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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
閑章 三つの世界:閑話編
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閑話③ シズカと静の現代日本探検記:壱

 閑話シリーズ前半は三界本編中のシズカ達のお話、後半は頼太達の三界紀行みたいな流れにする予定です。あくまで予定。

「ふぅむ、今一つデータが出揃わぬ……」


 ここはとある山の八合目に建つ薄野(すすきの)山荘。眼下に深海市全域を望む景色の良い高台へと建てられた、現代に生きる霊狐達の拠点の一つである。そこに住まう霊狐の一人であるはぐれ天狐のシズカは、今日も今日とてデータの分析に精を出す。

 別の部屋ではまた違う分野で成すべきの仕事に燃えている三人組が命を削りながら似たようなデータ編集をしていたりするのだが、それについてはまた別の機会にでも触れる事としよう。


「シズカ、また狭間のお仕事?」

「うむ。現在扶祢達が行っておる世界については前に話したじゃろ?その世界で収集した揺らぎのデータが釣鬼とピノの世界のそれと比べ、随分と妙な数値を出しておってのぉ。人類を含む知的生物があそこまでの進化を遂げたにしては妙に世界の齢が若く安定せぬというか……一体どういった絡繰りなのじゃろなと」

「ふむぅ」


 クローン妖狐の静はそんなシズカの言葉を聞き、オリジナルそっくりな仕草で曖昧に唸ってみせるものの――やはりシズカの年期が入ったそれと比較すれば幾分幼さの残る愛らしさといったものが見て取れる。決してシズカが愛らしくないと言っている訳ではないのだが。


「……まぁ、良いか。無沙汰は無事の便りとも言うからのぉ。ほれこの通り、あやつに持たせた式札も使われた形跡が無いようじゃし、概ね順調に旅をしとるということじゃろうな」


 シズカはそう言って懐から小型の計器のような物を取り出し、静へとその画面を見せる。ふんふん、と頷きながら何度か見た覚えのある画面を覗き込んだ静であったが、画面のとある一点に注目したところで眉を顰めてしまう。


「……ねぇ、シズカ」

「うん?何ぞ解らぬ表示でもあるのかや?汝ももう機器の操作には慣れてきた頃合いじゃと思うが」

「ううん、そうじゃなくって。このお札の位置、薄野山荘(うち)になってない?」

「む?」


 確かに静の指摘する通り、いざという時の身代わり用にと扶祢の荷物に忍ばせていたシズカ謹製式札が示す座標はこの薄野山荘となっていた。俄かに虚を付かれた表情を形作り設定を確認し直すシズカであったが、機器が故障した様子は見られない。はて?と首を傾げ難しい顔をしながらも当時の記憶を掘り起こし、暫しの後に一つの答えへと辿り着く。


「そういえばあやつ等、発つ寸前になって即席麺を山盛り詰め込んでおった気がするのぉ……」

「それで置いてった方の荷物に紛れちゃってたんだね」

「……母上には内密にな」


 その言葉は自らの妹に対する信頼か、はたまた怒れる母のお仕置きを想像し慄いたが故の判断か。


「ま、まぁ異世界ホールの反応は相変わらず健在じゃし、その手の経験が豊富であろうサリナ達も共におる。あの連中で手に負えぬ如き事あらば、万一の事態に陥る前に地球(こちら)に避難するなり救けを求めるなりの判断も出来るじゃろ」

「そうだね、それに母上はシズカのこと信じてるって言ってたし。ばれたら後が怖いもんね」

「……一月経てども音沙汰が無くば、彼の世界の様子を見に行ってみるとするかや」


 どうやら答えは明白であったらしい。内心の動揺を隠しているつもりで実のところ分かり易く表に出てしまっているシズカのその様子に、静はくすりと笑いながら計器を返却した。






「くぁあぁ~……んむ。まずは一休みじゃな」

「お疲れ様、お茶淹れてくるね」


 秋の昼下がりに窓より入り来る陽の光を浴びながらの眠気を誘うデータ分析に一区切りを付け、シズカは可愛らしい欠伸と共に伸びをする。その様子を見た静は労いの言葉をかけ席を立った。


「ミルクは少なめで、砂糖をたっぷりとで頼むぞぇ」

「ふふ、シズカって日本茶より紅茶派なんだね」

「別段どちらが好みという訳でもないのじゃが。疲れた時には脳に糖分を補給してやるに限るのじゃ」

「それじゃあお茶請けも甘い物探してくるよ」

「うむ」






 ―――ピンポーン。


 静にお茶の用意を任せ、テレビの電源を入れてその日のニュースの画面を眺めていたシズカが少しばかりうつらうつらと舟を漕いでいる最中のこと。玄関より呼び鈴を鳴らす音が鳴り響いてきた。


「……むぁ?来客かや」


 サキは三日程前より古株の妖怪変化仲間と秘湯巡りに行っており、現在山荘内でアクティブに動けるのはシズカと静の二人のみだ。いっそ居留守でも使ってしまおうかといった誘惑に駆られるシズカではあったが、少しばかり悩んだ後に眠気の残る重い頭を振りながら、やれやれといった様子で来客を迎えるべく席を立つ。


「静ー。客人の来訪故、茶菓子は多めに用意しておくのじゃー!」

「あーい」


 さて、こんな辺鄙な場所にわざわざ足を運ぶからには恐らくはその手の訪問者なのであろう。魔改造トリオは相変わらずデバッグ作業に追われている様子で弄り甲斐も無い事であるし、調査の合間の暇潰し位にはなれば良いが。そんな淡い期待を胸に、シズカは来客を迎えるべく玄関へと足を運ぶ。


「はいはい、どちら様じゃな?」

「サキ様ご機嫌麗しゅう――誰よアンタ」

「……勝手に早とちりしおった分際で随分な言い草じゃのぉ」


 一応サキの客人ではあるらしい目の前の失礼な御同輩に、最近面倒なモノとの因縁が妙に増えてしまったな、などと思いながらもげんなりとした表情で返すシズカであった。


 ・

 ・

 ・

 ・


「御先ですらないお前達三下ではお話にもならないわ。サキ様はどちらにいらっしゃるのかしら?」

「………」

「シズカ、落ち着いて?」


 落ち着いておる、そう内心で返しながらもシズカは不機嫌さを前面に押し出し、目の前のソファに座るやたら高飛車な霊狐を睨み付ける。


「何?文句があるなら言ってみなさいな。見たところ混ざりモノに創りモノ、サキ様が小間使い用にでもお使いになられているのかしらね?何れにせよこの私の顔も知らないなんて、サキ様にしては珍しく教えが行き届いていないんじゃない?」

「……確かに、はぐれの身に過ぎぬ我が身ではそちら様が何方かは存ぜぬが、由緒正しき御先稲荷(オサキトウガ)を名乗るならば、その縦ロール(ドリル)に数十年前なセンスのドレスといった出で立ちは如何なものかと思うがのぉ」


 そう返す一方で静の躰、そしてシズカの内に秘められし鬼の因子までをも一目で見抜いたこの霊狐に対し、好き嫌いは兎も角として一定の評価は与えても良かろうともシズカは思う。


「んなっ!?ひ、人の事を言えるわけ?アンタこそ何よその古臭い喋り方は。今の世の中そんな姿で出歩いたら目立つことこの上ないし、それにこの恰好だって高級店で買い物する時なんかは便利なんだからねっ!」

「見た目に違わぬツンキャラであった」

「……うん、汝は少しばかり口を噤んでおくのじゃぞ」

「はーい」


 静も随分と現代社会、いやネット知識に毒されてしまったものだ。だがそれは平穏な環境なればこそ出来得る事であり、静の凄惨な生前の境遇を思うと強く止める事もし辛い心境のシズカであった。

 だが静の言う通り、最早天然記念物級のツンキャラっぷりに思わずまじまじとこの霊狐を見つめてしまったのも無理からぬことだろう。その結果、シズカは一つの事実を目の当たりにする。


「――うん?お主、天狐じゃったのか」

「フンッ、今頃気付いたの?幾ら霊気を隠していたとはいえ、サキ様の小間使いがそれじゃあ心許無いわねぇ」


 通常の狐では到底有り得ぬ特徴的な太く大きい四本の尻尾。それらを誇らしげにシズカ達へと見せ付け、同時に神々しさすらも感じさせる程の霊気を開放したその姿は、正しく天狐と呼ぶにふさわしき様であった。


「で、アンタは一体何なのよ?そっちの創りモノはまぁ、その霊質からしてもサキ様の眷属の類として生み出されたモノなんだとは思うけれど、アンタの方がよく判らないのよね。強い力こそ感じれど……それは本来、我等霊狐が持ち得てはいけない性質。それに、天狐の象徴を持つ野狐なんて聞いたことも無いのよね?」


 言葉にしたことで実感を伴い始めたか、そう言いながらも目に見えて霊気を収束し始め警戒感を顕わにする、ドレス姿の天狐。

 成程。彼の玉藻前(たまものまえ)でさえ、大妖怪と称されながらもその邪とされた性質により九尾止まりであったという。同じく鬼気を帯びており、しかも自らと同格の証を持つ正体不明の存在に、この天狐が御先稲荷(オサキトウガ)として脅威を覚えてしまうのは当然の流れと言えよう。

 しかしシズカはその有り様、そして経験からも申し分の無い存在として、一度は天狐の座に至ったモノ。とはいえ、目の前でこれだけの警戒感を表に出されては纏まる話も纏まらぬとばかりに対照的に力を抜き、言った。


「此処でやり合うて山荘を破壊でもすれば、後で母上に叱られるでな。(うぬ)も話を聞くに母上の元部下といった処じゃろう?まずはゆるりと話し合い、お互いの誤解を解かぬかぇ?」

「母上の居ないこの場で二人が暴れると、大神様が来ちゃってとばっちりでわらわまで怒られそうだから、二人ともやめとこ?」


 シリアスな空気がぶち壊しになるから汝は黙っておれと言ったじゃろうが!表面上はその発言を無かった事にして流しつつ、内心そう叫びながら頭を抱えるシズカであった。


「……良いわ。アンタの言う『母上』についても、確りと事実関係を洗い出したいしね」

「それじゃあお茶を淹れ直してくるね。ええと――」

瑠璃草(るりそう)よ。皆からは瑠璃って呼ばれてるわ」

「はい。じゃあ瑠璃さんは緑茶と紅茶、どっちが良い?」

「私は珈琲派だからお茶は要らないわ。ブラックで頂戴」

「あーい」


 瑠璃の要求に間延びした声で答え、静は再び部屋を出ていった。


「あやつに対する振る舞いには気を付けぇよ。躰こそあの有様ではあるが、静は紛うこと無き母上――サキの娘じゃからな」

「フン。中身が創りモノではないことなんか、アンタに言われなくても判っているわ……名前からしても、あの子は恐らく?」

「ま、そうじゃな。(うぬ)も天狐である以上は齢一千を超えておる訳じゃろうし、あの一件を聞いておっても然るべきかや」


 やはりこの瑠璃草、装いのセンスと表面上の性格にこそやや難があるものの、天狐になるべくしてなったという事なのだろう。シズカ達の本質を一目で見抜いた事と言い、確かな視る眼と考える力を持った実力者であるとの確信が持てる。

 久々に合うサキ以外の正統な霊狐に対し、シズカは嬉しそうに目を細め口の端を吊り上げてしまう。相変わらずの悪癖がここぞとばかりに出てしまう辺りまだまだ自分も未熟であるな、と思いながらもその嗤いが止まらない。


「全く、アンタはアンタでその(オン)混じりの気配を別にすればあの子とほぼ同質の霊気を持っているし、訳が分からないわ。大体、そんな邪悪そうな貌をよく出来たものね……」

「許せよ。こればかりは童の性分故、中々に直らぬでのぉ」

「まぁ良いわ。飲み物も来たみたいだし、我等霊狐には時間もたっぷりとある。貴女達の事情とやら、納得のいくまで聞かせて貰おうじゃないの?」


 飲み物を持ってきた静のお盆から珈琲を受け取り、その濃厚な香りを楽しみながら瑠璃は言う。

 斯くして、霊狐の頂点二人と追加一人による会談は夜中まで続くのであった―――








「ところで二人共、晩御飯で何かリクエストはある?」

「そろそろ秋刀魚の味が恋しくなる時分じゃのぉ」

「私はこの時期は断然マスね」


「「………」」


 どうやら夕飯前から早々に対決ムードとなった模様、ただし結果的に言えば静の一人勝ち。厨房を仕切る者が勝つは世の常であった。

静「二人が喧嘩しそうだったからホルモン焼きにしてみました。うまうま」

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