第110話 一つの決着
明けましておめでとうございます、今年も宜しくっ。
三が日の何処かのタイミングで悪魔さんの第八話も投稿しまス。
Scene:side 頼太
「――と言う訳でだね。この子は約二週間程前にあの屋敷址で君達と壮絶な死闘の果てに斃された、クロノ君の複製品なんだよ」
「ふわぁ……」
「……それは、何と言えば良いか」
シェリーさん達二人を別室に送った後、メイドさんが何故か脇に抱えて運んできたヘルメスによりいきなりな事実が知らされた。それを聞いた俺達と言えば、正直どう反応して良いものか。皆、何かを言おうとしては口籠り、またはただただ呆けた表情を返すのみとなってしまう。
「正確には複製品だったもの、だな。今のわたしはとうさまに新たな命を与えられた人口生命体だ。あの時の殺し合いは前のわたしの人造人間としての最期の矜持で臨んだものだからな、お前達に斃されたあの戦いはわたしにとっては既に過去の出来事でもあるし、わたしの側からは特に思う事は無いのさ」
複製アデル、もといレムリアさんか。話題の本人はと言えばこの通り、ヘルメスに負けず劣らず軽い調子で可憐な笑顔を俺達へ向けそんな事を言ってくる。その後に、涼やかな高い声で宜しくと言い右手を差し出して――え、何故に俺?
「あの時は常に纏わり続けてきたお前の存在が一番鬱陶しかったからな。いや、これでも褒めているんだよ。正直な話、あの程度の技術でよくもあそこまでわたしの攻撃を捌ききれたものだ。お前はこれからまだまだ伸びる。精進しろよ、人間?」
「そうだよね~。あの時の頼太は私よりも前に出て正に猛攻!って感じだったもんね」
「む……」
まぁ、そりゃな。
あの当時、前衛として複製アデルとの戦闘に参加していたのは生体融合の如き腐蝕攻撃への対策を持つ、俺と扶祢の二人だった。
とはいえ扶祢の場合、霊気の膜によりあの腐蝕攻撃を防げども、俺の瘴気とは違い直撃を受けて霊気によるガードを貫通された場合、致命的な結果になる恐れがあった。前線に赴く際にピノからそんな事を言われてしまっては、対策としてはより有効な手段を持つ俺が奮闘するしか選択肢が無かったんだよな。狗神のサポートによって半物質化した瘴気を直接身に纏える俺の場合、それそのものが物理的な障壁の役割を果たす事でああいった腐食攻撃には滅法強いらしいからな。結果としてはどうにか俺も、あの巨体に張り付く事で大振りの直撃こそ喰らわずにやり過ごせたのだけどな。
……うん、そうだな。折角の機会でもあるし、あの時この人がアデルさんに向けていた殺気を何故途中から俺達に切り替えたのかも聞いてみるとしようか。
「うん?最初はわたしもクロノ自身かと思いはしたのだがね。わたしとあいつの因縁からすれば、あいつがあの様な状況で冷静な判断など出来る筈が無いからな、すぐにただの似姿だと気付いたというだけさ。しかしお前はわたしと同じ人造人間の類かと予想していたのだが……まさか似て非なる世界の鏡映しだったとはな」
「そんなにわたしとクロノは違うのかい?わたしが言うのもなんだれども」
「あぁ、別物どころか有り様は真逆かもしれないな。むしろわたし自身の性格としては、クロノよりもお前の方により近い様に思えなくもないがね」
もしアデルさんが【時を視る眼】を身に着けて高い治癒力を持ったとしたら……きっと先祖から受け継いだ身体能力が無かったとしても、当時のこの人と同じく手段を選ばず目的の為に邁進し、きっと完遂していたに違いないだろうからな。そういう意味ではこの二人は確かに、内面的に似ているのかもしれないな。
こうして俺達とレムリアさんとの顔合わせは恙なく終わり、互いにあの時の事は水に流そうという事になった。その後は当時の裏事情などを説明して貰い、ヘルメスの補足も含め三界における人類領域側の騒動の全容をようやく把握出来たという訳だ。
「残る問題としてはだ。あの二人にこの事実をどうやって説明するか、なのだけれども」
「特にクロノの性格からすれば、そこまでやられてしまっては収まりが付かないでしょうしねぇ」
「うーん。シェリーには伏して謝れと言われずとも、改めて直接謝罪はするつもりなのだけれどもね。クロノに関してはどちらかと言えば……」
過去の話を聞くに、この人はクロノさんに成り替わる為だけに創られた存在らしい。であれば、本人にしか理解出来ない葛藤といったものもあったのだろう。残念ながらこの件に関してはレムリアさんの方もやる気満々であり、そしてそんなやる気に漲る様子のレムリアさんをヘルメスが止めよう筈もない。
「アハハッ、君も難儀な性格をしているなぁ」
「解るか?わたしもこの意固地な性格は出来れば直したいと思ってはいるんだが……」
「うんうん。そういった部分はわたしにも覚えがあるし、中々直らず苦労しているのだよね」
まさか既にクロノさん達を挑発しまくりで、一触即発な状態になっていたとは……。
やはりこういう悪戯心を見る限り、確かにこの人はアデルさん寄りと言えるだろうな。互いにそんな言い訳を言い合いながらも早速意気投合をしてしまっていた。
「ですが困りましたわね。シェリーも一度思い込むと頑固な所がありますし、先のお話を聞くに、ここで素直に事情を説明しようとも話が拗れるだけな気がしますわ」
「だよネェ……ボク達と逢った当初のあの怖さが復活しちゃったりシテ」
「……そりゃ勘弁願いてぇな」
あの時は何かと空気が重々しくなり、新たな世界を目の当たりにした興奮といったものが一気に冷めてしまったものな。釣鬼の台詞ではないが、あれの再来は勘弁願いたいものだ。
俺達が揃って頭を唸らせる様子にレムリアさんも何だか申し訳無さそうな顔で黙り込んでしまい、場には何とも微妙な空気が流れてしまう。
「――それじゃあ、こんなのはどうだい?」
そんな空気の中、当代きっての錬金術師が一人、如何にも黒幕然とした悪い笑みを浮かべつつある提案をしてくる。それを聞いてある者は成程と興味深げに頷き、またある者は呆れて物が言えないといった態度を見せてはしまうものの、どうやら全員特に異論は無いらしい。
「流石はわたしのとうさま。悪巧みをさせたら右に出るものは居ないなっ」
「はっはっは。娘よ、そんなに褒めないでおくれよ。僕だって少しは照れるんだぜ?」
唯一レムリアさんのみはその姿に見合った無邪気な笑顔で駄父を褒め称えていたものの、そんな屈託のない顔を出来る内容ではないと思うんだ。本当に良いのだろうかね、これ……。
それにしてもレムリアさん。今も可憐な姿だからこそそんな仕草も似合いはするが、アデルさんの似姿の頃にこれをやられたとしたら……うん、アリだな。
「……今度、お願いしてみっか」
「うん?頼太、何か言った?」
「いや、何でもない」
おっと、つい口に出てしまったようだ。幸い聞こえていたのは扶祢だけであるし、何とか誤魔化せたらしい。それに、あの人の事だから二つ返事でやってはくれそうだけど、同時に後々まで揶揄うネタにもされそうだからな……ここは断腸の思いで諦めるとしようか。
その後はお近づきの証として雑談などをして過ごし、やがて夜も更け作戦決行の時間がやってきた―――
―――公都ヘルメス外縁部、小高い丘に位置するとある屋敷址。
錬金術師ヘルメスの従者を名乗るメイドの少女は公都の夜道を独り歩き、崩れ落ちた屋敷址へと辿り着く。そこで何を思ったかふと歩みを止め、暫しを心ここに在らずといった様子で敷地内を眺め続ける。やがて何かに対し瞑目した素振りを見せた後に再び歩みを進め、中へと入っていった。
「……奴め、こんな夜更けにこのような場所へ来て一体何をするつもりだ?」
「ここが、あの人造人間が最後に戦い、討たれた場所なのね……」
夜も更けシェリーとクロノの二人が充てがわれた部屋へと戻ろうとしたところ、廊下の窓から不審な光を目撃する。そこに何かしらの予感めいたものを感じ、それの正体を確かめてみれば昼にあの『眼』を向けてきたメイドの少女の姿が確認された。先の件により少女への強い不信感を抱いていた二人は迷った末にその少女を追う事を決め、そして現在へと至るのだ。
あの夜、シェリーとクロノの二人を襲撃してその心と体に大きな傷痕を残し、真の破滅より救いもしたであろう人造人間。その終わりの地へと年端もいかぬ少女がこの真夜中に一人で入り込む違和感。ここにきて二人はあの少女が見た目通りの存在では無かろうとの確信に至ってしまう。
クロノは一つの決意を滲ませる。もし奴があの人造人間の有り様を穢すが如き外法に手を染めているのであれば、その時は―――
「――本来のあいつは既にこの世には居ない。あの『眼』は、当代ではわたしを除けばあいつしか持っていなかった筈なんだ。それを、確かめる必要がある」
「でも、皆さんに黙って出て来て良かったのかしら」
「あいつ等には既に返す事が出来ない程の多大な恩義を受けている。これ以上頼るのは、な……」
「……そうね」
果たしてその判断が凶と出なければ良いのだが。シェリーは無意識的にその眼を白銀色に染め上げ、歯ぎしりでも聞こえてきそうな程の形相を見せる自身の相棒を不安気に見守るが――今は迷いを捨てようとばかりに首を振り、語りかける。
「……行きましょう。いずれにせよ、真実を確かめる必要があるわ」
「あぁ」
そして二人は正体不明の少女を追って、屋敷址の敷地の中へと入っていった。
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「――ようこそ、名も無き亡霊達の墓場へ。クロノ様、シェリー様……否、ここはあの夜になぞらえてアデルにサリナと呼ぶべきかな?」
その少女は瓦礫の上に腰かけたまま、立てた片膝を両腕で抱えながらに二人を出迎える。本来可憐と言えよう筈のその顔に似つかわぬ程の獰猛な笑みが、その意志が強く宿る眼からはクロノのそれと同じくする白銀色の光が、郊外の寂れた夜の光景を彩るアクセントとして対照的に灯し出す。
「貴様にその名で呼ばれる謂れは無い。どうやら、誘い込まれたという事か」
「レムリアさん。貴女は、一体……?」
「謂れならばあると思うがね。わたしはあの時、君の未来と共に一度は光をも奪ってしまった罪深き者なのだから」
怒りと戸惑いに満ちたクロノ達とは反面に、その少女――レムリアは愉しくて堪らないといった様子で目を細めくすくすと嗤いだす。
今、この少女は何と言った……?
自分がサリナの光を奪った、という事は。
「馬鹿な!?あいつは確かに死んだとヘルメス殿から、聞いて……」
「………」
「――まさか」
有り得ない。一度は死した者を記憶もそのままに全くの別人として創り直すなど、それこそ神と呼ばれよう人智を超えた存在でもなければ。
だが、昼に相見えた錬金術師ヘルメスは自身を地上に降りた神と言った。その言葉を真とするのであれば、地に降りて肉の身を纏いその権能に大幅な制限が課されども神は神。ならば人の身には余る所業をも可能とするのではないか?
それはのみならず、一見自身の意志で動いているかに見える目の前の少女すらも、魂の根幹の部分では神の思惑に支配されていよう事実を示唆しており……。
「……本当の黒幕は、神自身だったということか」
「―――」
振り返ってみればこの少女のメイドとしての雇い主は誰だった?あの時意識を失った我々を介抱し、あの人造人間からの我々への言伝を受け持ったのも。
ぽつりと零したクロノの言葉に、しかし少女は無言のまま。目の前で笑みを深くする少女の意志すら超えた束縛の糸が垣間見え、絶望的な予感は確信を得てしまう。
「神よ……お前はそれ程までに人間が憎いのか!」
「今程にブレア達の世界を羨んだ事はありません……こんな救いの無い世界など!いっそ――」
此処に世界への【背信者】は復活し【盲目の英雄】、否【盲目の殺戮者】は声を大にして呪いの言葉を吐き落とす。その絶望を糧として膨れ上がる憎悪は留まるところを知らず、自らを贄として止まらぬ地獄の劫火と化し、公都全てを焼き尽くすことだろう。最早この場に居る全ての滅びは時間の問題かと思われた。
だがそこに、憎悪の劫火をも一瞬にして凍りつかせる程の冷たい声と共に、強き意志の閃きが二人の心の空隙へと差し込まれる。
「――下らない事を言ってくれるものだな」
「な…に……?」
「これ、は――」
過去に複製品であった少女の言葉により、二人は現実へと引き戻される。
見ればレムリアの右の眼からは血の涙が滴り落ち、その機能が喪われているであろう様子が見て取れる。
「わたし達の因縁に神如きの横槍が入ったとして、それに何の意味がある?経過時間にしてみれば短い間の事ではあったが、その程度のモノに壊される程、わたしとの因縁は浅いものだったとでも言うつもりか?あまりわたしを落胆させてくれるなよ、アーデルハイト、そしてサリナよ。余計な外野の言葉への聞く耳など持ってやる必要はない――随分と待たせてしまったが、あの時はわたしの時間切れでお預けとなってしまったこの因縁に、そろそろ決着を付けるとしようじゃあないか」
「……貴女は、本当に?」
シェリーがその真意を問いかけようとしたところでレムリアは片眼を抑え、苦悶に満ちた表情でくぐもった呻き声を上げてしまう。
「チ。ようやく双眸が揃ったというのに早速片側がやられてしまったか……まぁいい、これで本当の意味でのあの夜の続きが始められるというものだ」
レムリアの言うあの夜とは、恐らくはクロノの複製品として襲撃をかけてきた夜の事だろう。
あの夜に襲ってきた複製品に宿る【時を視る眼】は片眼だった。本当の意味でとはその事を指しているのだろうが……。
「お前、そこまでその『眼』を使いこなして……」
「ふん。お前の一族の始祖に連なる固有の能力、生憎身体への負担が多大に過ぎて先程の様な因果への干渉はもう出来んがな。当時のわたしはお前に成り替わる為だけに創られ、調整されたモノだぞ?既にこの『眼』は我が物と化しているさ。お前だって、こんな偽物に自身という存在を奪われるのは本意ではあるまい。精々足元を掬われぬよう、精進することだな」
あたかも敵に利するかの如きその忠告に俄かに放心しかけてしまう二人ではあったが、それでかえって吹っ切れたのだろう。互いの顔を見合わせ、次いでクロノが宣言する。
「良かろう。では決着を付けるとしようか、複製品。あの夜の再現と言うのであれば、まずはわたしとの一対一だ!……サリナは手を出すな」
「ええ、見届けさせて貰うわ……アーデルハイト」
「フ……クロノにシェリー、も悪くはないが。やはりお前達にはその呼び名がよく似合う。では――行くぞっ!」
今度こそ自らの手で過去の因縁に決着を付けるべく、クロノとレムリアはぶつかり合う。その先に待つ未来とは、果たして―――
Scene:side レムリア
―――ふぅ、危なかった。
暴走の気配を咄嗟に察知し、また幸いとうさまが完璧なまでに調整を施してくれていたこの身体だったからこそ干渉することが出来たが、その引き換えとして右眼の機能が完全に死んでしまった。
何せこの二人、無意識に人体の機能としてかかっているリミッターを外し、魔力と精霊力による生体爆弾と化しかけていたからな。当時の二人しか理解出来ぬであろう、わたしには想像の及ばぬ事ではあるが、そうなってしまう程にそれだけこの二人が味わってきた絶望は深かったのだろう。
『それは兎も角として、とうさま。この世界がそんなに憎いのですか?』
《そんな訳無いじゃないか……困ったなぁ、まさかあんな勘違いをされるなんてね》
『どうしたものかな?クロノの奴、以前より更に速くなっているのは勿論だが、前にわたしが衝いた持久力の低さも完全に克服しているみたいでね。戦闘特化ではないこの身体で、しかも片眼では正直勝ち目が薄いと思うのだけれども』
《う~ん、どうしようか?眼の方は後で培養槽入りして貰うとして……》
実のところを言わせて貰えば、戦闘中にも関わらず身体に仕込んでいた紋様通信を通してのこの余計な会話が一番の敗因だったのだが。
まぁ以前の戦闘特化型だった身体でも、当時のまだ未熟だったクロノ相手に十全の力を出し尽くしてようやく押し切れた程度だ。実戦での慣らしすら出来ていなかったこの身体ではよくもった方か。
『ああ、とうさま。とうさまを一人残し先立つレムリアの親不孝を御許し下さい』
《……君、実はこの状況を愉しんでるだろ?ブレア君から連絡が来たよ。領域の指定は完了したから、後はいつでも君の周りに結界を張る事が出来るってさ》
『何だ、思ったよりも随分と早かったな。まぁこれで一先ずは安心といったところか』
《ほら、シェリー君が近付いてくるようだ。気の利いた言葉の一つでもかけてあげて、ついでに僕に対する誤解も解いておいて貰えると嬉しいかなっと》
都合の良い追加要求をちゃっかりと入れてくるとうさまが教えてくれた通り、決着がついた形でクロノの剣を突きつけられ、地面に力無く横たわるわたしの前へとシェリーが歩いてくる。さて、こういう場合は確か……。
「やぁ、負けてしまったな。所詮わたしの様な紛い物では、オリジナルを超えるなど夢のまた夢だったという事か」
「抜かせ、五年前のあの日の時点で既に貴様はわたしを討ち倒していただろう。しかも止めを刺す事も無く、真の破滅から救い出す余裕まで見せていた奴が何を言う」
とうさまの書庫にあった創作読本に出てきたそれっぽい台詞を借用してみたのだが、即座にクロノ本人からの否定の言葉を返されてしまう。そういえばそうだった、どうもわたしには役者の類はあまり向いていないようだね。
「貴女の目的は何なのですか?今になって現れたのも不可解ですが、先程の私達の魔力暴走にもその片眼を潰してまで救うような真似をして……」
「目的、か」
言われ、目の前で不安気にこちらを見つめてくるシェリーの視線を真向から受け止める。この僅かなやり取りの間にもわたしなりの想いの丈を乗せ、数年越しでようやく至れた謝罪の言葉を口にする。
「あの時は本当に済まなかった。今更許しを乞える身では無いけれど……ごめんなさい、シェリー」
「……っ!」
「強いて言えばこうして君に謝罪をし、そして君が寝込んだあの日の様に、今一度他愛の無い話をしたかったというだけさ。もう今のわたしはアーデルハイトの複製品ではない。ヘルメスとうさまの娘、レムリアだからね」
その言葉は、過去との決別の意志の顕れ。
「……やはり、あの日のアデルは貴女だったのね」
「あぁ。謀るような事をして重ね重ね済まないとは思うが、あの日あの時の語らいは前のわたしでいる中では唯一の、そして最も幸せな時間だったよ」
あの悲劇に始まったこの二人への破滅の足音は去っていった。心の傷は残ってしまったけれど、君達はこれから二人で手を取り合って未来へと向かい歩いていけば良い――わたしも自分の道を進むから。
目下のところ問題があるとすれば、わたしとシェリーとの間で流れる空気にクロノがやきもきし始めている事だろうか。折角良い感じに話が纏められそうだというのに、ここで痴話喧嘩の如き衝動を起こされてさくっと殺られてしまってはたまったものではないからね。
「と、言う訳で突然だがね。君達二人に大事なお知らせがある」
「くそ、シェリーと良い雰囲気を作りおって。いっそのこと今ここで……む?」
「もぅ、クロノったら――え?」
こいつ、まさか本気でわたしをさっくりと殺るつもりだったとは……。
あの時の報復という理由で討たれるのであればそれは仕方が無い事だから、その時は甘んじて受けるつもりではあったがね。流石にこんな三文芝居な痴話喧嘩の真似事で、命を散らすのは勘弁願いたいものだ。
内心冷や汗を流しながらそんな益体も無い事を考える中、背後に気配を感じたらしきシェリーとクロノが振り返った先に見えた物は―――
【大・成・功!】
気配を殺し何時の間にか二人の背後に近付いていたあの狐人族と妖精族が揃って得意そうな顔をして、そんな文字が書かれた板を見せ付けていた。暫し絶句をしながらそれを見続けていた二人は、やがて徐々に顔を強張らせていき……。
「……あれ、これまずくね?」
「むしろどうして今の今までまずいと感じねぇであれをやろうと思えたのかが、俺っちには不思議でならねぇんだがよ……」
今更気付いたらしき様子の人族の少年に対し銀髪の吸血鬼がそんな指摘をしていたが、わたしも同じくそう思う。
さて、それではわたしは一足お先に夢の世界へと旅立たせて貰うとしよう。
『とうさま、後はお任せしますっ!』
《あぁあ……後の説明が益々面倒なことになるじゃあないか!?》
タイミングの良い事にシェリーが特大の雷雲を呼び、辺り一面に雷鳴が轟き始めてきた。うん、これならきっと痛みを感じる間もなく、気持ち良く意識を失えることだろう。それでは皆さん、御機嫌よう―――
「お、お……お前達というやつはっ!」
「皆さん、グルでしたのねぇっ!!」
Scene:side 頼太
なんつーオチだ……。
今、俺の視界には死屍累々といった感じで感電状態になった皆と、僅かに残る釣鬼にアデルさん……そして、先程のリアル生体爆弾状態とは別の意味で黒い怒りに猛り狂う、シェリー&クロノのお二人の姿があった。
まず真っ先に近場で警戒感皆無だった扶祢とピノが特大の『お仕置き雷電』を喰らって戦線離脱。然る後に一人安全地帯で結界を張り高みの見物……のつもりだったらしきサリナさんへと、結界をあっさり貫通した『お仕置き雷電』がこれまた突き刺さりノックアウトをしてしまう。
「そ、そういえばシェリーの魔法には貫通属性が付与されているのを忘れていましたわ……ゴフッ」
そんな間の抜けた台詞を最後にサリナさんは気を失ってしまう。まさか魔法抵抗がアホ程高そうな大賢人であるサリナさんが一撃死をしてしまうとは……いや死んではいないけど。
そしてそのサリナさんと並ぶかそれ以上に魔法抵抗が高く、今回もやはりその雷撃に耐えきったアデルさんは、魔法が効かなければ物理で殴ればいいじゃないとばかりに入れ替わったクロノさんの二刀流による猛攻に押されまくっていた。
あのサムライ・ソード――つまりは日本刀の類だが、あれってサカミ攻防戦の際に報酬として貰ったらしき二本一対の魔剣なんだよな。対で使用する事により相手の防御力を無視してダメージを与える効果が発動するらしく、アデルさんの自慢の白銀鎧が見る見る内に傷だらけとなってしまっていた。
「その剣はいんちきだと思うんだっ!」
「そういう事はお前自身の剛力と耐久を顧みてから言えっ!どこの世界に巨鬼族との真向からのぶちかまし勝負で勝てる耳長族が居るんだよ!?」
「ここに居るじゃないかっ!」
「実際に居るかどうかじゃなくてそれが普通ではないと言っている事を察しろ、この馬鹿ぁっ!」
とはいえ流石に本気で殺し合う気は無い様で、今は互いに武器を捨て徒手空拳で取っ組み合いを始めていた。やはり基本的な速度差が著しいが故か割と一方的にボコられまくっているアデルさんではあったが、たまに入る一発でクロノさんの数十発をあっさりとひっくり返す程のダメージを与えているらしく、これまた膠着状態。
しっかし、クロノさんも耳長族にしては持久耐久が呆れる程に高いよな。俺なんかサカミ滞在時にスパーをやった際、アデルさんの一撃を腹に受けて朝食を一気にリバースしちゃった程だってのにな。だのにあの人ときたらそんな悶絶ボディブロウを五発以上も喰らってるのに動きが鈍る様子も無く、相変わらずの神速っぷりを見せ付けてくれていた。
そして場面は変わって釣鬼と俺の二人だが。
釣鬼に関してもやはりというか、相変わらず意味の解らんとんでもない回避運動で雷撃を避けまくり、時には弾いたりして今のところ被弾が皆無という謎な状況を作り上げていた。
「ってちょっとまてオイ!今どうやって魔法を弾いた!?」
「魔力が実践レベルで操作出来る夜限定だけどな。魔力っつうモンも多少は扱える様になったから、お前ぇの狗神の真似して腕に纏わせてみただけだ……っとぉっ!?こんな感じでな」
「はぎゃああああっ!?」
「……あ、悪ぃ」
「ええい、ちょこまかとっ!ならばこれで……」
そう説明しながら釣鬼が弾いた雷撃が運悪く俺に突き刺さってしまい、絶叫と共に俺もノックアウト。うん、やっぱり意味解らん。どこの時間が凍ってしまう秘法を使う大魔王様ですかね、それ……。
そんな訳で実は俺も割と序盤に痺れて動けなくなっていたりするが故の実況だったりするんだ。アデルvsクロノはお互いとんでもないスタミナで力対速さな千日手状態だし、釣鬼vsシェリーも雷撃が当たってしまえばそれまでだが全く当たる気配が無いという、これまた長引きそうな構図。
「おいおい。これは一体どんな状況だ?」
そんな中、間の悪いことにジャミラが戦場へと降り立ってきた。そういえば遅くなりはするが、今夜辺りに公都へ着くと言っていたっけ。このタイミングに来るとは、間の悪い奴……。
「な、むー……」
「何言ってるんだお前?――ん、そうか。解った、全員止めれば良いんだな?」
いきなり独り言を始めたのかと考えもしたが、天冠に指を当て何かを受信するかの様なあの姿勢からすれば、どうやらヘルメスが紋様通信でジャミラに泣きついたらしい。それを受けたジャミラは徐に空を見上げ、手を伸ばす。
「まずは――雲よ『解けろ』」
「ジャミラッ、貴方までグルだったのですか……え?」
ジャミラがそう言うと同時に、何と上空で雷鳴を轟かせていた積乱雲が徐々に消えていってしまったのだ。何だ、これ……?
「お次はそっちか。お二人さん、悪いが少々眠っていて貰おう」
「なっ……かふっ!?」
「――むっ!」
何とアデルさんの一撃にも耐え猛攻をし続けていたクロノさんがジャミラの一撃で膝を崩し、そこに光学魔法の一種だろうか、光と音の衝撃を伴った猫だましを打たれてあっさりと倒れ込んでしまった。
その後にアデルさんの側へと振り向くが、こちらはしっかりと顔面をガードしていたらしく、その前の一撃に至ってはやはり大して効いた様子も無く平然と立っていた。
「クロノはともかくとして、アンタ相手だと不意打ちとはいえ流石に気絶をさせるには至らないか。まぁヘルメスの要望だ、大人しくしておいてくれ」
「クロノもこの通り、寝てしまったしわたしは構わないよ……ところで、後でわたしと手合わせでもしないかい?」
「そういうのは戦闘狂同士、釣鬼とでもやりあっててくれよ……こちらジャミラ、ご要望の通りに対象は沈黙させたが」
驚きな事に、あれだけ混沌としていたこの場にあっさりと平穏が戻ってしまった……ジャミラって、こんな強かったのか?
その見事な手際がアデルさんの興味を引いたらしく、何とも物騒なデートのお誘いを受けてしまった様子。げんなりとした表情を作ってはいたものの、何度見直してもジャミラはジャミラ。いつも通りの飄々とした落ち着いた様子で辺りを見回していたのだった。
最後は半ば尻切れトンボ状態となってしまったものの、この夜に起きたかもしれない惨劇はこうして未然に防がれた。翌日になり改めてヘルメスとレムリアさんを含めて事情の説明をするも、シェリーさんとクロノさんはむくれてしまい、その後丸一日ご機嫌取りをするのが大変だったぜ……。
この様にして、俺達の三つの世界における散策紀行は概ね平穏と言えよう内容で無事に日程を消化し終え、公都へと往きついた。最後の最後でやってしまった感が前面に出てしまったものの、これも三界側の世界情勢が落ち着いてきたからこそ、と思いたいものだね。
それでは、これにて最後の報告を終わらせて頂くこととしよう―――
閑話最終会はちょっと変わった視点から展開しつつ、最後にいつものコメディパート。
レムリアにも人並みの幸せを……と思い書いていたら途中で段々妄想が暴走し始めて何とも酷い話に。そういえばシェリーとクロノの精神的に恥ずかしい姿をまだ激写してなかったなーということで、この章が終わる前に痛々しい勘違いをさせてみたのですが、如何でしたでしょうか。
ともあれ、これにて三界・閑話編は終了です。
次回はお正月の番外編一話、その後楽屋裏を挟み新章となります。




