第105話 三界散策紀行④
「てぇい!」
『グォオオオオオオオッ!?』
「そっ、それまでですっ!【キャノンボール・タックルラン】無差別級の優勝者はアイブリンガー選手っ!」
「どーもどーも」
―――ワァアアアアアアアアッ!
「そらよっ……フィーッシュ!」
「馬鹿ナ!?コノ誇リアルサハギンノ一族デアル我ガ、陸ヲ歩ク二本足ニ釣リ勝負デ負ケルダト……?」
「おおっ凄い!釣鬼選手、水の一族であるサハギン選手達をぶっちぎりで抜いて現在ダントツトップだぁっ!後はカヌーでサカミまで川を上りきれれば勝利が確定ですっ!」
「軽く言ってくれやがる、それが一番きちぃんだけどな」
―――ウォオオオオオオッ!!
「俺の馬脚旋風が追い付かぬとはっ!む、無念……」
「まぁ、これまでやりあった中では。貴様が最も速い相手ではあったがな」
「クロノ選手、並居る強豪達を相手に苦戦する様子も無く快勝っ!これで決勝へと駒を進めましたっ!」
―――ドォオオオオオオッ!!!
現在、サカミの独立都市にて開催されている『第一回人魔合同大競技祭』は盛況の中スケジュールの半ば程までが過ぎていた。
アデルさんはつい先程に体高3メートルを超える巨鬼族とのぶちかまし勝負を制し、栄光のゴールまでの道を駆け抜けて優勝が確定したし、釣鬼も湖から川をカヌーで下るサバイバル・フィッシングレースを満喫中だ。そしてクロノさんは最早鬼神と化してサムライ・ソードの二刀流に磨きをかけ、これまた武闘大会で優勝を掻っ攫いそうな勢い。
他にも団体戦など様々な競技がサカミを中心とした一帯各地で行われ、それが紋様通信を介した幻影魔法により本部のスクリーンへと投影されて皆観戦に興じているところだった。
特に一度川を下り、釣りをした後にまた上流へと自力で上ってくる釣りレースは会場がかなりの広範囲へと及ぶが故に、天響族の翼を持つユスティーナが選手達と並んで飛行しながら実況をしていたりする。あの子も朝からずっと飛びっぱなしで疲労も凄いだろうに、終始ニコニコと楽しそうに笑ってはハイテンションで実況し続けてるなァ。
こういった心からの笑顔を見るだけでも、ジャミラ達が何十年もかけて争乱を解決した甲斐があったというものだと思う。
それから数時間の間にも更に様々な競技が行われ、天より燦々と降り注ぐ光に照らされる中それぞれの舞台でのドラマが展開されていく。やがてその陽の位置がそれなりに下がってきた段となり、いよいよ俺達の出番がやってきた。
「それではっ!この大競技祭が始まる切っ掛けとなった人類代表の凸凹トリオとこの湖に棲む水の乙女達の、宿命の対決たる【DOKIDOKI☆ウォーターフロントドッヂボール】を開催致しますっ!尚、特別ゲストとして元【盲目の英雄】でもある大精霊導師のシェリーさんに審判と解説を兼ねて頂きますねっ」
「宜しくお願いしますね」
しかしなんつう競技名だ。そこまでやるならいっそポロリもあるよとかにしてくれれば良いのにな……と、お隣の女性陣二人の目が生暖かくなってきた事でもあるし、ここは自重しておくとしようか。
「では、ルール説明に入りますね。こちらにあります、この湖の主である水の巨人さんが創った特別製の水球を使ってお互い投げ合い、相手にぶつけて水球を落とす、もしくはぶつかった衝撃で水に腰以上まで沈ませる事によりアウトカウントを稼ぐ事が出来ます。そうして相手の人数を減らしていき、最後に残った者が居る側のチームが勝利となります」
「尚、普通にやりあうと水上の限定空間と言えども頼太選手達の方が圧倒的に優勢だろうとのことですので、勝負を盛り上げる為に運営より若干のハンデを言い付けられています。ご了承下さいなっ」
うーん。慣れない水上というだけでも十分なハンデだと思うんだが。まぁお祭りだしある意味勝敗は二の次だからな、仕方が無い事か。
「――よろしいですね?それでは、こちらがハンデの内容となります」
俺達とニュンペー達、双方の頷きを確認したシェリーさんがまずその内容を確認し、僅かに眉根を寄せながら何とも言えない微笑を浮かべ、幻影スクリーンへとその内容を投影する。そこに書かれた内容は―――
※禁止要項一覧
【狗神禁止】
【霊術禁止】
【ゴルディループス禁止】
【力学精霊魔法禁止】
「待てこらぁああっ!!」
「横暴なのだわ!」
「わひゅぅう……」
「何この狙イ撃チ!?」
最後のピノの言葉にある通り、正に俺達への対策をピンポイントで打たれてしまった。哀れピコ、折角楽しい水遊びが出来ると今朝からずっと期待していただけに、参加禁止を言い渡されしょげ返っちゃってまぁ……ミチルも今回は禁止という事なので、今日は自由行動で二匹とも放し飼いにしておくとしよう。他の祭りの観戦でも楽しんでこーい。
「クククッ。どうやら今日がお前達の命日となるようね。今なら跪いて許しを乞えば考えてあげなくもないわよぉ?」
……かちーん。我ながら安い煽りに引っかかっている自覚はあるが、アリアのこの舐め切った言葉に俺達三人は揃って戦闘モードへと切り替わる。
「よかろう、受けた挑戦に対しては背を向けぬのが我等の信条ッ!者共、今一度の悪夢をこの小生意気なお水女共に存分に味合わせてやるぞっ!」
「やってやるのだわ!」
「力学魔法を封じた程度でこのボクを止められると思ったら大間違いダ!扶祢ッ、頼太ッ、あのアバズレ達をまた泣かせてやるヨッ!!」
「ふんっ、精々吠えてなさいな。先日の御返しをたぁっぷりとしてやるんだからっ」
そうこうしている間にもグレンデルによる水の架け橋が完成し、俺達はいがみ合いながらもその橋を通って湖の中央に位置する浮島へと移動をする。そしてニュンペー三十人vs俺、扶祢、ピノの三人という超絶ハンデが付いた【DOKIDOKI☆ウォーターフロントドッヂボール】が開始したのであった。
「先手必勝っ、水切りショット!」
「「「きゃあっ!?」」」
開幕いきなりの扶祢による一見無造作にも見える水切り投げにより、水面を高速かつ変則的に跳ねた水球が三人のニュンペーへと連続で命中し脱落させていった。対しお返しとばかりにニュンペー達が水の精霊魔法を上乗せして撃ってきた水球ではあったが、残念ながら基本的な威力が足りず俺ががっちりとキャッチする。
「チッ……姉妹達っ、もっと散れ!奴等、この手の遊戯に慣れてやがるっ」
そんな俺達の余裕を見たアリアが檄を飛ばし、慌ててニュンペー達が周囲に散らばるが――対戦の最中に敵に背を向けちゃっても良いのかい?
「ほらよっと」
「あいたっ!?」
「はうっ……」
近くでアタフタと立ち位置を探していた二名程に軽くボールを当ててこれまたアウト。この調子だと半数になるまでは順調に減らせそうだな。
「オヤオヤ~?あれだけのハンデを貰っておいテ、あっという間に五人も脱落しちゃったノ~?ホームグラウンドで有利な筈のニュンペーにしてはお粗末過ぎィ~」
「ぬぐぐ……今に見てやがれっ!」
そこに何とも的確なタイミングを見定めたうちの幼女がアリアへと挑発をかまし、既に乙女と言うには憚られそうな形相を顔に張り付けてしまったアリアが敵意を剥き出しにしながら歯ぎしりを見せてしまう。
ドッヂボールについても夏休みの間、お子様らしく熱心な研究をしていたこいつがその性質を知らぬ訳があるまいに。これ見よがしに煽りを入れる姿に少しばかりニュンペー達が哀れに思えてしまったが、これも真剣勝負の非情な定め、許せよ水の乙女達。
「そんじゃボクも……ユケッ!○ァンネルッ!」
「キャアアアアッ!?」
またしても危ういどこぞのゲームネタを口走りながら水球を分裂させて射出し、ピノが五人程を同時に打ち倒し水没させていく。これには観客席の耳長族を始めとする妖精族の血を引く精霊使い系の面々がどよめきを起こし、これまた注目の的となっていた。
このウォーターフロントドッヂボールに使用する水球、水の巨人がこの競技専用に生成した特別製という事で、それに各種神秘力を作用させることにより様々な効果を生み出せるのが特徴だ。扶祢が先程霊気を込めて水切りをした時には本来の水切り石に近い平べったい形状になっていたし、今のピノの水球分裂にしてもそうだ。こういった技術を競う為に作られた『ドッヂボール』という場なのだろうね。
だがしかし、そこに思わぬ落とし穴が待ち構えていたのだ……。
―――ピピー!
「ピノ選手、反則です!」
「……エ?」
「その水球、射出時に空気砲の原理を使用していますよね?消費を可能な限り抑えつつも更に回転を加えて空気抵抗を突き抜ける等、技術的には大変素晴らしいものだとは思います。しかしこのウォーターフロントドッヂボールで使用して良い属性は水、もしくは先程の扶祢さんの様に属性の無い純粋な神秘力に関するもののみとなります。ですので残念ながら今回はアウトということで……」
突如審判のシェリーさんにホイッスルを吹かれ、呆然としてしまったピノへとそんな説明が為される。一方のピノはと言えば、シェリーさんに指摘した内容が徐々に頭の中へと浸透してきたらしく―――
「しまっタァー!?ついいつもの癖デッ!」
「このアホぉ!」
「ピノちゃぁぁぁん!?」
最近のピノは専ら副次的効果を効率的に精霊魔法へと組み込むのが楽しくて仕方がないらしいからな。これまでのピノとの精霊魔法談義によりその仕組みを正しく理解しているシェリーさんにはそれが理解出来てしまったらしく、敢えて指摘せずにはくれたがわざわざ空気砲の原理と言っていた辺り、今回のも厳密に言えば力学魔法に当たるということなのだろう。ピノもそこは言わずとも理解しているらしく、歯噛みをしながらも反論をする事も無く膝を付いてしまう。俗に言うorzのポーズだな。
こうして精霊魔法への理解がある観客達からの盛大な拍手と若干の微笑ましい笑いを受けてピノはすごすごと退場していった。お疲れさんであります。
「ハ、はは……驚かせやがって。反則で自滅してちゃ世話ねーなっ!」
「ウッセ!ボクが居なくたってお前等なんか頼太と扶祢の二人で十分だってノ!」
そんなピノの自爆に対し、若干恐怖に彩られた表情をしながらも強がりの憎まれ口を叩くアリア。悔しそうな負け惜しみで返すピノはだったが、実際使える手段を大幅に制限されてしまったこの状況は、なぁ……。
「うーん、どうしよ?正直な所、二人だと多方向からの飽和攻撃でもされたらまずいわよね。さっきのピノちゃんがやったみたいに全員に分裂させた水球を持たせたりとか……」
「ビー玉クラスにまで分裂させて至近距離から散弾銃よろしく発射、なんてされたらお手上げだよな」
「うわ、それがあったか」
ピノの反則が行われる直前にあった状況からの再開ということで、現在は俺達が水球の権利を持っている。小声で耳元に囁いてくる扶祢にこちらも同じく小声で返しながらも周囲の状況を確認し、軽く作戦会議を始める。
「てことはー、それを考え付かせない様に出来るだけこっち側で持ちながら――」
「だな。後はさっきまでのやり取りで怯えてる連中の心理を利用して『何をやっても通じない』と思わせるしかねぇかなあ」
「それじゃあ。アレ、いってみますか」
「アレ?」
どうやら扶祢が何かを思い付いた様子。そして耳打ちをしてきたその内容に、俺は思わず顔を引き攣らせることとなったのだ―――
「おぉーっとぉ!扶祢選手、これで何と十人抜きですっ!まさか、まさかこんな手段に出るとはっ。私なんかは素直に驚きというかぶっちゃけ呆れて物が言えない状態なのですが、審判兼解説のシェリーさんは如何でしょうかっ?」
「え、ええ。今回のルールとしては人間サイドは浮島に居なければならないとは書かれていませんし、水中に落ちるか水球を受け損ねさえしなければ競技を続ける資格を持ち続けられますが……これは、盲点でしたね」
上空より試合場の状況を見下ろすユスティーナがマイクを握りながら興奮した様子で実況を続け、それに答えるシェリーさんも随分と対応に困った様子でそう零す。盲点っつーか、まず実践しようとする奴がいないよな……釣鬼やクロノさん辺りはやろうと思えば出来そうだけど。
扶祢が今やっているのは俗に言う『二人だとさすがに沈む理論』(*1)というやつで、古くは1911年に英国の死刑囚ヘクター・ドイルが提唱したと伝えられている。量子力学における観測問題の観点から「人間は水上を歩行することが可能である」ことを確定するという何とも怪し気な理論だ。
伝承や漫画等でよくこんなネタを実践している場面があったりするが、扶祢はいきなり実践に移したにも関わらず短時間ならば実際に水上走行を可能としている様子。その足元をよく見てみれば霊気を平べったい板状に展開させ、物質に影響する程の密度を以て水面を駆け抜けていた。扶祢の駆け抜けた水面には物凄い衝撃が走り、辺り一面水柱が立ちまくったり水飛沫が舞ったりとえらい事になってはいるが、自身はバランスを崩す気配など全く見られないな。こいつ、間違いなく昔やれるかどうか実験した事があるだろ。
俺は扶祢と水辺の対角線上を常に位置取り続け、水球の取りこぼしの危険を可能な限り排除する。そして時には扶祢ばかりを警戒するニュンペー達の不意を打ち、更に何人かを脱落させていった。
「ふっふっふー。後はアリアちゃんを含めた三人か――覚悟は良いかな?」
「くっ……クソッ。この卑怯者!正々堂々と勝負しやがれっ!」
「ルール違反はしていないんだし、何とでも言えばいいのだわ。開始早々に負け犬になっちゃったピノちゃんの敵、討たせて貰うわよ」
「負け犬は余計ダヨ!」
そう勝ち誇った顔で言った後に、止めを刺すべく扶祢は再び走り出す。これで最後いう事で、今度は最初から俺と扶祢で分裂させた水球をそれぞれ持ち、牽制を絡めながらニュンペー達をじりじりと追い詰めていく。やがて扶祢の立ち昇らせた水飛沫によって再び辺りの視界が遮られていき……。
「あっ。おい扶祢、そこ浅瀬ッ!」
「これでぇ……え?」
この水上走行。霊力ブーストによる水切り効果も無論必要な要素の一つだが、基本的には速度にモノを言わせ水面に対する抵抗を利用して成り立つものだ。つまり一度走り始めると小回り的な旋回や停止といった急制動が不可能となり、結果―――
「しまっ…ふぎゃああぁぁぁぁ……!?」
―――カッ…ドムッ、バシャシャシャシャッ……どっ、ぽん。
目の前の勝利に酔いしれて文字通り足元が疎かになってしまった扶祢は、浅瀬の岩礁に足を引っかけてドップラー効果を伴った悲鳴を上げながら有らぬ方向へと盛大に吹き飛んでいったのだった……。
「……あ、やっべ」
「ふ、ふふふふふ……今までの私達の鬱憤、お前で晴らさせて貰うからね?」
「ぼ、暴力反対?」
駄狐の引き起こした惨状に暫し間を微妙な沈黙が流れた後に、残ったニュンペー達が一斉に振り返る。そのターゲットとして補足をされてしまった俺の命運は、言うなれば風の前の塵に同じく。どうやらアリア達は先程の水球分裂手法もばっちりと学習してしまった様子でもあるし、これはもう終わったね。
「――うぎゃあああああっ!?氷撃は反則ゥゥゥ!!」
「残念ながら水に関わる変化なので有効です。頼太さん、残念っ」
必然の流れとして氷結した無数の礫を喰らってしまい、意識を失う寸前に俺の視界へ入ってきたのは、シェリーさんによるいつもの困った様な天使の笑顔でありました。
―――後日、ウォーターフロントドッヂボールのルールに瑕疵が見られるとして幾つかルールの修正が為された。
その一例として……【水上走行禁止】【水球の分裂禁止】が加わったようです。やったね扶祢ちゃん、また一つ伝説を作ったよ!
こうして、ニュンペー達との対立を機に始まった、サカミ独立都市主催による『第一回人魔合同大競技祭』は概ね好評の内に幕を閉じた。これを機に魔物と呼ばれていた一部の稀少種族達と人間達との新たな交流が街の至る所に見受けられるようにもなったらしく、主催のジャミラも湖の主である水の巨人も満足気な表情をしながら笑っていた。
何だかんだで俺達も楽しめたし、当初は険悪な関係だったニュンペー達とも大会後の打ち上げで大いに盛り上がり、中にはそのままよろしくやってカップルとなった連中も居たらしい。リア充爆ぜろ、もとい目出度いことと、今は祝福の言葉を贈るに留める事としておこうか。
あるいは今後、互いの慣習の違い等により伝承に言われる類の悲劇が出てくるのかもしれないが、折角お互いこうして出逢う事が出来たんだ、あのカップル達も末永く幸せになって貰いたいものだね。
それではこの朗らかな気持ちを抱えつつ、今日のところはこれにて失礼―――
*1:問題は無い!!15メートルまでなら!!!




