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狐耳と行く異世界ツアーズ  作者: モミアゲ雪達磨
第五章 三つの世界 編
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第101話 未来へ向けて

 三つの世界(トリス・ムンドゥス)―――


 陽傘頼太と薄野扶祢の二人が謎の異世界ホールを通った先で初めて出会った異界人、釣鬼達の住む世界である理想郷(アルカディア)。その鏡合わせとなる……筈であった世界。

 遥かな昔に神が与え賜う知識により天に至りその結果増長してしまった元人類、天響族への対応を巡り【三重に偉大なヘルメスヘルメス・トリスメギストス】の双璧を成すトート神とヘルメス神が袂を分かつ。それにより理想郷(アルカディア)三つの世界(トリス・ムンドゥス)というそれぞれの世界に分岐派生をし、数百年前に三つの世界(トリス・ムンドゥス)側で天響族が復活した事でいよいよ世界同士の相関性に決定的な亀裂が入ってしまった。

 故に彼の理想郷(アルカディア)には未だ天響族の姿は無く、此の三つの世界(トリス・ムンドゥス)ではまた違った運命が用意されていたのだ。








 公都ヘルメス、斥候部隊司令部別館にて―――


「――やぁ、カルマ。久しぶりだね」

「主様、お久しゅう……主様は未だ御心に背いたこの不忠者にまで……」

「うん。トートの奴ならばきっと、ここで罰を与えたり色々難しい事を言うところなんだろうけれども、生憎と僕はそういうのは苦手だからね。ともあれ君は、再び僕の前にこうして出てきてくれた。それだけで、今の僕には十分な幸せというものさ」

「う、うぅうぉぉ……」


 その場では、凡そ数千年ぶりとなるであろう主従の再会が果たされていた。

 常から軽薄そうな胡散臭い笑顔を顔に張り付かせがちなヘルメスも、この時ばかりはその仮面も剥がれ感無量と言った面持ちで、頽れるカルマへと手を差し伸べていた。

 実はこのヘルメス、他の大陸の動向を探る為にクシャーナへ向かう道中にいたのだが、ジャミラ経由の紋様通信によりカルマの面会申し入れの旨を聞くなり急遽引き返して徹夜で駆け続け、つい先程屋敷へ到着したばかりであった。

 服を着替えた様子も無く未だ引かない汗は額を流れ落ち、また各部に付いた土埃から、その報を受けた後より公都へ帰還する間のヘルメスの慌てぶり、そして愛する我が子との再会へかける想いの強さを推し測る事が出来よう。


「それじゃあ俺は失礼するぜ、後は親子水入らずで積もる話でもしてやってくれ」

「あぁ、有難うジャミラ……それにしても、まさか君があのオームの息子だったなんてね」

「こちらとすれば、親父やカルマ叔父達が昔のアンタから直の教えを受けていたとは予想出来なかったがな。もっと古い代の話かと思っていたよ」

「ハハ、思わぬところに縁があるというものだね」


 そしてジャミラは二人へ別れを告げ、屋敷を辞して自身の第二の故郷であるサカミへ向かい飛び立った。

 嘗ては人類全ての敵と恐れられ、その恐怖から数々の悲劇を生んだ天響族の象徴である純白の翼。徐々に離れ行くその姿を見上げた公都の民達は、今何を思うのだろう。

 そんな答えの出ないであろう益体も無いことを考えながら、ジャミラは一人空を翔る。


「なに、より良い明日はきっと来る。一度失った希望(エルピス)は、既にこの手に取り戻したんだ。後はその日を心待ちにしながら、俺達の町を創り上げていくだけさ」


 ここに人類と天響族による、長きに亘る争いの歴史は幕を閉じた。あるいは再び復讐劇の幕が開いてしまうかもしれないけれど、それはこの世界に生きる『人間』達の今後の努力次第だろう―――








 Scene:side 頼太


「――で、この惨状は一体どういう訳か説明して貰おうか?」

「あ、あはははは……時には過ぎ去った過ちを悔いるよりも、共に見れる未来へ向けて建設的な話し合いをする方が大切な場面があると思うんだよ」


 戻ってくるなり表情筋を引き攣らせながら下手人へと詰め寄るジャミラに対し、苦しい話のすり替えをしようと目論む耳長族(エルフ)もどきのおねいさん。言葉だけを挙げてみれば良い話と思えなくもないが、言っている中身は子供の言い訳レベルですな。


「だからわたしはやめておけと言ったんだ。精霊力が一度空に近い状態になったんだ、数日やそこらで身体の調子を取り戻せる筈が無かろうに」

「……よし、概ね把握した。前回の宴の損害分と合わせて、これで丁度八割引きだ。後で明細は経理担当から回しておくからな」

「そっ、そんなっ!?これでは帰る頃にはわたしの報酬だけマイナスになってしまうじゃないかっ」

「最低でも後一回は何かやらかす気なのかよ、お前ぇは……」

「……残念な事に、こういう時のこいつの勘も大抵は当たってしまいますから」


 公都から帰ってきたジャミラより本人にとってはただ働き宣告に近い沙汰を下され、ショックで固まるアデルさん。その一方で長年の相棒であるサリナさんのそんな言葉を聞き、顔を青褪めさせたジャミラが付近の部下に慌てて何かを指示していたのも末恐ろしい話ではある。

 一体何事が起きたのか。それはアデルさんの良心というものに働きかける、ほんの些細な出来事が発端だったんだ―――






 後にサカミ攻防戦と呼ばれる戦いから二日程が経過した。

 サカミの砦町、いや独立都市としての道を歩み始めたこの街は先の攻防戦の余韻醒めきらず、以前にも増した建築ラッシュが進んでいた。

 砦町としての象徴であった城壁もその例に漏れず、最後の戦闘でアデルさんが勢い余って支柱の一本を粉砕してしまい、その一帯が崩れ落ちたのを切っ掛けとして一度取り壊されることなったんだ。


「――人手が不足している、ですか?」

「えぇ。今や街のどこも立て直しの真っ最中でしょう?天響族や人造人間信奉者達の問題も一段落を迎えた事による嬉しい悲鳴の類ではあるのですが、どうにも人足不足な現状なのですよね」

「先の戦で消耗した物資の補給や公民館の補修等、なるべく優先度の高いものから片付けてはいるんだが、それでもどうにも手が回らなくてな。あぁ俺もそろそろクシャーナまで交渉に行かねばならん、すまんが兄貴が戻るまでの間の仕切りを頼むっ!」

「お気をつけて、行ってらっしゃい」


 そういってゴウザは慌ただしく船に乗り、街を出ていった。それを見送ったシェリーさん以下、俺達一同の間はやや間の抜けた空気が流れてしまう。


「えっと、それじゃあ俺達も何か手伝います?」

「申し訳ありません。これまでも散々動いていただいた皆様にはゆっくりと休んで街の観光案内の一つでもして差し上げたいのは山々なのですが、なにぶんこの現状では……」


 確かになぁ。合成獣による直接的な街中への被害は僅かなものだったとはいえ、戦時状況として様々な物資が消費され、今も至る所でその爪痕が見られるものな。これでは街中観光をしようにも、どこへ行っても邪魔にしかならないか。

 そして俺達は衛兵達のグループに配置され正門前の補修と城壁の撤去作業に終始する事となった。


「オーライ、オーライ!あ、そこの餓鬼んちょ共。危ないからその線からこっちには入ってくるなよー?怪我したりしたら父ちゃん母ちゃんに怒られっぞー」

「あーい!」


 時折好奇心の強いお子様方がこの様に興味津々で解体作業を見物に来たりはするものの、概ね素直に言う事を聞いてくれて作業は概ね恙なく進んでいった。稀に自前の小さな翼で空をパタパタと飛んで見に来るやんちゃ盛りの半天響族(ハーフ)のお子様もいたりはしたが、そういうのは壁に張り付いて補修作業を手伝っているキルケーや巨人の姿で瓦礫をあっさりと取り除いているポルタなどにより、これまた街の中へとお持ち帰りをされていた。


「ポルタがその都度あぁいうお子ちゃまの対応に駆り出されてんのが、作業が進まない一因じゃねぇのか?」

「ハハッ、まぁほら。皆一連の騒動が終わって沸いている部分もありやすからね。俺等もあまり強くは言いたかないんでさ」


 現場監督ですらその様な物言いである以上、作業の効率化とは程遠い状態ではあるのだが、そういった住民達の気持ちも分かるし何より皆のこの楽しそうな雰囲気を冷めた言葉で壊すのもな。だから俺達が加わった所でそうそう目に見えて撤去作業が進んだ訳でもなかったのだ。


「ふわぁぁ~。や、皆おはようさん」

「あ、アデルさんおはようございます。身体の方は回復したんです?」

「んー、全快とまではいかないけれどね」


 そうこうしている間に、ここ二日程精霊力の枯渇症状により寝込んでいたアデルさんが復調したらしく、城門前にまでやってきた。どうやら一人で出歩いても問題が無い程度には回復したみたいだな。


「よし、それじゃあわたしも手伝おっか。柱の破壊なら任せてくれたまえ」


 身体をまともに動かせず、横になり続けていた二日間が余程暇だったのだろう。アデルさんはそう言うなり宿舎へと舞い戻り、三十分程の後に全身フル装備で帰ってきた。


「おいおい。病み上がりでそんなモン振り回して平気なのかよ、お前ぇ」

「ふっ、釣鬼は心配性だなぁ。わたしが何年、この得物を使っていると思うんだい?」


 釣鬼は若干引いていたものの、得意気に大戦槌を片手で振り回しながら返すアデルさんに周囲の面々の感心した様な声が上がる。うん、これだけ動けるなら心配なさそうだな。

 そんな感じでリハビリを兼ねて城壁の撤去を手伝うべく破城槌の真似事をしていたのだが……やはりまだまだ復調には程遠かったらしい。


「――あ」


 始めの二つの支柱を容易に打ち倒し、周囲の歓声が上がる中、三つ目の支柱に打ち込んだ時の事だった。破城槌担当をしていたアデルさんの間の抜けた声が上がると共に、ものの見事に愛用の大戦槌がその手からすっぽ抜けてしまい、直後遠心力が加わり殺人的な回転と付与された魔力を伴った黒鉄鋼の塊がその威力を遺憾無く発揮してしまったのだ。


「うわあああああっ!?折れた監視塔が兵舎に直撃したぁっ!」

「おいっ、昨夜の宿直だった連中大丈夫か!?死傷者の確認と付近の住民の避難を急げェーッ!!」


 当然ながらこんな感じの大参事になってしまっていた。しかも間の悪い事にサカミの郊外まで戻ってきていたジャミラが遠目でそれを目撃してしまったらしく、衝撃波を伴って飛び降りてきた直後の殺意の形相は本気で洒落にならんかったぜ……。

 そんなこんなでひと騒ぎが起こった後のこと。耳長族(エルフ)もどきのおねいさんが流す哀しみの涙と共に非常な決断が下され、復興作業の続きへと至るのであった。



 更に数日後、全ての支柱がポルタやアデルさんを始めとする力自慢の面々の協力で取り払われた後に、今後の都市運営についての会議が改めて行われた。

 どうせ城壁を一度撤去するのであればと、戦場跡に新たな市街地を作り、そこに紋様の洗脳を免れた僅かな天響族の生き残り達を受け入れる計画を立てているのだそうだ。恐らくは戦乱の時代の幕が閉じた噂を聞き付けてやってくるであろう各地の移民達も受け入れれば、サカミ周辺の平原部一帯が益々栄えるだろうということで、現在急ピッチでサカミ市新生計画が進められていたりする。これが完成すればアルカディア側のヘイホーと並ぶ規模の大都市が、この世界にも新たに完成する事になるんだな。

 そこにはまた種族間の不和や新旧の市民同士の対立等、地球での歴史でも語られている通りに様々な問題が起きる事が予想されてもいたが―――


「――ですからっ!先程も言ったように、この機会に三つの世界(トリス・ムンドゥス)にも冒険者ギルドを設立し、公権とは別の形で各地の問題に対応出来る手段を用意しておくべきですわ!確とした管理運営を行えばここに記載した資料の通り十分な採算も見込めますし、きっとこれからの都市運営にもプラスになるのは間違いありませんからっ」


 この様にして、サリナさんが冒険者ギルド職員としてのプロ根性を発揮させ、ゴウザを始めとする泡沫の新天地幹部達を説き伏せている真っ最中だ。明確な数値による資料を叩きつけられた幹部達は目を白黒させながらも真剣に検討をしている様子であるし、もし問題が起きたとしても泡沫の新天地の結束の下どうにか解決をみる事だろう。きっと裏でヘルメスも目を光らせてくれることだろうしね。







「―――さて、諸君らの健闘により人類と天響族との長きに亘る悪夢は終わりを告げた。他の大陸ではまだ予断を許さぬ状況らしいが、先日会談した天響族の長の言葉が真実であれば、それも直に収まることだろう」


 その日の午後、町の中央広場では大勢のサカミの民が集まる中、壇上に立ち皆へ演説を行うジャミラの姿があった。

 五千を超える人だかりの歓声が鳴りやまぬ中では、風の精霊による拡声効果にも限度があるのではないか?そう疑問に思っていたのだが、よく見れば広場の各所には急造のスピーカーが設置され、ジャミラ自身も手慣れた様子でマイクを握り熱のこもった演説を打っていた。


「……もしかして、お前の仕業か?」

「スピーカーを作ったのはボクだけどネー。三界(こっち)にも概念としてはあるらしいヨ?」

「アルカディアの側でも、魔族の大陸の都市部ではそれなりに普及していると聞きますわね」


 そうだったのか。剣と魔法メインの世界と思いきや、三つの世界(トリス・ムンドゥス)理想郷(アルカディア)も妙なところで進んでるんだよな。言われてみれば天響族なんて一度天に昇った事があるという話であるし、この程度ならオーバーテクノロジーという程でもなかったか。


「つまり、この世界における天響族の脅威は無くなったと見ていいんでしょうか?兄貴」

「そうなるな。俺達はもうこの町の中に籠り、外からの脅威を過剰に警戒する必要が無くなったという事だ。よって本日を以って我等【泡沫の新天地】の悲願が達成したことを、俺は此処に宣言するっ!」


 ―――ワァアァアアアアッ!!


 演説の最後にジャミラが一際大きな声をあげ、その宣言にサカミの民衆が沸き起こる。


「さっすがジャミラさん。凄いカリスマだね」

「本当にな。よくもまぁ、こんなに雑多な種族が集まる町を何十年も纏め続けられたモンだぜ」


 横の二人の言う通り、ここに至るまでの道程は決して楽ではなかったろうに。それを歩み切ったジャミラに対しては、今更ながらに凄い男だと感じている。最初からこういう部分を見せられていたら、呼び捨てになんか出来なかったんだがなぁ。


「何となく、理由が解る気はするけれどもね」

「ほぅ、その心は?」


 アデルさんとクロノさんは互いをただの別人だと言っている割に、こうして案外気が合う仲となっているようだ。特に攻防戦が終わってからというもの、サリナさんやシェリーさんが町の管理で多忙なこともありこの二人がつるんでいる場面をよく見る気がする。性格的な差異が大きいが故に、逆にうまい事嵌まっていたりするのかな?


「このサカミの民は。天響族のみならず当時の公国の脅威にも晒され板挟みとなり、そんな現状に嫌気が差していた。加えるならば、元より雑多な種族が集まったこの環境だからこそ、これまでの不穏な時代の背景もあって出自に関わらず自分達を護り、そして率いてくれる強力なリーダーシップを求めていたのではないかな、とね」

「ふむ……」


 実際の所、アデルさんの言う通りなんだろうな。ジャミラの奴は何だかんだで面倒見も良いし、相当数の住民達からも慕われている。ジャミラがこの町に来た当時は既に半ば事実上の中立地帯だったとは言え、天響族ということで本人が言っていた以上の苦労があっただろうに……本当に凄い奴だよ。


 場はまだまだジャミラコールが止まらない様子であったので、俺達は一度休憩を兼ね広場を後にした。

 僅かに残っていた守衛塔付近の城壁の上へと登り、昼下がりの穏やかな日差しを浴びながら暫しの間、皆で揃って地上の景色を見下ろしていた。

 そんな中、シェリーさんが一歩進み出てこちらへと振り返り、初対面の時とは比べ物にならない程に落ち着いた優しい声で俺達へと語りかける。


「改めて、皆さんありがとうございました。貴方達のお陰で(わたくし)はこうして、クロノとも再会出来ました。それにまさか天響族との争いがこんな形での決着になるなんて……頼太さん、扶祢さん、釣鬼さん、ピノさん。あの日あの時、皆さんとあの場所で出逢えて本当に良かった。貴方達と出逢えた幸せを、(わたくし)は一生忘れることはありません」


 うん。サリナさんとはまた違う落ち着いた微笑みを向けられ、こうして面と向かってお礼を言われると、いやぁ照れるなコレは。


「ううん。クロノさんについては私達も頑張ったけど、天響族の件に関しては皆が協力した結果だと思います。こちらこそ有難うシェリーさん。この二週間大変な事もありましたが、シェリーさん達と逢えて良かったです」

「だな。皆が真剣に戦っていた中でちっとばかり不謹慎だとは思うが、俺っちは楽しかったぜ?」

「道中でのシェリーとの精霊魔法に関する考察話も面白かったヨネ」


 それに対し各々が思い思いの返事を返す。うん、短い期間ではあったけれど、共に旅した時間はかけがえのない―――


「ふふ、そうですね。皆さんとの旅は、(わたくし)も楽しかったです……ブレアとアイブリンガーもね」

「なに、わたし達は心の赴くままにやりたい事をやっていただけだからね。普段の立場から解放されて久々に思うままに動けたんだ、こちらこそ感謝を言いたいよ」

「ですわね。(わたくし)も、久々に現役時代に戻れた感覚で新鮮でしたわ」

「わたしからも感謝の言葉を――お前達の介入が無ければわたしはずっと人類領域の背信者としての汚名を着せられ続け、そして遠くない内に命の恩人をも失っていたことだろう。わたしの誇り、そして親友との繋がりを取り戻してくれて感謝する」


 そして皆の言葉も終わり、その場には誰からともなく和やかな笑い声が木霊し始める。創作系の読み物などでよくこういった場面を見て「何の脈絡もなく笑うとかありえねぇ」なんて言った事もありはしたが、実際にこういった場に面してみてようやく理解が出来た。何だか、くすぐったい笑いが出てしまうんだなコレ。これが照れ隠しからくるものなのか、それとも「笑い」を通じて幸せを分かち合う儀式なのかはやはり分からないが。

 こうして俺達は、かけがえのない経験を経てまた一つ成長をしていくのだろう。


「うーんっ……ふぅ、そろそろ過ごし易い季節になってきたかな」

「そうね、旅をするには一番の時期かしらね?」


 一頻りくすぐったい様子で笑いあった後に時折吹いてくる涼やかな微風を受け、ASコンビの二人が揃って伸びをしながらそう話し始める。


「思えば三界(こっち)に来てからは、この町に泊った次の日位しかゆっくりとは休めなかったからね。そろそろわたし達にも、本格的な休暇が必要だと思うんだよ」

「そうねぇ。誰かさんの思い付きのお陰で、折角の一月の休暇が帰り支度も考えると後十日程しか残っていませんし」

「そう、か……貴方達は、元居た世界に戻らないといけないのだものね」

「月並みな言い方になってしまうが、寂しくなるな」


 そうだな。シェリーさんとの遭遇を発端としたこの世界での一連の騒動は一応の解決を見て、当初の目的であったシェリーさんとクロノさんの再会も果たす事が出来た。故に俺達がこの世界に残る理由はもう無くなってしまった、か……。


「ふふっ。時に二人共、わたし達はまだ報酬を戴いていない訳だけれど」

「え――あ、えぇ。そうでしたね、ではジャミラに言って直ぐにでも用意しませんと」


 心なしかしんみりとしてしまった空気の中、アデルさんが思い出したかの様にそんな事を言い出した。その言葉に思考の海より不意に引き揚げられたシェリーさんは、若干慌てながらもどうにかそれだけを返すのが精一杯といった様子。


「うふふ。シェリー?(わたくし)達は、貴女からの感謝の気持ちとしての報酬が欲しいのですわよ?」

「え?で、でも今の(わたくし)では持ち合わせもあまりありませんし……」

「――くくっ。サカミの連中といいお前達といい、つくづく人の良い事で」


 あぁ、そういう事か。戸惑うシェリーさんを傍目に愉快そうに言うクロノさんの言葉でようやくASコンビの言いたい事を察した俺は皆に目配せを……するまでもなかったな。こういった場面では人一倍勘働きの鋭い連中だ、その鋭さをもっと日々の緊張感とかに役立てて欲しいものではあるんだがな。


「うんうん。それに、アデルさん達はあと二週間しかありませんけど、私達は居ようと思えばもうちょっと位なら居れますしー」

「だよネー」

「もうちっとばかりゆっくりとこっちの観光もしてぇところだよな」

「全くだ」


 という訳で、どうやら俺達の旅は延長戦が始まるらしい。見ればシェリーさんも戸惑いの色が強かった先程に比べ、ある種の期待に満ちた表情で俺達へと潤んだ瞳を向けていた。


「残る休暇である十日間、三つの世界(トリス・ムンドゥス)での観光ガイド。宜しく頼みますわよ、シェリー?」

「――ええっ、喜んでっ!」


 こうして俺達の三つの世界(トリス・ムンドゥス)における冒険は、人類と天響族との和解と言う形で幕を閉じた。だが憂慮すべき事態が解決したからといって、直ぐに理想郷(アルカディア)へと戻るのも味気無いものだ。どうせ差し迫った期限がある訳でもなし、もう少しばかりこの優しさ溢れる、我儘なASコンビの休暇に付き合う事としますかね。

 三つの世界編、エピローグとなります。

 基本昏めの世界設定だったので話を纏めるのにえらい苦労しました……というか頼太主観の馬鹿話としての構成と合わず三人称視点が増えちゃいましたね。これはこれで書いてて楽しかったのですが。


 次回以降暫く閑話的な話と楽屋裏を入れて、年末年始辺りからアルカディアへと戻り新章開始の予定です。

 新章のテーマは「脳筋族と愉快な仲間達」で。多分この章の反動で物凄い馬鹿話になりそうな気がするZE。

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