第106話 三界散策紀行⑤
「俺はまだ残務処理があるからここで一度お別れだ。数日後に公都でまた逢おう」
「分かったよ。忙しい時にまたお騒がせしちゃって済まなかったね」
「何、お陰でこうして扱いに困っていた湖の連中だけでなく、公国周辺に存在する雑多なモノ達との交流を得られたんだ。収支で言えば十分すぎる程に元は取っているさ」
そう言ってジャミラは【泡沫の新天地】本部の置かれている建物内へと入っていった。
「さて、それでは私達も観光に戻るとしましょうかね」
「結局サカミだけで三日も経っちまったな。まぁ祭りでフィッシングレースも堪能出来たし良いけどよ」
そうだな、競技祭も楽しめたしこれはこれでありだったと思う。
ジャミラの姿が街の雑踏へと消えていったのを確認した後、俺達もサカミの側を流れる川で停泊中の船へ乗る為に町の外へと歩き出す。競技祭の関係で残り日数が限られてきた俺達は当初の陸路の予定を変更し、クシャーナまでは川を下る事となったんだ。
「ふふっ。釣鬼達は結局釣りレースの判定に納得がいかなくて、上位入賞者達ともう一度釣り勝負にいってたんだっけ」
「だから夜まで帰って来なかったのか……」
「俺っちも最後の判定にゃちっとばかり納得いかなかったからなぁ。半魚人の奴が最後に湖で釣り上げた水竜の仔も、釣りの勝負としてならカウントすべきだろうよ」
「あれは水の巨人さんの実のお子様だったそうですし、残念ですが仕方がありませんよね」
やがて船着き場へと到着した俺達は舟に乗り、人心地がついたところでそれぞれが競技祭を振り返り、思い思いの感想を述べ始める。専らの話題はやはり、釣鬼が参加しその最中にとんでもないトラブルが発生してしまった釣りレースについてだった。
実はあの釣りレース中に驚きの新事実が判明したんだ。湖の主である水の巨人、あの姿はこの湖に棲む水神の仮の姿だったらしく、その仔である水竜を遠い眷属たる半魚人が釣りあげてしまったというハプニング。打ち上げの際に水竜の仔を目にする機会があったんだけれども、よくもまぁあの巨体に力負けもせず竿と糸がもったものだ。
半魚人という名前からもっと全体的に魚っぽいヌメっとしたフォルムを想像していたが、ガタイは釣鬼とタメを張る位に大きくてえらい筋肉質だった。あれなら力負けをしなかったのも納得ではあるけけどな。全身の鱗とヒレを別にすれば正に海の漢って感じの奴だったぜ。
とまぁヴィジュアル的には問題はないものの、種族的にはある意味罰当たりな事をやらかしてしまった訳で。本来ならば主の怒りが落とされてもおかしくない事態ではあったのだが、そんな事情を知らないユスティーナが興奮醒めやらぬままに紋様通信を通じて大々的に実況してしまい会場は大パニックに。これには水の巨人も渋い顔をしてだんまりを決め込むしか無くなったという、危ういながらも怪我の功名的な出来事があったんだ。
「ひっ、ヒィイィィィ!?まだ幼体ではあるが、あれは伝承に謳われるこの湖の水神様じゃあああ!」
「な、なんだってー!?……あれ、という事はもしかして水の巨人様のご子息だったりするのか?」
「ええっ、それって一大事じゃないの!どっ、どうすんのよこんな現行犯で見られたら、最悪お怒りの巻き添えでこの街が……」
「もうだめだぁ…おしまいだぁ……」
その時の観客達の状況を端的に表現すれば大体こんな感じとなるか。
しかしながら、発端としては俺達とアリアとの些細な喧嘩が始まりとは言えその後水の巨人自身より提案された話を練った結果、この祭りの開催が決まった訳だ。それを我が子が眷属に釣り上げられてしまうという情けない事態が起きたからと言って、ここで気分に任せて暴れるような真似をするひとであれば最初から人間達との交流など望みはしなかっただろうからな。
『……よい。これもあれが若輩であるが故の未熟の表れという事であろう』
「フィイイイッシュ!見タカッ、我ガ宿敵!コレコソ我ノ実力ヨオッ!」
「うおぉっ!?なんだそりゃとんでもねぇデカブツだなっ。おい、お前ぇ等も勝負は一旦お預けだ。全員でコイツを抑え込むぞ!!」
「「おうよっ!」」
『シギャアアアアッッッ!?』
「ありゃ?ごめんなさーい、マイクがオンのままでしたっ」
『………』
結果としては、御身の周囲に不穏な渦が幾度か発生しかけこそしたものの、どうにか堪えてくださった様子。くわばらくわばら。
その後は当然ながら、釣りレースの上位争いをしていた面子とユスティーナが治安部隊により運営本部へと強制連行され、ジャミラより長々と有り難いお説教を喰らってしまったらしいです。
「……ま、まぁ盛況の内に終わりましたし、これでこの元公国地域一帯も新たな交流の一歩を踏み出せたことでしょう。無事に済んだ事はあまり気にせずにいきましょうっ」
「そうですわね。雑多な種族が集まれば何かしらトラブルの類はあるものですから。見習い時代に参加していたヘイホーの軍事演習でも毎回珍事件が起きて退屈しなかったたものですわねぇ、懐かしいわ」
シェリーさんとサリナさんからはそれぞれこの通り、フォローになっているんだかそうでもない様な微妙な感想を述べて話を締めていた。その後はめいめいが寛いだり雑談をしながら、クシャーナまでの暫しの船旅を満喫したのであった。
「やっと着いター!早速探検ダー!」
「あおーん!」
「こらこら」
「グエッ……」
昼前になりクシャーナの船着き場へと到着した。
船の動きが止まるなりいつも通りにすぐ市場へダッシュしようとする幼女の首根っこを掴み、潰れたヒキガエルの如き悲鳴を聞きながらピコの背より引きずり下ろす。
「何すんダヨ!?」
「ほいパス」
「ピノちゃんまだダメだよー?散策は宿屋に荷物置いてからねー」
「はーなーセー!」
港町クシャーナ。この町に来たのはこれで三度目となるが、前回来た時よりも心無し活気付いている気がするな。
「此処は公国の海の窓口だからな。比較的サカミにも場所が近い事もあるし、情報通の商人達ならば既に先の戦の顛末を把握している者も多いのだろう」
「サカミはつい先日まで天響族の脅威もあり、半ば陸の孤島と化していましたからね。公都からは南側のルートを通って海へと出る旅人や商人が多いのですよ」
そんなこの世界の二人の説明に皆成程と納得をする。言われてみればヘルメスも、天響族の長が公都へ向かうと聞いた際は俺達も一度通ったステップ地帯のルートからクシャーナに向かっている最中だったと言っていたっけ。
その後港近くの大きな宿屋に部屋を取り、かさばる荷物を置いてから街中へと繰り出した。まだ昼食も食べていなかったのでピノの強い希望もあり、市場で新鮮な食材を堪能しようという話になり、市場へ向かい歩いている時のことだった。
「――あれ?シェリーさん達じゃないですか。どしたんすかこんな場所で」
途中一人の男に呼び留められ一同そちらを振り向くが、次の瞬間シェリーさんの発した言葉に耳を疑ってしまった。
「あら、ザンガさんこそ奇遇ですね。お使いですか?」
「ええ、港の漁業組合にちょっとね。ほら、サカミも平和になったじゃないですか。だからジャミラの旦那が此処との本格的な交易を考えていてね」
……え?
「「ザンガ!?」」
「へっ?あぁ、あの時は狼男形態でしたもんね。ほら、あの時クロノさんとシェリーさんの脇であの偽竜とやり合ってた狼男の片割れですよ。お二人共」
「そういえば皆さんはあの後すぐに山の方に向かってしまいましたものね。こちら、ゴウザさんの息子さんのザンガさんです。こう見えても若くして狼男へと至った実力者なんですよ」
「ははっ、こう見えてもは酷ぇなぁシェリーさん。まぁあの親父の背中を見ながら生まれた時からサカミで扱かれ続けましたからね。嫌でも強くなろうってもんでさ」
その男――ザンガはジャミラの真似だろうか、付けていた日除け用のバイザーを上げ確かに見覚えのある顔ながら、違和感も強くあっけらかんとした明るい表情を向け話しかけてきた。
「こいつぁ……確かにあのザンガだな」
「こっちのザンガって、あのオッサンの子供だったんダ?」
釣鬼とピノもそれぞれに驚きの様子を見せてはいるが、あの時実際に一晩共に行動をしていた俺達はこの明るそうな性格により強い戸惑いを隠せない。
「……まるで別人だな」
「だね……この分じゃハクソウさんとかも居たりして」
「ん、ハクソウの兄貴はサカミで残務処理の手伝い中ですね。こっちは俺一人で来たんで」
居るんかい。
詳しく話を聞いてみると、やはりハクソウもあの時偽竜と戦っていたもう一人の狼男だったらしい。兄貴と言ってはいたものの、実際には遠い親戚でゴウザの養子のようなものらしいが。
ちなみいんだが、ザンガがゴウザの実子なのだそうだ。言われてみればこの獰猛そうな目付きと雰囲気などは、確かにあのオッサンに似てる気がするな。
「それにしても今更ですけど、皆さんがサカミに来た日の夜の模擬戦は見物でしたね。特に頼太さん、人族なのにあの狼男形態の親父と真向からやり合えるなんて凄ぇわ」
「いや、でも終わってみれば一つも決定打を与えられなかったからなぁ」
「いやいや、俺なんかじゃ狼男に変身したところで未だかすり傷さえ負わせる事すら出来ませんて。親父の力を利用して両腕を叩き折ったのを見た時なんか、仲間内でえらい盛り上がったんですよ」
そこについては師匠が師匠だからな。力に勝る相手との戦い方はデンスの修行時代にそれはもう釣鬼先生から延々と仕込まれて……ウッ、軽くトラウマが。ガクガク。
「あいつの再生能力は異常だからなぁ。俺っちから見てもあの時の頼太は善戦してたと思うぞ?」
おや、久々に釣鬼先生からお褒めのお言葉を頂いてしまった。やっぱり狼男の中でもゴウザの能力は突出してたのか。アデルさんに首の骨を叩き折られた際も平然と動き回れていたのを見た時は唖然としてしまったからな。
「ですよねぇ。しかも満月の晩は物理攻撃が完全無効になるもんだから本来の弱点である銀の武器すら効かねぇとか、化け物っぷりも大概にしろって話ですよ。その上で魔法とかで重傷を負っても数秒で回復しちまうもんだから手が付けられなくて……ここだけの話あの親父、ジャミラの旦那と二人だけで地竜を斃した事もあるんすよ」
「そういえば組織の方々が言っていましたね。数年前の満月の夜に天響族の領域から追いやられた成体の地竜がサカミへと襲い掛かってきた際には、二人で食い止めに行って明朝に地竜の首を街まで持って帰ってきたのだとか?」
「そうそう、あの時も親父一人で地竜とガチの殴り合いをしてる間にジャミラの旦那の光学魔法が上空から釣瓶落としの雨あられ状態でねぇ。不謹慎だけどあの晩は、城壁の上から町の皆でその光景を肴にして飲んでた位の安心感でしたわ」
「「うっわぁ……」」
その情景を想像して凄いを通り越して呆れてしまった。公都での複製アデルの成れの果てとの戦闘では精神異常効果を受けて戦線離脱をしてしまったゴウザだが、そこはやはり狼男、物理に対しては滅法強いんだな。
「わたしでさえ紅竜相手にはフル装備でも抑えるのが精一杯だったのに、より物理に特化した地竜相手で逆に押し切るだなんてね。やるなぁゴウザ」
「貴女のも大概だと思うけれどね」
そんな逸話を聞き何故かうんうんと満足気に頷くアデルさんの横では呆れた風に突っ込みの言葉を入れるサリナさんの姿があった。しかし、アデルさんにここまで感嘆させるとはやはりあのオッサンも十分に化物だよな、技術より力といった感じの脳筋ではあるけれども。これも辺境の町を守るには対人戦闘技術よりも、魔物や天響族の物量に力で対抗する必要があったという現れではあるのだろう。
「そんじゃ、俺は用事も済んだんでこの辺で。皆さん、良い旅路をー」
「ザンガさんも帰り道、気をつけて下さいねー」
その後は市場の適当な店を見繕ってから、ザンガも交えて駄弁りながらの昼食のひと時を過ごし、一足先にザンガはサカミへと戻っていった。扶祢はそんなクシャーナから去るザンガに目一杯手を振って見送っていた。理想郷のザンガとは初対面があんな状態であまり話せなかったからな、こちらではこうして和やかに話す事が出来て、嬉しかったのだろうね。
そして各自待ち合わせ時間を決めて再び市場の中を散策し始め、俺と釣鬼が二人でサバイバルグッズの発掘に精を出していた最中の事であった。
「この泥棒猫がっ!待ちやがれっ!」
「ふに"ゃぁぁ!?」
そんな分かり易い二種類の叫び声に俺達が興味を惹かれ振り向いたその先には、釣鬼の背中に勢いよくぶつかり跳ね返って倒れ、鼻っ面を痛そうに抑えて蹲る猫人族?の子供の姿があった―――




