第119話 欲望吸鎖①-不審者の影-
サザミ廃坑内―――
「――何だぁ?この辺り、随分と地形が変わっていやがるな」
勝手知ったる何とやらという程ではないが、既に一度深部にまでお邪魔している俺達だ。特に構える事もなく比較的記憶に新しい見覚えのある道程を進み、しかしながら、以前にあの岩軍鶏達と対峙した広間に辿り着いたところでその変化に揃って足を止め眉を顰めてしまう。
「ム、ヌシ等カ」
「よっ、久々だな」
そんな俺達へと声掛けをしてきたのは久方ぶりの再会となる岩軍鶏の長、言わずと知れた闘牛鶏だ。
「何だ。お前ぇ随分と体がでかくなっていやがるな?」
『うむ、以前貴様が去り際に言っていた「名前」というものを付けてみたのだがな。そうしたらこれこの通り、翌朝目が覚めた時には既にこの姿になっておった』
本人、いや本鶏が言う通りその姿は以前のいかにも鶏!といった形とはかけ離れており、まるで人型の鳥と言うかトサカのついた鳥人とでも言えば良いだろうか……恐ろしく堂に入った立ち姿と相変わらずの鋭い目付きで俺達を迎え入れてくれた。どうやらまた岩軍鶏の時のように、名前だけでなく種族自体が闘牛鶏と化していそうだな。
公式記録では、現在俺達が活動をしているサナダン公国を含むこの大陸には鳥人の類は確認されていないとの事ではあるらしい。翼人っぽいのなら見た事があるんだけどな、ジャミラとかユスティーナとか。
『流石、我等が主様でござる!拙者達も何れ進化に至れるよう、一層の精進に励むでござるよ!』
『アッシ達は特に変わんなかったんすよねー』
『きゃーボス恰好良い!』
『……良いからお前達は向こうで雛達の世話でもしてこい』
その脇からひょっこり顔を出してきた、これまた見覚えのある岩軍鶏組は相変わらずのゴツゴツとした岩っぽい鶏といった見た目のまま変わらないようだ。だがこの見た目に油断をしていると、岩石が飛んでくるようなとんでもない威力の体当たりなどでとんだ目に遭うのだ。
尚、ソースは実際にその被害を体験した俺なので間違いない……ガクブル。
それにしてもこの微笑ましいやり取りも久々だな。三部下達もこの廃坑内という狭い縄張りでその姿から魔物として扱われていたからか、数少ない俺達という話せる知り合いと再会出来たのが余程嬉しいようで随分とはしゃいでくれていた。しまいには呆れた様子の闘牛鶏に追い払われてしまった程だ。
『それで、ぬし等が依頼の受諾者ということで良いのか?』
「おぅ、詳細を頼まぁ」
釣鬼に促され、今回の依頼者である闘牛鶏が語り始める。最初の挨拶こそたどたどしいながらも近代共通語による会話ではあったが、やはり滑舌の方はあまり宜しくはない様子。そらそうだよな、進化前はそもそもがまともに会話を出来る種族じゃあなかったんだから。という訳で以前と同じく、ピノによる通訳を介しての内容説明が行われ、次のような事が判明する。
不審者達は四人組で、全員恐らくは人族の若い男だそうだ。それぞれ見た目の印象としては剣士、僧兵、弓兵、魔導師風の恰好をした、装備も衣装もばらばらの所謂冒険者風の恰好だという。
その連中は約二週間程前にこの廃坑付近へと現れて以来、定期的に石蜥蜴鶏の巣へ襲撃をかけているらしい。初の襲撃の際には岩軍鶏達が秋の強化合宿により山登りに行っており、石蜥蜴鶏のみでは分が悪くかなりの被害が出た様だが、不幸中の幸いか辛うじて犠牲者が出る事は無かったのだとか。
以来巣には岩軍鶏が最低でも一匹は待機するようにして警戒に当たっているとの事。連中、岩軍鶏相手にはボロクソに叩きのめされて尚、懲りずに何度もやってくるのだとか。
『俺以外の部下共では戦闘は兎も角、逃げを決めこまれると追い付けぬのだ……足が短くてな』
「「あ~」」
依頼書にも確かそんな事が書かれてたっけ。そりゃいくら強くても基本的に鶏だもんな、一瞬の間合い詰め程度であればともかくとして、長時間の捕り物劇を演じるのは難しいか。
「闘牛鶏さん自身はどうなん?その身体の形状なら捕獲も難しくなさそうに思えるけど」
『二度程捕まえた事はあるのだがな、どういった絡繰りかは解らんがあの連中……夜が明けると霞の様に消え去るのだ』
「ふん?霞、ねぇ。その連中の中に皇国のシノビでも居るんかね?」
闘牛鶏の説明を聞き、腕を組み難しい顔をしながら言った釣鬼の口にした単語につい反応してしまう。居るのか、忍者。
「――その姿夢幻の如く。体は軽やかにして変幻自在。主君の命を果たす為に何処までも対象を付け狙う生え抜きの暗殺者……ってそういや日本にも昔シノビは居たんだっけか。ワキツ皇国に於ける斥候のような役目の暗部組織だな」
「ニンジャ!」
「ピノちゃん、そういうの好きだったんだ?」
そんな言い伝えを披露する釣鬼の言葉にピノがやたら興奮した様子でニンジャなポーズを取り始める。夏の間を日本で過ごし、ネットにどっぷりと染まったこいつの事だし、恐らく殺すべしな方のニンジャの事言ってるんじゃねぇかなー。
『まぁ今日のところは奴等も来ることは無いだろう。つい先程撃退したばかりだからな』
「さっき来てたんかよ!?」
「それでこの地形の変化だったのね……」
『む?いや、それは以前に来た耳長との仕合でな』
「アー」
以前この廃坑へ訪れた――耳長、そういう事か。あの人がこの闘牛鶏とやり合えばそらこうなってもおかしくはないわな、大いに納得してしまった。
その後は岩軍鶏達の歓迎を受け、互いにここ数か月の近況などを語らいながら夜を迎え、その日は廃坑内に泊る事となった。ヘイホーとの友好関係を結んで以来、こざっぱりとした来客用スペースも用意されており、当時想定していた野宿よりは余程上等な夜を過ごす事が出来そうだ。
ただし、定番の釣鬼の変身により闘牛鶏の好奇心が疼いてしまったらしく、やはりというか釣鬼との模擬戦が始まってしまう。
『ボスゥー!これ以上やると落盤しちゃうー!?』
『……む、そうか。外でやれば良かったな』
「俺っちとしたことが、こりゃ想定外だったな」
「むしろ容易に想像が付いてたんだけどね?」
今回の依頼報酬でもある魔煌石。それが放つ蒼白き光に照らし出され、一人と一匹の激突はその後三十分程も続いたのであった。闘牛鶏はその進化により全体的に動きの速さと確度が上がっており、また釣鬼も今は吸血鬼姿であるが故か常の剛に加え、要所要所で柔を織り交ぜた多彩な業を披露していた。相変わらずこいつらの組み手は勉強にはなるものの、お陰でここまでの長時間の激突が繰り返され、結果全員の耳鳴りに加えて来客用スペースが埃塗れになってしまったんだ。
『済まんな。部下達に掃除をさせるから暫く外に出ていてくれ』
申し訳無さそうに闘牛鶏に言われ、俺達は夜の廃坑外の散歩と洒落込むのであった。
「うぅ、まだ耳が痛い……」
「耳が良いのも善し悪しだなぁ。俺でも耳鳴りがちょっときつかった程だもんな」
「ピコは平気そうだったけどネ」
「わふん」
そういえばミチルも平然としていたな。何か動物にしか出来ないコツでもあるのかね?
ピノの通訳によると「気にしない事」らしい。それを聞いた扶祢は理解に苦しむといった表情を形作り、眉間を揉み解していた。心配するな、俺にも全く意味解らんから。
「――ところで、お前ぇ等が件の不審者達って事で合ってるかぃ?」
「「……!?」」
廃坑の脇に広がる雑木林の側へと唐突向けられた釣鬼の問いかけに、そこに居た者達の動揺の気配が揺れ動く。原理は不明だが、神秘力は限界まで隠蔽されピノの神秘力感知でも感知出来なかったらしい。しかし廃坑から出てきた時点で遠くからでも分かる殺気というか、練り切れていない剥き出しの敵意を感じていたからな。なのでこうしてあわよくばを狙い、夜の散歩などという危険な真似をわざわざしていたという訳だ。
「てめーら、何モンだ?俺達の『隠蔽』が効かねーのはおかしい」
「よせ、昼の戦闘のダメージが残っていて今戦うのは危険だ。引くぞ」
「………」
『隠蔽』だと……?
その物言いからして恐らくスキルの類ではあるのだろうが、聞き覚えの無い単語に眉を潜める俺達。だがそれはさておくとしてだ。
「逃げられるとでも思ってるんかぃ?」
「「何っ!?」」
釣鬼が一足飛びで林の中へと突っ込み、不審者連中の機先を制する。遅れる事数秒して俺と扶祢も現場へと乗り込み制圧に乗り出そうとするが、ここで予期せぬ行動に俺達一同、目を瞠ってしまう。
「チッ。引くぞ!『脱出』!!」
「……えっ?」
何と連中、揃ってこの場から忽然と姿を消し去ってしまったのだ。魔導師風の姿も見えたので透明化の魔法でも使われたのかと思ったが、辺りには既に俺達以外の気配は感じない。また先程奴等が動き出すと同時に感知が可能となったらしいピノによれば、50m程先にあの四人の反応が忽然と現れた様に感じたという。
「さっきの『脱出』って、もしかして緊急離脱用のスキルとか?」
「……そんな無茶苦茶なスキルは聞いたことがねぇな」
「ウン。さっきの『隠蔽』ってのも初めて聞いたヨ」
俺と同じ疑問を持ったらしき扶祢の発言、しかしながらここの世界の住民である二人からは否定的な意見を返されてしまう。三つの世界に滞在していた時に飛行術といった魔法による移動などを披露してくれた魔法職の極みなサリナさんですら、瞬間転移や復活といったあまりにも現実からかけ離れた魔法は存在しないって言ってたもんな。
岩軍鶏達に負ける程度の相手であれば大したことがないと高を括っていた部分があったが、どうもあの怪しげな素振りと言い、今回の相手は想像していた以上に厄介な連中らしいな。
それはそれとしてだ。去り際に奴等の一人が吐き捨てたあの台詞、納得がいかねぇぜ。
「誰がハーレム野郎だ!」
「……あ~、そういえば傍から見ればそう見られちゃうかもねぇ」
「釣鬼も今は吸血鬼姿だしネ?嬉しかったりすル?」
「ぬぐぐ」
「まぁ、今日のところは闘牛鶏に報告して休むとするかぃ。そろそろ掃除も終わった頃だろうさ」
くそっ、墓穴を掘っちまった。案の定廃坑への帰り道はずっとその話題で女性陣二人から揶揄われ続けてしまったぜ……あの連中、次に会ったら容赦しねぇからなっ!
それにしても何と言えば良いのだろうか。あの四人組、パーティとしてのバランスは良さそうに見えるのだが。何故だかアンバランスというか、現実味が薄い印象を受けるな?あの短絡的思考のせいかもしれないがね。
その後、廃坑に戻ってみれば来客用スペースにはふっかふかの羽毛布団が人数分敷かれていた。
「これ、もしかして石蜥蜴鶏の……?」
『うむ。雛鳥達の初の生え代わりを使用した最高級の羽毛布団だ。柔らかさは保証するぞ』
試しに潜り込んでみたら本気で柔くてふわふわでした。でもこれ、寝たら羽毛で毒殺されてましたな落ちになったりせんよね……?
ともあれ、折角の歓迎の印だ。有難く使わせて貰うとしよう。それでは今夜のところはお休みだ。




