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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
閑章 三つの世界:閑話編
110/439

閑話⑤ シズカと静の現代日本探検記:参

「……どちら様?」


 シズカと瑠璃がその前触れもない現れ方をした正体不明の相手に警戒をする中、比較的冷静に見える静は一人問いかけた。一方正体不明のその若者は、そんな三人の様子を気にする事も無く静の質問へと答えを返す。


「やぁ、僕は……そうだな、ココロとでも呼んでくれ。君達がいきなり現れた不審者を警戒したくなる気持ちは理解出来るが、こう見えて怪しい者では無いつもりだ」

「その発言自体が既に怪しさ満点なのだけれども……」

「じゃな。それはそうと、現在この一帯は非常に危険な状況となっておる。手遅れにならぬ内、早々に山を下りるが良いぞ」

「うーん、やっぱり警戒されちゃうか。参ったな、今の君達にも助けとなる話をしに来たつもりなんだが……」


 取り付く島もないシズカ達の対応に、その若者は困った素振りで腕組みをする。安全上万全を期するのであれば里まで送ってやるべきではあるのだが、初対面時の怪しさ、そして何よりこうして面と向かっている現在ですら存在感を全くと言って良い程に感じられぬ程の希薄さ。そういった怪し気な要素が重なり、どうにもその様な気分にはなれないシズカと瑠璃であった。

 しかしただ一人、その若者の言葉に興味を覚えた静のみはココロと名乗る若者へと聞き返す。


「わらわ達の助けになる?」

「お、うんそうそう。君達、今あの殺生石の欠片から出でたモノを、どうにかして鎮めようとしているところだろう?」


 これ幸いとその質問に応じる若者に、この忙しい時にまた面倒な奴に絡まれてしまったものだ……と溜息を吐きかけたシズカではあったが、直後若者が口にした言葉に我知らず耳を反応させてしまう。


「――何故に、(うぬ)がそれを知っておる?」

「うわっと!こりゃたまげたなぁ。君、あの殺生石の欠片とそう変わらない気質を持っているじゃあないか」


 普段の言動こそ尊大を絵に描いた様なシズカではあるが、この様にヒトの姿を取りつつも会話が可能な相手に対し、問答無用で敵意を向けよう如き真似をするなどまず有り得ない事ではある。だが、今は時間が惜しい。のらりくらりと交わし始めるその若者へ向かい、警告の意味を込めて鬼気を叩き付け、言わねば害する事も厭わぬとばかりに詰問をする。

 対しやはり相手も見た目通りの徒の人間という訳では無いらしく、あっさりとそれをやり過ごしながらも慌てた様子で半歩を引いた。

 否、今のは本当にやり過ごしたと言えるのだろうか?まるで鬼気が何も無い場所を(・・・・・・・)すり抜けていった(・・・・・・・・)かの様な……それを目の当たりにしたシズカは、そこに一つの違和感を覚えてしまう。


「……説明する気があらねば時間も無い故、童達はもう行くぞぇ」

「おっと御免よ。真面目に説明はさせて貰うから、もう少しばかり聞いてくれる時間を作ってはくれないかな」


 そして若者は語り始めた、俄かには信じ難いその内容を。


「まずは何から説明しようか。あの殺生石の欠片についてだが、何故あれが欠片と言われているかは聞いたことがあるかな?……そうか。では一人の僧が元の殺生石を幾つかの欠片に砕いた伝説も知っているね?」


 その言葉に頷く三人。その僧の名は玄翁、と言ったか。


「うん、その際に玄翁和尚は大きい欠片にのみある仕掛けを施してね」

「――ココロ。もしかして、貴方は心昭さん?」

「……これは博学なお嬢さんだ。まさかこの時代に下の名を諳んじてくれる子が居たとは。ま、僕はあくまでその名残だがね」


 源翁 心昭―――玄翁和尚の別名とも伝えられているが、それを識る者はより少ない。現にシズカも静がその名を呼ぶまでは気付けぬ程に、玄翁の呼び名の方が圧倒的に有名であったからだ。


「……つまり汝は、アレの安全装置のようなモノであり。我等の迂闊な行いで復活したアレを再封印、または消滅させる為に手伝えと……そういう事かや?」

「おやおや、まさかこの程度のやり取りのみでそこまで僕の正体を見抜かれるとはね。その物言いからすると、そういった予想をする何らかの要素が見えていたという事かな?」

「ふん。先程童の中てた鬼気が素通りしたじゃろ、あれで汝が尋常な存在(モノ)では無いとの見当は付いておった故な」


 静の指摘を受けたシズカの推論に肩を竦ませる心昭、いやここはココロと呼ぶべきか。だが、これで何故こんなにもタイミング良くココロが今この場へ現れたかの納得がいったシズカ達。


「凄いわね、アンタ達。私は今の話を聞いてもさっぱりだわ……」

「――汝は今からでも日本史を学び直した方が良いのではないかのぉ。と言うか、それで天狐への昇階試験時の伝承認識をよく抜けたものじゃな」

「……大陸方面の神話伝承で稼いで、何とかぎりぎりね」

「実技で余程の高評価を貰ってたんだねぇ」


 ……ただし、約一名の歴史認識に疎い者を除いてはの話だが。


 ・

 ・

 ・

 ・


「それじゃ、最終確認ね。対象の現在位置は賽の河原の復活地点から上流約500m。私と静、シズカとココロの二手に分かれて別方向から挟み撃ちにし、奥の洞窟へと追い込む。然る後、私達が抑え込んでいる間にココロが再封印をかける。静はそのサポートね。これで良いかしら?」

「うん」

「承知」


 その後軽くココロと話し合い、大まかな再封印計画を練り上げる。最後に瑠璃が皆を見廻しながら確認を取り、皆が頷いた事により全ての準備が完了した。

 ココロの意向としては、可能であれば消滅させるのではなく再封印をして欲しいらしい。成程、此方には天狐が二人にそれに準ずる力を持つ狐妖が一人と申し分の無い戦力が揃っており、その気になれば弱体化した玉藻前の欠片を浄化させることは不可能ではないのだろう。しかし、総力戦ともなれば周囲の気質に与える影響が多大に過ぎ幻想種達へ要らぬ刺激を与えてしまいかねない。また戦闘の際に使用されるであろう能力や術に依り真夜中に山の中で発する光が目立ってしまい、里の人間達に目撃されてしまう恐れもある。

 何よりも、本を糺せばあの玉藻前の欠片はシズカ達の好奇心を始まりとした迂闊な行動により、不用に起こしてしまったモノだ。かつて災厄指定をされたモノの欠片とは言え、自らの不始末により復活させてしまったからといって力尽くで討伐するなどとは、やっている事が押し入り強盗と変わらないでは無いか。

 そういった理由により、今回は欠片の再封印を施す流れに至ったのである。








「来タカ……クルルルル、奴等、何ヲ考エテオル?」


 つい先程に現世へと望まぬ覚醒を果たした殺生石――否、玉藻前であったモノの欠片は、都会に比べれば随分と寂しい風景とはいえ、生前の闇夜とは比べるべくもない程の光に満ちた夜の里を山の上から見下ろしていた。

 かつて自らが生命(いのち)の灯を絶えさせたこの那須野の地にて、その長い生涯でも経験の無い真夜中の光の情景に心を奪われ、そしてそれを眺め続ける自身の内に、時の流れに取り残された事実に対して一抹の寂しさを覚えてしまったことを知る者は、今は……まだ居ない。

 自身を復活させた不届きな霊狐共を迎え撃つべく、玉藻前の欠片は動き始める。最後にもう一度里の側を振り返り、それを目に焼き付けるかの如く僅かな間を眺めた後に、迷いを捨てる様に首を振り山の奥へと入っていった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「……解せぬな」


 今、シズカ達の目の前には洞窟の地面に四肢と尾を縫い止められ、力無く頭を垂れる一匹の大狐の姿があった。その瞳からはしかし、復活した直後の憎悪に染まった感情を見て取る事叶わず、その気になれば未だ抵抗をするに充分な余力があろうというのに関わらず最早その意志も感じられぬ。封印の準備をしていたココロでさえその様子を見て呆気に取られ、知らず術式を中断してしまっていた。


「フン。遥カナ昔ニ災厄ト呼バレタコノ我ヲ、欠片トハ言エ再度ノ封印ニ留メヨウトハ……我ヲ封ジタ霊狐共ノ末裔ハ、随分トオ優シクナッタモノダナ?」

「貴方、まさか自ら滅びを望んで……?」

「………」


 瑠璃の問いかけにしかし、大狐は無言で返すのみ。だがその瞳は語っていた、所詮世の生きとし生けるモノ達に理解をされることが無く、また受け入れられもせぬ此の身であればいっそ―――


「やっぱり、話し合おう……?」


 その諦観の色溢れる瞳を見た静がそう言い出すのは当然の流れであり、そして珍しく引く気の無い静の強い意志を向けられてしまったシズカにもまた、それを受け入れぬ道理は無かった。


「はぁ~、やれやれじゃな」

「まさか、君達――」

「仕方が無いわね。ここで敢えて意見を割るのも無粋でしょうし、私も降参降参っと」


 そんな二人の様子に戸惑いを隠せぬココロと、対照的にあっさりとそれに同意する瑠璃。やはり瑠璃も元は狐妖の御同輩として、目の前の玉藻前の欠片に対し思う所があったのだろう。


「貴様等、一体何ヲ言ッテイル……?」

「要はお主も肩の力を抜き、今の世をゆるりと愉しまぬか、という話じゃな」

「玉藻前さま、わらわもついこの前に現世に舞い戻ったばかりなのだけれど、久々に味わう今生は楽しいよ?辛くて悲しい過去を忘れることは出来ないけれど、折角こうして黄泉返る事が出来たのだし、玉藻前さまも一緒に幸せになろう?」

「オ前達…ハ……」


 静は呆気に取られた様子の大狐へと警戒感の欠片もない様子で歩み寄り、ココロの手により半ば完成されかけた封印術式をあっさりと解き、手を差し伸べる。それを目の当たりにした大狐の取った対応は―――








「――今日と言う今日はお仕置きだっ!そこに直れシズカッ!!」

「なっ、何故じゃっ!?静じゃってその場におったし、大体殺生石を割ったのは瑠璃の奴の仕業じゃろうが!何故に童までもが斯様な憂き目に遭わねばならんのじゃ!」


 ここは薄野山荘。現代に生きる霊狐達の拠点の一つである。

 その山荘内では今日も今日とて賑やかな騒ぎ声が木霊していた。


「静はいつものお前の突発的行動に巻き込まれただけだろう!それに瑠璃はもうとっくに他の天狐達に連行されて、今頃は伝承写本の罰の真っ最中だよっ。だからあとは元凶のお前への罰を与えるだけさねェ……?」

「しっ、静っ!?……こンの裏切りもんがぁっ!」

「ごめんね?わらわ、母上に怒られたくないし」


 シズカ達の母であるサキが秘湯巡りから戻ってきたところ、出会い頭にシズカによる突発的な玉藻前の紹介が為されてしまう。上機嫌で帰ってきた筈のサキの表情は一瞬呆け、直後一転して秋の山の一部を凍り付かせる程の膨大な冷気と共に、怒りの形相を露わにしてしまう。


「そういえば、当時そんな名の孤児(みなしご)が居た気がするな。あの孤児が霊狐共を長年に亘り治めた頂点で、今や三児の母とは……我が眠りに付いている間に、随分と時が流れたものだ」

「玉藻前さま。母上とも知り合いだったのね?」

「知り合いという程では無いがな。数千年も生きたモノ同士であれば、それなりにお互いの存在(こと)は識っていて然るべきものさ」


 当事者達が物騒に過ぎる親子喧嘩に臨む傍らで、静とそして艶に濡れる長髪を下ろした、絶世の美女といった表現がぴったりな中性的な美人が立っていた。その姿は、あの夜に現れた陽炎の様な若者をどこか彷彿とさせる―――


「ところで、ココロさんは消えちゃったのかな?」

「いや、奴は我の(カタチ)となってはいるが消えてはおらんよ。最も身体の主導権は我に有り、奴は『見聞きする』だけしか出来ぬ様だがな」

「そっかぁ……たまにはココロさんにも身体、貸してあげてね?」

「気が向いたらな」


 あの後、欠片となって力の大半を失い大狐の姿に縛られていた玉藻前に対し、ココロが自ら名乗り出て玄翁和尚の名残たるその容を譲り渡したのだ。


「僕は、封印の必要が無くなれば消え去るだけの仮初の存在だ。ならば未だ存在出来ている間に、この(カタチ)を使って貰える者に譲り渡したいと思う。そうすれば僕が今此処に存在していたという証を、後世に遺して貰えるのだからね」


 そう言ってココロは柔らかな光と共に、静達の前から消え去った。光が収まった後に座り込んでいたのは、かつてその美貌により時の帝達より寵愛を受け、そして腐敗した宮廷内の謀略を以て人の世から追われ続けて……壊れかけてしまった災厄の欠片。

 その欠片は今此処に、再び現世へと舞い戻った。やや喧騒に過ぎる霊狐二人の絶叫をBGMとしながらも、彼女は見晴らしの良い山荘の高台より眼下の街の情景を暫しの間眺め、満足そうに目を細める。


 時は秋も深まる九月の中旬、山荘の周り一面は季節外れの氷に包まれてはいたが、そこには確かな温もりの場があったのだ―――






「シズカッ!大人しくお仕置きを受けなさいっ!」

「全力を以て抵抗させて貰うのじゃっ!お仕置きを受けるならば、静も同罪なのじゃー!!」

「……しかしあの霊狐、シズカといったか。未だ天狐の身でありながら、空狐に至ったサキの猛攻をあそこまで凌ぎ切るとは無茶苦茶だな」

「まーシズカだし」


 何だかんだで今日も今日とて、薄野山荘は概ね平和なのでありました。

 瑠璃はサキと顔を合わせるのが怖くて途中でとんずら。しかし先輩天狐達に回り込まれてお持ち帰りで候。

 昇階試験の当時は瑠璃に泣き付かれたサキの協力による徹夜の日本史詰め込み作業を行っていたが、効果はいまいちだった模様。当然ながら一晩寝たら丸忘れ。

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