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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第六章 理想郷再び 編
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第117話 水晶鑑定③

 明日、悪魔さん第10話投稿しまス。

「――え」

「頼太、これって……」


 それを見た時、俄かにはその内容が理解出来なかった。むしろ理解したくはなかった、というのが本音であったろうと思う。




名前:陽傘(ひのかさ) 頼太(らいた)

種族:人族(異世界人:地球)

年齢:18


筋力:B   敏捷:B+

耐久:B-  器用:B-

精神:B-  神秘力:D[魔]


スキル:体術A- 探索D 罠感知E 調教術B 神秘力感知C 気配察知C


固有スキル:悪足掻きC

      [危機に陥った時の精神判定に+1ボーナス、生命の危機に関する

      物理判定全般に+1ボーナス]

      【狗神の呪い】A

      [愛犬が死後も飼い主へ対するその強烈な忠誠心により狗神と化し、

      対象者の存在を媒介として憑依し続けている状態。呪いと加護は

      表裏一体、努々付き合い方を誤らぬよう……]

      【適性:魔】A

      [魔・隠・陰、呼び名は様々であるが、主に負の方向へ向かう力全般

      への適性。力の渇望、社会への不信、心当たりには注意されたし]

      【『魔人』の卵】

      [凶の体現である狗神を身に纏う者。その資質により【魔】の側へと

      寄り始めている。今はまだ『卵』だが、今後の行動により変化して

      いく可能性を持つ段階]


【使役獣】

名前:ミチル

種族:狗神(邪霊)


筋力:B-  敏捷:A

耐久:B-  器用:C

精神:B-  神秘力:D[魔]


固有スキル:瘴気攻撃、瘴気の鎧化(憑依)




「なんじゃこりゃあっ!?」


 【狗神の呪い】まではまだ分かるが、後半何だこれ……。

 要注意スキルを示す【】マークは当然として、書いてる事が不穏過ぎるというか何故に俺だけ警告文!?


「―――」

「サリナさん?」


 思わぬ鑑定結果に俺達の思考が止まる中、サリナさんが徐に立ち上がり俺へと歩み寄る。そしてその手を俺、ではなくミチルの頭へと伸ばした。それを見たミチルは撫でて貰えるとでも思ったのか、生来の人懐っこさを発揮して尻尾を振りながら寄っていき―――


「――キャインッ!?」

「あら、ミチル君ったら本当に邪霊の類でしたの。ごめんなさいね、『再生(リジェネレイション)』」

「きゅーん」

「……普通の回復は効く、か。この姿の時には実体化はしているのね」 


 いきなりの悲鳴を受け反射的に駆け寄ってみれば、ミチルの片耳が消失してしまっていた。次いで驚く間も無くサリナさんの回復魔法により元通りとなる。その施術者であるサリナさんはそんなミチルの状態推移について何かを考え込み始めた様子。


「サリナさん、いきなり何を……?」

「いえ、ミチル君の種族補足に邪霊と記載されていましたので『浄化(ピュリファイ)』を込めた手で撫でてみたのですけれども。見事に効いちゃってましたわねぇ」


 愛犬の惨状に衝撃を受けた俺が固まる最中、横では扶祢が恐る恐るといった様子でサリナさんへと問いかける。だがサリナさんの軽い返答に俺の我慢は限界に達してしまった。


「ねぇ、じゃねえよ!アンタ、ミチルに何て事してんすか!?」

「あらら、御免なさいね。ですが頼太さん。常々言ってはおりますが、我々の現場稼業を続ける上での心掛けとして何時如何なる時にも心身の安全を確保し、次へ繋ぐ道を探すべしという先人の教えがあります。それはなにも魔物達との戦闘や直接的な危険という話ではなく、身に降りかかる事態全てに言える事なのです」

 

 思わず声を荒げる俺にしかしサリナさんは強い口調でそう断じ、逆に眼光鋭くも睨め付ける。殺気すら感じさせるその視線に、激していた俺はその圧力にたじろいでしまう。


「当時のお話では、今のミチル君は頼太さんを拠り所として存在しているとの事でしたわね?」

「……サリナさん、ちょっと様子がおかしくありません?」

「ピコ、こっち来ナ」


 扶祢とピノの二人もそのただならぬ様子に不穏な空気を感じたのだろう。知らず身構え俺とミチルの側に立ち、サリナさんと対峙する。対するサリナさんは、初めて見せる冷たい微笑みを湛えるのみだ。


「あら?もしかして皆さん……たかが術師風情、接近戦ならばどうとでもなるとお考えかしらね?」

「……どういうつもりですか、サリナさん」

「まだお解かりになりませんの?皆さん案外、鈍いんですのね……」

「――っ!」


 次の瞬間。発動の気配すら感じさせる事無く俺達の間の空間を不可視の何かが貫き、直後後方より発せられる炸裂音。恐らくは『空気弾(エアバレット)』系の射撃魔法か……。


「嘘っ、これって貫通属性!?」

「ボクの障壁ガ……」

「シェリー程の域には届きませんが、(わたくし)もこの程度の芸当でしたら造作無くこなせますわよ」


 それでもピノはその鋭い感知能力によりぎりぎりで勘付けたらしい。咄嗟に反応し『大気障壁(エアロバリア)』を張るが、サリナさんの『空気弾(エアバレット)』はそれをあっさりと貫通。脇を掠めた衝撃で俺の頬が軽く裂け、傷口より血が滴り落ちる感触を認識する。


「この【魔人の卵】って、そこまでまずいものなんですか……?」


 もうここまで来れば嫌でも分かってしまう。通常であれば余程の事が無い限りは精々がきついお説教程度で済ましてくれて、可能な限り大事にならないように気を配ってくれるサリナさんがこれ程の害意を見せてくる。その行為が示す現実とは、即ちここまでの対応を迫られる何かしらの要素が俺の鑑定結果にあったという事だ。そして、ミチルとの過去の関係や以前の鑑定結果を知って尚、あっけらかんとした対応をしてくれていたサリナさんが豹変をする要素と言えば一つしか思い当たらない。

 魔人――近年の創作読み物の類ではよく耳にする言葉ではあるが、サリナさんの態度から鑑みるにこの世界ではきっと、禁忌に類する存在なのだろう。その卵といった不穏な響き、そこに想像を馳せたその時、俺は自身が立つ確固とした足場が脆くも崩れ去った錯覚を覚えてしまう。

 そんな俺を無言のまま見つめた後、サリナさんは再び利き手の人差し指で俺の眉間を指し示し、変わらぬ冷笑のままに目を細める。


「させないっ!」

「……あらあら」


 その射線上に割り込む様に扶祢が青竜戟を振り抜き突撃する。しかし、いつの間にやら張られていた半透明な虹色の障壁により、渾身の薙ぎ払いはあっさりと弾き返されてしまう。


「皆さん、まだまだですわねぇ。この(わたくし)の絶対障壁、生半可な力では破る事適いませんわよ?ピノさんの力学魔法でしたらあるいは、ですが。この様な狭い部屋の中で準備も無しの発動はさて、出来ますでしょうか?」

「……その障壁を破る規模のは直ぐには無理カナ」

「くっ……」

「うふふ。さぁ……この後(わたくし)、皆さんをどうすればよろしいのでしょうね?」


 憤りと混乱の混在する俺達の沈黙に、サリナさんは明日の天気でも尋ねる様子で暢気に語りかける。言葉と行動が不自然に乖離するどことなく現実離れをしたその状況に、俺の視界はぐにゃぐにゃに歪んでしまう。なんで、いきなり何なんだよこれは……。

 もうまともに物を考える事すら出来やしない。扶祢にピノ、そして犬達もサリナさんへと険しい視線を投げ付けながら、それでもこれまで俺達を世話し続けてくれた担当であり、冒険者としての大先輩でもあるこの人に対し決定的な敵意を抱く事が出来ないでいた。


 しかしそんな状況は、不意に放たれた一つの言葉により終息する―――


「皆、ちょっと殺気が勝ち過ぎてはいないかな?まずは座ってお茶でも飲んで落ち着こうか」

「お前ぇ等もまずは座れ……ったく、何をらしくなく本気で動揺してんだよ」


 この一触即発になりかねない空気を止めたのは意外にもサリナさんの親友であるアデルさんと、そして我等がパーティリーダー釣鬼だった。


「サリナ、やり過ぎ。あの鑑定結果を見て余裕を無くしたこの子達の心理状態は察してあげなよ」

「ふむ、それもそうか。皆さん御免なさいね、ちょっと驚かし過ぎたかもしれません」

「「「……え?」」」


 俺達の対峙とは対照的に、ソファへとのんびり座り寛ぎ続ける二人の言葉にどうしたものかと立ち往生していると、対していたサリナさんがそんな事を言いながらあっさりと障壁を解き、アデルさんの隣へと座ってしまった……どういう事だ?


「三界騒動も無事に終わって気が抜けてたお前ぇ等に、暫く面倒見れなくなるからって事で活でも入れようとしてくれたんだろ。サリナ嬢は」


 そんな状況に取り残され狼狽え続けるのみだった俺達に、今度は釣鬼がどこかばつの悪そうな表情のままに解説をしてくれた。


「ですわね。流石に釣鬼さんには直ぐに気付かれてしまいましたが、大変失礼致しました」

「よせやい。本来はパーティリーダーの俺っちがその辺りを教えてやるべきだったんだがな、憎まれ役やらせちまって済まねぇな」


 つまり、さっきの冷汗すら流れ落ちそうな張り詰めた空気はただの演技で。


 釣鬼とアデルさんは最初からそれを理解していて。


 知らぬは俺達三人だけでしかも勝手に雰囲気出して盛り上がっちゃってて……。


「またかよぉおおおおおっ!」

「もうやだこの人……」

「いつか絶対仕返ししてやるかんナ!」

「うふふ。もう一度言いますけれど、御免なさいね」


 それを理解した瞬間思わず力が抜けて崩れ落ちてしまう俺達三人。ぐぬぬ、いつか必ずこのお返しをしてやるっ!

 その後は俺達が落ち着くまで小休憩という事になり、アデルさんが全員にお茶を振舞ってくれた。茶葉はよくこのギルドで使われている有り触れた物だったけれど、淹れ方が巧いんだろうな。先程までの緊張感をほぐしてくれるかの様な美味しくてほっとする味だった。

 それにしてもさっきのあの空気の直後だというのに、何も無かったかの様子でにこやかに俺達へと話しかけてくるサリナさんを見て感じた事。


 大人って、汚いと思う。


 ・

 ・

 ・

 ・


「まずは頼太。さっきの動揺自体は人としては決して悪い事では無いからね。あの時の葛藤は忘れないように」

「はぁ、心に留めておきます」


 打って変わって和やかなティータイムの間、俺の不穏なスキルの数々についての注釈をする前にそんな釘を刺されてしまった。落ち着いてきてやっと話が飲み込めてきたが、要するにだ。


「今後もしかすると、何気ない一つの要因から先程の様に険悪な雰囲気となってしまう事態が起きるかもしれません。冒険者ギルド員同士での諍い然り、外の国との文化の差異もまた然り」

「そう、ですね?」

「うん。そういった時に諦める事無く常に最善とまではいかずとも、より良い方向へ進めるよう、状況の把握と現状の改善に努める姿勢は必要だという事だね」


 という訳らしい。こうして改めて説明をされてみれば確かにその通り。これまでの俺達は運良く力押しでどうにかなった場合が多く、また周りの人々のお陰で助けられていた場合もあったが、ずっとそれが続くとは限らないからな。


「でもだからって、あれは酷いと思うんですけどー」

「ソーダソーダ!もうサリナの言う事なんか信じてやらないんだからネ!」

「うーん、皆さんお冠ですわねぇ。これはやり過ぎちゃったかしら」


 ようやく気分の昂ぶりが収まってきたものの、やはり感情として納得いかない部分は多々ある。その不満を口にする俺達に、サリナさんは完全にいつも通りの笑顔を浮かべながらそんな呟きを漏らしていた。出来ればこういった突発的なドッキリ風ではなく、まずはお互いの心の平穏の為にも平和的解決を目指して口で説明して貰いたいものでありますよ……ためにはなったけどさ。


 その後具体的に固有スキルに関しての説明をして貰って以下の通りの事実が判明した。

 まず【『魔人』の卵】、これに関してはピノの【『狂妖精(マッドフェアリィ)』の卵】と同じくまだ卵の段階でもあり特段気にする事も無いらしい。


「そうだなぁ……頼太達がよく言っている厨二病、だっけ?あれに近い感じの物とでも思えば良いかな。百年程前に初の【『魔人』の卵】所持者が出た当時は、まだ魔族の大陸との交流も殆ど無く大騒ぎになったらしいけれど。現在の認識では、過去にそういった『魔人』となった者達の末裔が今の魔族であるという見解が主流だね。その魔族だって実際のところ人類との間に子も成せるそうだし、ならば極論、ただの個性の極致と言えなくもないのではないかな」

「ふぁ……」

「良かったネェ頼太」


 そんなアデルさんの解説に、俺よりもむしろ扶祢の方がほっとした様子で胸を撫で下ろし、ピノも良かった良かったと言ってくれる。何はともあれ、こうして説明を聞く限りでは特段危険という状態ではないらしい事にようやく俺も安堵の息を吐けるというものだ。


「やっぱり異邦人の方々はこういった『設定』が大好きなのですね。あの様な急な作り話を少しも疑われず、あそこまで信じ込まれてしまったのは少しばかり予想外でしたわ」

「アンタはもうちょっと自重して下さい!?」

「諦めろ。サリナ嬢は最初からそんなだったろうがよ」


 いや、それもそうなんだけれどね。どうにもこの納得いかなさにモヤモヤとしてしまうぜ……。


「どちらかと言えば【適性:魔】の方が少しばかり厄介に思えるかな。この辺りはその出自からしても、君達の方がよく分かっているとは思うけれども」

「力の渇望、は確かにねぇ」

「夏に日本に滞在してた時の頼太はちょっと危なっかしかったものネ」

「ま、それは今は解決してるだろ」

「う、その節はお世話かけやした……」


 日本での夏休み、か。思い返してみれば昨年までは日々代り映えのない、日常の象徴の様な生活を送っていた日本ですら、目を凝らしてみれば様々な出来事があり――そしてミチルと再開した事により俺の鬱屈とした昏い情感が晴らされたんだったな。

 そう考えてみればこの【適性:魔】のお陰で何の不都合もなく、狗神(ミチル)と共に在れるとも言えるんだな。


「そうですわね。当時聞いたお話ですと少しばかり理由が弱い気がしましたけれど。現実的に頼太さんに魔の適性が有り、しかもAという異常な高評価であるとすればあの魔気の鎧を十全に扱える事にも大いに納得がいきますわね」


 やはりそうなのか。であれば今の俺には、この不穏なスキルの数々を忌避する理由もないものな。あるいは今後道を踏み外す危険があるやもしれないが、少なくとも後悔だけは有り得ない。だって、そのお陰でミチルとこうして、再び同じ時間を過ごせるのだから……。


「な、ミチル」

「あぉん?」


 相変わらずくりくりとした人懐っこい目で見上げてくるその頭を撫でてやると、ミチルはこれまた嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振って返してくれた。うん、少しばかり変わり種になったというだけで、やっぱりこいつは犬だよな。


「ふむ。【狗神の呪い】もミチル君が実体化した結果『忠犬の忠誠』が変質したものと思われますし、特に異常があるようにも見られませんわね」

「『悪足掻き』も上がってるネ」

「こりゃ嬉しい。こいつにはいつも助けられてるもんな」

「へぇ、時々頼太の動きが妙に良くなるのはこれのお陰だったのか。その若さでCに達しているとなると、伝説の『足掻き師』にすらなれるかもしれないね、これは」

「何すかその胡散臭い職業……」


 こうして気分を入れ替え、スキル欄の他の項目についてチェックを再開した所でまたまたアデルさんの口から怪しげな単語が出てきたようだ。なんだその『足掻き師』って。


「今から百五十年程の昔のこと――当時は未だ小さな港町であったクシャーナへと、海路の覇権を握るべくインガシオ帝国軍が攻め入らんとする事件が起きました」


 こちらの示した興味に先程の謝罪とばかり、殊更に舞台劇調な語りを始めるサリナさん。相変わらずな変わり身の早さに俺達一同半眼となってしまったものの、その語りの雰囲気に引きこまれついつい話に聞き言ってしまう。

 曰く、既に『足掻き師』として大道芸で身を立てていたスハイル・ツァペリンは、生まれ育った町を守る為、その身を挺して壁となる。

 港町へと迫るは千を超す帝国軍。彼は独りそれを相手取り、半日もの長きに亘り帝国軍を町の外で足止めしたという。


「――その手練手管は不明ですが、この言い伝えが真実であればたった一人で戦争を未然に防いだ、恐るべき快挙となりますわね」

「ツァペリンの『武器』は何処からともなく取り出す無限の煙幕弾とも、空間を跳ぶ能力を持つブリンクビーストの獣皮を使用した多連鞭とも云われている。その変幻自在の業を振るい命を賭した彼の足止めのお陰で公国軍の防衛介入がぎりぎり間に合ったという話だよ」


 過去にはこの大陸でも戦乱が激しい時期があったとは聞くが、そんな身近にも国同士のごたごたというものはあったんだな。そしてその命を呈した大道芸人の在り方はまさしく英雄に相応しき振る舞いだった、そういう事か。

 俺などはその話に素直に納得しかけてしまったが、そこに何やら引っ掛かりを覚えた様な表情を見せる釣鬼の疑問が投げかけられる。


「だけどよ、今の話にゃ一つも『悪足掻き』が出てこねぇんだが?その防衛戦で使われたっつう話だけの落ちってやつかぃ?」

「それがこの話の不思議なところでね。確かに戦闘でも使われたなどとは言われてはいるけれど、この話の本番はその防衛戦が終わってからなのさ」

「ほう?」

「ツァペリンはクシャーナを護り切りました。しかし彼は超人でもないただのいち人間、千からの部隊相手に生き残ることなどは到底不可能。多聞に漏れずツァペリン自身もその防衛戦にて殺害された、帝国の公式文書ではそう記録されています。ですが不思議な事に数日後、彼はいつも通りの時間と場所で、変わる事無く大道芸に興じていたというのですよね」


 それは確かに妙な話だな。サリナさんの補足を受け、俺達は揃って話の続きの不可思議さに首を傾げてしまう。そこに答えを出してくれたのはアデルさんだった。


「それは彼の持っていたスキル『悪足掻き』によるものだと専らの噂だよ。当時の有志達が頼み込み彼の鑑定をさせてもらったところ、『悪足掻き』のランクは何とSにまで達していたという話だ。先の防衛戦での活躍により一躍時の人となった彼には様々な勧誘が来た。しかし彼は『自分、いち大道芸人なんで』と言って全ての誘いを断り、終生クシャーナの路地で大道芸に勤しんでいたそうだよ」


 ……イイハナシカナー?


 いや、防衛戦の活躍やその後どうやって生き延びたかには興味が尽きないところではある。あるんだが……特に盛り上がる部分もなくそこで話を終えられてもなぁ。


「ソレ、ただの変人ジャネ?」

「うん、私もそう思った」


 だよねー。何とも締まらない話の締めくくりに場の空気はすっかりと弛緩してしまい、口直しに再びアデルさんが淹れ直してくれたお茶を味わい一区切り。


「ふふ、確かにそういう伝説があるというだけの話だけれども。生き足掻く、彼はそれに特化をしていたが故に故郷を護りきる事が出来たのだろうな、と思ってさ。随分と変わった固有(ユニーク)スキルではあるけれど、常に前向きに足掻く事が出来るという有様は、大きな長所ではないかな?」

「あぁ、そういやお前ぇもいつも最後まで諦める事だけはしねぇよな。幻想世界然り、ゴウザとの仕合然り。あの合成獣と相対した時もな」

「うーん。何と言うか微妙な総評有難うって感じですかね」


 どうやらアデルさんもそこは同意らしく、俺の言葉に苦笑いを浮かべたままに肩を竦めるのみ。一応俺へのフォローをしてくれていた、という事なのだろうか。

 改めて振り返ってみれば、最後まで諦めるなという心掛けは少年時代より葛見先生から髄まで叩き込まれた一つの有り様だ。だから俺にとっては別に特別なものでもないのだがね。

 人間(じぶん)を識る、これはやはり一朝一夕にはいかないものだ。それをこうして文字の羅列として客観的に見る事が出来る、この水晶鑑定はつくづく便利な物だと思う。これを創った先人達の偉大さに敬意を表しつつ、提示された情報とそれに伴う先輩達の助言を有り難く受け取るとしよう。


「はい、これで皆さんの再鑑定が終了した訳ですが」


 最後に真顔へと戻ったサリナさんが皆を見回し言葉を紡ぐ。その横ではアデルさんも同じくだ。


「各々気になる情報や不穏な警告文などがあったとは思う。しかし、これらは全て目安にしか過ぎないからね。性能表記(カタログスペック)ばかりに気を囚われず、常に前を向き自己の研鑽を忘れないで欲しいと思う」

「はいっ!」

「そうっすね。肝に銘じときます」

「検証は大事だよネ」

「常に自己の研鑽たるべし。良い言葉だな」


 もしかしたらアデルさんは野次馬をしにきたのではなく、この最後の言葉を言う為にわざわざ俺達に付き合ってくれたのではなかろうか、今となってはそう思えなくもない。何れにせよ、冒険者としてだけではなく人生の先輩達が俺達を気にかけこうして贈ってくれたお言葉だ、心して聞かねばね。


「そろそろ時間ですわね。(わたくし)達は公都へ出発するとしましょうか」

「一月以上は街を空ける事になると思うから、他の連中への説明はお願いするよ」

「「いってらっしゃーい」」

「おぅ、お前ぇ等も気をつけてな」


 こうして俺達の再鑑定も完了し、アデルさん達は公都クムヌへと旅立っていった。

 時期は十月上旬、少々肌寒くなってきた秋のある日の出来事だ。






「それじゃあ皆さんの依頼を見繕いますかー、って何これ!?この部屋で一体何があったんですかっ」

「「あっ」」

「……やられちまったな」


 そういえばサリナさんの悪戯のお蔭で鑑定に使った部屋がえらい風通し良くなってしまったんだった。だからあの人達、言伝もそこそこに急いで出発していったのね……やられた。

 当然のことながら、その後騒ぎ立てるカタリナの声を聞き付けギルマスまでやってきたのは言うまでもない。そのまま説教をされかけたものの、やられっぱなしは癪なので全面的にあの二人の所為という事で押し通しておいた。じっくりと話し合えば案外信じて貰えるものだ。

 あの二人の日頃の行いの賜とも言う。

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