第114話 生活魔法と宴会芸
別に待ってないかもしれませんがお待たせしました、ようやく生活魔法の登場です。
秋も深まる十月上旬のとある夜のこと。冒険者ギルドヘイホー支部、そのロビー脇に設置されたドアをくぐり入っていった先の小演習場では、冒険者達が平穏な秋の夜長に似つかわぬ俄かな盛り上がりを見せていた。
「喰らえ必殺!『火炎の吐息』っ」
―――シュゴォーーッ!
「「「おおおー!」」」
「うぅ……」
俺の吹き出す『炎』が勢いそのままに目標の藁人形へと命中し、火に包まれた藁人形は派手な勢いで燃え盛る。それに伴い沸き起こる、酔っ払い共の歓声。
「何ノッ!水ヨ、その大いなる流れに逆らわんとする不遜なるモノ共を斬り砕ケッ!『水流斬』ッ」
―――シュパッ。
「「「うぉぉおお!?」」」
「うぅう……」
先の俺に対抗をするかの如くピノが振るった極細パイプからは刹那の激しい水流が吹き出し、石人形の首に当たる部分を切断する。そしてまたまた沸き起こる、酔っ払い共の歓声。
「ふっ、最後は俺っちの出番だな。ここをこうして、と……全ての穢れよ、疾く失せよ!『範囲洗浄術』!」
―――シュワワワワン。
「すげえっ!こんなやり方あったのか!?」
「釣鬼さん素敵ー!ついでにこれも洗濯してー!」
「ふむ……?これは『汚れ』を介して複数の衣類を『一つの物』として判定する事で、範囲選別をされているのかな?」
「参考になりますっ、メモメモ」
―――やんややんや。
「………」
極めつけにはトリを飾る釣鬼によるただ一度の『クリーナー』により、繋ぎ合わせた汚れた服の群れが次々と連鎖洗浄をされていき、ここに今宵の宴会は本日最高潮の盛り上がりを見せていた。
「……納得いかないのだわっ!どうして私だけ生活魔法が使えないのさっ!?」
「どんまい、魔力E-」
「魔力E-じゃしょうがないヨネ?」
「魔力E-でも気を落とすことはねぇさ。その内きっと良い事もあるだろ」
「そんなE-って連呼すんなー!」
まぁ、若干一名を除いてだがね。
先日俺達がヘイホーへと帰還してよりまず真っ先に為した事と言えば、俺達の念願でもあった生活魔法の購入だ。生活魔法というのは、神秘を扱う技術体系が存在するこの『アルカディア』に於ける便利用小物のような立ち位置の魔法であり、今ではちょっとした魔法店や学校等ですぐに購入出来るスクロール習得タイプの簡易魔法なんだ。
その性質上、厳重なリミッターがかけられている為に一部を除き殺傷能力はかなり低めであるし、元々が名前の通り生活の一部に根差した技術として作られた技術なので今では物理的な代用品も多々ありはする。だがね……やはりファンタジー世界での代名詞の一つなのでこう、浪漫に心が擽られてしまうのだっ!
思えばあの異世界ホールを通り、初めてこの世界へとやってきてから約半年。生活魔法の存在自体を知ったのは五月の末辺りだったからそこから数えれば四月程となるが……長かった、本当にこれを覚えるまでが長かったんだ……。
それだけに俺達というか主に俺は感慨も一入であり―――
「私だって楽しみにしてたのに、あんまりなのだわ……」
「ええっとぉ……扶祢さんっ、前向きにいきましょうよっ!魔力E-でも今の頼太さん達みたいに工夫すれば少しは……ちょっとなら、火花とか水滴位は出せるかもしれませんしっ」
「その言葉、逆に心に刺さるんだけど……」
しかし扶祢が一人えらく落ち込んじゃっていましてな。カタリナが扶祢にフォローを入れようするも、見事に逆効果となってしまっていた。既に酔っ払い達に混じりケラケラと笑っているサリナさんは酔い潰れるのも時間の問題だから当てにならないとして、俺達としても身内がこんな様子じゃあ隠し芸大会を満喫し辛くてね、参ったね。
サリナさんがここまで酔いどれてしまった理由としては、以前に耳にした新地域に立ち上げるサブマス候補生としての研修が決定していた事に起因するだろう。そのお祝い会を兼ねたパーティで、俺達のパーティの担当受付をカタリナが引き継ぐ事が伝えられた。
「皆さんのお相手を見ず知らずの子に任せるのはちょっと大変だと思うのでっ!」
引き継ぎ宣言ついでにカタリナからそんな事を言われたんだけど、ちょっと言ってる意味が分からないんですよね。僕達そんな問題になるような事、しましたっけ?
……いやまぁ、冒険者登録をしたその日に応接室爆破事件を起こしていきなりギルマスに説教されてしまったり、宴会の度にちょっとばかりはっちゃけちゃってサリナさんから説教を喰らったりしてる様な問題児達だから敬遠されてるといったところなのかもしれないが。
ま、まぁ喉元過ぎれば何とやらを実践する精神を発揮するとしてだ。
今やっているのは、本日ついに習得した生活魔法のみを利用してどれだけ観客達を沸かせるかに特化した隠し芸大会と言いますか、宴会芸のお披露目というものでしてな。
例えば先程俺が使用した『火炎の吐息』も、度の強いアルコールを悪役レスラーばりの毒霧状に吹きそこにタイミングよく『着火』という、火系統の生活魔法を発動させた合わせ技ってやつなんだ。
ピノの『水流斬』に関しても、こいつは元々精霊魔法のみならず魔導系魔法もそこそこは使いこなすお子様である訳だ。そんなこいつが今更普通の攻撃魔法を使ったところで先程の様な拍手喝采とはならなかっただろう。つまり当然、あのエセ詠唱はただの雰囲気作りである。
これも『水道』、実際に水道が出るのではなく、飲用にはならない水を創り出し、手の汚れなどを落とす用途により名付けられたのだそうだ――という水系統の生活魔法で創り出した水をアクアジェット方式でピンポイントに加圧することにより、切断というか極小サイズの連続した破断効果を発生させる、といった代物だった。
いつもの事ではあるんだが、生活魔法すら殺人兵器と化してしまうピノは本来か弱いイメージを抱かれがちな妖精族としてはどうなんだろうなと思ったり思わなかったり。もう一度言うがいつもの事ではあるのだし、今この場には仲間内か酔っ払い共しか居ないので最早誰も突っ込む奴が居なくなってしまったのだがね。
そしてトリとして釣鬼がお披露目した『範囲清掃術』だな。
こいつはデンス大森林の管理人をやっていた頃の釣鬼が暇に飽かせて試行錯誤をした結果発見された、画期的な洗浄術であった。とはいっても別に小難しい理論が必要な訳では無く、例えば衣類ならば衣類同士を縛り上げ、その結び目に敢えて別の汚れを付けた後に普通の『洗浄術』をかけるだけというお手軽さ。
こういった魔導系魔法の専門家でもある受付嬢筆頭が酔いどれ中なので詳細は不明だったが、それなりに魔導系に強い面々の分析によれば恐らく結び目に同じ種類の汚れを付着させる事により、術としてのオート選別機能が繋がった部分全てを同一の品と判別しているのではないか?といった見解が出されていた。その分一回辺りの消費は増えるものの、そこは子供でも安心して扱える程度に制限調整された簡易魔法。元々の消費が極めて少ないが故に全く問題とはならず、むしろ一日に使える回数が決まっている生活魔法を利用する上ではこの上無い優れた使用法だと言えよう。
こんな感じに三人して隠し芸を披露していたら、当初は個別にギルドロビーの飲食スペースで飲んだくれていた冒険者達や午後のシフトが終わり解放された受付嬢達が集まってきちゃってね。ちょっとしたパーティ状態となってしまったのだ。その結果、扶祢一人がこうしてやるせない思いを味わう事となり―――
「もういいっ、宿屋に帰るのだわ!」
「待て待て」
「扶祢だって規模は小さいケド、全く使えない訳じゃないじゃナイ?」
「そうそう、何事も新たな発想と挑戦こそが大事だと思うぞ。もう一回使ってみたらどうだぃ?」
「むぅ……」
この通り、見事に不貞腐れてしまった扶祢ではあったのだが生活魔法を全く使えないという訳ではなく、一応持っている魔力相応のモノは出せてはいたんだ。という事で俺達総出により引き留められた後に釣鬼からやんわりと促され、健気にも再度挑戦した扶祢の生活魔法の実例をここに挙げてみよう。
『着火』:百円ライターに使われる火打石部分の火花程度な着火マン状態……というか火花のみ。
『水道』:使うと手が濡れる。調子が良ければ御猪口一杯分程度の水なら作れる時もあった。
『洗浄術』:消毒用アルコールシート一枚で足りる範囲を拭き掃除出来る程度の汚れなら何とか。衣類の洗浄は出来ませんでした。
実際に皆の前でやってもらってから気付いたのですが、これってもしかしなくても晒し者状態かもしらんね。あれ程盛り上がっていた宴会場はすっかりお通夜ムードで静まり返ってしまったし、それでもめげずに一通り披露した扶祢へ対する皆からの痛ましい視線といったら……。
「うわぁぁぁんっ、もうやだー!」
「……どんまい」
「悪ぃ、人には向き不向きってモンがあったよな……」
「もう霊術でそれっぽいのを創った方が早いかもネ」
「「「それだっ!!」」」
「それだじゃないよ!?」
ピノの言葉にこの状況を払拭する光を見たか、一斉に声を揃えて叫ぶ冒険者達。
基本的にお祭り好きである扶祢は、これまで冒険者達の小宴会の類に参加する度に様々な宴会芸もどきを披露していた。故に同じく宴会によく参加する冒険者面子の間では「何だかよく分からないが狐人族だし、それっぽい怪しい術を手品に使う奴」といった認識をされており、霊術の使用に関しては割と周知の事実ではあったんだ。最も、実際にこういった場で見せてきたのは霊術ではなく、サキさん仕込みの手品師ネタだったらしいがね。
ここで大事なのは当時実際に使用していたかどうかではなく、今この場に居る皆が「扶祢が霊術という妙な魔法を使える」といった認識を持っている事だ。つまりは―――
「――よし、それじゃあこの際だから扶祢が生活魔法っぽいモノを使える様に、その霊術を改造する会でも発足させて皆で意見を出し合うという事でどうだろう?」
「「賛成!」」
「あのそれ、生活魔法については諦めろって言ってるも同然ですよね……」
アデルさんの音頭に皆もノリノリで返し、こうして本人の希望とは斜め上な方向での代替案の創作に取り掛かる事となった。
「ではまずは一番分かり易い『着火』からかな?」
「それは霊術の狐火ってやつの規模を小さくすれば解決じゃないか?扶祢、前そんな話してただろ」
「そういえばいつだか言ったっけ。じゃあ、久々だけどやってみるね」
「ワクワク」
・
・
・
・
念の為に実験用の首無し石人形を対象にしておいて正解だった。
扶祢が生み出した狐火は形こそ伝承に謳われる霊魂っぽい形状そのものではあったのだが、その青白き狐火の大きさは実に炎心部分だけで凡そ直系30cmにも達していた。それを見た時点で嫌な予感しかせず、扶祢を除くパーティメンバー三人はさっさと観客達の後方へと退避を余儀なくされてしまう。当然の事ながら、それが石人形に当たると同時に物凄い熱量が解放され……。
―――ボムッ!
「きゃあああっ!?石人形がグズグズに、っていうか床が溶けちゃってますよぅ!消火班ー!!」
「水じゃ間に合わないってコレ!?……エエイ『氷雪牢』ッ!」
「ぎゃあー!カイマンが吹雪の巻き添え喰らっちまったぁっ!?」
「オ、オラにはまだ都会は早かったべさ……がくっ」
「カイマーン!?寝るなー!お前爬虫類なんだから冬眠なんかしたらそのまま永眠しちまうぞ!」
「あ、あれー?おかしいなぁ。こんなに出力高かったっけ、狐火……」
狐火の爆発に慌てふためくカタリナの呼び声に呼応し魔法の心得のある冒険者や受付嬢達が水魔法で対処するも、あの狐火の色から想像出来る通り、最大効率で酸素を取り込み燃焼し続けていた炎の温度に対抗するには些か役不足だったらしい。結果としては、ピノが石人形の周りにコンパクト吹雪を創り出しどうにか事無きを得たのだが、カイマンさんがそれに巻き込まれちゃってな……。
カイマンさんは公国内ではあまり見る事のない、蜥蜴人と呼ばれる種族の冒険者だ。なんでも遥か南にある異国より、この公国まで出稼ぎにやってきたんだそうだ。その種族名からイメージされる通り見た目は全身鱗に覆われ直立した蜥蜴といった感じだが、近代共通語も問題なく話せはするし本人の気性も穏やかで、こうしてよく宴会に参加したりなど付き合い易い人なんだよな。
今も目の前で介抱をしている小人族のアルシャルクさんからは爬虫類がどうのと言われているが、実際には多重構造の鱗が断熱材の役割を果たし体熱を外へ逃がしにくくしているそうで、むしろ寒さには強い方なのだとか。お陰で今のピノの局所的な暴風雪に一部巻き込まれて尚、ネタで済ませられたのだろうがね。
「そういえばサキさんが言っていたっけ。扶祢はまだまだ術の加減がなっていないって」
「うぅ、その通りであります」
先日薄野山荘に泊まった際に交わした、サキさんとの会話内容を思い出したのだろう。アデルさんがそんな事を言う横では、扶祢が恥じ入った様子で縮こまってしまっていた。可愛い娘が心配で堪らないが故に娘の友人達に理解を得ようと余計な事まで話してしまう母親心理というものなのだろうが、本人にとっては非常に不本意な結果が続いたこの状況でそれを指摘されてしまうのは、それはもう精神的にきついでありましょうな。
その後もこれらの例に倣うかの如く、他の生活魔法に類する種別の霊術改造についても大体散々な結果に終わってしまう。そして、後に残るは惨憺たる有様と化してしまった演習場の成れの果て。
「君達はギルドの演習場を、遊び場か何かと勘違いしてはいないかな?アデル君まで居ておいて、どうしてこんな事をしてくれるかなぁ」
「むしろアデルさんは発案者だったと思いますっ!」
「「そーだそーだ!」」
「なっ……カタリナそれはずるいよっ!?大体、君達だって乗り気だったじゃないかっ」
日勤の時間も終わり、つい先程に帰宅したばかりのギルマスも惨事の連絡を受け慌ててギルドへととんぼ帰りで駆け付けたらしい。然る後に酔い潰れてしまったサリナさんを除く全員が演習場の床に正座をさせられ、こうして説教プレイと相成った。
この正座も、俺と扶祢がサリナさんに謝り倒す時によくやっていたのを目撃した他の冒険者や受付嬢達の間で思いの他流行ったらしいのだよな。そして俺達がヘイホーを留守にしていた二月程で、すっかり定着してしまったのだそうだ。世の中何が流行るか分からんものですな。
「……あぁ、そういえばアデル君こそ率先して問題を起こしてくれるタイプだったか。僕としたことが、こんな大事な事を失念していたなんてね」
「くっ、ギルマス待ってくれ!確かに提案したのはわたしかもしれない。しかしだよ?この平和なギルドの建物内でしかも他愛無い筈の宴会から、まさかここまでの被害が出るなんて普通予想出来ないと思……いや扶祢、君が悪いと言ってる訳じゃないからね?だからほら、元気を出して――」
「本当、ごめんなさい……」
自身に責任を被されそうな気配を察したらしいアデルさん。慌てて言い訳をし始めたところで横の扶祢が更なるショックで涙目になってしまったのに気付き珍しくあたふたとし始める。だが、それで状況の改善が見込める当ても無く……。
「何か、釈明すべき事でもあるのかな?アデル君」
「……責任を持って弁償をさせて頂きます」
結果的には、騒動元となった俺達のパーティにも問題があったろうという訳で損害分は折半とし、こうしてこの小さな騒動は幕を閉じることとなる。
マッチ一本火事の元、扶祢の狐火災害の元。皆さんもふとした思い付きから思わぬ災難に見舞われないよう、気を付けて日々の暮らしを営んでいきましょう、という教訓でありました。
「結局私の生活魔法、どうやって使えって言うのさー!?」
「「「どんまい」」」
オチが無いのが本当のオチ(意味深)
生活魔法のくだりはさらっと流して今回でステ鑑定まで終える予定だったのですが、上手くいかないものだ。
次回、最新版のステ鑑定らしいです。




