「さっきもお前の話だと、少なくともこいつの『脱出(エスケープ)』とやらの発動は言葉での宣言を終えないと不可能なんだろ?尋問は俺がするとして、お前には脇で脅しをかけて貰いながらこいつが怪しい動きを見せたら即張り手でもかましてやればいいんじゃねーか?」

「それ、俺っちがやるのか……?」

「その見た目を今使わずにどこで役立てるって言うんだよ?」


 ごもっとも。本人は大鬼族(オーガ)差別だ……などとえらく不本意そうに零していたが、これも貴重な情報提供の為だ。渋る本人を除き、満場一致で憎まれ役を担当して貰う事が決定した。


「あ、じゃあついでにこんなのはどうかな?」

「……ほぉ、面白そうじゃねぇか?」


 そんな折、何かを思い付いたらしい扶祢がリチャードさんへと耳打ちをする。それを聞いたリチャードさんは実に愉しげな厭らしい笑顔を形作り、提案者である扶祢も悪戯っぽい笑みを浮かべながらに怪しい笑い声をハモらせ始めていた。

 詳細は分からないが一つ言える事がある……痩せ男、南無。








「……?――!?―――!!!」

「よぅ、目は覚めたか?確か名前はラッセ、だったな」


 昏い一室にてラッセと呼ばれた男――春先まではヘイホー支部に在籍していた元冒険者ギルドの魔導師は、目覚めた直後に自身の名を呼ばれ全身を拘束された状態を自覚して困惑の気配を晒す。


(そうか、私はあの大鬼族(オーガ)を『脱出(エスケープ)』に巻き込んで……)


 男が意識を失う前に見た最後の光景、それを思い出すと共に未だ半分微睡状態であった意識が完全に覚醒を果たす。そして自身の置かれた状況を知り、また目の前に居る人物が誰なのかをも同時に認識する事により、男を取り巻く状況が完全に詰んでしまった事を理解するに至ってしまう。

 リチャード・マッケロー。男が所属していたヘイホーの冒険者ギルド支部サブマスターであり、また近年随一の実力者と称された元Sランク冒険者。ラッセが率いていた『パーティ』に居たようなエセモンクとは違い、真の意味での神職拳術士(モンク)だ。現役を引退した今でも日々の鍛錬を欠かさず極限にまで鍛え上げられた身体とそこに宿る鋼の精神を持ち、嘗ては文のヘンフリー、武のリチャードとまで呼ばれた程のヘイホー支部両巨頭の片割れ。

 あぁ、あの御方に拾われようやく名を上げる『手段』を手に入れたというのに、自分は最早ここまでなのだな……そんな絶望的な心境に、男の精神(ココロ)は半ば折れかけてしまう。

 しかし男はまだ知らない、真の絶望はこれから始まるという事を―――


「――ほほほ。この(わらわ)をまるで創りモノであるかの如く蔑まれたこの鬱憤、彼奴等を率いておった頭であるお主で晴らせば良いのかや?」


 気付けば何時の間にそこに佇んでいたか、男の傍らに立ち妖艶に嗤う狐人族の女……否、コレは本当に狐人族なのか?その吸い込まれるかのような漆黒の瞳にはどろりとした狂気を湛え、見る者の全てを蕩けさすかの如き淫靡な表情。有り得ぬ事にその尾は幾又にも裂け、また瞳と同じ色を湛える艶のある長髪も合わせ世の法に逆らうかの様子で中空を揺らめいていた。


「おう、ちったぁ俺っちの分も残しておけよ?お前ぇが吸いつくしちまうと、いつも干物しか残らなくて味気無ぇからなぁ」


 妖女の眼光に絡め取られてしまった男の精神は野太い声により現実へと引き戻される。逆の側へと振り向いてみれば、そこには身長2mを超す巨躯を誇る鬼の姿。大鬼族(オーガ)は男の事を覚えてはいないようだが、男にとってその姿は数年前の惨劇を想い起こす悪夢の体現だ。

 鬼はテーブルに備え付けられていた木の板を軽くもぎ取り男へと見せ付ける。それが何かを男が認識したのを確認させ、一瞬の後には乾いた音と粉々に散った木片達。砕けた破片の一部が男の顔に突き刺さり一筋の血が流れ落ちるも、当の本人には痛みを感じる余裕など既に消え失せてしまっていた。


「お前ぇの使う『脱出(エスケープ)』だったか?あれに限らず少しでも怪しい真似をしてみろ、その口から下を即様消し飛ばしてやるからよ?」


 いっそここまでくれば気を失ったまま、その間に命果てる方が余程救いがあっただろう。だがしかし、男は絶望だけで意識を失うには少しばかり精神の鍛練を積み過ぎていた。故に自身を形作る人生そのものと言えよう、過去の研鑽を恨みたくなる程の後悔をこれからたっぷりと我が身に刻まれるであろう諦観を覚えながら、男は思う。

 嗚呼……こんな事になるのであれば、たとえ平凡のまま終わろうとあの御方に差し伸べられた手を掴むのではなかった、と。


「安心しろよ。顎が原型を留めなくなろうと、たとえ恐怖と後悔に打ち震えて気が狂おうとも。俺が綺麗さっぱり治し続けてやるからな――さて、ここで質問だ。万が一にもお前が助かる目があるとすれば、お前は今此処でどのような選択肢を取るべきだと思う?」


 精神的に追い詰められまた救出(すくい)が来る見込みも無い男が、執行者による誘惑(すくい)の言葉に対し取った反応は……。








 Scene:side 頼太


「自分、正直気が狂うかと思いました……」

「ですよねー」

「あれはちょっとネ」


 痩せ男が全てをぶちまけ、事が終わったのはそれから一時間程が経過した後の事だった。ぶちまけたとは言っても物理的な話ではなく、事情聴取的な意味でだが。

 同席していた衛兵隊長は途中で部屋から飛び出して便所でこれまた色々とぶちまけてしまったし、部屋の外から取り調べの様子を見ていた俺とピノは二人してドン引き。

 最初はあまり乗り気では無かった釣鬼も途中で日暮れ時を迎え、吸血鬼の本性が表へと表れた辺りでノリノリになってしまったからな。それ以降の部屋の扉の内側は狂気と恐怖が入り乱れる魔宴と化してしまった。魔女の夜宴(サバト)ってのがあるとすればこんな感じなのかもしらんね……。


「うーんっ。一仕事終えた後のこの涼やかな風が気持ち良い~」

「人死事の間違いじゃないっすかね」

「何か言った?」

「……ナンデモナイデス」


 何はともあれ取り調べも一段落だ。ラッセと言ったか、魔導師風の痩せ男は守衛塔内に設置された牢内に収監される事となった。当初は『脱出(エスケープ)』で逃げられるのではといった声も上がりはしたが、それについては問題はないらしい。

 ラッセの自供した内容によると、この『能力(アビリティ)』とやらは『ある御方』から貸し出されたモノだとかで、その事実を自身の意思により他人へ話した時点で能力全てを失ってしまうらしい。とはいえその言葉をあっさりと真に受けるような阿呆は早々居ない。念の為にリチャードさんが持参した水晶キットにより鑑定を行った結果、証言通りにラッセの固有能力(アビリティ)である『使役魔作成』、それと異界に遍く特定の存在情報を前述の能力により作成した使い魔に投影させる『召喚(サモン)』の能力共に消え去っていた。それどころか、その『能力(アビリティ)』を貸し出される以前に持っていたスキルまでも全て失っているというから驚きだ。

 そして肝心の『脱出(エスケープ)』だが――これについては『召喚(サモン)』で呼び出した下僕の能力を利用する形で便利な『脱出(エスケープ)』の使用もしていただけだそうだ。言われてみればあの連中、オンラインゲームっぽい話をしていたっけ。あるいはあの連中の元となる人物情報がそういったゲーム内で使っていた特殊能力か何かだったって事なのかね?

 現にラッセが『召喚(サモン)』で呼び出した三人はラッセの能力の消失と時を同じくして媒体となる使い魔諸共消え去ってしまっていた。これのみで確証とまで断定するには至らなかろうが、状況証拠としては成り立っている様には思えるな。


「これで一応の決着とはなったが、『あの御方』というのが不穏な響きで引っかかっちまうな」

「つってもよ。奴はただ『能力(アビリティ)』とやらを貸し与えられたってだけで好き勝手動いてたっつぅ話だし、肝心の『能力(アビリティ)』が消え去っちまった以上は既に繋がりも無ぇってこったろ?俺っち達に今出来る事は特には無ぇだろさ」

「……まぁ、そうなんだがな」


 あっけらかんとした物言いの釣鬼とは対照的に、リチャードさんはその後も難しい顔をしながら考え込んでいた。だが実際のところ、釣鬼の言う通り現状では俺達ともギルドとも何の関わりも無い話だからな。これにて俺達はお役御免という事になるだろう。

 少々心に残る事件ではあったが、結果的には依頼も完遂し報酬もギルドの評価点をゲット。無事に釣鬼もBランクへの昇格試験を受ける資格を得たんだから言う事は無いな。

 さて、今夜はまた依頼完遂記念の宴会となりそうだ。サリナさんとアデルさん……は居ないから、カタリナとまだギルドに屯している馴染みの冒険者連中でも誘ってヘルバーニング辺りに繰り出すとしますか!








 同時刻、ヘイホーの位置するサナダン公国より遥か遠き異国の祭壇にて、捧げられていた宝珠の最後の一つの輝きが失われる。


「――ふむ、実験は全て失敗に終わった模様です」

「所詮は一時貸し与えただけの紛いモノ。まだまだ実用の域には至らぬか」

「引き換えに吸い上げた『技術(スキル)』の活力も僅かなものでしたし。ま、こんなところですかね」

「急く必要は無かろう。我等が主の深き眠りは未だ覚める気配無く、我等の生もまた長いのだから」

「では、作戦名(コードネーム)『欲望吸鎖』は凍結という事で?」

「うむ」


 昏い祭壇の前には年齢不詳の男と女。とある魔導師に『能力』を貸し与えた黒幕達は、実験の失敗など気にする風も無く話し合う。


 人の欲望は尽きぬモノ。本能に基づいた生理的な欲求は言うまでもなく、精神面に付随する心理欲然り、社会欲然り……世に生まれ落ちたその時より欲望の鎖に囚われ、もがき続ける運命(さだめ)にある。

 技術(スキル)とは、究極的に言えばその者自身の欲を満たす為に努力を続けた結果の顕れ。それは各々が歩んできた人生そのものとも言える。

 彼等の取引へと応じた者達にはこれまでの人生全てを投げ打ってでも叶えたい欲望(ねがい)が有り、それ故にこの作戦の被検体(モルモット)としてうってつけではあったのだが……結果としてはどの被検体からも芳しい成果は得られず、また代償として吸い上げた『技術(スキル)』の活力(ポイント)も収支で言えばとても元が取れる程のものには至らなかった。


「あわよくば欲望の連鎖による共倒れも狙えるかと思ったのだが、な」

人類(ヒト)の欲というものは際限無くはありますが、方向性もまちまちですからねー。どうせやるのであれば一般人への赤字になりかねない薄利多売などよりも、力有る者への一点集中で強引に吸い上げた方がまだ収支で言えばましかもしれませんね」

「その辺りも含め、まだまだ調査の必要は有りそうだな……これは先が思いやられるというものだ」


 その後も男女は互いに何らかの定期連絡を交わし続け――不意にその場を沈黙が支配する。

 見れば直前まで男女が立っていた空間にはその気配の名残すら見られず、唯々温もりさえ感じられぬ空虚な空間が広がるのみであった―――

 少しばかり謎を残して思わせぶりにフェイドアウト。

 脇役のおっさんが生き生きと活躍する描写を書くのって、なんでこんなに楽しいんすかね。

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