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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第一章 異界との邂逅 編
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第010話 冒険者へのビクトリィロード(希望)

 ヘイホー道中、イワミ村。午前のハードな旅路を終え、この世界を知ってから初めて訪れた人里だ。大平原の端に存在する農村らしく、周囲は農耕地に囲まれ近くには山の恵み豊かという典型的な牧歌的光景。それを目にした俺達の足は心なし早まり、そして村の看板が立つ柵を抜けた辺りで何か重いものが倒れる音が響く。


 ―――ドサッ。


「も、無理……」

「あ、倒れた」

「だっらしねぇな、オイ」


 精根尽き果て地に伏せる俺に対し、他人事のようにかけられる無情な声。誰のせいだと思ってる。

 俺がこんな惨状を晒してしまった原因は、そう複雑なものではない。単純に限度を超えた労苦を強いられた結果、疲労困憊となっただけなのだから。


 村までの道中、初となった原生生物とのエンカウント。通常であれば緊張感をもっての第一戦という事で相手が雑魚かろうとも一致団結をしてオーバーキルを狙うなり、あるいはいきなり何の脈絡もなくラスボス直前級が出現しての負けフラグなイベント戦闘なりに突入する場面であったと思うのだが。思うのだが!


「これも修行だな」

「頑張れ頼太っ!以前にコスった時に調べた、本場顔負けのチアリーディング技術を駆使して応援してあげるからっ」


 さいですか。


 という訳で俺の夢溢れるゲーム脳はこうして世知辛い現実の身も蓋もない事情により、木っ端微塵に砕かれてしまうのだった。あとはしたなく袴をたくし上げてまでノリノリで踊ってくれていた扶祢くんや。立場的にはどっちかといえば、君も一緒に修行をすべき場面ではありませんかね?


「ほら、私は小さい頃から野生動物と遊んでたしー。こういうのは慣れてますから」

「あぁ。そういやお前も野生動物だったよな」


 直後わき腹に抉り込まれた怒りのサイドキックにより一戦目の相手の目の前へと蹴り出され、マッチング開始★それでは時系列順に思い返していくとしようか。



 記念すべき第一戦目、モンスター名はワイルドボア、つまりただの猪だな。

 とはいえこうして実物と接敵するのは今生では初の体験だ。野生の脅威というものを身に刻むべく、試しに突進を受け止めてみた。吹き飛ばされた。釣鬼の蹴りとタメ張る程の衝撃だった……二度とやらねえぞ!

 仕方がなしにそのとんでもない勢いの突進を利用してすくい投げ気味に投げ落とした後、リヤカーの掃除用に搭載されていた二種の洗剤を沁み込ませた布を使って毒ガス攻撃を仕掛ける事にした。鼻を包み込む形に上顎をふん縛り、嘔吐き始めたのを見計らってこれまたリヤカーに常備をされていた万能武器、スコップストライクでキメッ☆

 だがしかし、ドヤ顔の俺へと対しすかさず審判席から物言いが入る事となる。ついでに次の相手からは毒ガス禁止令発令、解せぬ。



 二匹目はグラスウルフ、これもどこにでもいそうな野生の狼だな。

 スコップ残機数はたったの一。大枚はたいてオプションパーツとして購入したのは俺っちだぞ!との理屈により問答無用で没収され、無断拝借の罰として四足獣相手に己の五体のみで対処をしろと言い渡された。そろそろ泣いて良いですか?

 それでも師匠二人の教えは絶対だ。やむなく素手でやり合ってはいたんだが……取っ組み合いをする際中、ふと昔飼っていた犬とのじゃれ合い格闘を思い出してついつい涙腺が潤んでしまう。

 結果としては同系の相手との戦闘経験が物を言い、俺の抑え込みにて決着。哀れにも腹を見せきゅんきゅんと鳴き始めた狼の姿についつい絆されてしまい、止めを差すには至らなかったんだ。少し、しょぼくれちまったな。


「お前ぇ、なんでそんなに狼相手の立ち回りに慣れてんだ……」

「あ~、あの程度なら昔に飼ってた犬の方がよっぽど手強かったからな」

「何それ。土佐闘犬でも飼ってたの?」

「いんやドーベルマン。かなり頭が良くてなー、試合もどきの取っ組み合いとかもよくやって遊んでたんさ。お蔭でご近所のちょっと怖い事務所のお兄さん方からよく練習相手として指名を受けてた位だぜ」


 大人げないかもしれないが、あいつとの取っ組み合いは互いに半ば本気でやっていたものだ。それでもちゃんと試合だという事を理解はしていたみたいだし、自分の勝利で決着が付いた後は決まって噛み付く代わりに得意気に鼻を擦り付けてくるのがまた可愛くてさぁ。


「そら随分と頭の良い犬だな。今も生きてればこっちじゃ立派な従獣(ペット)としてギルド登録出来てるレベルじゃねぇか」

「そしたら晴れて調教師(テイマー)に就職だったか。未来は明るいネ」


 そうだな、うん。今ではもう願うべくもない話だが、そんな未来があったなら……少しばかり郷愁の念に身を委ね、当時を振り返る。

 あいつが齢をとって体力に衰えが見え始めるまでの数年間、毎日の様に取っ組み合いをしたお蔭で当時の同年代としては随分と鍛え上げられたもんだ。あいつを喪った、あの時ばかりは総合戦績が引き分けで終わったのを悔やみもしたけれど、今となってみればそれで良かったようにも思う。だって、いつかはその決着を――そんな女々しい未練であろうとも、あいつを思い出す縁となれるのだから。

 それにしてもあいつ、ただの犬にしては無駄に強かったよな。先にも語った通りの頭の良さからか、学習能力が半端なくって事務所のお兄さん方には全勝していた程だ。ある時などは動物園から脱走したヒョウを無傷であっさりと組み伏せて、遅れて現場へ辿り着いた警官連中ぽかーん。その非現実的な場面を目の当たりにした時は、それはもう目が点になる程驚かされてしまったものだ。

 唯一の残念な点を挙げるすれば、ドーベルマンにあるまじき警戒感の欠如か。とにかく人懐っこくって、誰彼構わず尻尾を振っては愛想を振りまいてしまう程に番犬には向かなかった。その性格に加えて断耳や断尾もしていなかったからか、子供の頃はあまり犬に詳しくない人からはレトリバー系と勘違いをされていた程だ。それ程にもぉ可愛くてかわいくて……。

 おっと、ついつい親馬鹿を発動しかけてしまった。本音を言えば原稿用紙にしてあと二十枚分ほどはあいつとの思い出に費やしたいところではあるが、次が控えているのでこの辺りにしておこう。



 そして正念場となる三戦目。こいつが精根尽き果てる事となった主な原因だ。

 見た目としては一戦目に対峙したワイルドボアとそう変わらず。ちょっとでかくて毛色が深いな、って程度でさ。


「ん?こいつは――」


 釣鬼のこの不審な発言で気付くべきだった。

 一匹目の猪とはパワースピード共に段違い、スタミナに関しては一匹目の倒し方がアレだったんで分からないが、正に疲れ知らずの暴走列車。そして時折響く雄叫を受ける度に体中へとある種の衝撃が奔り、体勢が崩され眩暈を引き起こしてしまう。

 ロアリング・ボア――対峙する相手にいわゆるゲームなどで言う[スタン]状態を起こさせる厄介な特殊能力を持つ、れっきとした魔物という存在。道理でえらい苦戦をさせられたわけだ、おのれ釣鬼の野郎ッ!

 それでも俺だってデンスの森でそんなスパルタ師匠達の下、三月近くもサバイバルや修練に励んだんだ。この程度の相手に後れを取りはするものかよっ。

 そんな俺の意地も二人の思惑通りだったのだろう、やっとの思いで仕留めた際も軽く労いの言葉をかけられるに留まり、一方の俺は連戦の疲労と安心からの脱力感によりへたり込んでしまうのだった。

 その後の解体は釣鬼が手慣れた感じにやりながら説明をしてくれた。


「魔物に分類される連中の肉はまぁ、そのイメージからもゲテモノ好き以外にゃ好まれねぇな。一部にゃ本当に魔物かよ、って思える程に美味ぇ奴も居るんだが――っと、出た出た。これが魔核ってやつだ」

「うーん……肉と油でぐちゃぐちゃしててよく分からないわね」

「ま、そんなもんだ。何でも魔導工学用の素材として使うだとかで、一部の研究者や好事家達にゃそこそこの値で売れる事もあるらしいけどな。余程の一級品でもねぇ限りは素材としても微妙だからなぁ、供給が多過ぎて大した価値にゃならねぇよ」


 雲一つない空を見上げる中、そんなのんびりとした二人の声が聞こえてくる。

 魔物とそれ以外の原生生物との違いは主に魔核を持っているかどうか、といった説明台詞だとか、ロアリングボアの魔核の値段を聞いて扶祢が色めき立った矢先に諸々の手間賃という厳しい現実を諭され、目に見えて尻尾を萎ませているケモい情景だとかが身近で繰り広げられていた気もするが正直あまり覚えていない。だって春の心地良い陽気も相まって、ずっと荷台の上で屍と化していたんですもの……。

 その後は戦利品を置くスペース確保という名目で体力の回復をする間もなく引きずり降ろされ、そのまま修行の一環として自力で歩かされ続ける道程。以降は何も出なかったのが不幸中の幸い、というか先生。戦闘での体力消耗ってやつについては、やっぱ考えてなくね……?

 こうして村へと到着するなりダウンした俺が東屋(あずまや)で休んでいる間、釣鬼達が最初の猪肉を物々交換をしてきてくれたらしい。お蔭でその日の昼食は事前に作っておいた干し肉な携帯食ではなく、豪華なバーガーもどきのサンドイッチとなった。うまうま。


 昼食が済んでからは特に何のイベントが起こる事もなく、一息吐いた後に村を出発する。イワミ村への道中とは違い、比較的整備をされた街道を西へ西へとひた歩くヘイホーへの旅の再開だ。

 午前中とは対照的に比較的安全な道中となり、魔物などとも遭遇する事はなく良いペースで進めたとは思う。それでも疲れが抜けきらないままに歩き続ける事となったからだろう、到着する頃にはやっぱり精根尽き果てたけどな。






 気付けば中天より見下ろしていた陽も随分と傾いて視界が徐々に夕焼けに染まりゆく中、遠目にそれと見える城壁が確認出来た。最後の体力を振り絞って一歩一歩と大地を踏みしめ、俺達は遂に目的地であるヘイホーへと到着したんだ。


「やぁっと着いたー!」

「思ったよりは早く着けたな、お疲れさん」

「泥のように眠りたい……」


 三者三様の感想はそのまま当日の疲労感の表れというやつだろう。解体作業に村人達との物々交換、そして道中の解説とやる事はやっていた釣鬼先生と違い、いかにもくたびれたー!といった感じにリヤカーへと腰掛けているそこの扶祢さんや。君なんて今日、歩いて踊ってサンドイッチぱくついただけで何もしてない気がするよね。


「頼太、午前中頑張ったものねぇ。そんな疲れてるんだったらギルドは明日にしとく?」

「登録となりゃあ手続きも結構時間かかっからなぁ、今日はさっさと宿に入ってゆっくりすっかぃ」

「あい……」


 このようにして異世界初の大都市への入門は感動も何も無く、ひたすら待合スペースの天井のみを見続ける事となってしまった。

 入門手続きは二人に任せ待合ベンチで寝ていたところ、不意に衛兵さんらしき姿が俺の視界に入って来た。


「この坊主がお前達の言ってた連れか……病気か何かか?」

「こいつ、ここで冒険者登録をする為に来たんだけどよ。旅初日ってことで道中ちっとばかり心構えを教えてたらへばっちまってな」


 衛兵さんの問いかけに対する釣鬼は肩を竦め。その答えと俺の惨状を見てある程度を察したのだろう。鎧姿の衛兵さんの顔に浮かぶは呆れの色。


「あまり新人苛めんなよ。ほれ、起きれるか坊主?後はこれにサインをしてくれれば手続きは終わりだからな」

「へい……」


 入門もせず一人ベンチで寝っ転がっているとは怪しい奴!なんて警戒されることも無く、無事に入門手続きが終わる。職務としちゃこれが当たり前の事なんだろうけれども、普通に優しい対応だったなァ。


「よーしそれじゃあ街中に出発ゥ!」

「そこのゾンビがまだ再起動してねぇな」

「うぃ、っす……」

「もぉ、大丈夫?ほら、後は宿に着くだけだから。行こう?」


 扶祢がいつもの仕草で首をコテンと傾げ、俺の手を握って立たせる。掌に伝わるしっとりとした柔らかい感触が癒し効果としてはクリティカル。しかし身体の方はとにかく休息を要求しているらしく、立ち上がるのも一苦労だぜ。

 も、もう少しでゴールだ……頑張れ俺。






 次に我に返った際には視界に広がる真っ暗闇。どうやら部屋に入るなりベッドへ潜り込んで力尽きていたらしい。風呂にだけは何とか入った記憶があるが……。

 そういえばこの街って風呂があるんだな、これは嬉しい。まだまだ疲れはあるものの、こうして目も覚めたことだ。少しばかり異世界初の宿内の様子を見てみるとしよう。

 まずは部屋の扉をそっと開け、廊下の側を覗いてみる……驚きだ、てっきり廊下の灯りは落とされているものかと思っていたが、想像よりはずっと明るい光明が一定間隔に設置されていた。

 試しに近場の光明部分へ近付き、手をかざしてみる。生憎と手が届くにはやや高すぎる場所にある為にはっきりとは分からないが、熱っぽさは感じず、そして光の元となりそうな素体も見えはしない。ま、まさかこれは光魔法というやつか、やつなのかっ!?

 それを認識してからの行動は早かった。身に巻かれていた寝間着から恐らくは洗浄術(クリーナー)により汚れを落とされたらしき服を着直し、いざ出陣とばかりに夜の宿屋の廊下を歩く。何だか修学旅行での夜中の旅館巡りっぽくて妙に心躍ってしまうぜ。

 そういえば二人はどこだ?俺の寝ていた部屋からすれば三人部屋という事は無いだろうが、個別に部屋でも取ったのだろうか。


「――お、起きたか」

「ああ、少し目が覚めてな……なんだまだ0時前か」


 これまた予想外に階層の多い宿屋の階段を降りた後、到着した入口ホールらしき広間付近のテーブルにて飲んだくれ鬼を発見。見た目に反してワイングラスを片手に優雅な仕草で味わってやがる。


「腹でも減ったか?カウンターに頼めば夜食も作って貰えるぜ」

「お、出来るのか。それじゃあお願いしようかな」


 間もなく届けられた夜食を頬張りながらロビーの様子を見回してみる。ここはよくあるイメージの民宿風ではなく、現代世界とはやや趣を異にするもののホテルに近い宿のようだ。

 同じく飲んだくれていた釣鬼曰くこの街では夜通し営業している店も多く、需要もそこそこあるという事でこういった二十四時間ホテルタイプの専業宿が主流に成りつつあるのだとか。流石はこの地域一の大都市と言うだけはあって設備が揃ってるな。


「そいや部屋割りってどうなってるのん?」

「三人ともシングルで並びの番号だな」

「そうか。てっきり釣鬼とは同じ部屋だと思ってたけど、別部屋で取ったりして値段の方は平気なのか?」

「さっきから値段ばかり気にしてんなぁ。田舎の旅宿なんかならそうなるだろうが、ここだとシングル二部屋とツイン一部屋で五百イェンしか変わらねぇからな。長期間滞在するつもりなら、シングルで分けた方が色々と気楽で良いと思うぞ」


 との事らしい。ついでに以前に聞いた一般的な貨幣についての講釈も軽くまとめておこう。サナダン公国付近の国家連合領域内での通貨は「イェン」だ。相場の変動等もありはするが、主に生活用品や家の値段等を聞いた感じ日本円との比率は1イェン=2円位。そして使う貨幣は―――


 小銅貨=1イェン

 大銅貨=10イェン

 小銀貨=1000イェン

 大銀貨=10,000イェン

 小金貨=1,000,000イェン


 といった感じに銅→銀→金で百倍になり、小→大で十倍と変わるそうな。

 とはいえ小金貨の時点で日本円にして二百万円という大金だ、それ以上についての認識は実際に現物を手にしてからでも構わないだろう。


「それじゃあちょっと、バルコニーで街の景色でも見てくるよ」

「おー、俺っちはそろそろ寝とくわ」

「あいよ、お休み」


 そして釣鬼に別れを告げ、俺は屋上のバルコニーへと向かう。

 そこに一人佇む先客の影。暗いながらもその特徴的なシルエットは見紛う事もない、どうやらこいつも同じことを考えていたらしい。


「あれ、目が覚めた?」

「ついさっきな。軽く夜食も頂いたんで、腹ごなしの散歩を兼ねて街の景色を見に来たんだ――つぅかここ立派にホテルだよな」

「そうそう、これ殆どビジネスホテルよね。ファンタジィらしく民宿っぽい安宿を想像してた、私の期待を返せー!」


 駄狐さん、柵の内側より荒ぶる野性ならぬ浪漫を解放し、街へと向かって我らが心の声を代弁す。気持ちは分かるが、夜中にそんな大声出してクレーム来ても知らねーぞ?


「現代日本の都市と違って不夜城、とまではいかないみたいだけれども。これ、結構見物よね」

「見た感じまだ開いてる店もそれなりにはあるし、城壁周りもしっかりと明かりが灯されてる。デンスの森とはまた違った見応えがあるよな」


 そのまま暫しを二人並んで無言のまま、ヘイホーの夜景を眺め続ける。そんな俺達の顔にはきっと、堪えきれない昂りの顕れが張り付いていることだろう。


「明日から冒険者、かぁ」

「俺、今夜眠れないかも」

「私も……やばいよ冒険者だよファンタジィだよ、しかもこのホテルと言い居心地結構良いよテンション上がってきたー!!」


 うん、その気持ちもよく解る。俺も多分、一人でいたら同じ様な叫びを上げて小躍りしちゃいそうだもんな。


「夜中なのでお静かに」

「むぅ、何で頼太はそんな落ち着いていられるのさ」

「どっかのお狐様が代わりにはしゃいでくれたからな」

「むぐっ……」

「まぁ寝れないかもしれないけど横にはなっておくか、扶祢はどうする?」

「んー、私はもう少し風に当たっておくよ」


 そう言いながら髪をかき上げ、バルコニーへと流れ込むそよ風を気持ち良さそうに受ける。淡い魔法の灯りに照らされて、陰影の強く映るその美貌。ふと出逢って初めてその姿に幻想を感じ、俄かにぼうと見惚れてしまう。


「……流石、美人が言うと絵になるな」


 何故かは自分でもよく分からないが、そんな見惚れてしまった時間を誤魔化す為だろうか。先程までとは違った意味で昂る心に見て見ぬ振りをしつつ、零れた言葉はそんな軽口。


「ふふ。清楚系美女の特権ですから」

「えっ」

「えっ……」

「残念系の、間違いですよね?」

「……自分で振っといてそういう事を言うッ!?」

「ぼでぃっ!?」


 げふっ……ナイスブロウ。しかしその一撃でどうにか紛れ込んだ幻想の迷路より舞い戻る事が出来たようだ。これ以上お狐様を怒らせてさっきの夜食をリバースしてしまう前に、お邪魔虫はさっさと退散するとしますかね。


「ふぅっ、これで適度に眠れそうだ。んじゃ、お休み」

「ふんっ……」


 夜の涼風そよぐ中、それだけを言って屋上を後にする。そんな俺の背には若干拗ねた感じながら、それでもはっきりと返されるお休みの言葉。うん、悪くない。


 さぁ、明日はいよいよ冒険者登録だ!

 これにて第一章終了。次話からようやく冒険者としての活動に入ります。

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