第111話 狐耳となりすまし詐欺
今回より新章開始でございます。
章開幕後の暫くはいつも通りのんびり予定ですね。
秋も深まるある晴れた早朝。サカミの砦町――否、今やサカミ独立都市と呼ばれる大きな街の正門前で、俺達はジャミラ率いる【泡沫の新天地】の面々に見送られサカミの街を後にする。
異世界ホールのあるマイコニド火山の麓までは、サカミに滞在していた最後の数日間でどこぞの狂妖精率いる小鬼族研究者チームが一丸となって創り上げた、簡単な造りの自走式トロッコのようなもので移動する事となった。
「「「さぁ、乗れ!」」」
ゴブリンという、ファンタジー小説や漫画といった創作物において大多数では序盤のやられ役として醜悪に描かれるであろうその緑色の顔を満面の笑みに染め上げ、一斉にこんな事を言って迫られた日には誰だって逃げ出したくもなろうというものだ。だってこの小鬼族達の目付き、マジモンの徹夜上等な研究者のそれだったんですもの……。
結果としていつも通りに釣鬼や扶祢と乗る権利の譲り合いという名の醜い争いをしていたら、アデルさんとサリナさん、そして何故かミアまでもが興味深そうに乗り込んでしまった。
「ふむふむ……お、おぉおお!?」
「あら、あらあら……?あらあらあら!」
「に"ゃ~~~~~!!」
かなり危なっかしい操縦ではあったものの、一応まともに動いてはいたらしい。見ればタイヤにはゴムのような物が履かれ簡易的なひさしも取り付けられており、荷台の揺れも予想よりは随分と少ない様子……ところでミア君や、何故に君は悲鳴を上げながらもそう何度も乗りたがるのかね?心なしか尻尾もフリフリと乗り気で漲っている様子。
それはそうとして。これは量産品が出揃って道の整備さえ整ってしまえば、一足飛びでこの世界の移動技術関連が進むんじゃなかろうか。仕組みとしてはクランク式の動力部分に魔力や精霊力といった神秘力を利用しての人力自動車といったところか。
実はこっそりピノが関与していると知った当初、もっとやばい物が出来てしまうのではないかと三人してこの数日気が気じゃ無かったのだが、この程度であれば『翼』を既に作っていたこの街の連中でもあるし、現地の世界文明への過剰な関与には抵触しないかな?ピノも一応その辺りは考慮に入れて研究に参加していたようだ。
「内燃機関まで伝えちゃうとまずいケド、振動減衰装置位だったら別に良いヨネ?乗り心地良くするだけだしサ」
「いや…駄目だろ……」
「ピノちゃん、またやっちゃったのね……」
「エー……アイタッ!?ポコポコ殴んナ!ボクの頭が悪くなったらどうすんダヨ!」
「全く、お前ぇは」
その魔改造プランの張本人であるピノはと言えば、釣鬼に拳骨を落とされても悪びれた様子も無く小鬼族研究者と意気投合した様子で絡繰り談義に興じていた。その楽しそうな様子を見て俺達も呆れながらもついついその話に耳を傾けてしまい、予想外に楽しい三界最後のドライブと洒落込んでいた。
隣を見れば走る車の座席から楽しそうに辺りを見回すサリナさんにアデルさん。そんな涼やかな風景の一カットを見ながらBGMと化した研究者達の話を聞いていたところ、どうもピノの奴、所謂足回りサスというやつの概念を教えちゃっていたらしい。
一応本人の言い訳としては機械工学系はそこまで強い興味が無かったのもあり詳細はよく分からないらしいとの事で、伝えたのは概念的なものだけという話ではあるんだがね。実際に作り上げたのは小鬼族研究者達だというのであれば、ぎりぎりグレーゾーンと言えなくもない、のか?仮にその辺りが監視者達の禁止事項に抵触していた場合はピノを容疑者として差し出して、監視者様のお怒りを鎮める事としようか。
そんな訳で現在何台かに分けてではあるが研究者達と共に実験に付き合う形でジャミラとシェリーさん、そしてクロノさんにゴウザの四人も異世界ホール前までこの『自走車』に同乗してくれていた。
「それにしてもこれといい、サカミ付近の技術だけで言えば理想郷よりも発展しちゃってるんじゃないかって思っちゃうよな」
「実際この『自走車』もそうですし『翼』にしても、向こうではまだまだ実用の域には達してはいませんものねぇ」
そんな俺の感想にサリナさん達も同意を示していた。戦争というのは多大な不幸も生むけれど、技術の発展の面で考えると間違いなく有用な影響を齎しているんだよな。そんな一件ちぐはぐにも思える現実の複雑怪奇さをしみじみと実感してしまうね。
それから数時間は経っただろうか。この世界に来た当時とは違い歩き疲れを覚えることも無く、また予想外に大勢で随分と賑やかな帰路となっていたが――ともあれ、俺達は無事に異世界ホールへと辿り着いた。
「それじゃあ、お世話になりました」
「あぁ、落ち着いた頃にでもまた遊びに来てくれ。その時はもっと賑やかになったサカミを見せる事が出来るだろうからな」
「はいっ、その時はまた宜しくお願いします!」
「貴様達には世話になった。お陰で我が息子達にも良い影響となったようだ。また歓迎してやらんでもない……一人を除いてはだがな」
こんな時にまでアデルさんをじろりと睨み、だが照れくさそうにそんな事を言ってくる。決着を付けると言っておきながら、このオッサンも何だかんだでアデルさんを認めてはいたのだろう。
「おやま、これは手厳しいね。わたしはゴウザのこともそれなりに好ましいと思っていたんだよ?」
「ぬっ……ええい、さっさと行け小娘がっ!」
「あははっ――うん、クロノも元気でね」
「あぁ。お前達も達者でな」
俺達はジャミラとゴウザ、そしてクロノさんへと順番に挨拶を交わす。そして勿論の事ではあるが、最後に残るのは―――
「――皆さん」
シェリーさん。いや、この三つの世界に於ける『サリナ』という存在。
「何だか初めて逢った時と比べると、随分と柔らかくなっちゃいましたよね。シェリーさん」
「え?あ、えぇそうですね。その際は本当に失礼を、お恥ずかしい限りです……」
つい半年前にこちらの世界へ来るまでの間、ずっと生まれ故郷で育った俺は別れの言葉を交わした機会などというものはあまり多くは無い。だから素直にその時思った事を言ってみたら、シェリーさんは顔を赤くして縮こまってしまった。
「いえー、あの時はしょうがなかったと思いますし。そうじゃなくって、今のシェリーさん、良い顔してるなって」
「え……」
そんな彼女に扶祢がそう続け、その言葉にまた俺達も揃って頷く。
「だよな。俺がヘルメスみたいなチャラ男だったらそれこそ、形振り構わず口説いてた位にはね。街の皆からも随分と慕われてるみたいだし、これならもう心配無いっすね」
「あの頃は抜き身の刃物の様でちっとばかり、いやかなりか。危なっかしくて見てられなかったからな」
「ソウソウ。いきなり釣鬼に『十字轟雷』を叩き込んだりネ」
「う、その節は重ね重ねっ……」
「ハハハ、そういやそんな事もあったなァ」
あったあった。当時のシェリーさんから見れば俺達は不審極まりない存在だったというのもあって暫く険悪な雰囲気が続いていたし、サリナさんの家で最初にアデルさんを見た時もシズカが真っ先に出足を抑えていなければどうなっていたかも分からなかっただろう。それが今や、こんなに柔らかい顔を出来るようになるなんてな。
「むしろあのうっかりな所を見せ付けられたからこそ、わたしはシェリーがサリナの鏡映しだという事に納得しちゃったのだけれどもね」
「……それ、どういう意味よ?」
「「「えっ?」」」
「くっ……貴方達、ギルドに戻ったら覚えてなさいな」
「「「職権乱用反対!?」」」
当然の事ながら、揃って困惑()で返してしまった釣鬼先生以外の三人にパワハラが圧し掛かってしまったのは言うまでもないだろう。うん、でもこの流れなら言っちゃうよな。
「クスッ。皆さんは相変わらず楽しそうですね……私達は皆さんに本当に感謝しています。貴方達と出逢えなければ、今ここでこんな笑顔で過ごせる事も無かったでしょう。感謝してもし足りないとは思っていますが、それでも――」
「まぁまぁ、今生の別れって訳でもないのだし。そんなに気持ち一杯で言われても気恥しいからさ、その辺にしときましょうよ」
「う。私、またやってしまいましたね。ふふっ」
うん、やっぱりシェリーさんはこの朗らかな笑顔がよく似合うな。
では、別れの儀式も終わった事だし。そろそろお暇するとしましょうかね。
「皆さん、もし私達の力が必要になる事がありましたらその時は是非!このシェリー、万難を排して駆け付けますからっ!」
「こらこら」
「あははっ、やっぱり重いなぁシェリーは」
「おもっ……」
分かってはいても言わずにはいられなかったのだろう。サリナさんには苦笑されながらの突っ込みを入れられ、アデルさんからの素直な一言でショックを受けて沈みかけるシェリーさん。
「そんじゃシェリーさん、お元気で!また逢いましょう」
「……ええ、またいずれ!」
そして俺達はシェリーさん達に別れを告げ、新たな歴史の幕を開けたこの三つの世界を後にしたのだった。
異世界ホール内部に入り、外気より隔絶された気配を感じてより僅かの後に、俺達は一息を吐く。
「うーんっ……これで一月の休暇も終わりかぁ」
「帰りも徒歩だと思っていたから、余裕を見たつもりが数日程余ってしまったわね。あの『自走車』、理想郷でも普及させたいものですわねぇ」
「でもあまり世界間の技術の伝播が過ぎると、監視者が何か言ってきそうなのがな……」
「あのシズカさんからは確かに凄まじい重圧を感じたけれど、そこまで厳しいものなのかい?世界間の技術的なやり取りとやらは」
俺達も気持ちとしてはサリナさん達の言う事に同意なんだが、その辺りはシズカから事前に相当口酸っぱく言われてるからな。狭間の存在を知った者が異界の文明に関して余りに過剰な干渉をしてしまうと『適切な処理』をされる場合もあるぞ、とね。
特に俺達の地球世界は、理想郷や三つの世界と比べると科学的分野での知識と経験の総量が桁違いだからな。逆に魔法的な技術に関してを後進的な地球側に伝えるのもまずいとの話ではあったが、ともあれ一定のラインを越えて世の情勢を動かす程の技術のやり取りをする事は危険視をされているらしい。
世界間移動というもの思ったよりも制約が多いものなんだな。【終わらせるもの】の危険があるのでは、仕方の無い話ではあろうがね。
「シズカ個人は話せば分かる奴なんですけど、どうも監視者の組織的にちょっと譲れない一線があるみたいでして。詳しくは機密事項に関わるらしくて話せないんですが、なぁ?」
「ウン……ボクもまだまだ色々試したい事があるんだケド、止められてるんだヨネ」
「そうかぁ、ピノが自重するっていうのは余程の事なんだね。言わんとしてる事は解らないでもないのだけれども。でも『自走車』位はどうにかしたいものだよね」
「よねぇ。皆さんからお願いしてどうにかなりませんかね?」
まぁそりゃ諦めきれないだろうな。でもなぁ、どうしたものか。
「じゃあ、一旦山荘に戻って母さん経由で聞いてみる?」
俺達が悩んでいると扶祢がそんな事を提案してきた。ふむ……。
「……一度寄る程度の時間はあるっちゃあるか」
「ですわね。どうせこのままヘイホーに戻ったとしても、部屋の大掃除かギルドの様子を見に行く程度しかやれる事もありませんし」
「だな、急ぐ旅路でもねぇんだし」
という訳で、およそ一月ぶりとなる薄野山荘へとお邪魔する事に決定したようだ。
「頼太と扶祢の故郷の世界かぁ。いつになっても未だ見ぬ新しい世界を目にする事が出来ると思うと、心躍ってしまうというものだね」
言いながら景気付けのつもりか、アデルさんは愛用の大戦槌を如何にも重そうな風切り音を伴って振るう。非常時にはとても頼もしく感じられる大戦槌だが、たまにすっぽ抜かしちゃったりするから近くで振るわれると割と真面目に怖いんだよな。サカミ攻防戦の後みたいに。
「あ、アデルさん。地球じゃ基本的に武器携帯禁止なんですよ。その大戦槌と鎧は理想郷側のログハウスに置いていきましょうか」
「そんなっ!?魔物とかが出たらどうやって対応しろと言うんだよ!」
「そんなの出ないカラ。頼太達の故郷は平和そのものだしサ」
「それにお前ぇの場合、大抵は素手でどうとでもなるだろうがよ……」
だよなぁ。物理的脅威としちゃ、その辺の魔物なんかよりこの人の方がよっぽど化物じみてるし。
「ま、一泊二日の軽い旅行のつもりでいきましょうよ。お二人共、歓迎しますよっ」
どことなく嬉しそうに軽やかなステップを踏みながら扶祢が二人へとそう宣言し、俺達はログハウス内に荷物を置いた後、再び日本の土を踏む事となる。
日本側に出るとまだ日が高く、また随分と暖かかくもあったので少しばかり街中へ寄ってみることにした。釣鬼とピノは二度目というか夏に一月程こちらへ滞在もしていたので最早堂々としたものだが、アデルさんとサリナさんは三界へ赴いた際とは違い流石に驚きを隠せない様子であった。対照的に怯えてしまうかと思われたミアだが、こちらはむしろ大興奮の様子で短いバスの旅を楽しんでいた模様。普段の言動は思いの他しっかりしているし物分かりも良いミアではあるが、好奇心旺盛にはしゃぎまくってる様子を見るとやはり猫なんだなぁと感じるね。
「に"ゃー!何コレ何コレ!?」
「あはは……三界の『自走車』にも驚かされたものだけれど、まさか同じ日にそれ以上に驚かされる出来事に遭うとはね」
「この大きさでこの速度と安定感……一度、仕組みを見てみたくなりますわね」
「扶祢ん家にいけばネットで見れるヨ」
「本当ですかっ!?是非ともお願いします、扶祢さん!」
「うーん、お願いされる程でもないというかー」
うん、皆満喫しているようで何よりだ。
相変わらず日本で出歩くには目立つ外見の面々ではあるが、口語だけであれば日本語に聞こえる言葉でぺらぺらと喋っている俺達を見ると皆一様に何かに納得した顔をして視線を外していた。あまり注目され過ぎると色々と余計なパーツが目に付いてしまうからそれについては助かるけれど、やっぱりこれ外国人観光客に見られていたりするのかね?
若干幻想風な衣装で仕立てているのもあってそこまで目立たないとはいえ、アデルさんの耳とかピノの翅とかミアの猫耳尻尾とか扶祢の狐耳尻尾とかが……おい待て。
「(耳と尻尾!他の連中はそういうファッションに思われるかもしれないけど、お前は地元だからまずいだろ!)」
「……あ」
「もう手遅れじゃねぇか?」
釣鬼先生。毎度の事だけど、分かってたんだったら前もって言って欲しいんですよね。
結局開き直って表向き堂々としていたら、コスプレとでも思われたのか特に咎められることもなくバスを降りる事が出来たらしい。あぁ、それで皆すぐに視線を外してたのね……。
その後やっぱり駅前のデパートでミアが迷子になってしまい、方々を探し回った結果、何故かミアがペットショップで店員のお手伝いをしていたり、屋上のヒーローショーでピコに騎乗したピノが乱入して警備員を呼ばれかけたりと一悶着はあったのだが、何とか建物や店に物理的損害を与える事もなく無事にデパート巡りも終了した。
「帰りにもう一度寄って下さいね?」
「あのレトルト食品とサバイバルグッズは秀逸だね、是非とも買って帰りたいものだなぁ」
「マリノにも、あの美味しいケーキを持ってって食べさせてあげたいです!」
存分に試食や店の冷やかしを満喫した三人からは、この様な要望が出されていた。これも存分に楽しめた証というものではあるのだろう。だけどねミア、ケーキはちょっと無理だと思うよ?秋も半ばとは言えここからヘイホーまでは常温で半日以上かかるからなぁ。いや、クーラーボックスでも買って行けば何とかならなくもない、か……?
「はいはい、どうせ今は手持ちも無いしそろそろ暗くなってくるから、今日のところは山荘に行きましょうか」
「サキにシズカへの連絡を取って貰わないとだしネ」
そうだな。約一月ぶりとなるけれどサキさん達、元気してるかな?
「――んぉ?」
不用心にも山荘のドアは開いていたのでお邪魔させて貰いリビングへ足を運んでみれば、カジュアルな服を着て髪をアップに纏めた狐耳がソファで仰向けになり、プ○ッツを齧りながら通販カタログを読んでいた。背景のテレビより流れる夕方のニュースが何とものどかなBGMとなり、この霊狐の寛いでいる様を良い感じに表現していると言えよう。
「シズ姉、どうしてここに居るの!?……あ、もしかして静姉さん?」
「え、あーそうか」
何だ、静さんだったのか。そうだよな、狭間に戻り急ぎの仕事の合間にでも三つの世界の揺らぎについて調べてみると言っていたシズカがこんな所で暢気に寛いでる訳がないものな。見れば静さんも一瞬キョトンとしていたが落ち着いた様子で咳払いをしながら立ち上がり、俺達に向き直って優しい笑顔で迎えてくれた。
「おかえり、扶祢。そして皆も……一月ぶりだn「シズカー、そろそろ湯船にお湯張ってきてー!今わらわ、魚焼いてて手が離せないからー!」……」
突如台所の方から聞こえてきたその大声に目の前の柔らかな笑顔が凍り付き、何故だか悲しい沈黙が暫しの間場を支配してしまう―――
「――えぇい、童じゃってたまには寛いでも良いじゃろが!何じゃその目は喧嘩売っとるんか!?」
「いきなり逆ギレすんじゃねぇよ、別に何も言ってないだろうがこの野郎!?」
「誰が野郎じゃ童はれっきとした女じゃっ!」
「そういう事を言ってんじゃねー位は分かれよ誤魔化すの失敗したからってテンパってんじゃねええええっ!!」
「シズ姉落ち着いて!?部屋が壊れるってー!」
結局、リビングでの騒ぎに気付いて駆け付けた静さんの特性トリモチによる捕縛術にて、俺達の諍いを抑えにかかった扶祢諸共シズカは取り押さえられ、その後どこかの会合から帰ってきたサキさんより三人揃って説教される事となる。今回に限っては俺達別に悪くないと思うんだけどな!
……どうしてこうなった。
はいはいベタベタ。
今後はヘイホーに戻った後、細かい依頼を片付けたりしながら徐々に話を進めていく流れになりそうです。




